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Extended Universe   作者: ぽこ
月影に咲く英雄

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79/85

縁は異なもの味なもの -2

毎週、月曜日と金曜日に更新中!


『――まもなく、オークションが始まります。』


透き通るような音声がドーム全体に響いた。続いて、正装を纏った男性がステージ脇からゆっくりと歩み出る。

黒の燕尾服に白手袋、耳にはインカムマイク。一歩進むごとにライトが彼の足元を追い、柔らかい光の帯を作り出す。


中央に立ち止まると、男性は静かに、そして深く一礼した。そのわずかな動作だけで、会場のざわめきがぴたりと止む。

黄金の照明が穏やかに落ち着き、ステージ中央に立つ男性――先ほどの司会者が、両腕を大きく広げ口を開いた。


『皆様――ようこそ《セレスタドーム》へ。

 本日のオークションでは、希少な武器・防具、そして特別なアイテムの数々をご用意いたしました。

 どうぞ心ゆくまでお楽しみくださいませ。』


『本日の進行を務めさせていただきます。

 セレスタオークション運営担当、ルールド・フェイクと申します。』


落ち着いた低音が、ドーム全体に心地よく響き渡る。

インカムを通したその声はわずかな反響を伴い、柔らかく空間に広がって、会場の空気をゆるやかに支配していく。


『本イベントは、オルフィス祭 特設サーバーにおける初の公式オークションとなります。

 プレイヤーの皆様が手掛けた逸品を中心に、

 希少素材、装飾品、そして特別製アイテムの一部を出品しております。

 どうぞ、最後までごゆっくりお楽しみください。』


その言葉に、会場のあちこちで拍手が湧いた。華やかというよりは、期待を含んだ落ち着いた拍手。ざわめきが再び波紋のように広がり、天井の光が金糸のように瞬く。

しかし、nullは目を細め、男をじっと見ていた。


やがて、男の紹介の後に目の前へウィンドウが展開される。

そこには【セレスタドーム・アイテムオークション】のロゴと、入札用インターフェース――金額入力、上乗せ、確定の各ボタンなどがずらりと並んでいた。


nullは小さく息を吐き、画面を見上げながら頷いた。

(なるほどね……こうやって入札するんだ。)


『それでは――』


ルールドが軽く手を掲げると、ステージ中央の床がわずかに揺れた。

金属とガラスを組み合わせた台座が、音もなくゆっくりとせり上がってくる。光が差し込み、透明な板面でやわらかく屈折した瞬間、まるで神殿の聖具を照らすかのように、淡い金色の光が会場全体を包み込んだ。

その光景は、ゲームらしさとリアルの臨場感が絶妙に混ざり合う特別な舞台のようで、nullは思わず口元を緩めた。


『第一品目――星灯(せいとう)のランタン』


その名が告げられると同時に、会場のあちこちで小さなざわめきが広がる。


宙に浮かぶのは、ガラス製の小さなランタン。

その内部では星屑のような光粒がふわりと漂い、灯りが揺らめくたびに、天井のドーム全体へ細かな光が跳ねる。まるで夜空を閉じ込めたかのような幻想的な輝きだった。


『こちらはデルフィオン王国職人協会による試作品。

 使用者の魔力量に応じて光の強さが変化し、夜間は自動的に周囲を照らします。

 装飾品としても素晴らしい一品となることでしょう。』


(……おぉ、可愛い。)


