禍福はあざなえる縄のごとし -1
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イベント最終Waveが始まり、生き残ったプレイヤーたちは出現したボスモンスターとの激闘を繰り広げていた。そんな中、nullはただひたすら、廃都市の瓦礫を駆け抜けていた。
「はぁ……っ、はぁっ! ……今日、こういうの多くない!?」
荒い息を吐きながら、四方から迫る狂暴化したモンスターを撃ち抜いていく。銃声が廃墟の壁に反響し、薬莢が転がるたびに火花が散った。
――時は少し前に遡る。
null、シカク、マル、そしてノア=キョウが合流して間もなく、空間全体を震わせるようなシステムアナウンスが鳴り響いた。それは、今まで以上に警戒音を鳴らした派手な演出のものだった。
幻月がゆっくりと形を歪めると、輪郭を失った月が黒い波紋を広げ、夜空そのものが軋んだ。地面がうねり、遠くの塔が音を立てて崩れ落ちた瞬間、プレイヤー全員の視界に真紅のウィンドウが弾けた。
【⚠ 最終WAVE:強力なボスが出現します ⚠】
【 残り時間:30:00 】
その文面を読み終えるよりも早く、闇の裂け目が空に開いた。
最初に現れたのは、巨大な翼だった。一振りで夜空を二つに裂くほどの広がり。その表面には、逆さまの星空のような紋が脈打ち、うねる黒炎が尾を引いては空気を焦がす。
鱗は漆黒の闇の中に銀の筋が走り、光を拒絶するように反射していた。それは、まるで夜そのものが姿を得たかのようだった。
ゆっくりと竜の瞳が開く。その奥には何の感情もなく、ただ、幻月の残光だけが、淡く、静かに揺れていた。
【BOSS:エクリプス・ヴァルガ】
【Lv:50 HP:2,000,000】
――その瞬間、廃都市全体が、竜の咆哮で震えた。
そんな中、どこかの誰か(馬鹿)が、思い切り攻撃魔法をぶっ放した。そこまでは、はっきりと確認できた。
次の瞬間、空気が凍る。竜が怒ったのだ。
漆黒の翼が大気を裂き、頭上から響く低い唸りが鼓膜を震わせる。犯人を探すように、巨大な瞳が地上をなぞり……なぜか、その視線がこちらに止まった。
「……!?」
その理由を考える暇もなく、竜は咆哮と共に攻撃を放った。空からの一撃で、暴風と黒炎が地上を薙ぎ払う。
「マル、シカクっ!!」
反応の遅れる二人を見て、咄嗟にスキルを展開した。光輝の盾が淡い金色のドームとなって二人を包み込み、爆風を受け止めた。
視界がぐるりと反転する中で、二人の自部を確認して安堵する。nullはすっかり自分のことを忘れていた。
「わ、やば――っ!」
吹き飛ばされたnullを最初に察知したのは、まだ会ったばかりのノア=キョウだった。
彼は素早くスキルを発動し、空を跳躍してこちらへ向かってくる。伸ばされた手が、もう少しで届く――その時、竜の尾が彼に迫っていた。
ノア=キョウの背後へと振り下ろされる尾を見て、nullは反射的に叫ぶ。
「ゲイル・インパクト!!」
強烈な風が竜の尾を弾き返すが、しかし悪手だった。
パーティを組んでいない状態での範囲スキルは、ノア=キョウをも巻き込み、彼の体勢を崩してしまう。掴もうとした手が、ほんの数センチ届かなかった。
「あ――」
その声が風に掻き消え、nullの体は空高く投げ出された。
***
なんとか落下ダメージは軽減できた。……が、結果として、戦場からかなり離れた場所に叩き落とされてしまったnullは大きくため息を吐く。
「はぁ……ついてない……」
崩れた街路を見渡すと、あちこちに狂暴化したモンスターの姿。仕方なく銃を構え、走りながら応戦する羽目になった。
(はぁ……マジで運が悪い。でも――)
しかし、それでも不幸中の幸いもあった。地面に叩きつけられる寸前、反射的に目一杯魔力を練ってウォーターボールを展開したのだ。結果、落下を大幅に緩和し、新しいスキルを獲得していた。
【新スキル:ウォーター・クッション】
「……まぁ、悪くはないよね…。はぁ…。」
苦笑しながら銃をくるりと回し、nullは再び廃都市の中心。仲間たちのもとへと走り出した。
そんなこんなで、ひたすら走ること数分。ようやく、先ほどいた戦場が遠くに見えてきた。
「はぁっ……見えた……!」
安堵の息と同時に、状況を確認するためエア・ダッシュを発動する。瓦礫を蹴って跳ね、壁を蹴り、まるで空を駆けるようにぴょんぴょんと高度を上げていく。
視界が開けた瞬間、地上へ竜のブレスが炸裂した。
青黒い炎が大地を覆い尽くし、熱風が皮膚を焼くように突き抜ける。焦げた金属と煙の匂いが空気を満たし、遠くで建物が崩れる音がした。
(うわ……やば……! あれ、近くにいたら即死レベルじゃん!)
