呉越同舟 -1
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「ちょーっと、ちょっと、ちょっと、しつこいー! しつこすぎるー!!」
荒い息を吐きながら、nullは全力で駆け抜けていた。
ブーツが瓦礫を蹴り上げ、金属音と砂埃が交互に舞う。額から流れ落ちる汗を手の甲で拭い、鬱陶しそうに眉をひそめる。
折角新しいフィールドへと足を踏み入れたのにも関わず、全くゆっくりすることが出来ない。むしろ、襲ってくるモンスターをなぎ倒しながらただひたすら走り続けている。
背後では、ネムタロウとスキンヘッドの男を先頭に、数人のPKプレイヤーが怒号を上げながら追いかけてきていた。
「おい! いい加減止まりやがれ!!」
「くっそ、逃げ足だけは一流かよ!!」
「構うな! 追えぇぇっ!!」
全く見逃す気がないらしい彼らを、どうしようかと、nullは走りながらも考える。
(ランキング上位だから位置バレしてるから、隠れるのは無理でしょう?
……逃げ切るのもそろそろ限界だしなぁ…。
……さて、どうしようかなぁ?
ん~、……あ、、あぁ~、私ってばやっぱ天才かも♪ )
nullの唇がゆっくりと吊り上がる。
「……いいこと思いついちゃった♪」
誰にも届かない独り言が、風に流れて消える。その瞬間、瞳がわずかに輝きを帯び、nullはマップウィンドウを展開した。走りながら指先で操作し、周囲の地形を確認する。
(……いた。ちょうど、いい場所。)
口角を上げ、即座に進行方向を切り替える。驚いたPKたちが軌道を合わせるが、nullの動きは軽やかで、その小柄な背中は廃墟の影を縫うように走り抜けていく。
「待てぇぇぇっ!!」
「逃がすなッ!!」
足音と罵声が追いすがる。だが…。
(……そろそろ、かな?)
nullの視界の先に、目的の人物が見えた。その人物は、何人ものプレイヤーに囲まれながらも、まったく怯む様子がない。
「――雷」
nullが静かに呟いた瞬間、雷鳴が弾けた。空気が裂け、眩い光が走る。
雷のスキルリンクに登録していた《ジャッジメント・ボルト》が一直線に敵陣を貫き、連鎖するように《ライトニング・コード》の雷撃が周囲へと迸る。
光が弾け、金属の焦げる音が響き、数人のプレイヤーが悲鳴を上げながら光の粒子となって消えると、一瞬で戦場が静まり返る。
幸い目的の人物には当たっていないらしい。
nullの登場は、まさしく稲妻のように鮮烈で、その場の全員の視線を奪うには十分すぎるほどだった。男も冷静な表情ではあるが、確かにnullに注目をしていた。
「そこのお兄さーーん! ちょっと、助けてくれませんー?」
息を切らしながらも、どこか楽しげに笑うnull。
その声が飛んだ先には、マップで見つけた現在ランキング一位のノア=キョウ本人だ。
男は短く息を呑み、わずかに眉を上げる。しかしすぐに表情を戻すと、nullの背後から迫る集団へと冷静な視線を向けた。
「……面倒なのを引き連れてきたな。」
その声音には、驚きよりも呆れが混じっていた。
nullは息を吐きながら、笑顔のまま彼の戦場へと飛び込むと、エアダッシュで風を切り、ノア=キョウの隣に滑り込む。
ほっとしたように肩を下ろせば、男は顔色一つ変えずに受け入れる姿勢を見せた。
対して、周囲のプレイヤーたちは、nullの登場があまりに唐突で、一瞬固まる。やがて誰かが、震える声で叫んだ。
「こいつ……ランキング二位のnullだ!!」
「なにっ!?」
「ってことは――こいつも標的だ!!」
その声を皮切りに、場の空気が一変する。
逃げ腰だったプレイヤーたちは、再び戦意を取り戻し、武器を構えた。そこへちょうど追いついたPKプレイヤーたちが加わり、戦場を取り囲むように円を描く。
「おいおいおい……困るぜぇ。」
「そいつぁ、俺らの獲物だ。横から掻っ攫おうなんて、思ってねぇよなぁ?」
頭上に浮かぶレッドネームの群れに、一般プレイヤーたちは蒼白になり、逃げ道を探す。だが出口は既にPKプレイヤーたちに塞がれていた。
前にはランキング一位と二位。後ろにはPKプレイヤーの群れ。
一位狩りをしていたプレイヤー達の間に焦りが連鎖し、思考力を落とした。
無我夢中で放たれたスキルが戦場を混乱に陥れる。閃光と爆風が入り乱れ、誰が敵で誰が味方かすら曖昧になっていく。
その混乱の中心で、nullが朗らかに笑った。
「いやー、ナイス、ベイト!」
満面の笑みで言い放つ彼女に、ノア=キョウは深くため息をつく。
「……お前、わざとだろ。」
「まぁまぁ。結果オーライってことで?」
「それで? どうするつもりだ?」
「とりあえず――逃げる?」
「意味ないだろ、それじゃ。」
「ふむ……なるほどね。じゃあ――ここは共闘といきません? ノア=キョウさん?」
nullの視線がノア=キョウと交わる。nullの愛らしい笑みと、ノア=キョウの氷のような無表情はあまりに対照的に見えた。
しかし、ノア=キョウは小さく息を吐き、口の端をわずかに上げるだけだった。
「…まぁ、いいか。後ろを頼んだ」
「イェッサー!」
nullの陽気な返事と同時に、ノア=キョウは剣を握り直す。刃先にわずかな光が走り、彼は剣技スキルを連続で繰り出しながら前へと突き進んだ。
彼は、プレイヤーたちの間を滑るように斬り裂き、鋭い音が幾度も草原に響く。圧倒的な実力差に周囲のプレイヤー達の空気が沈んだ。
一位狩りをしていたプレイヤーの中の誰かが、悲鳴を上げる。その悲鳴と共に、恐れが伝播すると、身体が震え、立ち尽くす。その隙を見過ごすことなくノア=キョウは容赦なく攻撃を続けた。プレイヤー達はなす術もなく、見る間に倒れていった。
それを見ていたnullは、苦笑を浮かべながら後方支援に徹することにした。
距離のある相手には《リゲル》の銃口を向け、狙いを定めて弾を放つ。
自身や彼に近づいてきて、横から攻撃を仕掛けようとする者には《ミラ》に装填した風属性弾を放って吹き飛ばす。
二丁の拳銃を両の手に持ち、状況や攻防によって、放つ弾丸を流れるように切り替える。
nullは、正確な射撃精度と属性攻撃で、いとも簡単にその場をコントロールしていく。
ノア=キョウと自分の位置だけでなく、敵の位置も把握している。自分へ迫る敵を掃討し、ノア=キョウへのサポートもしっかりこなした。
ノア=キョウもまた、nullの実力を全く疑うことなく、最前線で敵を切り伏せ、nullにとって対処が面倒な職業や、武器、防具を持つ者から狙っていく。初めてとは思えない、完璧な連携だ。
nullにとっては、短いが濃密な、狩りの悦楽の時間だった。
次回:呉越同舟 -2




