表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Extended Universe   作者: ぽこ
月影に咲く英雄

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

77/85

祭りは門出

毎週、月曜日と金曜日に更新中!

※閑話休題※

11月3日――20時。

全プレイヤーの端末に、同時にシステム通知が届いた。



―― system message ――

【重要】メンテナンスおよびイベント開催のお知らせ

___________________

11月3日(金)23:00より、メインサーバーはメンテナンスに入ります。

全プレイヤーは同時刻までにログアウトを行ってください。


11月4日(土)0:00以降のログイン時には、特設サーバー《オルフィス》へ自動接続されます。

※本期間中、メインサーバー内の時間は停止します。

___________________

【イベント概要】

 ◆ 開催日時:2130年11月4日(土)0:00 ~ 23:30

 ◆ 会場:特設サーバー《オルフィス》

 ◆ イベント名:オルフィス祭『幻月の英雄』


リリース後初となる大型参加型バトルイベントを開催!

この一日限りの特別な祭典で、あなたの名を刻もう。


※イベント期間中、メインサーバーはご利用いただけません。

※詳細は【オルフィス祭 特設ページ】にてご確認ください。

___________________




「ついにきたーー!!!」


噴水公園で誰かが歓喜の声を上げる。その声が合図のように、周囲のプレイヤーたちが一斉にざわめき出した。


「初イベントだぞ!」

「何時間前から待機しよっか?」

「オルフィスって、どんな場所なんだろ!」

「へぇ~別サーバーでやるんだ!」

「時間も止まるっぽいな。」

「まじか!助かる~進めてたイベントの期限と被ってたんだよ~!」

「準備、たくさんしとかないとね!」

「楽しみだなー!!」


リリースから約一か月――。ついに、プレイヤーたちが夢見た、初の公式イベントがやってくる。


フレンドチャット、ボイスリンク、掲示板。どのチャンネルを覗いても、話題はオルフィス祭のことで持ちきりだった。街全体が、まるで本物の祭りのように熱を帯びていく。


さらに賑わう広場には、次々とプレイヤーが集まっていた。

共に祭りを楽しもうとする者。他のプレイヤーを観察し、戦略を練る者。イベントを機に名を上げようと、虎視眈々と準備を進める者。

生産職のプレイヤーたちは、新作装備や限定アイテムを並べ、「祭りの前に装備整えようぜ!」という声に応じて商売に精を出している。

そして――貴族の屋敷や王城のバルコニーから、城下の喧騒を静かに見下ろすプレイヤーたちもいた。


誰もが同じ暁の空を見上げ、その時を待ちわびていた。

一人、また一人が、準備に向けて宿屋を目指す。それでも広場の人は絶えない。


時刻になり、システム音と共に広場の喧騒はふっと消えた。人も音も一瞬にして消え、そこには穏やかな空気だけが流れる。



***


ここ最近、方々から報告が相次いでいる。

活発化し始めた冒険者たち。――始まりの塔から来る(きたる)勇者。世界を救う者。そう呼ばれているらしいが、こちらからすれば厄介者でしかない。


そしてもう一つが、幻月。

魔力と空間の歪みが強まるとき、必ず現れる金色の月。神はまだ、私たちを見放してはいない。そう思わせる象徴のような存在だ。


執務室の窓から暁の空を見上げれば、まだ白い月が微かに輝いている。ルシアンは視線を机上へ戻し、山のように積まれた書類の一番上に手を伸ばした。


「……厄介ごとは絶えないな。」


ルシアンが深く息を吐くと、控えめなノックの音が響いた。入室の許可を出せば扉は静かに開かれる。

入ってきたのは、長年の友であり王太子付き護衛騎士――カイリス・グランヘイル。

