一攫千金
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11月4日(土)19:30――
イベントの受付を済ませたnullは、転送装置のある建物の近くでその時を待っていた。
『参加者の皆様、大変長らくお待たせいたしました。
ただいまより、こちらの機械を通じて会場へとご移動いただきます。』
澄んだ女性のアナウンスが響いた瞬間、プレイヤーたちは一斉に動き出す。
意気込みながら駆けていく者。仲間と談笑しながら、ゆっくりと歩く者。そして、期待を胸に楽しげな足取りで進む者。誰もがそれぞれの思いを胸に、転送装置へと向かっていた。
一方で、nullは静かにその様子を観察する。
周囲のプレイヤーたちの武器や装備に目を走らせ、特徴を記憶していく。どんなプレイヤーと相対するのを避けるべきか。避けられない場合、どう立ち回るべきか。思考の奥で、冷静な分析と戦闘の高揚が混ざり合う。薄く笑みを浮かべながら、nullは心の奥で静かに燃えていた。
建物内には、転送装置と思しき複数の機械が整然と並んでる。
プレイヤーたちは列を作り、一人ずつ自分のバングルを機械にかざすと、青白い光が走り、身体が粒子に変わって消えていく。現代では考えられない技術だ。
やがて、nullの番が回ってきた。彼女もまた前へ進み転送装置の前までやってくると、装置の画面に案内が浮かび上がった。
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《幻月の英雄》
開催時間:20:00 ~ 22:30 / スコア発表:23:00
◾ 基本ルール
・PvE形式の個人スコアバトルイベント
・パーティ不可/ソロ参加限定
・HP0で即終了/デスペナルティなし
・途中退場はその時点でリタイア
◾ フィールドについて
・時間経過でマップが段階的に収縮
・エリア:森/川/山/海 などの特殊フィールド
◾ Waveとスコア
・20分おきに10分間のモンスターウェーブが起こります
・モンスター撃破でスコア獲得
・スコアランキング表示あり
・強敵・ボスモンスターの投下あり
◾ 特記事項
・観戦者投票により、ボスモンスターがランキング上位者の付近にランダム転送
・22:00〜22:30はスコアランキングが非表示
・観覧席にてランキング中間発表後、上位者の位置をマップに表示
・最終スコアで順位確定 → 結果発表:23:00
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既に概要は公式HPで確認していたnullは、さっと目を通すと参加ボタンを押し、バングルを機械の読み取り口へとかざした。
――ピッ。
わずかな電子音とともに光が走り、認証が完了し、画面には「Good luck」の文字。
次の瞬間、身体が柔らかな光に包まれ、気づけば、そこはまったく別の部屋だった。
空気がひんやりとしていて、足元には淡い光のラインが走っている。見渡せば、数十人のプレイヤーが中央の大型スクリーンを見上げていた。ざわめきと呼吸の混ざった静かな空間に、数字と名前が表示されている。
「……何?」
nullも同じように視線を上げると、そこにはイベント開始前の投票結果が映し出されていた。得票率がパーセンテージで表示され、1位から100位までのプレイヤー名が整然と並ぶ。
その中に、自分の名前を見つけた瞬間、nullは驚愕する。
(……え!? なんで!?)
ため息をついたその時、背後から軽く肩を叩かれる。振り返ると、そこにいたのはよく見知った顔の男性――シカクである。
いつもの爽やかな笑みを浮かべ、その背後には彼の仲間らしき男女三人が軽く会釈している。
「よう、ナルさん。久しぶり。」
「……ああ、シカク。久しぶり。」
nullも微笑みを返し、彼の仲間に対して軽く頭を下げる。その間にも、シカクがモニターを指さして言った。
「見た? ナルさん、名前入ってるじゃん。」
悪戯っぽく笑うその言葉に、nullは再び小さくため息を落とした。
「ほんと、最悪……。」
眉をひくつかせながら呟くその表情に、シカクは肩をすくめて苦笑するしかなかった。
「俺らだけじゃ、なかったんだなー。」
「……ん? 入れたの……? 私に!?」
「入れたけど?」
シカクは当然のように言い切り、軽く首を傾げる。その後ろにいた彼の仲間たちも、まるで当然だと言わんばかりに頷いた。
nullはガックリと肩を落とし、大きく頭を振る。
「知り合いそんなに作ってないのに…。なんで50位に入ってるのかと思ったら、そういうことか…。」
つまり、彼女のことを知るプレイヤーたちが、周囲にも投票を勧めたのだろう。
nullの交友範囲で思い当たるのは、せいぜいシカクと、あの三人くらい。だが彼らが他にも声をかけていたとすれば、この順位にも納得がいく。
(……まさか、黒ネームの連中まで入れてるんじゃないでしょうね。)
以前倒したPKプレイヤーたちの顔が一瞬、脳裏をよぎる。
恨みか、それとも好奇心か。どちらにせよ、イベント中に絡まれる可能性もある。
nullにとって、自分に投票するような人間などほんの数名のはずだった。それがこの結果。完全に誤算だ。
しかも、最初の集計で的中させたプレイヤーには報酬が入る仕組みらしい。自分では自分に投票できない以上、nullだけが損をすることになる。
「……ほんと、勘弁してよ。」
少しだけ恨めしそうにシカクを睨むと、彼は肩をすくめて笑った。
「頑張ってくれよー?」
その背後で、仲間たちも大きく何度も頷いている。
「上位三名に入れば、そこそこもらえるんだよね……? つまり、入賞すれば私とも山分けしてくれるってことで、合ってた?」
にっこりと微笑むnullに、シカクは引きつった笑顔のまま視線をゆっくりと逸らした。
それでもジト目で見続けるnullに根負けしたのか、「……分かった、分かった」とため息をつき、ようやく交渉成立。
もちろん、イベントが終わったら、あの三人にも同じ話を持ちかけるつもりだ。
ようやくやる気が出てきたnullは、シカクの仲間たちと自己紹介を始める。
「こんにちは、ナルです。シカクとは、まぁ……ちょっと訳あって数回パーティを組んだくらいの仲です。」
苦笑まじりにそう言うと、明るい笑い声が返ってきた。
「私はマルです! 基本は補助と回復担当です。ナルさんのこと、シカクからよく聞いてます! イベント、頑張ってくださいね!」
愛らしい笑顔を浮かべる少女――マルの言葉に、nullはそっとシカクへと視線を向ける。
(……何を話したら、投票までするほど期待されるんだろうね?)
