先んずれば人を制す -2
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nullが三人の工房の扉を開けると、扉の向こうから、バルトの快活な声だけが響いてくる。
「いらっしゃい!――ちっと待ってくれ!」
どうやら三人とも作業の真っ最中らしい。奥から顔を出す気配もなく、金属の打音と工具の擦れる音が室内に響いている。
「相変わらず、忙しそうだなぁ……。」
苦笑しながら、nullはインベントリを開く。
ポチポチと画面を操作しながら、依頼されていた素材を取り出し、テーブルの上に整然と並べると、ついでにセクター・ノワールで手に入れた素材の中から、使えそうなものを吟味して選別する。段ボール箱へ素材を次々と放り込めば、気づくと箱は二つ、三つと山になっていた。
ようやく奥から姿を現したのはエトだった。髪には金属粉がつき、袖をまくったままの姿で、彼は眉をひそめる。
「あ、ナル……もしかして――」
エトの顔に苦笑が浮かぶ。
「もう素材、集めてきたとか……言わないよね?」
nullはむっとした顔で、箱を指さした。
「依頼したのは、そっちでしょう?」
手前の二箱を指で示しながら、さらりと説明を添える。
「この二つが依頼品。奥の箱は使えそうな素材と、依頼分の余り。」
エトは一瞬無言になり、やがて頭を押さえて深くため息をついた。
「ナル……君はいったい、どうなってるの?」
その苦い顔に、反省というよりも、もはや諦めの色が滲む。無茶な依頼だったことは、彼もよく分かっていた。
「バルトー! レーネ!!」
エトが工房の奥に向かって怒鳴ると、工具の音が止まり、少し間をおいて二人の声が返ってきた。
「なんだ……まだ作業中だぞ?」
「もぉ~、なぁにぃ~?」
不満たらたらの二人が現れるのを、nullは腕を組んで待ち受ける。その表情を見た瞬間、二人の顔にぱっと花が咲く。
「なんだ、ナルか。客かと思ったぜ。」
「来てくれたならそう言ってよ~!」
どうやら歓迎はされているらしい。だが、今はそれどころではない。言いたいことが山ほどあるのだから。
二人はエトとnullの間に漂う空気を察したのか、ばつの悪そうに視線を泳がせる。そして、nullの隣に積まれた段ボール箱に気づいたレーネが、指を差して声を上げた。
「そ、それ! もしかして!!!」
目を見開き、歓声を上げる。
「きゃーーーっ! ナル!! 最っ高!!」
勢いそのままに駆け寄ってきたレーネを、エトの一言が静止させた。
「レーネ。」
低い声。背後から伸びた腕に、彼女の肩がぴたりと止まる。見上げれば、鬼の形相のエトがそこにいた。
「……ひ、ひぇ……」
「……分かってるよね?」
「は、はひ……」
涙目のレーネは小さく頷き、助けを求めるようにnullへ視線を向けた。しかし、nullはすっと顔を背ける。味方ではない。その沈黙がすべてを語っていた。涙目のままレーネは情けない声を上げる。
「……ナルまでぇ……?」
そのか細い声が、工房の中に虚しく響く。
「レーネ。」
低い声で呼ばれた名に、彼女の肩がびくりと震える。エトは静かに歩み寄り、淡い笑みを浮かべながら言った。
「今回みたいな依頼を、もし次もしたら――」
「し、したら……?」
恐る恐る問い返すレーネの前で、エトは自分の親指を首に当て、横にスッと滑らせた。にっこりとした笑顔のまま。
「い、いやああああああ!!」
レーネは半泣きになりながら、その場に崩れ落ち、nullの足元まで這ってきた。
「ごめんなさい、ごめんなさいぃぃ!!」と何度も謝罪を繰り返しながら、彼女の足にしがみつく。nullが「ちょ、離して」と押しても押しても、レーネは頑として離れない。
(STRの差、なのかこれ……?)
