何も知らない少年と、破壊を目論む女
気付いた頃には引くほど長くなってた。
零が目を開くと真っ白な世界の中にいた。
そして、殺風景なその場所には、たった一つ黒い光があった。
(なんだ、あれは)
零が理解の追いつかない状況に戸惑っていると、その黒い光は落ち着いた女性の声で語りかけてきた。
「少年、これから君と私は一つになる. . . . . もう二度と、こうして言葉をかわすこともないだろう。」
(なんなんだこれは. . . 記憶?)
零は自分は返事を出来ず、知らない声の相手が一方的に喋ってきている状況に、誰かの記憶である可能性が高いと考察した。
しかしその後、その黒い光の放った言葉に零は耳を疑う。
「. . . 最期に一つだけ言わせてくれ、何があってもその首飾りだけは外すな、何があってもだ、いいな?」
零はその言葉に驚いて目を見開いたが、すぐ冷静になって、その黒い光をまっすぐに見つめると、ゆっくりと首にかけてあったネックレスのチャームを握りしめ、
(当たり前だ。)
と、心のなかで言った。
零はまぶたを貫通するほどの強い日差しに目が覚めた。
「まぶしぃ. . . 」
間抜けな声でそんなことを言いながら、零は陽の光に左手をかざして目を開け、首と目だけを動かしながら周囲を見渡した。
「?. . . . . 何処だ、ここ」
零はもう少ししっかり周りを見ようと思い、身体を起こし、再度右から左へと周囲を見渡した。だが、少年の左側にある窓が視界に入ったとき、窓に薄く反射した自分の姿を見て、少年はつぶやいた。
「誰だ?」
零は記憶を失っていた。窓に映っている漆黒の髪に、深紅の瞳の少女のような顔をした少年に、零は見覚えが無い。思わず「誰だ?」と口にした瞬間、口の動きで、それが自分である理解した。
何一つ理解できない状態に混乱していると、今度は少年の右側にある扉が開いて、藍色の長い髪の白衣の女が入ってきた。
「やぁ、はじめましてでいいのかな」
零は警戒しながら、窓の反射で見た自分より年上だろうと判断して敬語で答えた。
「. . . はじめまして、ここは病院かなんかですか?」
「いや違うよ、ここは私の研究所だ。
あと、私に敬語は不要だ。」
「そうですk. . . そうか、分かった。」
そう言うと白衣の女はベッドの横に置いてある机から椅子を引き出して座った。
「私の名前は、四季条寺 天音だ、そして君の名前は、黒羽 零だ。」
「天音、か、よろしk」
零が言葉を返そうとすると天音はそれを無視して言葉を続けた。
「単刀直入に言う、君には私の協力者として働いてもらう。」
「どういうことだ?俺はまだ自分のこともよくわかんないんだ、先に説明を頼む。」
「ふむ、それもそうだな。」
天音は納得したように小さく頷くと、零のことについて語った。
「まず君は、この世界の人じゃない。」
「どういう意味だ?」
「文字通りだ、君は秩序の世界から、この混沌の世界に『特異点』といわれるゲートをくぐってきた召喚者なんだ。」
「にわかには信じがたいな。」
零がそう言うと、天音は何かを考えるように右手で口元を覆った。
「なぁ、零」
「ん?」
「君の記憶はどの程度残っている?」
「記憶か、言葉とかは問題ないけど、それ以外は皆無だな。」
「自分の性別は?」
「今さっき体を起こしたときに感覚で男だと分かった。」
「自分を『俺』と呼んだのは?」
「. . . 確かに、なんで俺は俺を『俺』と呼んだんだ?」
天音は零にいくつか質問をすると、また先ほどと同じようなポーズで考え始めた。
「なるほど、おそらくだが、肉体に染み付いたものを、無意識下で活用しているような状態だと思う。」
「記憶を失う前に当たり前に活用していたものは、忘れていないってことか。」
「ああ、仮定でしか無いが、そんなところだろう。
. . . 少し話が脱線したな、とりあえず君はこの世界の人ではない、そして君はおそらく不死身だ、一度シュレッダーやミキサー、プレス機にかけたが当然のように復活した。」
「エ?」
「そして君からは、はっきり言ってきしょいくらいの生命力が溢れ出している。そしt」
「ちょい待て待て待て」
零が天音の言葉を制止した。
「何だよ、人の話は最後まで聞けよ。」
「聞きたいのはやまやまだが理解できてねぇんだよ。」
「ふむ、そうか、