nullは目を細めて見上げた。

魔力反応に合わせて淡く揺らめく光が、まるで呼吸するように生きているように見える。

それは豪奢ではなく、どこか温もりを帯びた幻想の光。見ているだけで、心が穏やかになるような輝きだった。


『開始価格は――八百Gから。』


ルールドの声が響いた瞬間、各プレイヤーの前に淡い光のウィンドウが展開されると、数値が瞬く間に更新され、数字の列が静かに上昇を始める。


『千!』

『千百!』

『千五百!』


軽いざわめきが会場を包み、ホログラムのランタンがまるで反応するように、柔らかく光を増していく。

光の粒がゆらめき、天井のドーム全体を星空のように染め上げた。


「わぁ……きれいだな。」


どこからともなく漏れた感嘆の声に、nullも息を呑む。眩しさではなく、胸の奥を温めるような穏やかな光だった。


『千五百――。』


ルールドが確認するように声を響かせた瞬間、スクリーン上の数字がぴたりと止まり、短い沈黙。そして、低く響く声が静寂を破った。


『――二千G。』


会場がざわつく。視線が一斉に上階へと向けられる。

二階席。青と白の礼装を纏った一人の女性プレイヤーが、優雅に片手を上げていた。背後には従者らしき男が控え、その立ち姿はまさに貴族を思わせる気品に満ちている。


『ありがとうございます。二千G。――他に入札は?』


静寂が再び降りる。周囲のプレイヤーたちは互いに視線を交わし、小さく笑いながら「無理だな」と肩をすくめた。


『――落札。二千五百G。 落札者、二階席Bブロック、セレフィール・ルヴァン様。』


司会者の声が響くと同時に、上階のライトがふわりと灯る。

セレフィールと名乗られた女性は静かに立ち上がり、軽く会釈した。その一連の所作、指先の動きに至るまで、作り込まれた優雅さが漂っている。


会場から小さな拍手が起こり、下層のプレイヤーたちは、まるで舞台の観客のようにその光景を見上げていた。


(やっぱ、手持ちが違うなぁ……)


nullはぽつりと呟き、近くにいたNPCスタッフからドリンクを受け取った。グラスの中で液面が揺れ、光が反射して星のようなきらめきを作り出す。


『初の落札、誠にありがとうございます。――では、続いて第二品目にまいりましょう。』


ルールドが軽く手を振ると、ステージ照明が再び柔らかく灯る。


スクリーンには次のアイテムのシルエットが浮かび上がり、ざわめきの中にもどこか満たされた余韻が漂っていた。

まるでオークションという舞台が、今まさに本当の意味で動き出したような空気が、会場全体を包み込む。


『――続いて、第三品目。』


ルールドの声に合わせて、ステージ上の光が再び切り替わった。

三つ目の展示台に浮かび上がったのは、淡い赤を帯びた結晶。熱を帯びたように光が揺らめき、ガラス越しにほのかに赤い影を映している。


『炎の欠片。魔法素材として用いられる希少鉱石で、一定確率で武具に炎属性を付与します。』


その説明が終わるより早く、冒険者層から歓声が上がった。

先ほどまでの柔らかい空気とは打って変わって、今度は実用に惹かれたプレイヤーたちの熱が一気に高まっていく。


「うちの鍛冶屋に欲しい!」

「これ、結構高くなるぞ!」


会場のあちこちから、興奮混じりの声が次々と飛び交った。

入札ウィンドウに数字が次々と踊り、会場の温度が目に見えて上がっていく。プレイヤーたちの視線がステージへと吸い寄せられ、空気に熱が満ちていった。


第四品目では、可憐な青い羽飾りが舞台を彩る。


『蒼翼のブローチ――軽量化付与を持つ装飾品です。飛行スキルを持たない職でも、短時間の滑空を補助します。』


上層階のプレイヤーから、感嘆の声が上がった。

その多くは「演出アイテム」や「コーデ用アクセサリー」に惹かれる層。華やかで実用的。まさにオークションにふさわしい一品。


そして、第五品目。


『マナチューナー。魔力の流れを整える魔道具です。 装備時、MP自然回復速度がわずかに上昇します。』


静かな人気。派手さはないが、その価値を理解する者にはたまらない通好みの品だった。入札額はゆるやかに伸び続け、やがて千三百Gで落札された。

nullはその様子を眺めながら、グラスを指で軽く揺らした。表面に浮かぶ泡が、ランタンの光を受けて淡くきらめく。


(……うーん、いい品が多いね。雰囲気も盛り上がってきたし。)


