第38話 夕食
「何か手伝えることあるかな? 」
リビングのソファに座りながら、キッチンで夕食の調理に勤しむ遥希に、颯は声を掛ける。暇な上、夕食を作ってもらう身として、協力なら何でも協力するつもりだ。
「無いな。別に私に気を遣わなくていいぞ? 天音は、夕食が完成するまで、ゲームやテレビで、自由に暇を潰しててくれ。私は全く気にしないから」
以前と同様に、ピンクを基調としたエプロンを着用し、フライパンで、鶏むね肉、玉ねぎ、ニンジンを炒めながら、遥希は返答する。
フライパンからモクモク立ち上る煙。勢い良く回転し、キッチンの換気扇は、その煙を大量に吸い込む。
「それは何か悪いよ。俺だけ自由に寛ぐのは、気が引けるよ。わざわざ八雲さんに、料理を作ってもらってる身だよ? 」
珍しく、異論を唱える颯。
「まあ、そう気にするな。私が本心で言ってるんだ。決して気は遣ってないぞ。だから、天音なりにリラックスしてくれればいい。ちなみに、天音の優しさは有り難く頂くぞ。有り難くな」
微笑み、意味深な言葉を残し、遥希は再び、意識をフライパンに戻す。
相変わらず、多くの煙が立ち上がる。
フライパン内で炒める、鶏むね肉、玉ねぎ、ニンジンの所々に、焦げ目が付き始めた。
「じゃあ…お言葉に甘えて」
「おう! 」
可愛らしい遥希の返事を受け、ソファの上に置いていたスマートフォンを手に取り、颯はロックを解除する。
そして、趣味のネット小説を読むために、ヤムカクのサイトにアクセスし、昨日から読みかけの小説を読み始める。
現時点で、読みかけの小説は、40話ほど更新している。昨日の夜に、颯は20話まで読んでいた。
遥希が夕食の調理に集中する中、小説を読み始め、颯は静かな自分の世界に入り込む。誰も侵入できない、颯のパーソナルスペースだ。
「よし! そろそろ良さそうだな」
納得した顔を形成し、遥希はフライパンの火を止める。
炊飯器から、事前に2合炊いておいた米を取り出し、半分ほどフライパンに投入し、塩コショウを適量振り、再びIHの火を点ける。
中火に設定し、木べらを使って、ご飯を解しながら、フライパン全体に広げる。
しばらく、木べらに切るようにして炒め続ける。ジュ―ジュ―ッと、フライパン内では、炒める音が、豪快に生じる。
「そろそろケチャップも投入していいか」
冷蔵庫からトマトケチャップを取り出し、鶏むね肉や玉ねぎ等と丁度良く混ざった、フライパンのご飯に、おおさじ4分を加える。
木べらで切るようにして炒め続ける。
「そろそろ卵か」
ボソッと呟き、事前に準備していたアルミのボールに、卵2個を割り入れ、菜箸で容きほぐす。菜箸を間隔を開けて持ち、ボールを擦るようにして、掻き混ぜる。
数10秒ほど掻き混ぜ、白身と黄身がきれいに混ざり、白身の塊が全て消えた所で、遥希は手を止める。
もう1つのフライパンをIHの上に置き、全体に行き届くように、サラダ油を敷く。
1分間、中火で熱し、溶きほぐした卵を、フライパンに流し込む。
円を描くように、フライパン全体に広げる。
「私の分も次に作るから。卵を2つ追加だな」
冷蔵庫から生卵を2つ取り出し、先ほど使用したボールに、卵2個を割り入れる。そして、火で熱し続ける、もう片方のフライパンに意識を移し、ケチャップを馴染ませるために、ご飯を上下に返すようにして、丁寧に混ぜる。
すぐに、チキンライスが完成する。チキンライスの入ったフライパンの火を止める。
半熟状態になった卵に向けて、片方のフライパンから取り出した適量チキンライスを、中心よりもやや手前に、ラグビーボールのような形になるように載せる。
フライ返しで、卵を破かないように、チキンライスを覆って、そっと被せる。IHの火を止める。これで、IHには火が点いていない状態だ。
予め用意する、白の大皿の上まで、フライパンを持って来る。大皿の上でフライパンを斜めに傾け、縁が大皿に触れるくらいまで近づける。
卵の中からチキンライスが零れないように、フライ返しを上手く利用して、大皿にオムライスを盛る。
「天音の分は完成。後は私の分だな」
先ほどと同じ工程で、あっという間に、もう1つのオムライスも完成させる遥希。自分の分のオムライスも白の大皿に盛る。
最後に、オムライスの中央に、ボタンサイズぐらいのケチャップをトッピングする。
「よし! 完成だな!! 」
達成感を覚えた表情を浮かべ、IHの本体の電源も落とし、遥希は大皿を1皿ずつ食卓に運ぶ。
「天音~。ご飯が完成したぞ~」
なぜか、夕食を作った遥希が、興奮気味な声で、颯に呼び掛ける。
「本当に! ありがとう!! 八雲さんのご飯は美味しいんだよな~」
リビングのソファから飛び上がり、ネット小説を読んでいたスマートフォンの電源を、OFFにし、颯はキッチン隣の食卓に向かう。
「うわぁ~美味しそう~」
食卓に並ぶ夕食のオムライスを目にし、颯は口からよだれが垂れそうになる。ギリギリで、唇を上手く使い、よだれを口内に戻す。
オムライスの卵は程良く、ふわとろであり、出来立てを合図するように、湯気が天井に向けて昇る。
「食べてもいい? 」
急いで、食卓のイスに座り、向かい側に座る遥希に、颯は前のめりになって、尋ねる。
「ふふっ。待ちきれないんだ。可愛いな。天音の好きなタイミングでどうぞ」
食卓に頬杖を付き、機嫌が良さそうに、笑みを浮かべながら、遥希は許可を出す。
「やった! いただきま~す!! 」
両手を合わせ、食事前の挨拶を行う颯。遥希によって、用意された銀のスプーンを手に取り、オムライスを1口分、掬う。
ふわとろの卵を、チキンライスが支える形だ。
目を輝かせ、ワクワクしながら、味を脳内で推測した後、颯はオムライスを口に運ぶ。
口を閉じ、咀嚼をする。
すると、オムライスの濃厚な甘みが口全体に、爆発するように、充満する。チキンライスとオムライスが、上手い具合に絡み合い、噛めば噛むほど、旨味が増加する。
「美味しい~。こんな美味しいオムライス初めて食べたよ~。ありがとう~八雲さん! 」
オムライスを飲み込み、条件反射的に、遥希を見つめ、颯は感想とお礼を述べる。嘘偽りの無い、正直な気持ちの乗った言葉だった。
「そ…そんな顔で見つめて、褒めても、これ以上何も…出ないからな…」
照れ隠しなのか。颯から目を逸らし、頬を赤く染め、遥希は消え入りそうな声で、呟く。遥希の小さな声は、颯に届かない。
気にした様子も無く、颯はオムライスを1口1口食べ続ける。食事に夢中な形だ。
「ははっ。美味しいなら、何よりだな。私も食べるとするか」
颯と同じように、両手を合わせて、食事の挨拶を終え、遥希は自身特製のオムライスを口に運ぶ。
「うん。悪くない。美味いな」
そして、自画自賛し、舌鼓を打った。




