禍福はあざなえる縄のごとし -3
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闇が濃度を増し、フィールド全体が薄ら寒い静寂に包まれる中、nullは眉をひそめ、深く息を吸った。
(……まずいな。)
ほんのさっきまで、nullはホーリー・ランサーを竜の頭へ落とすか迷っていた。しかしあの地割れと影に巻き込まれたプレイヤー達を救う手立てはなく、ただ見ているだけになってしまった悔しさに、奥歯がきつく噛み合わさる。
(……でも、立ち止まってる暇なんてないんだよね。)
一瞬で感情を切り替え、nullは竜を鋭く見据える。
どう倒す――?
どうすれば届く?
どうすれば止められる?
そんな思考の最中、地上で竜へと向かって駆け出す男の姿が視界の端で大きく動いた。ノア=キョウの剣は夜を裂くように光を帯びていた。
「……来た。」
nullの口角が、かすかに上がる。
ノア=キョウは光を纏った剣を持ち、瓦礫の斜面を蹴って一気に跳躍した。しかし、もはや竜の行動を邪魔をする他プレイヤーはいない。自由な竜は冷静に彼へ照準を合わせ、尾を大きく振り上げた、瞬間、nullはミラの引き金を引いた。
――パンッ!
ゲイル・インパクトを付与した弾が風を裂き、ノア=キョウの横をかすめて飛んでいく。弾が竜の尾が彼へ直撃しようとした瞬間――突風が炸裂した。
巨大な尾は横へと弾かれ、軌道が逸れる。ノア=キョウの瞳がわずかに見開かれ、そしてすぐに柄を握りしめ直すと、光の軌跡を残しながら竜の鱗を斬り裂いた。
ザシュッ――!
竜の悲鳴が夜空を震わせ、ノア=キョウは足を竜へと引っ掛け、空中で一度転身しながら後退する。が、反撃を狙うように、竜が前足を伸ばした。
しかしその時、頭上から巨大な光の槍が落下し、ドスッ!!っと竜の前足へと突き刺さる。一本、二本、三本……次々と光の槍が降り注ぐ。
竜の動きを封じ込めたのは、nullが維持し続けていた光の大槍だ。槍がすべて落ち切った瞬間、nullは次の攻撃に移っていた。ミラの銃口が鋭く、まるで星明りを集めるように輝く。
「――ルミナス・レイ。」
巨大な光線は、白い銃口から直線を描きながら竜の胸部へと突き刺さった。世界を裂くような光が、数秒ののち細い線となって消滅する。
竜の巨体がぐらりと揺れ、膝を折るように地面へと傾いた。その瞬間を逃すはずもなく、ノア=キョウが一直線に駆け込んだ。刃が月光をまとったように光り、連撃が竜の鱗を刻んでいく。
nullはそれを遠目で捉えながら、次の攻撃のために魔力を注ぎ込む。
「――アイシクル・ストライク」
弾丸は飛びながら弾け、三枚の氷刃へと分裂する。氷の軌跡は鋭く一直線に伸び、竜の左目へ――ドスッッッ!
すべてが命中した。竜の身体がびくりと硬直したあと、耳を裂くような咆哮が響き渡った。
二人の戦いを見て、竜から距離を取っていたプレイヤー達の目に光が戻る。
「……いける、かも……!」
「攻撃続けろ!!」
それぞれが武器を構え、散発的に攻撃が飛びはじめる。nullはその様子を確認し、小さく息をつく。
(残りHP……四分の一。押し切れるか、いや……もう一段階パターンがある可能性も――)
思考を巡らせていたその時だった。
――ゴオォォッ!!
竜が巨大な岩塊を掴み、明確な敵意を込めてnullへと放り投げてきた。
本来なら、余裕をもって避けられる攻撃。しかし、周囲への警戒と戦況判断に意識が散っていたnullは、岩が目の前に迫るまで、その攻撃に気づけなかった。
「――っ!」
咄嗟に杖へ手が伸びる。だが必死に思い止まった。
(レイピアは、だめだ……!
