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「オフィーリア。皇太子妃になることだけは諦めて頂戴。他のものだったらなんでも用意してあげるわ。だけれども、皇太子妃になることだけはお願いだから諦めて。」
「そうだ。オフィーリア。皇太子妃は非常にプレッシャーのかかる立場だ。オフィーリアには自由に生きてほしい。だから、皇太子妃になるのではなく伯爵家あたりに嫁ぐのが一番だと思っているのだ。皇太子妃は精神的負担が大きすぎる。オフィーリアにそんな大変な思いはさせたくないのだ。」
お父様もお母様も必死になってオフィーリアのことを止める。
オフィーリアには幸せになってほしいという強い思いがお父様とお母様からは見て取れる。
「お父さまもお母さまも、どうして反対するのかしら?ジュドー様が「うん」と言えばいいのでしょう。エレノアお姉さまには皇太子妃は重圧すぎるわ。私の精神的負担が大きすぎるというのならば、私よりもすべてにおいて劣っているエレノアお姉さまはどうだというの?精神を病んでしまうのではなくって?」
オフィーリアの言葉が胸にグサッと刺さる。
思わず目に熱いものがこみあげてくる。
何を言われたって耐えてきたのに。
「……オフィーリア。お父様とお母様の思いを汲んであげて。お二人はオフィーリアのことをとても大事に思っているのよ。」
「いいえ。私は諦めないわ。ジュドー様に選ばれなかったときは諦めてあげるけれど、ジュドー様に選ばれるように私は頑張るもの。エレノアお姉さまこそ、伯爵家に嫁げば良いのだわ。」
「……オフィーリア。それは……。」
「エレノアお姉さまは弱すぎるのよ。泣きそうになっているではありませんの。そんなに精神的に弱くてはエレノアお姉さまは皇太子妃になれないのではなくって?」
オフィーリアは私が目に浮かべた涙に気づいてそんなことを言ってくる。
確かに、皇太子妃というのは私にとってとても重圧な立場であることは否定できない。それでも、今まで何もかもを犠牲にして皇太子妃教育に身を捧げてきたのだ。今更他の道を選ぶなどと……。
それに、私が泣きそうになっていたのは別の理由がある。
本来なら、お父様とお母様に言って欲しかった言葉をオフィーリアが言ってくれたのだ。「皇太子妃はエレノアには重圧だ。」と。
それが不覚にも嬉しかったのだ。
オフィーリアだけが私を見ていて心配してくれていたような気がして。
本人はそんなこと微塵も思っていないかもしれないけれど。
「まあ、いいわ。お父さま。私、ジュドー様を諦められないのですわ。どうか、ジュドー様にお会いできるように取り計らってくださるかしら?」
「……オフィーリアがそれで諦めてくれるのであれば、ジュドー殿下に面会できないか打診してみることにしよう。」
「まあ。お父さま。ありがとうございますっ!」
お父様はオフィーリアのお願い攻撃に負けたようで、ジュドー殿下に丸投げしようとしている。
オフィーリアはお父様の言葉に嬉しそうに両手を合わせて頬を赤く染めた。
☆☆☆☆☆
「王城に招くことはできないが、ジュドー殿下が当家にいらしてくれることになった。」
そうお父様から聞かされたのは、オフィーリアがおねだりをした翌日だった。
お父様ったらオフィーリアのこととなると仕事がとても速い。
「ありがとうございます。お父さま。」
オフィーリアはお父様の言葉に満面の笑みを浮かべてドレスのスカートをつまみ優雅に一礼する。
「ただし、エレノアも同席させる。」
お父様の言葉に私はハッと息を飲んだ。
「えっ……。」
「まあ。エレノアお姉さまを同席させるのですか?なぜですの?」
オフィーリアは不満気な表情を浮かべてお父様を見つめる。
お父様は少しだけ困ったような顔をすると、
「今はまだジュドー殿下の婚約者候補はエレノアである。婚約者候補であるエレノアが同席せず、オフィーリアだけが同席しているのはおかしなことだろう。それに、オフィーリアはエレノアよりも自分が皇太子妃に相応しいとジュドー殿下にアピールしたいのであろう?それには二人一緒にいた方がジュドー殿下も比較しやすいのではないだろうか?」
「それもそうね。いいかしら?エレノアお姉さま?」
オフィーリアは笑顔を浮かべながら問いかけてくる。
嫌だと言えたらどんなにいいことか。
お父様とお母様の前でオフィーリアの問いかけに否と答えると、お父様とお母様から叱責されるのは目に見えている。
「ええ。構わないわ。」
私はオフィーリアの問いかけには是と答えるしかないのだ。昔から。
オフィーリアは私の答えを気に入ってか、満足気ににっこりと笑った。
かくして私はジュドー殿下にオフィーリアと比べられることになったのである。
でも、ジュドー殿下は常識人だと私は知っている。
ジュドー殿下は上辺だけでオフィーリアのことを判断しないはずだと私は確信している。ジュドー殿下は皇太子として、教育されてきたこともあり、人を見る目には肥えているはずだ。
ジュドー殿下の周りには爵位ではなく、それぞれの分野で優秀だと言われている者だけを周りに置いている。身分を気にせず有用で信頼できる人物を傍に置いていることは周知の事実だ。
だから私はジュドー殿下はオフィーリアのことを選ぶことはないと思っている。
それでも、今までオフィーリアにすべてを奪われてきた私は不安を感じざるを得ないのだった。




