第14話 最寄駅
「はぁはぁ。…ここまで来れば…大丈夫でしょ」
両膝に手を突き、褐色ギャルの愛海が、大きく息を乱す。
「はぁはぁ…。どうだろう? 多分大丈夫かも」
同じように、息を荒らしながら、颯は頭を縦に振る。周囲を見渡し、石井の姿を探す。
聖堂高校の制服を着た男女が見える。だが、石井の姿は見当たらない。
当たり前かもしれない。愛海に股間を蹴り上げられたため、すぐに颯と愛海に追い付くのは現実的に不可能である。
颯と愛海は聖堂高校の最寄り駅前に並んで佇む。
一方、そんな颯達を一目見てから、多数の聖堂高校の生徒達が、駅入り口に流れ込む。おそらく、電車に乗るためだろう。
颯と愛海は駅入り口近くの自動販売機の前に移動し、簡単な会話を交わす。
「はぁはぁ…。そろそろ息が整ってきたかも」
両膝から手を放し、愛海は目線を下から上に移す。愛海の紫の視界に、駅に入る聖堂高校の生徒達が入る。
そして、数秒後に、颯に視線を移す。
愛海に影響を受け、颯は視線を合わせる。自然と颯と愛海の視線が合う。
程よく焼けた愛海の健康的な褐色肌を、颯はばっちり認識する。
颯には、愛海の肌が芸術的に映った。
ちなみに、純白の白い肌、日本人特有の黄色い肌も魅力的である。
だが、褐色の肌は違った魅力が存在する。褐色の肌を持つ高校生は、全体的に少ない。そのため、全体の高校生の割合を考えれば、珍しい存在だ。そこがまた、愛海の褐色肌の価値を高める。
「ありがとうね。あなたのおかげで助かったよ。おかげで、あの憎きあいつに一発金的をお見舞いできたし 」
くしゃっと上機嫌そうに無邪気な笑みを、愛海は浮かべる。
切れ長のやや鋭い目からは想像できないほどの子供っぽさが、愛海の表情から垣間見える。遥希とは違ったタイプのギャップがあった。
「いや、俺は大したことしてないし」
謙遜したつもりはない。正直な気持ちだった。本当に何もしたつもりはない。
「そんなことないし。あなたは十分すぎるぐらい、愛海の助けになった。あいつに金的を食らわせることが出来たのも、あなたのおかげ」
ニヤリッと、愛海は意地悪そうな笑みを浮かべる。どうやら満足感を覚えているようだ。もしかしたら、石井のあそこを蹴り上げた余韻に浸ってるのかもしれない。
「あはは…」
颯は思わず苦笑いを浮かべる。
確かに、愛海の石井への金的はスカッとした。横柄な態度の石井が、玉の痛みにより、だらしなく蹲っていた。あの姿は実に滑稽であった。
だが、同時に颯自身が、あそこを蹴り上げられた痛みをイメージしてしまい、不思議と恐怖を覚えたことを思い出した。
そのため、苦笑いが溢れたのだのだ。
「あいつのこと昔は好きだったけどな〜。でも《《あの約束》》を破られたから。もうどうでも良くなったよね」
遠くを見る目で、愛海は独り言を呟く。視界は目の前の颯を捉えていない。はるか遠くを見据える。
約束。
石井の幼馴染の瑞貴も口にしていた言葉だ。その約束の内容は、颯には見当もつかない。ただ脳内に疑問ばかりが浮かぶ。答えには、どうしても辿り着けない。
「いけない! そろそろ電車が到着するじゃん。後3分しか無いし」
スマートフォンを起動し、愛海は驚きの声を漏らす。どうやら電車の時刻をネットで検索したみたいだ。
「ごめん、愛海はそろそろ電車に乗らないといけないの。それと、今日はありがとね。最高に気持ちいい体験が出来た」
にこっと颯き微笑むと、愛海は駆け足で駅の中に向かう。
「あ! 忘れてた! 名前教えてよ! 名前! 」
駅の改札口を通過する直前で立ち止まり、愛海は振り返る。
「天音。天音颯だよ〜」
自動販売機前と駅の中では、ほどほど距離がある。そのため、颯は普段よりも大きな声で愛海にフルネームを伝えた。
「そっか! 天音颯ね。覚えとくし。愛海は宮城愛海だから〜。覚えといて〜。またね〜天音っち」
勝手に馴れ馴れしく颯をあだ名で呼び、改札を通過してから、愛海は颯に向けて右手を振る。
反応して、颯も手を振り返す。
愛海の乗る予定の電車は、既に目の前に停車していた。改札を通過し終えると、愛海は戸の開いたままの電車に乗った。
2分後、戸は全て閉まり、電車は機械音を吐き出しながら、駅を出発した。10秒ほどで電車は駅から見えなくなってしまう。
一方、颯は必要も無いのに、電車が視界から消えるまで、駅の入り口から電車を目で追った。