そんな意味を込めた無言の視線は、あっさりと外された。
次に前へ出てきたのは、大剣を背負った短髪の男。
「どうも! 俺は前衛の山各!シカクがナルさんのことばっか褒めるから、俺たちちょっと妬いてるんだよ~……なんてね。今日はお互い頑張ろうな!」
nullは思わず小さく笑みをこぼす。
「どんな話題なのかな~、シカクく~ん……。にしても、みんな覚えやすい名前だね。」
苦笑しながらそう言うと、最後に控えていた一人が、少しおどおどしながら口を開いた。
「あ、あの……ごめん。俺はペンタゴンです……。」
「あぁ~、五角形、ね……。」
(ゴカクとかじゃないんだ……。)
申し訳なさそうな彼の表情に、nullは乾いた笑みを浮かべながら、喉元で言葉を飲み込み、話題を変える。
「リア友、なのかな……?」
「そう、高校からの友達で、未だに一緒にゲームやってるんだよ。」
シカクが笑いながらそう言うと、仲間たちは揃って頷いた。
「そっか、仲いいんだね。」
nullが穏やかに微笑むと、今度は山各が少しぎこちなく口を開く。
「ナル……さんは、なんでソロなの?」
呼び慣れない様子の“さん付け”に、nullは苦笑しながら肩をすくめた。
「“さん”はいらないよ。――私は知り合いに教えてないからね。そのうちバレると思うけど、それまでは一人で気楽に楽しもうかなって。」
「強いとは聞いてるけど、魔法職でソロって大変じゃない?」
マルが興味深そうに首を傾げる。同じ魔法職だからこそ気になるのだろう。
nullにとって、今ソロでも問題なく戦えているのは、ユニークウェポンの存在が大きい。だが、それを明かすわけにはいかない。まして、シカクたちの前でそんな話を出せば、余計な注目を浴びかねない。
(どうしよっかなぁ……。)
一瞬考え込むnullの沈黙を、シカクがさりげなくフォローする。
「マル、ナルさんはほんとに異次元だから、同じことやろうとするのは無理だよ。俺たちには俺たちの戦い方がある。」
「そうそう。見ろよ、その装備。どう見ても上位勢だろ? しかも、聞いてた武器とは違うの持ってるっぽいし?」
ニヤリと笑う山各。その視線を受けて、nullは軽く頷き、口元に薄く笑みを浮かべた。
「うん。ちょっと宣伝がてら――今日はこの武器をメインに戦う予定。」
ホルスター越しに指先で軽く撫でると、みんなの視線が自然とそちらに集まった。
太ももに装着されたホルダーには、色違いの二丁の銃。片方は白金色に輝き、淡く光を反射する滑らかな銃身。もう片方は対照的に、銀黒の艶を湛え、静かにその出番を待っていた。
「これはね、《トライアンヴィル》っていう三人組のプレイヤーに作ってもらったの。今回はその宣伝も兼ねて、これを使うの。」
悪戯心で、わざとチーム名を口にする。もし先のオークションを見ていたプレイヤーなら、その名前に聞き覚えがあってもおかしくないという考えも込みで彼らの様子を見る。
「トライアンヴィル……?」
山各が首を傾げる一方で、シカクは「ああ!」と大きく頷いた。
「あー、あれか。えっと……研磨布だったっけ?オークションで出てたやつ。確か出品者の名前、そんな感じだったよな?」
「流石、シカク! だいせいかーい!」
nullは嬉しそうに手を叩き、軽く笑った。
「このゲームで最初に仲良くなったプレイヤーたちなんだけど、ちょっと苦戦してるみたいだったからさ。ちょっと手を貸そうかなと思ってね。生産職って、地味に大変でしょ?」
「なるほどな……。」
納得したように頷く彼らは、それぞれ自分の装備へと視線を落とす。
彼らの装備はどれも標準的なもの。武器も防具も、アクセサリーも、可もなく不可もない一般的な品だった。
そんな中で、nullの腰に輝く双銃は明らかに異彩を放っている。自然と羨望と尊敬の入り混じった視線が、彼女へと集まった。
「その人たちって、どうしたら会える?」
「さぁ~~ね?? どうしたら会えるかなぁ?」
シカクの問いに、nullは悪戯っぽく返す。その瞬間、マルがぷぅっと頬を膨らませた。
その愛らしい仕草が、どこかレーネを思い出させ、撫でたくなる衝動をぐっと抑えるようにnullは視線を逸らした。
