第25話 朝の登校
次の日の早朝。
1人の自宅で、自分の部屋で、颯は学校の支度を済ませ、一軒家の自宅を後にする。
学生カバンに自宅の鍵を仕舞い、住宅地に接した道を進む。
「あ」
住宅地を抜けたところで、颯は遥希と遭遇する。遥希も学校へ通学途中のようだ。
「お、おはよう八雲さん」
ぎこちなく挨拶をする颯。
「あ、ああ。おはよう」
遥希も挨拶を返す。どこか居心地が悪そうだ。昨日のことを気にしている様子だ。
2人は無言で歩を進める。しばらく2者間での静寂な時間が続く。
親交が深くない他者との沈黙は、精神的にきついものがある。そのため、苦痛から逃れるために、颯は脳内で話題を探索する。
だが、事は上手く進まない。颯のコミュ力は高くない。そのため、会話が進む話題を発見できない。
「えっと。昨日はすまなかったな。母親が突然に現われたとはいえ、後味の悪い別れ方をしてしまって」
申し訳なさそうに謝罪する遥希。やはり昨日の出来事を引きずっているみたいだ。
「そんな! 謝らなくてもいいよ! 気にしてないから!! 」
顔の前で両手をバタバタと振り、颯は謝罪を拒否する。謝罪を受ける筋合いは無かった。戸惑いはしたが、言葉通り、気にしてはいなかった。どちらかと言えば、仕方のないアクシデントとして考えていた。
「…そうか。私に遠慮して嘘とかついてないな? 気を遣わなくていいんだぞ」
遥希は心配そうに眉をひそめる。他人の感情の変化や機微に敏感なのかもしれない。
「本当に気は遣ってないよ。俺の本心だから。それに、昨日の出来事は、どうしようもないことだと思うから。だから気になくていいと思うよ」
遥希の気遣いに感謝しつつも、自分の本音を伝えたくて、弁解するように、言葉を紡ぐ。
「そうか。ありがとう。天音の気持ちを素直に受け取るよ」
安心したように、少し照れた笑みを浮かべ、遥希はお礼を口にする。
そのまま2人並びながら、住宅地に沿う道を抜ける。開けた道が現れる。
先程とは景色が打って変わる。自宅ばかりだった世界ではなく、コンビニや飲食店といった様々な種類の商店が立ち並び、人々が各々の目的地のために歩く。この通りは学校に通う生徒達や仕事に向かうサラリーマン達で賑わう。
学校の通う生徒達は、颯と遥希と同じ聖堂高校の制服を着用する。
一方、サラリーマン達は、ピシッとした一般的な黒のスーツを身に付ける。学生達とは異なる大人の着こなしだ。
聖堂高校の生徒達に合流するように、颯と遥希は、その生徒達の通る道に足を踏み入れる。
「目にした通りだが。私の母親は実に勝手なんだ。一応、仕事はしているが、大概は外出している。家に帰ってくることは、ほとんどない。夜は仕事だが、それ以外の時間も自宅外で過ごすのが日常だ。おそらく、男と過ごしてるんだろうな」
足を動かしながらも、俯きながら、遥希は話を続ける。
一方、颯は遥希の顔に意識を集中させながらも、静かに耳を傾ける。この選択が最適だと直感的に感じた。話を聞きつつ、遥希の気持ちを理解しようと努める。
「本当に娘の立場としては大変だ。家事はすべて自分でやらなければならないしな。って、余計な話だったな。悪いな。つまらない私の家族の話をして」
乾いた笑い声を漏らす遥希。ほぼ同時に作り笑いも浮かべる。一見して理解できるほどに、その作り笑いは無理やり作ったものだった。
颯には返す言葉が見つからなかった。この状況で最適な言動を創造できない。残念ながら、颯の力不足だ。
自分の情けなさに、腹が立つ。だが、どうしようもない。保持する力以上の能力を、人間はどうやっても発揮できないのだから。
だが、このまま黙ってる訳にもいかなかった。
颯は遥希に親近感を抱いていた。
颯も両親が仕事で多忙であり、1年の大部分は、自宅を空ける。そのため、遥希と同様に、颯も家事を全てこなす必要がある。
境遇が類似する感覚があった。どこかほっとけない。
「今日、放課後に遊ばない? 」
だからなのか。特に考えずに、無意識に遥希を誘ってしまった。真剣に遥希の目を見つめながら。




