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「エレノアお姉さまったら、私が呼んでいるのだから返事くらいなさってください。」
「あら、ごめんなさい。オフィーリア。少し考え事をしていたわ。」
「もうっ。エレノアお姉さまったら。私のこと見ててくれないとすねちゃいますからね。」
「はいはい。オフィーリアはとっても可愛いわね。」
「ぷっ……。君たち姉妹は随分と仲が良いようだね。とても良いことだ。」
吹き出すような笑い声で、私はまだユリアさんが一緒にいたことに気づいた。
ユリアさんそっちのけで自分の世界に入ってしまっていた自分が恥ずかしい。
「ご、ごめんなさい。つい……。」
「そうそう。エレノアお姉さま。ユリアさんがね、良ければ劇団に入らないかって。劇団員と言っても演じることだけが仕事ではなくて裏方も必要なんだって。お給金も出るみたいだけど、どうかなと思って。」
「ま、まあ。そのような話をしていたの。私、すっかり意識がどこかに行っておりましたわ。お恥ずかしい限りです。」
オフィーリアがユリアさんとの話を教えてくれた。
どうやら就職先として劇団はどうかと誘ってくれたようだ。
家を追い出されたと言ったから、不憫に思って声をかけてくれたのかもしれない。
「ありがとうございます。ですが、私はお父様から絶縁された身ですが、オフィーリアは違います。オフィーリアは家を飛び出してきたのです。きっとお父様とお母様はオフィーリアのことを探すでしょう。ですから、早めに王都から出たいと思っております。」
私はユリアさんの提案を丁重にお断りする。
本音を言えば、舞台の仕事に興味があるのも事実だ。後ろ髪惹かれる思いではいるが、オフィーリアのことが心配だ。
「エレノアお姉さま。あの人たちのことなど気にすることはありませんわ。たとえ探しに来たとしても問題ありませんわ。」
「オフィーリア。その時は私が守るわ。」
「ふふっ。探しにこれるような余裕はないと思いますわ。」
オフィーリアは不敵に笑った。
上流階級は噂が出回るのが早い。
やれ、どこの侯爵がどこの貴族令嬢に手を出した、とか。どこの伯爵家の令息が女優に入れあげているとか。あの男爵家の令嬢は身分も弁えず皇太子殿下にすり寄っている、とか。
社交界に出れば噂は聞きたくなくても耳に入ってしまうものだ。
まあ、私は外に出る機会がなかったのであまり噂話を聞いたことはないけれど、そこは外に出てばかりだったオフィーリアの方が詳しいだろう。
「私たちのことが噂になっているのかしら。」
「ええ。絶対噂になっているわね。皇太子妃候補のエレノアお姉さまを勘当なさったのよ。しかも、社交界ではエレノアお姉さまは秘めたる薔薇と噂をされている深窓のご令嬢。非の打ちどころがなかったエレノアお姉さまを勘当したのだもの。今頃お父さまとお母さまは針の筵よ。」
「そういえば、ソフィーナ様とアニス様にもお父様とお母様は間違っていると先日のお茶会で言われたわ。」
「そうでしょう。あきらかにお父さまとお母さまは私たちの教育を間違えた。誰がどう見てもエレノアお姉さまは悲劇の人よ。それこそ、面白そうな劇になりそうだわ。」
「オフィーリアったら。」
「いいね、それ。君たちさえ良ければ、君たち姉妹の置かれていた環境を劇にさせてくれないか?それを王都で上演するんだ。瞬く間にその話は有名になるだろう。」
「まあ、ユリアさんまで……。」
楽しそうにオフィーリアは笑いながら言うと、それに同調するようにユリアさんが乗ってきた。
確かに劇にすれば、多くの人がオールフォーワン侯爵家の実情を知ることになるだろう。
お父様とお母様がオフィーリアと私にしてきたことも世間に知れ渡るに違いない。
「乗ったわ!協力するわよ!」
「さて、劇にするには恋愛を絡ませた方が観客の話題になるだろう。皇太子殿下との恋愛にするかい?」
「それは微妙だわ。だって、皇太子殿下との恋愛話にしてしまったら、悲恋になってしまいますわ。」
ユリアさんの提案はもっともだが、家を追い出された令嬢では皇太子殿下との恋愛には身分が障害となる。身分違いの恋も燃えそうではあるが、現実味がなく、ジュドー殿下に飛び火する可能性がある。
「それならいっそのこと、私とエレノアお姉さまの恋愛にしてくださらないかしら?」
「ええっ!?」
「おや。それは面白いね。実はオフィーリアは男性だったというのはどうかな?」
「いいわね。お母さまは可愛がるための娘が欲しかったけれど、産まれてきたのは男だった。だから、その子を女装させて育てるの。そしてその子はエレノアお姉さまに禁断の想いを抱き、最後には手に手を取り合って侯爵家を出ていくのよ!禁断の恋!それは蜜の味!!」
「いいね!ぜひ、その設定で行こう!!」
「……オフィーリアは女の子よね?」
「ああ。私が男の子だったらどんなにいいことか……。そうしたらエレノアお姉さまとの障害もなくなるのに……。」
芝居がかった声でオフィーリアが言う。
「血がつながっているのだから、どちらにしろ障害にしかならないわよ。」
私はあきれた声でつぶやくが、オフィーリアはさらに続ける。
「恋に障害はつきものなのよ。」
「はいはい。」
こうして、私たちはオールフォーワン侯爵家の所業を劇にすることにしたのだった。




