第11話 あっさり
「別れる? あたしと? どうして? 」
取り乱した表情で、聖羅は幾度か疑問を口にする。明らかに動揺が見える。
「別れる理由ができたから。それだけだよ」
淡々と返答する颯。未だに表情は無だ。
「別れる理由? 意味分からない! あたしに不満を持ってるの? 」
聖羅は怪訝な表情を露にする。眉もひそめ、不機嫌さも形成する。颯の言葉が気に入らなかったのだろう。
以前なら気を遣い、作り笑いを浮かべ、取り繕ってただろう。聖羅の機嫌を損ねないために。
聖羅は颯の初めての彼女だった。前までは嫌われたくない気持ちが強かった。如何に嫌われないか、努めた記憶がある。
だが、今は関係ない。最早どうでもいい事柄だ。完全に聖羅に対する好意は消えていた。気持ちは離れていた。
「それは、聖羅が浮気したからだよ」
追い打ちを掛けるように、颯は別れの理由を告げる。しっかり聖羅を見据えながら。
「え!? 浮気!! な、なにそれ!! 冗談だよね! あたしがそんなことするわけないもん!! 」
聖羅の動揺が激しくなる。つい先ほどまで、颯に向けた視線を逸らす。両目も右往左往に彷徨う。嘘を付いた証拠だ。
目は口ほどに物を言うとは上手くいったものだ。まさに、現時点の聖羅に最も当てはまる。
「それが証拠もあるんだよ」
聖羅の嘘に半ば呆れながら、制服のズボンからスマートフォンを取り出す。
スマートフォンを購入した時から変えていないロック画面を解除し、指を駆使し、アルバム機能を開く。
最新で保存した写真をタップし、画面全体に映し出す。例の写真が、スマートフォンの画面を埋め尽くす。
「これが証拠。浮気とか最悪…」
画面を見せびらかすように、スマートフォンを掴む右手を、颯は前に出す。
スマートフォンは、石井と聖羅が仲睦まじく身を寄せ合い、ラブホの入り口を抜ける瞬間を、ベストなタイミングとアングルで撮影した写真を反映する。
「え!? 」
悲鳴のような声が、聖羅の口から漏れる。目も大きく見開く。大きい目がより巨大になる。
その反応を視認し、聖羅が嘘をついてた事実が浮き彫りになる。全く分かりやすい女だ。
「どうして。どうして。そんな写真が。ありえない。ありえない。はっ…」
ようやく我に返った聖羅。無意識に自身が浮気を認めたことに気付いたのだろう。
「もう確定だね。言い逃れはできないよ」
冷たい声色で、颯は冷酷に告げる。わずかに目を細め、気怠そうな、呆れたような、表情を作る。
「ちょっと待って! あれはその。ちょっと魔が差しただけなの! だから、別れるのだけは勘弁して〜」
必死に訴え掛けるように、聖羅は叫び声を上げる。屋上のフロアに聖羅の大きな声が響き渡る。必死だけは大いに伝わる。
「もう遅いよ。浮気した上、浮気した女子を彼女として見ることはできないよ。だから、さようなら…。…伊藤さん」
特に罪悪感を感じず、颯はボソッと別れの言葉を告げる。当然、聖羅の耳に届くボリュームを用いて。
「いや! あたしフッたことはあるけど、フラれたことはないの。だからフラないで! あたしの心に深い傷を負わさないで! 」
想定外の言葉を口走りながら、颯の言葉を撤回させようと試みる聖羅。
このまま聖羅に対応し続ければ、いつまで経っても帰宅できない。だから、やるべき行動は1つ。
「悪いけど、叫ぶなら俺無しで叫んでね。俺は忙しいから。もう帰る」
踵を返し、未練や後悔を微塵も残さず、聖羅から視線を外し、颯は屋上の出口に向かう。まるで聖羅を置き去りにするように。
「ちょ、ちょっと待ってよ〜。あたしの話はまだ終わってないんだから〜」
ポロポロと目から涙を落としながらも、聖羅は颯を呼び止めようと努力した。
だが無駄な労力だった。
颯は一切気に掛けず、前を向き、屋上の出口に到着する。
そして、流れるように、屋上のフロアから退出した。
バタンっと、聖羅の残った屋上に、ドアの閉まる音が虚しく生じた。