鎧の肩章が暁の光を受けて淡く輝き、無駄のない所作に品格が滲む。感情の揺らぎひとつ見せずとも、状況を見抜く男だ。


「悪いな、追加の仕事だ。」


両手に抱えた分厚い書類束を見て、ルシアンは顔をしかめた。彼の沈黙を察したカイリスは、わずかに口元を緩める。


「手伝おう。」

「……悪いな。」

「構わん。」


それだけ言って、カイリスは向かいの席に腰を下ろした。二人の間に、しばらく紙とペンの音だけが淡々と響く。


どれほど時間が経っただろうか。ふとルシアンが顔を上げ、窓の外へと目をやる。

先ほどまで白く冴えていた月が、いつの間にか蒼い光を放っていた。風も雲もない夜。音が消え、まるで世界が息を止めたようだ。


「……幻月の兆し、か?」


低く落ち着いた声が、静寂を切り裂く。隣で同じ景色を見つめながら、カイリスもわずかに眉を寄せた。


「ああ。魔力の流れが乱れている。ここ数日、昼と夜の境界が曖昧だろう。……報告書が積みあがるわけだ。」

「感じている。剣の軌道が、いつもよりわずかに遅れる。重力そのものが狂い始めているんだ。」


冷静な分析。その言葉には、感覚ではなく経験の裏づけがある。だからこそ、カイリスの一言には重みがあった。


「……やはり、君の観察眼は鋭いな。」

「仕事柄だ。人も、時も、わずかな違和感を見逃せば命取りになる。」


そう言って、カイリスは窓の向こうの蒼い月を見上げた。

その瞳は、光を映しても揺れない。理性の奥底に、研ぎ澄まされた静けさだけがあった。


「女神オルフィス、か。」

「ああ。あの方は秩序の星の主。世界の時が歪むと、月を通して修復が行われる。――それが、幻月だからな…。」

「修復、か……。ありがたいことだな。」


思わず微笑が漏れた。

女神の力が働いているということは、まだこの世界は見放されていない。古くから伝わる予言も、やはり間違ってはいなかったのだ。


――きっともうすぐだ。もうすぐ、救いが訪れる。


蒼が、ゆっくりと金へと変わっていく。街が黄金に染まり、光に溶けていく。まるで女神の腕に抱かれるように、灯がひとつ、またひとつと消えていった。恩恵にあずかろうと、人々は静かに眠りにつく。


「……来たな。」

「ああ。金月――幻月だ。」

「……女神の力か…。毎度のことながら、美しい景色だ。」


カイリスの声は低く、穏やかに響いた。

日々、剣をもって前線に立つ彼だからこそ、この国の平穏を、誰よりも深く願っていることをルシアンは知っていた。

己の力を、何のために振るうのか――その意味を知る者の声だ。



「ルシアン。……この光の下では、世界が確かに生きていると感じる。それが()()()()であれ、俺は、それを守るだけだ。」

「あぁ。だが…、きっと近い未来、この世界は元に戻るさ。」


二人はしばし、窓の外に広がる黄金の景色を見つめていた。

光に満たされた街は、まるで永遠に続く夢のようで、その中で二人だけが静かに、来る平和を願っていた。


「……さて、今日はそろそろ床に就くとしよう。我々も、少しは恩恵にあずかろうじゃないか。」

「あぁ。」


カイリスの言葉に、ルシアンは穏やかに頷いた。

机の上に積まれた書類を、今夜ばかりはそっと忘れる。まだ夜は始まったばかり――それでも、不思議と心は静まっていた。


金色の月光が、ゆるやかに部屋を満たしていく。ルシアンは窓の外に視線を向け、その光の向こうに、いつか訪れる()()()()()()を重ねた。


「……女神よ、どうかこの世界を――」


祈りの言葉は、そっと金の光に溶けていった。




***



「社長、準備が整いました。」


高級スーツをカジュアルに纏ったまだ年若い男は、部下の声に手を止め、書類から視線を上げた。


広い空間には無数のモニターとスタッフたち。目の前の壁面には五面の大型スクリーンが並び、どれも同じゲーム――《To the Light》を映している。


フロアは小さな段差で区切られ、前方ではセキュリティチームが監視ツールを確認し、後方では研究・開発・フロントエンジニアがアップデート項目のチェックリストを一つひとつ潰していた。


