棚から牡丹餅 -2
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ステージ上では、レギュール説明を続けている。そこにプレイヤー達は楽し気に注目していた。
『そして――総合ランキング10位以上の皆様には、 スチルと、次回イベントへの参加資格が与えられます。』
ざわり、と会場の空気が動き、盛り上がっていたレーネ達もまた視線をステージ上へと戻す。
『次回イベントの詳細につきましては、現時点では控えさせていただきますが、参加資格を有する者のみが挑戦可能となる点だけは、ここでお伝えしておきましょう。』
期待を煽るようにレギュールは一拍置くと、澄ました笑みを浮かべながら続けた。
『皆さま。次回イベントまでに、ぜひ腕を磨き、さらなるご奮闘を。心よりお待ちしております。』
一瞬音が止まり、緊張から息をのむ音が響く。しかし、すぐに熱量が上がりプレイヤー達は思い思いの言葉を投げる。
そんな中、マルがしょんぼりと肩を落とした。
「スチルかぁ……。私、貰えないや……残念。」
シカクが「まあまあ」とでも言うように、軽くその肩を叩いた。
「にしても、次回イベントかー。そっちの詳細を、もうちょい知りたいよなー。」
山各がニヤリと笑いながらそう言って、nullとノア=キョウへ視線を向ける。二人は顔を見合わせ、ほぼ同時に大きく頷いた。
イベント――それは、nullにとっても格別に面白い舞台だ。
これまで培ってきた力を、他のプレイヤーたちがどう発揮するのか。どう立ち回り、どう切り抜け、どんな判断を下すのか。それを読むことも、そこに身を投じることも、嫌いではない。
しかも今回は、参加資格がなければ挑戦すらできないイベントときた。つまりは――。
「……年末イベント、かな……?」
ぽつりと零した言葉に、山各が「おお!」と声を上げて大きく頷いた。
「あぁ、なるほどな! 年末イベントなら、順位付けもガッツリやりそうだな。 トーナメント式で、PvPとかじゃね?」
「PvPかー。ありそうだね。今回は、あくまでPvEだったもんね。そうじゃなかった人たちもいるけど。」
エトがそう言いながら、ちらりとnullへ視線を向ける。しかしnullは気づかないふりをして、すっとステージへと視線を逸らした。
nullもまた、山各と同じ結論に辿り着いていた。次こそは、公式のPvPイベント。参加者が絞られるということは、運営側も見せる気なのだろう。
胸の奥が、わずかに高鳴る。気づけば、口角がほんの少しだけ上がっていた。そのタイミングで、ステージ上のレギュールが声を張る。
『それでは、ここからは各順位に応じた褒賞の詳細を、お伝えしてまいります。』
(――あ、そこはいいや。)
レギュールのその一言で、nullの興味はあっさりと失われた。ちらりと周囲を見渡せば、他の面々はこのまま発表を聞く気満々らしい。誰も彼女と同じタイミングで視線を外す気配はなかった。どうやら、自分だけ温度が違うようだ。
「……私はもういいや。外に行ってくるね。」
そう言って席を立つと、レーネがきょとんと首を傾げる。
「え? いいの? ナルにも関係する話だよ??」
苦笑しながら、nullは軽く手を振った。
「いい。なんか面倒そうだし。重要なことは、どうせ公式サイトに上がるでしょ。」
「そっか。じゃあ、必要そうな情報があったら、後で教えるよ。」
エトの言葉に、nullは笑顔で頷く。
「ありがと。」
そうしてその場を離れ、出口へと足を向けた。途中、何度かきらきらとした視線が向けられるのを感じたが、気づかないふりをして足を早める。
どうやら今回で、思った以上に注目を集めてしまったらしい。
人の少ない場所で、少し息抜きがしたい。そんな気持ちのまま、nullはセレスタドームを後にし、自然の多いエリアへと歩き出した。