そんな冷静な分析をしていると、またエトの叱責が飛ぶ。
「レーネ、嫌なら分かってるよね? 今回、ナルだったからまだよかった。でも、もし他の客相手に同じことをしたら…うちの評判、どうなってたと思う?」
「うぅぅ……」
その声を聞いて、ようやく口を開いたのはバルトだった。
「ま、まぁまぁ、エト。レーネも反省してるみたいだし――」
彼女を庇おうと言葉をかけ、エトを宥めようと試みるが、しかしその言葉は最後まで続かなかった。エトの眼光が、まるで刃のようにバルトへ突き刺さる。
「バルト。君にも言いたいことがある。今回のナルへの依頼、確認はちゃんと頼んだよね?それなのにこの始末。――どう責任を取るつもりかな?」
「……え、俺も?」
「当然だよ。」
エトの冷静な一言に、眉をひそめたのはバルトだけではなかった。nullも小さく顔をしかめる。
実のところ、この件を恩にして、次の依頼を有利に進めるつもりだったのだ。それが今、見事にエトによって先手を取られてしまった形である。彼にその気があったのかどうかは分からないが、なんともタイミングの悪い流れだ。
(……まさか、読まれてた?)
そんな疑念を抱いた矢先、バルトが両手を合わせて頭を下げた。
「ナル! 本当にすまん!! 悪かった!!!」
額に汗をにじませ、必死の謝罪。それを見ると、流石に突っぱねることもできない。
「え、えぇ……まぁ、いいけど……」
どう返すべきか迷っていると、エトがふう、と長い息を吐き、nullの方へ向き直った。
「ナル、本当にごめん。一応、期日に間に合わなくても造れるように段取りを組んでたんだ。素材もある程度買い集める予定だった。でも……まさか、こんなに早く持ってきてくれるとは思ってもみなかったよ。」
「まぁ……結構、無茶したからね。」
淡々と答えながらも、内心では「レベル上げにはちょうどよかった」と満足しているが、そんな利にならないことを言葉にするつもりは毛頭ない。
視線を流すと、床にぺたりと座り込んだままのレーネとバルトが、まるで叱られた子犬のように見上げている。潤んだ瞳とへの字に曲がった口。二人の情けない表情に、nullは深くため息をついた。
「本当にごめんね。これからはこんなことないようにするから、僕たちを許してほしい」
エトの言葉に、nullは少し考えるふりをして口を開いた。
「んー……まぁ、一応同盟、組んだみたいなもんだし? とはいえ、このまま許すのも二人の成長にならない気がするからねー。」
一度、わざと間を置く。そして、にっこりと口角だけを上げ、ゆっくりと指を二人へ向けた。
「そうだなぁ……じゃあ、そこに置いてある素材を使って、うんといい武器、作ってよ。 もし、品質の悪いものなんて渡してきたら……分かるよね?」
笑顔。けれど、目は笑っていない。nullのその圧に、レーネとバルトが同時にビクッと肩を跳ねさせ、小さく悲鳴を上げた。
「ひ、ひぃっ……!!」
「もちろん!最高品質で!!」
二人がぶんぶんと頭を振る中、nullはさらに追い打ちをかけるように言葉を重ねる。
「あー、それと。イベントまでには余裕で完成させてくれるんだよね?」
その視線を三人へ向ければ、エトまでもがうなだれるようにして頷いた。
「……はい。」
満足げにうなずいたnullは、ほくそ笑みながら段ボール箱を指さす。
「はい、じゃあ中身、確認してね。」
手をパンパンと叩いて、反省会終了の合図を出す。
「ほらほら、時間は有限だからねー?」
その一言に、三人が一斉に顔を見合わせ、同時に立ち上がった。工房が、再び慌ただしい音に包まれていく。
***
工房を後にしたnullは、イベント前の準備のため、とある場所へ向かっていた。
目的地は、街の中心から少し離れた静かな区画。それでもプレイヤーたちの間では知らぬ者のいない、有名な施設だ。
運営に冒険者ギルドが噛んでいるという噂もあるその建物は、戦略家たちの集う拠点の一つだ。ここで行えるのは、このゲームの戦術を根底から変えるシステム――「スキルリンク」。
イベントが近いこともあり、施設の周囲には多くのプレイヤーが行き交っていた。磨かれた石畳の上で、各々が戦略を語り合い、画面を見つめ、そして静かに笑う。その空気は、まるで戦場の前夜。
中は、石造りの壁には豪奢なタペストリーが掛かり、金の装飾があちこちに散りばめられている。床一面に敷かれた深紅のカーペットが、訪れる者の足音を静かに吸い込んでいた。
煌びやかな空間の中、壁際にずらりと並ぶスキルマシンが、低く唸りを上げて稼働している。nullはそのうちの一台の前に立つと、腕に装着されたバングルを翳した。
