第12話 報告
階段を降り、颯は屋上から昇降口に移動する。
達成感が颯の胸中を満たす。聖羅にようやく別れを告げることが叶った。今まで心に詰まった蟠りが抜け、楽になった。
詰まった所に空白ができ、スッキリした感覚を味わう。
表面には露にせず、内心ウキウキしながら、校内用スリッパから普段靴に履き替える。普段靴はスニーカーである。色は白を基調とする。
「何かを成し遂げた顔付きをしているな」
ここ最近よく耳にする声色が、颯の鼓膜に伝わる。これまでの体験から、即座に鼓膜が声の主を特定する。
声のボリュームから、声の音源も把握し、颯は目の前に視線を走らせる。スニーカーから前方に目線を変える。
目の前に銀髪ロングヘアの美少女が立つ。美少女は整った姿勢で、ブレザーのポケットに両手を仕舞う。八雲遥希の姿があった。普段と変わらず、凛々しい態度は健在だ。
「どうして分かったの? 」
率直な疑問を口にする颯。遥希に注意を向ける半ば、靴を完全に履くことにも着手する。
何度か靴の爪先部分を地面に当て、自身の足にフィットさせる。2、3度ほど当てると、靴が颯の足にジャストフィットした。
先ほどまでの違和感は、完璧に消えた。実に歩きやすくなった。
「どうしてか。天音の顔に書いてあるからだ」
薄く笑みを浮かべ、遥希は颯の顔を指差す。全てを見透かした顔を作る。
遥希の人差し指が颯の顔を捉える。
突然に指を差され、少なからず、颯はドキッとする。僅かに心臓が跳ねた。
「どうやら。八雲さんはすべて分かっているみたいだね。でも一応、俺の口から報告させてもらうよ。伊藤聖羅とは別れたよ。だから、《《伊藤さん》》とは、もう彼女じゃない」
捲し立てるように、颯はペラペラと遥希に報告事項を伝えた。
言葉は多少長くなったが、颯なりに纏めたつもりだ。即興で纏めたため、ここまで長くなった。それは否めない。
「そうか。天音は自分なりに決断したんだな。そうかそうか。思ったより時間は掛からなかったみたいだな」
「うん。別れる決断を成せたのは、八雲さんの助言のおかげだよ。あの言葉が無ければ、今でも俺は伊藤さんと関係を継続していたと思うよ」
正直な気持ちを吐露する。本心からの気持ちだった。
遥希の助言が大きな後押しになった。別れを切り出す起爆剤になったのは、疑う余地もない。
「そうか。だが天音がしたことだ。私は少しの力しか貸していない。大した手助けはしていない」
謙遜ではなく、事実を述べただけという口調で遥希は答える。嘘を付いた素振りも見えない。
「まだ終わらないけどね」
「え? 何か言った? 」
「いや何でもない。ただの独り言だ。気にしないでくれ」
囁くような遥希の小さな独り言。それを颯の耳は聞き取れなかった。何かを喋ったことのみしか知覚できなかった。
ただ、何処となく、悪だくみするような表情を、一瞬だけ浮かべた気がした。楽しむような、喜ぶような、笑みもあった気がする。
「報告聞けてよかった。わざわざ教えてくれてありがとな。私はこれから私用があってな。ここら辺で失礼させてもらう。またな! 」
颯の返事を待たず、遥希は、昇降口でローファーから校内用のスリッパに履き替える。流れるように、颯を横切り、昇降口に面する廊下に足を踏み入れる。
「う、うん。…またね」
放課後にも関わらず、校内用スリッパに履き替えた遥希を不思議に感じる。
何か忘れ物でもしたのだろうか。それとも、教員からの呼び出しだろうか。でも私用と口にしていた。自然と教員からの呼び出しは選択肢から外れる。
颯には、私用の内容が見当もつかない。呆然と遥希の背中を注視する。
一方、遥希の背中はどんどん颯と距離を作り、最寄りの階段を登る途中で完全に消える。上階へと登ってしまった。
 