エア・ダッシュで回避……は間に合わない。
――シャドウ・マント……?
この闇の濃度で正常に発動する保証は……。他に……何か……!)
迫る巨岩が視界いっぱいに広がり、nullはリゲルを構えた――その瞬間。
視界が背中で覆われた。
「……え?」
槍に水をまとわせた男が、岩へと一直線に突っ込んでいく。
――ズガンッ!! ズガガガガッ!!
水槍が岩へ何度も突き刺さり、砕け散る破片が光を反射する。連撃の末、拳大ほどの欠片になったそれを――男は軽く蹴り飛ばした。
砕けた岩が地面に転がり、静寂が落ちる。振り返ったシカクは、息一つ乱さず言った。
「珍しいな……? ナルさん。」
nullが目を瞬かせる間もなく、彼は状況を確認し、槍を肩に担ぎ直して、竜へと向かって駆け出した。その背中は、どこか誇らしげで、頼もしいものだった。
「シカク、ありがとう。」
去っていく背中へ、つぶやくように小さく礼を言う。その瞬間だけ、nullの呼吸がすっと整った。深く息を吸い込み、竜を睨む。
「いい度胸だよね……。――ライティング・バースト。――ジャッジメント・ボルト!!」
ミラとリゲルの双銃が同時に光り、複数の弾丸が竜の側面へと突き刺さる。着弾地点から光の風が巻き上がり、竜の皮膚を削り取るように暴れまわる。次いで、空が歪んだ。
――ズドォォォオン!!
頭上高くから落雷が一直線に竜の頭部に当たり、地面へめり込ませた。土煙が上がり、竜の巨体が苦悶にのたうつ。
「……っ、なに今の攻撃」
「やば……っ!」
呆然と見ていたプレイヤー達が一瞬振り返る。そこで彼らが見たのは、nullの銃口から溢れ出す、眩い光。
「――ルミナス・レイ!!」
光の奔流が放たれた瞬間、全員の背筋にぞわりと嫌な予感が走った。
「ちょっ!!」
「待って待って待って!!」
「絶対やばい!!」
反射的に道が割れ、プレイヤー達は一斉に駆け出す。
ミラに込められた膨大な魔力が光線として解き放たれ、伏せていた竜の顔面へ一直線に突き刺さった。
――轟ッ!!
刹那、闇が吹き飛び、世界が昼のように白光に包まれる。その光の中、nullの横顔だけが鮮やかに浮かび上がった。頼もしさと、そしてどこか恐ろしさを併せ持った横顔。
(((……この人、敵に回したら絶対にダメだ……!!)))
そんな共通認識が、一瞬で戦場全体へ伝播した。
光が収束したあと、nullは竜のHPバーを見上げて深いため息をつく。
「まだ、ダメか……。 ――ミスティ・リカバリー。」
氷の魔力が足元で弾け、nullの身体に冷気の帯が巻きつく。枯れかけていたMPが瞬時に満ち、風のような癒しの魔力が身体を纏う。回復と同時に、nullは突き出した左手に魔力を込めた。
「それなら、これで!――クレイ・バインド!!」
竜がボロボロの体を起こそうとした瞬間、nullの弾が首元へ着弾する。弾は土へと変わり、竜の首に巻き付いて地へと固定した。その一瞬の隙を、ノア=キョウが逃すはずもない。
彼が振り下ろしたのは、今までで最も大きく、最も太い光の大剣。
――ズガァァァン!!
