閑話休題 side シカク -1
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イベント開始の合図と共に光が視界を包み、次に感じたのは、川のせせらぎと鳥のさえずりだった。
あまりにものどかな音に、シカクは思わず目を開ける。
視界いっぱいに広がるのは、ゆったりと流れる川と、光を反射する水面。足元は細かい砂利で、踏みしめるたびにじゃり、と心地よい音がする。
近くには木々が点在しており、森というよりは小さな林といった趣だ。対岸には、小鳥や小動物がぴょこぴょこと跳ねているのが見える。
どうやら、この川を越えるには橋を渡るしかないようだ。シカクの視界には、大小ふたつの橋が見えていた。
マップを開くと、この川エリアが南端にあることが分かる。
その中でも大きな橋は北側、小さな橋は南側に位置していた。仲間との集合地点が南だとすれば、かなり良い位置にリスポーンしたようだ。
「……とはいえ、あの面々が素直にここへ来るとも思えないな…。」
シカクは小さく笑いながら、頭を掻いた。どうせ途中で寄り道をしてくる――そんな予感しかしない。
それでも、とりあえず全体を見ておくべきだと、シカクは大きな橋の方へ歩き出す。
「さて、最初に来るのは誰だろうな……」
のどかな景色の中でつぶやきながら、出現する小型モンスターを数体倒しつつ周囲を警戒していると、背後から明るい声が響いた。
「おっ! シカク発見!」
振り返ると、淡い桜色のローブを纏った少女――マルが駆け寄ってくる。
彼女は、サポートメイジとしてサポート・回復をメインにしている仲間だ。つまり攻撃特化ではない彼女と早々に出会えたことはラッキーだと言える。
「マル、良かったよ。会えて。」
「うん! でも、みんなは?」
「まだだな。流石にバラバラに飛ばされたみたいだ。このままこのエリアの入口付近まで移動して合流しよう。」
どの方面から来ていても、境界線近くまで移動したほうが合流できる確率は高い。それに、この辺りのモンスターを二人で全て相手にするのは分が悪い。
(ここにnullさんがいれば話は別なんだろうが。今の俺たちじゃ到底、あの人みたいにはいかない。)
そう考えながら、苦笑して歩くシカクに、マルは小さく頷いた。
そうして二人は川沿いを北へと進んでいく。やがて、視界に他のプレイヤーたちの姿が映り始めた。
皆それぞれ安全圏を維持しながら、林の中にいるモンスターを狩っている。それは一見、落ち着いた光景だったが、シカクは眉をひそめた。
「……おかしい。」
「なにが?」
ぽつりと漏れた呟きに、マルが首を傾げ、シカクは視線を川へと向けた。
澄んだ水面の下には、数匹の魚がゆったりと泳ぎ、岸辺では鳥や小動物がのんびりとその獲物を狙っている。風も穏やかで、水音も心地いい。
一見、何の変哲もない――いや、何も起こらなさすぎる。
(……平和すぎるんだよな。)
「ここってさ、川エリアだろ?」
「そうだね。」
マルは当然だとばかりに頷いた。
「それなのに、モンスターはそこの林にばかり集中している。可笑しくないか? マルなら、川エリアのモンスターって言われたらどういうモンスターを想像する?」
「えっ……あ、そっか! 魚とか、水の中のやつ……だよね?」
「そういうことだ。」
マルの言葉に、シカクは小さく頷く。
その瞬間、川のせせらぎが妙に耳についた。一定だった水音が、どこか濁って聞こえる。風向きが変わり、涼しかった空気にかすかな湿気と生温かさが混ざった気がした。
(……やっぱり、何かいるな。)
シカクは周囲を警戒しながら、視線を水面へと走らせる。だが、川面はただ静かに光を反射するばかりで、どこにも敵影らしきものは見えない。それでも、胸の奥に微かな違和感が残る。
「ねぇ、みんなは大丈夫かな? ウェーブが始まる前までに合流できる??」
マルの問いに、シカクの思考が弾けた。
「……無理だろうな。――!! そうか、ウェーブか! マル、ナイスだ!」
突然の声にマルは目を丸くする。彼の脳裏には、一つの予想が浮かんでいた。次のウェーブ、出現地点はおそらくこの川の中だ。
「マル、川から離れよう。」
「え!? でも、それじゃ合流は――」
「いいから!」
シカクはマルの手を掴み、強引に林の奥へと引っ張った。マルは訳も分からずついていくしかない。足元の草をかき分けながら、二人は川辺から距離を取る。