派手すぎず、地味すぎない。ひとつひとつが次の“何か”を期待させるような流れで、観客の視線は確実にステージへと引き寄せられていく。


第五品目が終わり、拍手が静まった。

ステージ上ではスタッフNPCたちが手際よく次の台座を整えている。会場には程よい熱気とざわめきが残り、各テーブルでは談笑や予想の声が交錯していた。


『それでは――第六品目のご紹介です。』


ルールドの声が会場の空気を再びひとつにまとめた。

柔らかな照明が舞台を包み込み、展示台の上に小さな箱が静かに置かれる。


『こちらは王国工房登録、トライアンヴィル様より出品されました。

 彼らが物々交換で入手した素材をもとに、試作として製作されたアイテムとなります。』


その言葉が告げられた瞬間、後方から「ひゃっ」と小さな悲鳴が上がった。レーネだ。隣のエトが慌てて彼女の口を押さえ、バルトが視線を逸らす。


(ふーーん、あれか……。にしても、トライアンヴィルねぇ。)


nullは苦笑を浮かべ、前方のステージへと視線を戻す。


『出品名――月影の研磨布。

 特殊な魔繊維で織られた布で、武具や装飾品の魔力を整える効果を持ちます。

 使用時、対象装備の光沢を回復させるほか、

 一部の魔力干渉を中和する補助効果も確認されています。』


ステージ上に映し出されたのは、淡い銀色の光を帯びる一枚の布。

薄く、滑らかで、風を受けるたびに虹色の反射を見せる。その輝きは控えめながらも、どこか上品で、職人の手の温もりを感じさせた。


「へぇ、実用的だな。」

「クラフト勢が欲しがりそう。」


周囲から穏やかな声が漏れる。派手ではないが、確かな関心を引きつける一品だった。


『開始価格は――百G。』


数字が浮かび上がると同時に、数人のプレイヤーがすぐに入札を始めた。職人系、装備好き、そして一部のコレクターたち。

金額は穏やかに上昇を続け、やがて千Gでぴたりと止まる。


『落札。おめでとうございます。』


軽やかな効果音とともに、拍手が会場を包み込んだ。ステージの照明が一瞬だけ強まり、淡い光がドーム内を流れる。


nullは微笑みながら、そっと後ろを振り返る。

レーネはテーブルに突っ伏しながら小さくガッツポーズ。エトは静かに頷き、バルトは胸をなで下ろすように息を吐いていた。


(……うん、やっぱいい腕してる。)


特別扱いされるでもなく、ただひとつのアイテムとして、しっかり評価された。それが何よりも、彼ららしい気がした。


ステージではすでに次の準備が進み、ルールドが大きく両手をひろげ商品の紹介に入っている。


『それでは――第七品目へと参りましょう。』


柔らかなアナウンスが響き、照明が次の色に切り替わる。nullは視線を三人へと戻し、軽く笑みを浮かべた。


「お疲れ様、良かったね?」


びくりと肩を震わせた二人とは対照的に、エトは穏やかに笑い、大きく頷いて見せた。


「うん、思ったより値が上がったね。」

「正しい評価でしょう?」


クスリと笑うと、レーネが泣きそうな顔で飛びついてくる。何とかバランスを崩さずに受け止め、彼女の頭をそっと撫でてやる。


きっと、物凄く緊張していたのだろう。

nullが武器を依頼していた時期と重なっていたはずだ。つまり、それだけ短期間で上等なものを作り上げたのだから、気が緩むのも当然だった。


「頑張ったね……」

「うん……うん!!」


半泣きになりながらも、笑顔でそう返す彼女の顔を見て、nullはもう一度、クスリと笑う。


「それにしても、あれだけのモノなんだから教えてくれても良かったんじゃない?」

「いや、だって。あれ、ナルは使わないでしょう?」


「まぁ、必要はないかな。でも――使えなくはない。」


脳裏に浮かんだのは、最近知り合った貴族(NPC)たちの顔。

装飾品としてなら、十分に価値があるだろう。実際、最終的に落札したのは冒険者ではなく、貴族プレイヤーだった。


「どんな伝手があるわけ……?」


エトが呆れたように眉を上げる。nullはにこりと笑い、軽く肩をすくめた。


「ん~、色々と? じゃなきゃ、あんな無茶にもこたえられないでしょう?」


その言葉に、三人は揃って言葉を失う。冗談めかした笑みの奥に、どこか底知れない頼もしさが見えた。

恐らく今後もnullに敵わないだろう。そんな予感を胸に抱きながら、三人は小さく息を吐いた。


そんな三人を見て、nullはくすくすと笑った。

自分たちが揶揄われたのだと気づいたレーネは、頬をぷくりと膨らませて不満げな表情を見せる。その姿が可愛らしくて、nullは空気の入った頬を指先で軽く押しながら話を続けた。