. . . . . でもまぁ、とりあえず、なんとなくで理解してればいいよ、君は不死身で生命力が溢れてる、言葉通りな。」
零は、なんとなく理解したような反応を見せながら、
「他に言うことはないのか?」
と聞いた。
それに対し天音は少し申し訳なさそうにしながら答えた。
「いや、あるにはあるんだけど、今伝えるとまた君が混乱すると思うから、必要になった時に伝えるよ、」
「そうか」
零は、少し申し訳なさそうにしている天音に気まずさを感じて、話を逸らすことにした。
「さっき俺に、働いてもらうとか言ってたけど、何がしたいんだ?」
「私の目的は、一つだ、
この腐った世界をぶっ壊して、再構築する。」
「思ったよりやばいことしようとしてるな。」
「そう!、その通りだ。
だからこそ君が必要なんだよ、絶対に死ぬことがない君がね。」
「俺に拒否権は?」
「さっきも言った通り、無い」
「デスヨネ〜」
零は反抗はやめて黙って従うことにした。
「それで俺は何をすれば良いんだ?」
「お、いいね、やる気だね。」
「諦めただけだ、黙ってやるべきことを言え。」
零が呆れたようにそう言うと、天音は立ち上がって答えた。
「仕事の話ならリビングに行こう。」
天音はそう言って振り返り、ポケットに両手を突っ込んで歩き出した。
「ああ」
零も返事をすると、ベッドから降りて天音の後ろをついて行った。
リビングに着くと、天音は一人掛けのソファにドスッと腰を下ろし、零にテーブルを挟んだ先にある三人掛けのソファに座るように促した。
「研究所というより、ただのレトロでしゃれた家って感じだな。」
「まぁな、実際ここは居住スペースで、研修所は地下深くにあるんだ。」
「そういうことか、研究をするには狭いと思ったんだ。」
「1人で住むにはこのくらいが落ち着くんだよ. . .
それじゃ、本題に入ろうか。」
「ああ」
「君にして欲しいことは色々あるが、まず帝都にある『帝立ヴァイノ学院』に生徒として潜入することだ。」
「学校に?」
「ああ、私が一番はじめに壊したい国『ディヴァイゼル帝国』の軍事力のほとんどがその学院に詰まってるんだ。」
「軍事力のほとんどか、なかなかヤバそうだな。」
「君の想像通り、かなりヤバイ」
「ヴァイノ学院は、強さごとにDからSでクラス分けされてるんだが、一番下のDクラスの連中でさえ、他国の軍人が相手にならないくらいには強い。」
「思ったよりやばいな、DでそれならSとかどうなるんだ?」
「私はSクラスの奴1人と仲良くしてるが、そいつの力なら、容易く世界を滅ぼせるだろうな。」
「怖、いったいどんな奴なんだ?」
「うーん、一言で言うと、変な子だ。」
「変な子?」
「まぁ、どのみち会うことになるだろうし、どうせ友達になるだろうから、学院に行ってのお楽しみだな。」
「友達って作っていいのか?」
「逆に作ったほうがいいだろう、1人でコソコソ動くとかえって怪しまれるからな。」
「なるほどな」
零が理解を示すと、天音は立ち上がって、さっきまで座っていたソファの後ろにある本棚のところまで行き、分厚い本を一冊取り出して零に渡した。
「なんだ?これ」
「この世界のことについて書いてある。私が口で説明するよりかは分かりやすいはずだ、時間があるわけじゃないが、空いた時間に読んでおいてくれ。」
「分かった。」
「君には学院に入る前に、その準備として、いろいろやってもらわないといけないことがある。割とたくさんあるから、紙に書こう。」
「ああ、頼む」
天音は懐から無駄に頑丈そうな黒いペンと、革の表紙の手帳を取り出すと、手帳に何かを書き始めた。
一分ほどたった頃、今度は懐から小さいナイフのようなものを取り出して、手帳のページを綺麗に切り離すと、手帳を閉じ、ペンとナイフとともに懐にしまった。
そして天音はさっき切り離したページを零に見せながら説明を始めた。
「まず一番最初にやることは、私が住んでいるこの場所、『禁足地』の管理者に会いに行く。これは学院潜入とは直接関係ないんだが、管理者から君が起きたら会いにこさせるようにと言われているからな。」
「お前禁足地に住んでんの?」
「ああ、ここの管理者とはもともと知り合いでね、特別に住んでいいと言われたから、その言葉に甘えてもう8000年近く住んでるよ。」
