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「可愛い可愛いオフィーリア。今日はどこに行っていたのかしら?馬車で出かけたようだけれども。」
夕食の時間は、お父様とお母様とオフィーリアと私の4人で食堂で顔を合わせながら食事をとる。
お母様がオフィーリアが外出していたのでどこに行ったのか確認をおこなう。
オフィーリアが外出した時はいつもそうだ。
私が外出してもお母様はなにもおっしゃらないのに。オフィーリアが外出した時はどこに行ったのか、何をしたのかを根掘り葉掘り聞きだす。
それほど、お母様はオフィーリアのことが大事で気にかけているのだろう。
「王城に行ってまいりましたわ。」
「あら?なぜ、王城に?お父様に会いに、かしら?」
お父様は王城に仕事に出かけることが多い。週3日は王城に行き、王城で仕事をしている。宰相ほど地位のある仕事ではないが、それでもオールフォーワン侯爵なのだ。文官の管理職についている。
「そうだわ。お父さまにお会いするという口実で王城に入ればよかったのね。私ったら失念していましたわ。」
オフィーリアはパンっと両手を合わせて良いことを思いついたとばかりにキラキラと瞳を瞬かせた。
それに驚いたのはオフィーリア以外の私たち3人だ。
「まあ。オフィーリア。あなたは王城に何をしに行ったのかしら?」
「私に会いに来る以外で王城に用事などないだろう。どういうことだい?オフィーリア。」
「オフィーリア。王城は軽々しく遊びに行く場所ではありませんわ。」
驚いて食事をする手をとめて、私たちはオフィーリアを凝視した。
オフィーリアは私たちには気にも留めず、今日のメインディッシュである白身魚のソテーを優雅に口に運んでいる。
「ジュドー様にお会いしに行ったのですわ。でも、王城の門番に止められてしまいましたの。そこでお父さまのお名前を出せばよかったのですね。私ったら、まだまだ未熟ですわね。」
「なっ……。」
「オフィーリアっ……。」
「なんてことっ……。」
私たちは開いた口がふさがりません。
まだオフィーリアは成人前の少女だとしても、王城に軽々しく遊びに行くなどと発言していいはずがありません。
オフィーリアの教育はどうなっているのだと、私はお母様に視線を移しました。
お母様は私の視線になど気づかず、顔を真っ青にしてオフィーリアを見つめています。お父様も、驚愕した表情でオフィーリアのことを見つめていました。
「オフィーリア。君はサイフォーネ先生の教育を受けているのだよね?」
お父様はやっとの思いで声を出しました。
サイフォーネ先生というのは、貴族令嬢の教育を主におこなっている初老に差し掛かった先生です。私も幼少の頃からサイフォーネ先生の厳しい授業を受けて育ちました。
貴族令嬢はサイフォーネ先生の厳しい教育を受けてこそ一人前になれると噂されているほどの先生です。
「……サイフォーネ先生には多忙を理由にオフィーリアの教育を辞退なされました。オフィーリアがサイフォーネ先生の教育を受け始めて一週間経ったくらいです。」
お母様が震える声でお父様に真実を告げる。
サイフォーネ先生はオフィーリアが10歳になった頃から私と共にオフィーリアを教育し始めた。しかし、オフィーリアがあまりにも飲み込みが悪かったのか、サイフォーネ先生はオフィーリアを見限っていたのである。
サイフォーネ先生はその分、私を厳しく教育し始めたのだ。
「なん、だとっ……。だが、サイフォーネ先生は定期的にこの屋敷に来ていただろう。多忙などとは……。」
「エレノアの皇太子妃教育に力を入れたいとそうおっしゃいまして……。皇太子妃になるには通常の令嬢教育では足りませんわ。だから、私はサイフォーネ先生にエレノアの教育に力を入れてほしいと思いまして、オフィーリアには別の先生を、と……。」
「……そうか。サイフォーネ先生は……そうだな。エレノアの皇太子妃教育に力を入れるのはわかる。ああ、そうだな。いくらサイフォーネ先生だとしても、皇太子妃教育と令嬢教育の両方を受け持つのは確かに厳しかっただろう。エレノアの皇太子妃教育の方を優先させたのはわかった。」
お父様は頭を抱えながらも頷いた。
「して、オフィーリアの教育担当はどうなっているんだね?」
「……今はおりませんわ。お願いする先生方がみな、数日で去って行ってしまうんですの。」
お母様は困ったようにため息をつきました。
「……どういうことだね?」
教師が次々とやめて行ってしまうことについて、お父様は危機感を覚えたようです。身を乗り出して、お母様とオフィーリアのことを交互に見つめました。
「あら、簡単なことよ。あの程度の教師では私に教えられることがないそうよ。それだけ、私は優秀ってことですわ。お父さま。心配はいらないわ。」
オフィーリアはそう言って自信満々な笑顔を浮かべるが、王城に気軽に行っても構わないと認識しているオフィーリアのどこが、優秀なのだろうか。まったく教育が足りていないような気がする。
「え、ええ。どの先生も、数日するとオフィーリアに教えることは何もありませんと……。ですから、オフィーリアはそれだけ優秀なのだと私も思っていたのですが……。まさか、王城に用事もないのに行くだなんて……。」
「あら。用事ならありましてよ。お母さま。ジュドー様にお会いするという大切な用事がありましたもの。」
「……それは、ジュドー殿下がオフィーリアに会いたいと言ったということかな?」
オフィーリアは悪気もなくそう言いのけると、お父様がすかさずオフィーリアに確認します。
「いいえ。直接ジュドー様にそう言われたわけではございませんわ。でも、ジュドー様はエレノアお姉さまよりも魅力的な私に毎日でも会いたいと思っているはずですわ。」
オフィーリアはそうお父様に言いました。
やはり、オフィーリアは私を押しのけてでも皇太子妃になりたいようです。
「……確かにオフィーリアはそこらの令嬢よりも魅力的で愛らしい。それはわかっている。だが、それだけの理由で王城に行くなど……。」
「そうよ。オフィーリア。あなたは皆に愛される天使のような子ですわ。ですが、ジュドー殿下から指示されない限りは王城に行ってはなりません。ましてや、ジュドー殿下はあなたの姉であるエレノアの婚約者候補なのですよ。姉の婚約者を奪うなどと、そのような恐ろしいことしてはならないわ。」
お父様もお母様もオフィーリアのことを止めようとしてくれます。
今まで、オフィーリアのことを目にいれても痛くないほど可愛がって、オフィーリアが欲しがるものはすべてプレゼントしてきたお父様とお母様だというのに。
さすがに、私の立場までをも奪おうとするオフィーリアには外聞が悪いと言ったところでしょうか。