眉をひそめながら戦場を見渡すと、竜の首筋に向かって、巨大な光の刃が走るのが見えた。
――ズバァァァンッ!!
眩い閃光と共に、竜の喉元が裂け、夜を割くような咆哮が世界を震わせた。
「――グギャアアアア、グルルルルォォォ!!」
耳を劈く咆哮。nullのいる位置ですら震動で足が止まりそうになる。
(戦場の真下にいる人たち……大丈夫かな……!)
再び地を蹴り、戦場へと駆け戻る。息を詰めるように走り抜けたその先。目に映ったのは、ノア=キョウが竜の巨大な顎に狙われている瞬間だった。
「――っ!!」
反射的に《ミラ》を構え、魔力を弾丸に込める。白い銃身が光を帯び、風の魔法陣が銃口に浮かんだ。
「ゲイル・インパクトッ!」
放たれた弾丸が、竜の鼻先に命中した瞬間、暴風が炸裂し、竜の首が無理やり後方へと弾かれた。
ノア=キョウの目の前で、竜の顎が空を噛む。巨大な牙が虚しく閉じられ、金属音のような衝撃音が響いた。
誰もが、何が起きたのか理解できずに動きを止める。だが、ノア=キョウだけはその隙を見逃さなかった。剣を握り直し、怯んだ竜の首元へ跳びかかる。――バシュッ、バシュッ!と、鋭い斬撃が次々と刻まれ、HPバーがわずかに削れていく。
(おぉ、すごっ……!)
その様子を確認して、nullは手を振りながら声を張り上げた。
「お待たせーーー!! 遅れてごめーんっ!!」
竜の咆哮が轟く戦場の中、あっけらかんとした声が響いた。その瞬間、張りつめていた空気が、ほんの少しだけ緩む。
にこりと笑うnullの姿を見て、シカクは胸を撫で下ろし、マルは涙目で顔をくしゃりとゆがめた。ノア=キョウは一瞬だけ彼女を横目で確認すると、再び無言で前へとでる。竜の顎へと剣を叩き込み、前衛を一手に引き受けていた。
「遅いぞ!!」
「よかった~~!! 無事だったんだね~~!!」
「……。」
周囲にいたプレイヤーたちもnullの登場に、表情が明るくなる。それだけ、今の状況が切羽詰まっていたのだろう。
「ごめんごめん、ちょっと遠くまで飛ばされちゃってさ~。いやぁ、大変だったよー!」
「ははっ……全く。今はノア=キョウさんが最前線を張ってくれてる。残り半分のプレイヤーで竜の討伐を、もう半分は周囲のモンスターの処理中だ。」
シカクが簡潔に状況を説明してくれる間にも、竜が地響きを立てて暴れ回る。
確かに、nullも狂暴化したモンスター達に追われながらなんとかここまでやってきていたため、ボス以外のモンスター警戒も必須であることは十分に承知していた。
nullは頷きながら、視線を巡らせた。
マルが複数の負傷者を回復させながら、次々と支援魔法を展開している。ヒールの光が絶え間なく流れている様子を見るに、状況はギリギリ。そして、ボスモンスターはまだぴんぴんしているように見える。
「成程……状況は最悪ってわけね。」
苦笑を零しながら、nullは銃を構える。マガジンを叩き込み、両手の銃身を回転させてロックを解除する。
「じゃあ、私は――」
「ボス、頼んだぞ!!」
シカクが親指を立てて叫び、周囲のプレイヤーたちのフォローに走り出す。どうやら決定事項らしい。
nullは小さくため息をつき、それでも口元には笑みを浮かべる。
「……仕方ないなぁ。」
次回:禍福はあざなえる縄のごとし -2
―スキルメモー
ウォーター・クッション Lv.1 MP:15 | CT:10s
効果:空中から落下する際、魔力で下方に水の球体を展開して落下ダメージを軽減
ビジュアル:透明な水の球体が地面を包み込み、跳ねるように衝撃を吸収。スライム的に変形することで柔らかさを表現できる