輝く大剣が竜の首元に叩き込まれると、竜は凄まじい悲鳴を上げ、光の粒子となって四散する。弾け飛んだ光は周囲の闇を溶かすように散り、次の瞬間。景色が元に戻った。
気づけば空は夕暮れ。オレンジ色の光が地平に沈みかけ、木々や瓦礫の影を長く伸ばしながら、きらきらと戦場を照らしていた。
nullが「ふーーっ」と大きく息を吐いたところで、いつの間にか背後へとやってきていたシカクが声をかける。
「おー、お疲れ様。さっすが、ナルさんだな」
「うーん、シカクのおかげだよー。ありがとう。それに、止め刺したの、私じゃないでしょ」
苦笑しながら指させば、少し離れた場所でノア=キョウがじっとこちらを見ていた。視線がぶつかって、nullは気まずそうに目をそらす。
「お、注目されてるみたいだぞ?」
「シカク……茶化さないの。……にしても、本当に強かったね。」
「あぁ。ランキング一位って感じ。」
「私、目立ててたかなぁ……」
真剣に悩むnullに、シカクは遠い目をしながら乾いた笑みをこぼした。
「ナルさんが目立たなかった事なんてないだろ…」
「どういう意味よそれ!」
むっと頬をふくらませるnullに、シカクは肩をすくめて笑う。その瞬間、シカクの視線がふいに後方へ向く。
「あー、ほら来たぞ。ランキング一位さんが。」
シカクの言葉に、nullはそちらへ視線を向けた。先ほどまで共闘していた男――ノア=キョウが、ゆっくりと歩み寄り、目の前で足を止める。夕陽の逆光で、輪郭が少し金色に縁取られた。
「ね……ナル、か。」
にやりと片方の口角を上げ、意味深な笑みを深めると、彼は右手をすっとnullへ差し出した。
(……今?)
差し伸べられた手と、彼の表情を交互に見つめ、nullは小さく息を吐く。訝しさ半分、予感半分。それでも、その手を取った。
「助かった。ありがとう。」
あまりに素直な感謝の言葉に、nullは一瞬だけ戸惑う。だが、自分も彼に助けられた場面を思い出し、「まぁいいか」とばかりに、全部飲み込んで頷いた。
「こちらこそ、ありがとう。ノア=キョウさん。」
「……キョウでいい。」
短く返され、nullはまじまじと彼の顔を見上げる。どこか見覚えがある気がして、首をかしげた。
「あれ……?どっかで……。」
「思い出せないか?」
その返しに、nullは眉根を寄せる。どうやら、本当に気のせいじゃないらしい。
「キョウ……キョウ……キョウ……」
ぽつぽつと呟いた瞬間、ふっと脳裏に一致する音がよぎった。
(……きょうや???)
「あ!!!」
突然の大声。指を突き出して叫ぶnullに、シカクのほうが「うおっ!?」と飛び跳ねるほどの勢いだった。nullは、伸ばした指先がぷるぷる震えている。そんな二人の様子に、ノア=キョウは堪えきれずクスリと笑った。
「思い出したか……?」
「公園の……??」
「正解。」
よくできました、とでもいうように、ノア=キョウ――いや、本郷京也は、nullの頭をぽんと軽く撫でた。その自然な仕草に、nullはむぐっと固まる。
(ちょ、ちょっと待って…… ってことは――NE:NEってこともバレて……?)
心の中で青ざめたその瞬間。
「その銃、いい武器だな。」
(ああ~~~……やっぱり……! そんな話した気がするもんね、公園で……!)