「まぁ、私の宣伝だし?そのうち口コミで広がるかもね?」
にっこりと笑むと、山各が唇を尖らせる。
「宣伝係なら、宣伝しといたほうが良くね? ……まぁ、その前にそんな大金は俺らにはないけどな!」
苦笑する山各に、シカクが首を横に振った。
「山各、それなら前投票の賞金で十分足りると思うよ。それで装備を新調する予定だし。」
nullが勝つと信じて疑わない――その言い方に、シカクの中ではもはや結果が決まっているようだった。
「シカクさ~~ん、まだ始まってもないのに、そういうこと断言しないでもらえる?」
「確かに! ナルさんが優勝間違いなしだもんね!!」
勢いよくそう言い切ったマルは、満面の笑み。周囲がどんな空気か気づいていないらしい。代わりに、ペンタゴンがキョロキョロと辺りを見回して、肩身を狭そうにしていた。
(……不憫な子。)
nullは小さくため息をつき、思わず苦笑する。その瞬間、外からいくつもの視線が突き刺さった。
やはり、近くのプレイヤーたちに聞かれていたらしい。これで中位にも満たなかったら、完全にお笑いものだ。
「わかった、わかった。今度教えるから、やめてよね!……まぁ、その分、情報料はきっちり頂くけど。」
指で輪を作り、にこりと笑むnullに、全員が苦笑いを浮かべた。
結局のところ、nullが頑張ってくれないと賞金も入らない。それを理解している彼らは、観念したように頷き、彼女を励ますことにした。
「まぁ、向こうで会えたら共闘でもしようぜー! 俺たちでも多少は力になれると思うしな!」
「会えればね。……そっちは落ち合う場所とか、決めてあるの?」
はなから共闘を前提にしているであろう彼らに尋ねると、山各とマルは同時に首を傾げた。
(……これは、ホームページ読んでないな?)
苦笑を漏らすnullとは対照的に、シカクのこめかみがピクリと動いた。その瞬間、ペンタゴンがそっと一歩後ろに下がる。どうやら、これもいつもの光景らしい。
(どこも似たようなもんか……。)
頭に浮かぶのは、トライアンヴィルの三人の姿だった。
「初期ランダム配置だから――南で合流、って言ったよな?」
「「あ……」」
二人はまるで同時に思い出したように顔を見合わせ、困ったように眉を下げながら笑う。
「あ~~、そうだったねぇ~? 山各?」
「あーー! そうだった、マル! 忘れちゃだめだって!!」
はははっと乾いた笑みを続ける二人を救ったのは、タイミングよく流れた運営からのアナウンスだった。
『――大変お待たせいたしました。これよりカウントダウンの後、皆様をバトルフィールドへ一斉転送いたします。』
最初に聞こえたのと同じ、落ち着いた女性のアナウンスが空間に響く。ざわめいていた部屋が、嘘のように静まり返った。
大画面には光の粒子が流れ、数字が一つずつ現れては消えていく。
『5――、4――、3――』
プレイヤーたちが息を潜める中、視線が一斉にスクリーンへと集まる。小さな緊張の波が、空気を震わせた。
「ナルさん、それじゃ、また後で。」
ポン、と肩を叩く音。シカクはいつも通りの顔で、軽く笑っていた。
「うん。そっちも頑張って。……私に巻き込まれないようにね?」
クスリと笑んだその瞬間、nullの身体がふわりと光に包まれた。粒子が舞い上がり、輪郭が淡く溶けていく。
――そして、世界が反転する。
次に目を開けたとき、彼女は木々に囲まれた静かな森の中に立っていた。
風が葉を揺らし、遠くで鳥の声が聞こえる。最近どこかで見たような景色。その既視感に、nullは思わず小さく息を吐いた。
(……この感じ、嫌な予感しかしないなぁ。)
周囲を確認すると、近くには数人のプレイヤーが立っていた。彼らは困惑したようにあたりを見回している。
(剣士…、魔法使い…、あの人は、忍者系…??…まぁ、大丈夫そうかな。)
冷静に分析を終えると、nullはホルスターの留めを外し、腰の双銃をゆっくりと引き抜いた。
「――ミラ、リゲル。今日はよろしくね。」
白金と銀黒、対照的な二つの銃が光を弾き返す。
ニヤリと銃を構えると、そっと口づけを落とし、その引き金を引いた――。
次回:百発百中




