天は自ら助くる者を助く -1
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nullとノア=キョウは、他愛のない雑談を交わしながら、神殿へと続いていた長い階段をゆっくりと降りていた。
戦いの話も、武器の話も出ない。ただ静かで、穏やかな時間が流れている。
やがて階段を下り切り、来たときとは別の獣道を抜けると、自然と賑やかな広場へと続く道へと合流する。そのまま足を進めていけば、広場の一角で見知った顔ぶれが談笑している様子が目に入った。
どうやら彼らも、会場から出てきたばかりらしい。まだ知り合って間もないはずなのに、その雰囲気は一様に親しげだった。その光景に、nullは思わずクスリと笑う。
気がつけば、自然と彼らの方へ足が向いていた。
「お疲れ様」
声をかけると、レーネがキラキラとした目でこちらを見て、大きく手を振る。バルトとエトも手を上げて歓迎し、もちろんシカクたちも同様だった。
漏れ聞こえてくる会話から察するに、イベント会場内でいくつか追加の発表があったらしい。ちょうどいいタイミングで合流できたと判断し、nullとノア=キョウはそのまま輪の中へと加わった。
「どこ行ってたのー?」
マルがそう声をかけると、シカクも興味深そうにこちらを見てくる。さて、どう誤魔化そうか――と考えかけた、その時。一歩前に出たエトが、静かに指を立てた。
「ナル、いくつか相談と共有があるよ」
普段よりもわずかに真剣な表情。その雰囲気に気圧されたのか、マルたちは自然と口を閉じ、エトへと視線を集める。nullもまた、これは都合がいいと判断し、小さく頷いた。
「一つ目。まず、このイベント終了後に、次の層へのダンジョンが解放されるって。正式に発表があったよ」
「――成程ね。」
nullと同様に話を聞いていたノア=キョウも、興味深そうに頷いた。
イベント開始前から、いくつかの予想や噂話は飛び交っていたが、結果はまさにその通りだった。特段驚くほどの内容ではない――それでも、やはり胸が躍る話である。
これまで、どれほど多くのプレイヤーたちが次回層への道を探し続けてきたことか。その道に、ようやく光が差したのだ。
null自身は、切羽詰まって探し回っていたわけではない。それでも、ずっと気にはなっていた内容だっただけに、自然と気持ちは高揚していた。
「で、二つ目ね。報酬に関して」
その言葉を聞いた瞬間、nullはそっとエトから視線を逸らす。
大概こういう切り出しは、ろくな話ではない。と予想は、あまりにも容易だった。
「さっきさ、ナルに配布されるだろう予想金額を、みんなで計算してみたんだよね。 それで……やっぱり、ちょっと分配が偏ってないかなーって」
「ナルさんのことだからな。 分かってて会場から逃げ出したんだろう、って結論に至った俺たちは、 その分、対策を練る時間をゆっくり取れたってわけだ」
――やっぱり。
ある程度こうなることは、最初から分かっていた。となれば、ここからは思考の切り替えが必要だ。
「つまり……取引がしたいってことね?」
にっこりと笑ってそう告げると、数人が思わず口元を引き攣らせた。
「い、いや……そうじゃなくて……――」
「だって。そうじゃないと、約束を破るだけになっちゃうでしょ? ――みんなが。」
主導権というものは、渡した瞬間に意味を持つ。ならば、先に握ってしまえばいいだけの話だ。
「まぁ、待ってよナル。 まずはさ、どのくらいナルにお金が入るかって話からしようよ」
まだ余裕そうなエトは、流石と言うべきだろう。
この中では確かに付き合いが一番長く、これまでにも何度となく、こうした話し合いを重ねてきた相手だ。場の空気や、nullの出方を読むことにも、多少なり慣れているのかもしれない。
「それで? いくらくらいになりそうなのかな?」
軽く首を傾げてそう尋ねる。
nullの最初期の想定では、せいぜい50万G前後。だが、思った以上に多くのランキングへ入賞したことで、今は100万G前後という認識に変わっている。
それでも――彼らの態度を見る限り、150万G前後まで跳ね上がっていても不思議ではなさそうだった。
(さって、……どうしようかなー)
別に、妥協したって構わない。だが、こうした交渉もまたロールプレイの一種であり、れっきとしたゲームだ。
どこまで許容し、どこまで要求を呑ませるか。相手が無意識のうちに、こちらの意図した言動を取ってくれるか。――要求を呑んでしまった。と気付かれない形で話を進めることも、重要な要素である。