「そういえば、貰った武器――すごくいい感じだよ。」


突く手とは反対側で、太ももに仕舞われている二丁の銃をケースごと撫でる。指先に伝わる金属の感触に、自然と口元が緩んだ。


「そりゃあな! 俺たちの自信作だからな!」


胸を張って言い切るバルト。揺るぎない瞳の奥に、職人としての誇りが覗く。


「設計はエト、装飾はレーネ。仕込みは俺。抜かりはないぜ!」


「うんっ、私たち、すっっごく頑張ったんだから! ちゃんといい宣伝してきてよね!!」


レーネが両手を腰に当ててにこやかに言うと、エトも静かに頷く。


「まぁ、ナルだし、心配はしてないけど……。まだ慣れてない武器だろうし、気をつけてね。」


「大丈夫、十分使える。なんっか――分かんないけど、手に馴染むんだよねぇ。」


(ほんと、ヴォルコンみたいに。)


nullが遠い目をしている間も、三人は楽しそうに会話を続けていた。笑い声と照明の光が交錯し、しばし会場の喧騒すら遠く感じられた。


「それでさ、NE:NEみたいに――ババババッ!って敵倒して、そんでもって一位になって!」


きっとnullにならできる!と言わんばかりの無茶な言葉に、彼女はそっと視線を逸らした。


(そりゃ~同一人物だし……? できないわけじゃないけど……。 持ってるスキルが違うからなぁ。応用くらいならできるかな……? いや、でも……)


小さく唸りながら考え込むnullを見て、エトがレーネに苦笑しつつ注意をする。


「レーネ、無茶言わないの。日本でも屈指のプロゲーマーと比べちゃだめだよ。 ナルはナルで強いんだから、大丈夫!」


「そうだぞ、レーネ。確かにあれはすごかった。誰もが憧れるプロゲーマーだ。 でも、ここではナルの方が強いに決まってる!」


二人の真っ直ぐな言葉に、nullは何も言えず――ただ、苦い笑みを浮かべた。


「え~~、でも!! 私はあれを見たから、これ作ったのに……。」


レーネの視線が、nullの腰に提げられた二丁の銃へと向けられる。


――つまり、VORTEX ARENAでのNE:NEのプレイを見て、三人がその姿に魅せられ、夢を詰め込んで作り上げたのが、今、nullの手にあるこの銃だということらしい。


(……複雑、だなぁ。)


気まずさと、どこか居心地の悪さに、nullは三人へ軽く手を振ってその場を離れた。

会場を出た瞬間、熱気が遠のき、夜気のような静けさが戻ってくる。


「まさか……この子たちの誕生秘話が、私とはね。……まぁ、これも運命なのかな。」


小さく笑みをこぼしながら、nullは足を進める。

目指す先は、幻月(げんげつ)英雄(えいゆう)――参加登録の窓口。


新たな戦いの幕が、静かに開こうとしていた。


次回: 一攫千金



☆メモ


✦《第一回オルフィス祭》イベント概要

―――――――――――――――――――――――――――

【開催スケジュール】

メンテナンス期間(メインサーバー停止)

2130年11月3日(金)23:00 ~ 11月4日(土)23:30


イベント開催日時

 2130年11月4日(土)0:00 ~ 23:30

―――――――――――――――――――――――――――

【オルフィス祭・催し一覧】

■ 幻月の英雄げんげつのえいゆう

開催時間:20:00 ~ 22:30


■ セレスタドーム・アイテムオークション(限定開催)

開催時間:18:00 ~ 19:00

会場:セレスタドーム


■ バトルシミュレーション(仮想決闘システム)

開催時間:終日(0:00 ~ 23:30)


■ 人気キャラクターランキング

投票時間:0:00 ~ 22:30結果発表:23:00

―――――――――――――――――――――――――――



☆メモ2 登場キャラクター

《ルールド・フェイク》

・オークション司会進行役の謎の男。

・サーバーとオークションについて語った。


《セレフィール・ルヴァン》貴族・恋愛ルート

・二階席で青と白の礼装を纏った一人の女性プレイヤー。

・背後には従者らしき男が控え、その立ち姿はまさに貴族を思わせる気品に満ちている


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