第21話 問い
担任から呼び出しを喰らい、それ以降、聖羅は教室に帰って来なかった。
時は進み、6時間目終了後。帰りのホームルーム前の隙間の時間。残り5分ほどで帰りのホームルームが、担任によって開始される時間帯。
トイレで用を足し、自身のクラスに戻る途中の颯。帰りのホームルームが、まだ始まっていないため、廊下には雑談する生徒達が、複数存在する。大部分が、楽しそうに他者と会話を交わす。
自身の教室に近づくと、後方の戸付近で、遥希が1人の女子生徒と言葉を交わす。その女子生徒は、今朝、聖羅に初めて声を掛けた人物だった。
遥希は満足した顔を形成すると、女子生徒との会話を終える。女子生徒は、教室内に吸い込まれる。
遥希も教室に戻ろうと踵を返す。
「ちょっと待って八雲さん」
教室に戻ろうとする遥希の背中に、颯が声を掛ける。1つ聞きたい内容があり、遥希に用があった。
「天音か。どうしたんだ? 」
振り返り、遥希が返答をする。
遥希を呼び止めた颯は、少し緊張した面持ちを浮かべる。これから聞く内容らを、本当に口にするには、結構な勇気を要したりする。なんせ、遥希に関する話だから。おそらくデリケートな内容だろう。
「単刀直入に聞くけど。伊藤さんに関する情報を流したのは。八雲さんだよね? 」
周囲に聞かれないように、声を抑え、颯は疑問を投げ掛ける。当たりはつけて、確証も持っていた。だが、証拠を獲得するために、敢えて疑問を投げた。
「…。おぉ~。察しがいいな。正解だ天音」
とぼけること無く、遥希は真実を伝える。特に周囲を気にした様子は見受けられない。だが、声のトーンは颯と大差ない。
やはり、この人が犯人だったかと、颯は内心で思う。
「やっぱりそうなんだね。怪しいと思ったよ。それに、情報を流した人物として、八雲さんしか浮かばなかったよ」
正直な本心を口にする颯。早朝から、颯は遥希が犯人ではないかと、憶測を立てていた。
「そうか。それでどうだ? 私が犯人である事実が天音にだけ明るみに成ったわけだが。幻滅したか? 」
遥希はどこか楽しげな口調で、遥希は颯に問いかける。その表情からは、悪気は一切感じられない。純粋に知りたがっているようだ。何処となく、颯を試しているようにも見える。
「そ、そんなことはないよ。正直、特に何も感じなかったかな。これは本心だよ」
「そうか」
納得したように、遥希は両目を閉じる。そのままの状態をしばらくキープする。
目を閉じるだけでも流石美少女。遥希が目を閉じているだけでも絵になる。
颯も自然と惹きつけられる。
「それと、もう1つ聞きたいことがあるんだけどいいかな? 」
颯の聞きたい内容は1つではなかった。もう1つ聞きたいことが存在した。どちらかと言えば、こちらの方が気になっていたりする。こちらの内容においては、当たりすら作れていない。
「いいぞ」
閉じていた両目をゆっくり開き、遥希は颯を見据える。
遥希の輝くような水色の瞳が、颯の視野に入り、存在感を放つ。キラキラ光っているように錯覚してしまう。それほど美しい。日本人離れしている。
「石井君の幼馴染の人と宮城愛海って人が口にしていたんだけど。《《石井君との約束》》って何なのかな? 」
緊張や不安を抱いた。
だが、初めて聞いた時から、心に引っ掛かっていた言葉だ。瑞貴や愛海が口にする《《約束》》。そして、2人が言うには、石井がその約束を破り、友達の縁を切った。つまり、遥希、瑞貴、愛海にとって、重要な約束だったに違いない。
「なるほど。瑞貴と愛海にも既に顔を合わせてる訳か」
「顔を合わせてると言っても、少し会話したレベルだよ」
「そうか。それでどうして約束について聞きたい? 理由が気に掛かるな」
「う~ん。気になるからかな。それだけだよ。大した理由は持ってないよ」
悩むように首を捻り、颯は嘘偽りない理由を答える。
「わかった。それで約束に関することか。悪いが、天音の要望には応えられない。《《今は》》教える気にならない。天音に問題があるわけではない。私の心の問題だ」
「そっか。それは仕方ないね」
正直、約束の内容を詳細に知りたかった。好奇心から知りたかった。しかし、これ以上、追及する気は起きない。しつこくしても迷惑だろう。その上、遥希が不快感を味わう可能性もある。
颯もそこまでは気が回る。人の気持ちを推し量ることが可能な人間だ。
「だが、ヒントというかな。1つ天音には教えてもいいけどな」
コホンッとわざとらしく、遥希は咳ばらいを行う。タイミングを図るように。
「私、瑞貴、愛海は、石井。いや、あのクソ2号の《《元カノ》》だ」
「は…。えっ…」
遥希からの衝撃的な言葉に、颯の顔は固まる。あまりの衝撃に、脳の思考が停止する。
遥希は何と言ったのか? 脳内でリピートされる。何度も同じ言葉を反すうする。
元カノ? 元カノ? 元カノ?
脳内で同じ言葉が、何度も反響する。元カノという言葉が、颯の脳内を完全に支配する。まるで乗っ取ったかのように。
「提供できるヒントはこれくらいだな。私もそろそろ教室に戻らないといけないな。またな天音」
ひらひらと軽く右手を振り、踵を返す遥希。隣の教室を目的地に、移動を開始する。
「ちょ、ちょっと待って。もっと詳しく教えてくれないかな! 」
思考が復旧し始め、颯は遥希の背中に呼び掛ける。
「それは無理な話だ。それと、天音も早く教室に戻らないと、帰りのホームルームが始まるぞ」
足を止めずに、対応すると、遥希は隣のクラスに入室する。
遥希に指摘された通り、颯はクラスの教室に視線を走らせる。遥希の言う通り、担任が教壇に立ち、帰りのホームルームを始める段階に突入しつつあった。
「やばっ」
焦った様子で、教室の後ろの戸から、教室へ入室し、滑り込むように、颯は駆け足で自席に腰を下ろした。
その直後に、担任により、帰りのホームルームが、スタートした。