まもなく始まるアップデートに合わせ、社内の空気は緊張と期待に満ちている。


――23時。合図と共に、各部署が動き出す。

サーバーの切り替え、ログの監視、バグ再確認、最終QA。全てが、完璧に進んでいた。あとは、特設サーバー《オルフィス》が無事に起動するのを見守るだけだ。


この企画――《To the Light》。

構想当初から大きな賭けだった。それでも、想像を超える支持を得て、今や全国規模のオンライン現象と化している。


そして今日。初の公式イベント《オルフィス祭》。

単なるお祭りではない。この世界を、次の段階へと導く鍵でもある。プレイヤーたちの鋭い考察に、彼は何度も驚かされてきた。


イベントの設計も、すべてに意味を持たせた。戦闘・探索・観戦――すべてが繋がる一日。誰もが楽しめる祭りであり、同時に、次のステージへ進むための実験でもある。


社員たちは寝ずに準備を重ねてきた。だが、それでも彼の顔には満足げな笑みが浮かんでいる。

参加者も、観戦者も楽しめるよう、あらゆる仕組みを盛り込んだ。その分社員には大きな負担をかけることにはなったが、まぁ、致し方ない。


「状況は?」

「概ね順調です。」

「……そうか。」


男は静かに頷き、正面の大型スクリーンへと視線を移した。映し出されているのは、イベント限定の特設サーバー《オルフィス》。


広場には無数の出店が並び、すべてNPCによって運営されている。

装飾、商品、音楽――そのすべてが、この日のために用意された特別仕様だ。露店には季節限定アイテムやフェス限定の料理が並び、まるで現実の祭りのような熱気が漂っている。


デザイン班には相当な負荷をかけたが、彼らは「最高傑作です」と胸を張っていた。確かに、画面の中の光景は圧巻だ。

ただのイベントではなく、フェスティバルと神聖さを融合させた構成。神々が存在する世界観を損なうことなく、むしろ祝祭として昇華されている。


中央の大広場を抜けた先には、巨大なドーム状の建物。

ここは《特別戦闘イベント》の観賞エリア。冒険者ルートと貴族ルート、双方のプレイヤーが共に楽しめるよう、三階層構造で設計されている。


一階は広々とした立食エリア。中央のホールでは音楽と光の演出が流れ、壁際には休憩用のテーブルと椅子が並ぶ。二階・三階は王侯貴族の邸宅を思わせる設計で、プライベートルームやラウンジを備えていた。

――誰もが自分の物語を演じられるように。


そして、ドームの反対側には二棟のホテルが建っている。

一つは冒険者用、もう一つは貴族ルート専用。どちらもログアウト時の休息スペースとして利用でき、ログインしたプレイヤーは、そこから星を巡ることができる。


だが、最も力を注いだのは、広場の外、森の奥にある神殿だ。

山道を抜けた先に現れるその建物は、白亜の外壁と金色の装飾が調和した、ステンドグラスの聖域。

光が差し込むたびに、床や壁が虹のように輝く。その静謐さと神々しさは、まさしく女神オルフィスの休息地と呼ぶにふさわしい。


男は小さく息を吐く。

――これほどの世界を、人の手で築ける時代が来た。



「社長、最終確認のため、特殊フィールドのご確認をお願いします。」

「あぁ、そうだったな。」


男は立ち上がり、正面の大スクリーンへと歩み寄った。映し出された新たなフィールドを目にした瞬間、口元に満足げな笑みが浮かぶ。


「……いい造りだ。」


そこは、かつて繁栄し、いまは静かに朽ちた都市。大自然に飲み込まれた遺跡群。森の草木は美しくもどこか毒々しい。海はどこまでも広がり、空との境界線が金のように輝いていた。蒼と碧のあわいに光が差し込み、幻想的な空間を描き出している。