「あ~、疲れた。あそこにいたら、せっかく山分けの調整したのに、無駄になりかねないもんねー♪」
ちろりと舌を出し、悪戯な笑みを零しながら、nullは肩をぐるぐると回す。そのまま人の気配が薄れる方へ、森の奥へ奥へと足を進めていった。
どうも、人の多い場所は性に合わないらしい。
解放感に身を委ねるように、深く息を吸い込み、吐く。心地よい風。澄んだ空気。それらを胸いっぱいに吸い込んだ、そのとき、背後から控えめな足音が聞こえた。
同じように考えたプレイヤーだろうか。そう思って振り返ると、そこに立っていたのはノア=キョウだった。
どうやら、追ってきたらしい。nullは小さく首を傾げ、問いかける。
「どうしたの?」
「いや……あのままだと、騒がしくなりそうだったからな。こっちの方がいいと思っただけだ。」
肩をすくめて苦笑する彼の様子から、nullと同じような未来を察知したらしい。確かに一理ある。nullは素直に頷き、再び森の中を歩き出した。
「……どこに向かっているんだ?」
至極まっとうな疑問に、nullは一瞬だけ考えてから答える。
「人が少なそうで……静かそうなところ? なんとなく、こっちかなって。」
「……そうか。にしても、ここで再会するとは思わなかったな。」
彼の言う“ここ”とは、このイベントで――という意味だろう。
リアルで一度会ったきりだった相手と、今こうしてゲームの中で並んで歩いているのだから、否定しようもない。
「確かにねー。まさか、あの時の人と会えるとは思わなかったよ。」
くすくすと笑うnullにつられて、ノア=キョウの表情もわずかに緩む。
基本的に感情を表に出さない彼だが、困った顔や、ほんの小さな笑みなら、この短い時間でも何度か見ていた。どうやら、まったく動かないわけではないらしい。
「いつかは、とは考えていたが……こうして再会すると、なんだか変な気分だな」
「とか言ってー。リアルでは、一回しか会ったことないでしょ?」
「まぁ、会場に見に行きはしたがな。……そういう意味で言うと、俺は二回だな」
「……え”?? まさか……」
「あぁ。その“まさか”だ」
ニヤリと口角を上げたノア=キョウは、隠す気もなく楽しげな表情を浮かべていた。
確かに、あの時。大会の話題が出たような記憶はある。ヴォルコンの話で、柊吾がリーダーだということも、たしか話した気がする。
いや、それ以前に、nullは大会で顔を隠していない。映像を見ただけでも一致してしまうのだから、「試合を見た」ではなく「会場に行った」と言われた時点で、もう逃げ道はなかった。
「……どう、だった?」
ちらりと見上げると、意外そうに目を瞬かせた彼と視線が合う。その反応に、思わず唇を尖らせた。
「……面白かった?」
「あぁ。あんな動きができるとは、正直思っていなかった」
一拍置いて、彼は続ける。
「俺も何度かプレイしたことはあるが……到底無理だ。 奇跡を見たような気分だった」
その声には、わずかだが確かな熱がこもっていた。それがなんだかくすぐったくて、nullは思わず照れたように笑いそうになる。
「……言いすぎでしょ」
ふふっと小さく笑うと、ノア=キョウは首を横に振った。
「いや。そのくらい、あれは凄いプレイだった」
「……そっか。ありがとう」
素直に、それでもどこか居心地悪そうにnullは感謝の言葉を口にすれば、それに応えるように彼もまた「あぁ」と短く頷く。
本当は、もっと軽く。冗談めかして、自慢話の一つとしてネタにできればと思っていた。だが、返ってきたのは想像していたよりも、ずっと真剣で、熱を帯びた言葉だった。さすがのnullも、少し照れてしまう。
自分のプレイを褒められること自体は、嫌いではない。むしろ、嬉しい。それが純粋な評価であればなおさらだ。だからこそ、少しだけ、くすぐったかった。
次回:棚から牡丹餅 -3