「まず、総合ランキング二位で70万。 人気投票、技巧賞、生存賞、ドラマ賞を合わせて40万。 それから、僕たちから合計20万G。 ……で、総計130万G、だね」
「うーん……思ったより少ないな……」
思わず零れた本音が、その場の空気を一瞬で凍りつかせた。
「だってさ。オークションでの落札価格、千Gだったでしょう? 手数料を引いても、エトたちの手元には300万Gくらい入ってるはずで…… そこに、私に賭けたことで30万G。つまり、三倍近くは回収してるわけでしょ?」
淡々と、指折り数えるように言葉を重ねる。
「それに私は、イベントで武器の宣伝までしてる。 ……あれ? やっぱり、割に合わないな……」
考えながら零した言葉の一つ一つが、レーネとバルトの表情をじわじわと曇らせていく。二人の中に、はっきりとした形で浮かび始める感情――「確かに」という納得感。その空気を察した瞬間、エトが口を開いた。
「待ってよ。今回のオークション結果は、個人分配が50万Gくらいで、残りはトライアンヴィルとしての貯蓄と素材費に充てられるんだから……ナルにとっても利はあるでしょう?」
「えー? 今まで素材は全部、自分で回収して。さらに不要分の提供までしてきたよね? それで熟練度や経験値を得てきたはずだけどな――?」
さらりと返された言葉に、エトの声が詰まる。
「それは……――!」
「それにさー。素材分を抜いても、ちゃんと報酬は支払ってきたよね? そっちの無茶ぶりにも、毎回耐えてさ♪」
楽しげな口調とは裏腹に、指摘は正確だった。
「―――あ……」
言葉を失ったエトの横で、nullは視線をずらす。
「ねぇ、レーネ。どう思う?」
突然振られたレーネは、肩をすくめながら視線を泳がせる。
「私は……その……」
答えに詰まったレーネと、同じく言葉を失っているバルト。二人の表情は、完全に分が悪い側のものだ。
「まぁまぁ、ナルさん。さ、一旦こっちの話も聞いてくれるだろう?」
そう言って話に割って入ったのは、山各だった。プルプルと震えながら、レーネとバルトは助けを求めるような目でこちらを見る。
(少し、苛めすぎちゃったかな…?。)
nullは小さく小首を傾げながらも、今度は山各へと視線を移した。
「なあに?」
間の抜けた返事とは裏腹に、視線は逃がさない。
「俺たちはさ……別に、ナルさんに10万Gも払う必要があるのかって話なわけよ」
「つまり――約束は守らない人ってことで、いい?」
ぴたり、と空気が止まる。
「え……?――いや、約束って……」
「したよね?イベントが始まる直前。 山分けしてくれるって話だったでしょう?」
淡々と、しかし逃げ道を塞ぐように言葉を重ねる。
「それに、エトたちとこうして出会えたのも私のお陰じゃない? 情報料として取ってくれてもいいけど……別途、情報料として徴収しようか?」
にこり、と微笑む。その瞬間、山各の表情が分かりやすく引き攣った。
「だから言ったろ?山各。 ナルさんには勝てないって。諦めろ。 むしろ、ナルさんのお陰で俺たちは武器の新調もできるんだから」
シカクが肩をすくめてそう言う。
「う、うん……僕も……2万Gくらい……別に、いいよ……? シカクが4万G出してくれるって、言ってるし……。 ……いいんじゃ、ないかな……?」
おどおどとしながらも、はっきりと意思を示すペンタゴン。その言葉に、山各は大きく息を吐き、観念したように頷いた。マルはどうかと視線を向ければ、返ってきたのは満面の笑みだった。
「あ、私は別にいいよー! イベント中も助けてもらったし、何より……これからのナルに期待してるから。 初期投資って考えてもいいし、どっちにしても得してるし♪」
あっさりとOKを出され、山各はがっくりと肩を落とす。
「……分かったよ」
渋々と引き下がるその様子を確認してから、nullは軽く手を叩いた。
「さーーて、これでお話は終了かな?」
すべての意見を跳ね返し、変わらぬ笑顔を向ける。そのまま、頭上から零れたため息に気づいて視線を上げた。
「……よくやるな」
呆れが半分、感心が半分。そんな表情でこちらを見下ろすノア=キョウと、しばし視線が交わる。何か言い返そうとして――結局、言葉は見つからず。nullは小さく肩をすくめ、そっと視線を逸らした。
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