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「あら、まあ。そうでしたの。エレノア様も時間をかけてでも趣味を見つけるといいですわ。趣味があれば、お友達も沢山出来ますし、様々な情報を収集することもできますわ。皇太子妃として一番大事なのは情報を収集する能力だと私は思っておりますの。エレノア様は皇太子妃として必要なことは何だと思いますか?」
ソフィーナ様はそう言ってにっこりと笑みを浮かべた。
「……私は、ジュドー殿下を支えていくことだと思っております。」
「支えるだけか?支えるだけなら信頼のおける臣下でも十分可能だろう。皇太子妃は支えるだけでは足りない。そもそも、支えるとはどのように支えるということかな?」
ソフィーナ様の質問に答えると、すぐさま反論するようにアニス様が問いかけてきます。
「ジュドー殿下が政務をおこないやすいように周囲を整えて、ジュドー殿下に限ってそのようなことはないとは思っておりますが間違った方向に進もうとなさるようなら止めて差し上げて……。」
「政務をおこないやすいように周囲を整えるとは?具体的には?間違った方向に進んでいると判断する材料は?」
「そ、それは……。」
アニス様は、私の発言をさらに掘り下げようとしてくる。
まるで、粗探しをしているようにも思えて私は身構えてしまった。
「皇太子妃になるというのなら今から詳細まで詰めておくべきだ。そりゃあ、月日が経てば意見も方法も変わっていくかもしれないが、具体性もなく進んでいくのと詳細をつきつめてから進むのでは変わってくる。それが平民なら良い。だが、国母になるであろう皇太子妃としては漠然とした思いだけでは足りない。エレノア様には確固たる意志はおありか?」
「わ、私は、皇太子妃として必要な教育を幼い頃から受けており、他のことに意識を向けることなど時間が許さず……。ですから、皇太子妃になってから今まで受けてきた教育を活かせればと……。」
「それでは遅いっ!あなたには確固たる信念もなにもないのかっ!?皇太子妃になってから考えるだなんてあまりにも考えが甘すぎるではないか。教育を受けてきた?誰に?その教師は前皇太子妃なのか?王妃なのか?王妃にも皇太子妃にもなれなかった者の教育が全てだとあなたは言うのか?」
アニス様の勢いは段々とヒートアップしてきました。
私はその勢いにますます縮こまるしかありません。
今まで私が受けていた教育は皇太子妃として正しくあれ、すべての女性の見本であれ、ということ。皇太子妃になったらこうしたい、ああしたいなどということは考えてこなかった。
それが、アニス様には気にくわないようです。
「……アニス様。アニス様のお気持ちはわかりますわ。アニス様も私も皇太子妃としてどうこの国を発展させていくか、どう近隣諸国と争いを起こさずに手をとって行くか、そう考えて参りましたものね。ですが、エレノア様はそうではなかった。アニス様の落胆されるお気持ちもわかりますが、それは、エレノア様の所為ではありません。エレノア様に、教育を受ける以外の自由な機会を与えなかったエレノア様のご両親の過ちだと私は思います。ですので、そのようにエレノア様を責めるのは違うかと……。」
ソフィーナ様はやんわりとアニス様のことを止めてくださるが、ソフィーナ様の言葉は私に深く突き刺さった。
私は、オフィーリアが皇太子妃になるには相応しくないと思い込んでいたが、私こそが皇太子妃になるには相応しくなかったのだとソフィーナ様とアニス様の言葉を聞いて思い直した。
勉強ばかりしてきた私は、視野が極端に狭くなっていたような気がする。
オフィーリアに私が皇太子妃に相応しくないと言われるのもわかるような気がした。
「エレノア様の妹君は活発な女性だと聞いている。活発過ぎるきらいはあるが。エレノア様と妹君を足して2で割るくらいがちょうどいいのではないか?なににしても、オールフォーワン侯爵家は姫君たちの教育方法を間違えた。これだけははっきりと言えるな。」
「アニス様っ!それをエレノア様におっしゃっても仕方がありませんわ。エレノア様、エレノア様はなにも悪くないのですから、アニス様のおっしゃることはお気になさらずに。今からでも遅くありませんわ。私たちと一緒に視野を広げていきましょう。」
その後のお茶会は始終憤慨しているアニス様をソフィーナ様が宥め、落ち込んでいる私をソフィーナ様が宥め、始終気まずいまま終わりを告げた。
落ち込んだ気分のまま家に戻ると、
「エレノアお姉さまっ!どうして私を次期皇太子妃候補が集まるお茶会に連れて行ってくださらなかったのっ!私も皇太子妃になりたいと言ったのに!」
オフィーリアが屋敷の玄関先で私のことを手厚く出迎えてくれた。
「ちょっ……!エレノアお姉さま、何を泣きそうな顔をしているんですのっ!お茶会でなにか言われたのかしら?エレノアお姉さまを泣かせるような人たちに皇太子妃は務まらないわっ!やっぱり私が皇太子妃になりますわっ!!」
オフィーリアの姿を見たらなぜだか涙が溢れてきてしまい、思わずオフィーリアに抱きついてワンワンと声を上げて泣いてしまいました。
人前で泣いてはいけない、そう教わってきたのに、私は自分を抑えることができなかったのです。