「モンスターの配置は?」


男の問いに、スタッフの一人が新しいウィンドウを開く。

サブモニターには、膨大な数のデータが一覧化され、次々とモンスターたちの姿が映し出されていった。

凶悪なもの、愛らしいもの、そして、生き物なのかと疑うような姿のもの。それらが、完璧なバランスで配置されている。


「こちらに。」

「うん、次は……アンケートだ。」

「承知いたしました。」


声と同時に、別の画面が切り替わる。そこには、イベント用のプレイヤーアンケートが表示された。

これは、社員全員で徹底的に議論し、練り上げたものだ。回答はランダムかつ状況に応じて提示され、観戦者の投票結果がリアルタイムで戦況に影響を与える。

ゲーム内とゲーム外――二つの世界が、同じ神の指先で結ばれる。


さらに、その模様は公式チャンネルで生放送され、全世界の視聴者がリアルタイムで参加できるようになっていた。画面越しに、運営チームの努力と緊張が伝わってくる。


「よし――」


男は腕を組み、深く息を吐いた。あとは、世界を動かすだけだ。


「いいな。問題なさそうだ。」

「承知しました。では、このまま進めさせていただきます。」

「あぁ、頼んだ。……俺は少し休むよ。一昨日から働きづめで、思考が鈍ってきた。」

「承知いたしました。ごゆっくりお休みください。」

「あぁ。君たちもローテーションでちゃんと休めよ。なんのためにこれだけ多くの人を雇ってるのか、わからなくなるからな。」


男が軽く手を上げて扉へ向かうと、スタッフたちは苦笑しながら「承知いたしました」と彼を見送った。

廊下を歩きながら、大きなあくびを一つ。それを隠すこともせず、肩を回すようにしてため息を落とす。


「……あー、疲れた。まぁ、これで――()()()()以上に盛り上がるだろ。彼女も、いるみたいだしな。」


クスリと笑うと、男の背は暗い仮眠室の扉へと消えていった。

その瞬間、背後のフロアでは、カウントダウンのモニターが点灯する。


――23:59。

静かな電子音が、世界を動かす。



次回:縁は異なもの味なもの



✦《第一回オルフィス祭》イベント概要

―――――――――――――――――――――――――――

【開催スケジュール】

メンテナンス期間(メインサーバー停止)

2130年11月3日(金)23:00 ~ 11月4日(土)23:30


イベント開催日時

 2130年11月4日(土)0:00 ~ 23:30


※上記期間中、メインサーバーは一時停止し、

 全プレイヤーは自動的に特設サーバー《オルフィス》へログインされます。

―――――――――――――――――――――――――――


【オルフィス祭・催し一覧】

■ 幻月の英雄

開催時間:20:00 ~ 22:30

形式:スコア制PvEバトルイベント(冒険者ルート限定)

特徴:広大な専用フィールドで希望プレイヤー同時参戦!

・PvP有効・共闘可(PT編成不可)

・ラストアタックボーナスあり

・戦闘不能=即退場・復帰不可

・観戦者によるリアルタイム投票イベント実施(ボス選出/スコア予想/人気投票)


■ セレスタドーム・アイテムオークション(限定開催)

開催時間:18:00 ~ 19:00

会場:セレスタドーム

内容:プレイヤー作製品・レア素材をゲーム内通貨(G)で競売

・一部譲渡不可アイテムもこの日限定で出品可能

・限定品・開発者提供アイテムも登場!


■ バトルシミュレーション(仮想決闘システム)

開催時間:終日(0:00 ~ 23:30)

内容:PvP専用マッチングシステム(ペナルティなし)

・フレンド・観戦・交流目的にも最適


■ 人気キャラクターランキング

投票時間:0:00 ~ 22:30

結果発表:23:00

内容:NPCを含む総合キャラクター投票

・当日最も輝いたプレイヤーを観戦者が選出

―――――――――――――――――――――――――――

【注意事項】

※イベント期間中、メインサーバーでの進行は停止されます。

※特設サーバー《オルフィス》への自動接続後、他ワールドへの移動・キャンセルはできません。

※イベント終了後、全プレイヤーは自動的に元のサーバーへ復帰します。

―――――――――――――――――――――――――――


特別な一日に、あなたの伝説を刻もう。

 “幻月の下で、()()()()()()()。”


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