「8000年?」
零は突然あることが怖くなり質問してみた。
「俺って. . . 何年寝てた?」
「だいたい2800年くらいかな」
「その間ずっと診ててくれたのか?」
「もちろん」
「マジか. . . 迷惑をかけたようだな。」
「いや、私にとっても君の身体沢山いじれてかなり楽しかったし、迷惑でも面倒でもなかったよ。」
天音は楽しそうに答えたが、零は寝ている間に体をいじくり回されてた事実に、少し恐怖した。
そんな零には構わず、天音は紙に書いてある中の2番目の項目を指差しながら次の話に移った。
「そして、その次にやることだが、サキュバスの協会に交渉に行くことだな。」
「サキュバス?」
「あそっか、忘れてるんだったな、サキュバスってのは、男の体液を通して生命力を奪って生きる淫魔だな。」
「でもなんでそんな危ない連中のところに行くんだ?」
「それは、今の君は、人間と言うには少し無理があるからだ。」
「どういうことだ?」
「さっき説明した通り、君の体からはきしょいくらい生命力があふれまくってるわけだが、その状態は一部の霊能力者から見れば、人間と言うより化け物にしか見えないし、霊とか、サキュバス含め悪魔どもに狙われまくることになる、そこで溢れまくってる生命力を抑えるために、サキュバスの教会に君の血液をあげる代わりに、サキュバスの王様を貸してくれって持ちかけるんだ。」
「そのサキュバスどもはそれに応じるのか?」
「ああ、応じるさ、あいつらにとって王の空腹を満たすことは悲願だ、お前だけがそれに応えることができる。
私にとっても. . . 」
「天音?」
零から見た天音の顔は少し泣きそうな顔をしていて、先ほどまでの天音とは全く違う雰囲気に、思わず零は声をかけた。
すると天音はハッとしたような顔をして何事も無かったかのように話を続けた。
「とにかくここでの目的は、サキュバスの王、エルゼリア・アーデラートを君の肉体に住まわせて、溢れまくってる分の生命力を全て吸収してもらい、君を完全な人間に見えるようにすることだ。」
「. . . 分かった」
零はエルゼリア・アーデラートと天音の関係が少し気になりながらも、天音の態度から聞くべきではないと判断した。
「次は最後の3つ目だが、これはとても単純で、君に強くなってもらう、地下の研究室の中には、5km✕5km✕5kmの壊せない壁に囲われた空間がある、そこでしばらく禁足地の管理者や私と殺し合ったり、異能や、魔法の訓練をする。」
「なんか2つ目よりハードそうだな。」
「実際ハードだと思うぞ、私も、ここの管理者も弱くないしな。」
「それに、魔法はなんとなくイメージつくんだけど、異能ってなんだ?」
「異能ってのは、そいつ固有の能力のことだ、別の世界から渡ってきたやつが持っている異能は、全て神威と呼ばれている。」
「なるほど、自分だけの能力ってことか。
その口ぶりだと俺もその神威ってのを持っているんだろ?」
「ああ、しかもかなり使い勝手のいいものをな。」
「天音は俺の神威を知ってるのか、どんな力なんだ?」
零がそう尋ねると、天音は先ほど本を取り出した本棚の隣の棚から黒い薬品が入った瓶と、機械的な見た目の注射器を取り出し、薬品の瓶の蓋を開け、注射器に瓶をはめ込んだ。
「実際に見たほうが早いだろうからな、腕出してみろ。」
「あ、ああ」
零が恐る恐る腕を差し出すと、天音は注射器を零の腕に押し当て、親指でスイッチのようなものを押した。するとプシューと言う音とともに、中身の薬品が零の腕に注入され、その直後零の腕に異変が起きた。
「なんだこれ、」
零の腕と、その腕が触れているテーブルから湯気が出ており、零自身がその不気味な光景に困惑していた。
「これが君の神威、自らの肉体とその肉体で触れているものを素粒子レベルまで分解し、自由自在に操る力。」
「確かに、使いやすいかもな。」
「学院側は神威の特定方法を知らない、君のこの力は、神威の偽装にだって使える。学生として動くときと、私のもとで動くときで能力を別物にすれば格段にバレにくくなるだろう。」
「へぇ、意外と面白い力だな。」
「まぁ、そんなところだ。
明日、禁足地の管理者に会いに行くから、それまではさっき寝てた部屋で本でも読んどいて。」
「了解した。」
次回は禁足地の管理者に会いに行くぞよ。