やがて木々の陰へ入り込むと、同じように川を警戒している数人のプレイヤーたちが目に入った。どうやら同じ思考のプレイヤーがいたらしいことに、シカクはほっと息を吐く。
「……やっぱり、気づいてるやつもいたか。」
「シカク!? 説明してよ!」
肩で息を切らしながら、マルが詰め寄る。シカクは呼吸を整え、マップと周囲を交互に確認しながら、低く呟いた。
「さっきマルが言ったろ? ウェーブだよ。」
「だから、それが何??」
マップから視線を外したシカクは、川のあった方を指さし、マルにも分かるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「さっきも言ったけど、ここは川エリア。つまり、川に関するモンスターの生息地だろう? そして、そのエリアでウェーブが発生するなら――モンスターの出現源は、当然あの大川だ。」
マルの目がわずかに見開かれる。
「……じゃあ、あそこからモンスターが?」
「来るに決まってる。だから、あそこからは距離を取った方がいい。 それに、さっき林で見たモンスターも、あれは森の敵じゃなく、川に関連してる個体だ。 つまり、次に暴れるのは水の中、ってことだな。」
淡々と説明するシカクに、マルは納得したように頷く。
「成程。だから、川から少しでも離れて、囲まれにくくてモンスターの調整がしやすいこの場所まで来たってわけね。 流石、シカク。」
「俺だけじゃないさ。周りを見ろ。ここにいるプレイヤーは、ほとんど同じ考えでこの辺に集まってる。」
「つまり、みんな強者ってことね! 安全性も高いわ!」
「…あぁ。」
小さく相槌を打ちながらも、シカクは心の中で苦く笑った。
(安全かどうかは……まだ分からないけどな。)
二人は周囲のプレイヤーたちと同じく、川から少し離れた丘のような地形に身を潜めて待機する。空気がわずかに冷たくなり、遠くで鳥の鳴き声がぴたりと止んだ。その時、視界に文字が浮かぶ。
【⚠ WAVE 1 :モンスターを掃討せよ ⚠】
【 残り時間:10:00 】
「……来たね。」
マルの言葉に、シカクは静かに頷く。周囲のプレイヤーたちも同じように川の方を注視していた。張り詰めた空気の中、誰もが武器を構え、息を潜めている。
しかし、数人だけは、周囲のプレイヤーにも注意を向けていた。その微妙な視線の動きを見逃さず、シカクは内心で小さく苦笑する。
(やっぱり、同じことを考えてる奴はいるか……。)
「マル、出来るだけ下がろう。」
「え? でも、それじゃあ……」
マルが不安げに声を上げるが、シカクは小さく首を振る。
ポイントは稼げない。それでも、ここで退場するよりは大分ましだ。気を付けなくてはいけないのはモンスターだけではない。どこにどんな考えを持った奴がいるとも知れないのだ。
マルは渋々と頷くと、シカクと共にさらに後方へと下がった。
遠くで、水音に混じって金属のぶつかる音や魔法の炸裂音が響き始める。川の方角では、すでに戦闘が始まっているようだ。それを背にして林の奥へと進み、やがてシカクは足を止めた。
「この辺りでいいだろう。」
「シカク……こんなに離れちゃってよかったの?」
「あぁ。……あの近くには、多分PKプレイヤーがいたと思う。たぶん、だけど。」
「えっ……?」
マルは驚きに目を見開いた。
無理もない。彼女はこのイベントではPvEと考えて参加している筈だ。しかし、ルールにはPvPを禁止するような文言は一切なかった。つまり、推奨こそされていないが、禁止されてもいないという事だ。
「なんで分かったの?」
マルの問いに、シカクは少し視線を遠くに向けながら答えた。
「雰囲気、かな。 数人が周囲を警戒してた。しかも、その警戒していた連中は、そうでないプレイヤーを取り囲むような位置に立っていた。だから、逃げ道を封じようとしているように見えたんだよ。」
マルは小さく息を呑み、そして微笑んだ。
「……よく見てるよね。でも、ありがとう。シカクのおかげで助かっちゃったね。」
「まぁ、たぶんだけどな。 もしかしたら、本当に協力的なプレイヤーたちだったのかもしれない。」
苦笑しながら肩をすくめるシカクに、マルが軽く笑いながらその肩をポンポンと叩いた。
「それでも! 注意しておくに越したことないもんね。これからも頼りにしてるよー、リーダー!」
元気よく言いながら、マルはメイスを握り直す。その顔に浮かぶ笑顔は、戦場に似つかわしくないほど柔らかい。
シカクは小さく息を吐きながらも、その明るさに救われるように微笑んだ。
次回:閑話休題 side シカク -2