アトラクシオン戦で敗北し、デスペナ中にジョギングへ行った時に出会った青年。あの落ち着いた声。あの妙に鋭い観察眼。
――本郷京也、その人だ。
アバターの顔が本人とそっくりすぎて、カメラ機能で作ったアバターであることは明白だ。通常なら多少変えるだろうアバターをそのまま使っているのは、そもそも興味がないのか、それとも特に気にしないタイプなのか。しかし、そのお陰で気づくことができた。
「あー……これは……」
「確か、魔法使い職だったろ……? それを見るに――倒したらしいな?」
nullの腰に付けたままの杖を指さした彼は、当然のように言ってのける。どうやらお見通しらしい。
「まぁ、どうにかね……。 それより、そっちも……結構なの倒したみたいだね?」
京也の装備へ視線を向けると、彼はさも当然のように頷く。
「あぁ。あんな話を聞いて普通に過ごせるか? 探し回って、ようやく見つけたんだ。」
nullは思わず眉をひそめる。
「にしては……見つけるの早いよねぇ。」
すこし不満げに唇を尖らせるnullは、ちらりと彼の武装に視線を走らせた。ノア=キョウの装備はどれも上質で、特に武器の輝きはただのレアではない何かを感じさせた。
(……あの光り方。 私の女神武器と似てる気がする……やっぱり、そっちもUWか。)
nullがそんな確信を抱いた瞬間。
「それは、ほら。君の話があったから。」
「ってことは、そっちにも似たようなのがあったんだ?」
nullの問いに、ノア=キョウは「あぁ」と、さも当然のようにうなずいた。その小さな笑みを見て、シカクが話題に割って入る。
「ん? 何の話だ……?」
「あー、なーいしょ♪」
にっこり笑って流すnull。シカクはむっと頬を膨らませ、二人を交互に見比べると、諦めたように肩を落とした。
「……まぁいいや。ほら、もうそろそろ終了みたいだぞ。」
「あ、そういえばマルたちは?」
「あ~、それな。流石に俺ひとりじゃマル守り切れなかったわ。他は見てない……」
「あ~、途中から見ないなぁとは思ってたんだよね。」
「あの影にやられたわ。」
「そっか。ドンマイだね。」
nullが軽く笑い、シカクが苦笑交じりに肩を竦めた、その瞬間――。
ピーーーッ!
高く澄んだ笛のような音が、瓦礫の街に反響した。視界いっぱいに淡い光が満ち、システムウィンドウがふわりと展開される。
――――
【 EVENT COMPLETE 】
お疲れさまでした!
エクリプス・ヴァルガの撃破を確認しました。
これにて《幻月の英雄》イベントは終了となります。
たくさんのご参加、ありがとうございました。
このあと最終スコアの集計に入ります。
結果発表は 22:30 より《セレスタドーム》にて予定しています。
――――
まもなく、参加者の皆さまを安全エリアへ転送いたします。
――――
ディスプレイ状の光がふわりと揺れ、風が静かにやんだ。
「お、終わるみたいだな。」
シカクがほっとしたように肩を回すと、nullとノア=キョウも小さくうなずく。
「キョウさん、ナルさん、お疲れ。」
「シカクもね。ありがとう、いろいろ助かったよ。」
「……ナル。あとでまた会おう。」
短い言葉だが、ノア=キョウの声音には確かな余韻がある。
「結果発表、楽しみにしてるぞー。」
シカクが明るく手を振る。そして、三人の足元に柔らかな光が広がり、粒子のように舞い上がった。次の瞬間、身体がふわりと浮かぶ感覚とともに、視界が白く染まる。
三人は、それぞれの思いを抱えたまま、光に包まれて転送されていった。
次回:袖振り合うも多生の縁 -1
―スキルリンクメモ―
《ハロウ・インパクト》
光の連撃・視覚妨害・範囲制圧。
└① ルミナス・レイ(直線貫通)
└② ライティング・バースト(範囲吹き飛ばし)
└③ ホーリー・ランサー(ランダム多段ヒット)
―スキルメモー
・ルミナス・レイ Lv.5 MP:203 | CT:12s
光のエネルギーを凝縮し、前方の敵を貫通する光線を放ち、直線的に光属性の魔法ダメージを与える。
・ライティング・バースト Lv.5 MP:101 | CT:12s
光の力をまとった強力な光の風を前方に放ち、範囲内の敵に光属性のダメージを与える。
・ホーリー・ランサー Lv.5 MP:220|CT:40s
上空に魔力の印を描き、神聖な光の槍を5本召喚。指定した範囲にランダムで高速落下し、着弾地点に光属性の中ダメージを与える。命中した敵は1秒間、視界を曇らせるデバフ(光閃)を受ける。
―ボスメモー
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《幻月の英雄》 最終フェーズ BOSS
BOSS:エクリプス・ヴァルガ Lv:50 HP:2,000,000
種別:幻月竜
属性:闇 弱点:光 特性:飛行
制限時間:25:00
討伐条件:HPを0にする
失敗時 :◆■■■■■■■◆
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