機械が青白い光を放ち、スキャン音と共にデータを読み取る。数秒の後、透明なホログラム画面が浮かび上がり、彼女の全スキルが一覧で表示された。
上部には、ひときわ目を引くボタン――「スキルリンク」。
スキルリンクとは、この世界――《To the Light》における戦略システムの中核の一つとも言える機能だ。
所持している複数のスキルを組み合わせ、一つの詠唱で連続発動させたり、まったく新しい効果を生み出すことができる。
いわば「戦闘思考の拡張」。プレイヤーの創意とセンス次第で、魔法の可能性は無限に広がる。
ただし、通常よりもMPの消費量が多く、リソース管理には細心の注意が必要だ。
それでも、詠唱時間の短縮と同時発動による爆発的な火力上昇を狙えるこのシステムは、多くの上位プレイヤーに愛用されている。
リンク対象となるのは魔法系および支援系スキルのみ。
剣技や生産スキルには対応しておらず、魔法使い系ジョブにとっては欠かせない戦術要素となっている。
nullはホログラム画面を眺めながら、指先でスキル名を押し、そのまま横へとスライドさせていく。選ばれたスキルは光の粒となって右側の画面へと移動し、発動順を示すナンバーが次々と点灯した。
「さーて、どうしようかな。」
呟きながら、候補を並べ、指で順番を入れ替える。光のラインが幾筋も交差し、まるで魔法陣の設計図を描くように構築されていく。
組み合わせ方も、発動順も重要だ。どのスキルとどのスキルを組み合わせ、どんな状況で使うか。そのたった一瞬の判断が、勝敗を分ける。
さらに、通常のスキルとは異なり、リンクスキルにはプレイヤー自身で名称を設定できるという強みがある。
これにより、詠唱時に敵プレイヤーへスキル内容を悟られにくくすることができる。だからこそ、対人戦において――スキルリンクは「秘匿」と「奇襲」の象徴といわれる。
画面に浮かぶスキルたちを見つめながら、nullの口元にわずかな笑みが浮かぶ。
「ふん、ふん……なるほどね。やり方は分かった。」
イベントで重要になるのは、まず一対多の戦闘。人であれ、モンスターであれ、瞬時に無力化できるスキル構成が必要だ。
麻痺させるか、凍らせるか、それとも地面ごと封じてしまうか。火で囲むというのも面白い。
地形がどうなるか分からないからこそ、汎用性の高い構成で挑まなければならない。
スキルリンクの登録上限は十。この枠の中で、nullは自分のスタイルを確立させる。
(まずは――拘束特化からだね)
__
《ストーン・アイス・ショック》
状態異常 × 連鎖火力でPvP・ボス拘束に有効。
└① クレイ・バインド (土・足止め)
└② アイシクル・ストライク (氷・凍結)
└③ ライトニング・コード (雷・追撃)
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(これで、完璧に足止めできるでしょ……??)
口元を緩め、ニヤニヤと楽しそうに組み立てるnullは思わずくすくすと笑みがこぼれてしまう。
周りからは多少奇怪に映るが、それを気にする人はこの店には誰もいない。なぜなら、大体がそんな表情をしているからである。人が嫌がりそうな事を戦略として組み立てている時は何よりも楽しい。そしてそれが上手くはまった時、それが最大の幸福となる。…そんな人たちが集まっている場なのだ。
(それから――本当にピンチな時には、これで完全にガードができるでしょう?)
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《セイフガード》
防御+回避特化。全方位防御型スキルリンク。
└① ストーン・シールド (物理防御上昇)
└② 光輝の盾 (光障壁展開)
└③ シャドウ・マント (回避+一時的不可視)
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(物理も魔法も一瞬なら凌げる。うん、緊急時にはこれだね。)
光と影の防御を組み合わせる発想は、まさにnullらしい。正攻法ではなく、最小限のリソースで最大限の生存力を得る。その計算高さが滲んでいる。
(あと、こういうのも欲しいよね。ロマンだよねー。)
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《ハロウ・インパクト》
光の連撃+視覚妨害+範囲制圧。演出面重視の高難度コンボ。
└① ルミナス・レイ (直線貫通)
└② ライティング・バースト (範囲吹き飛ばし)
└③ ホーリー・ランサー (ランダム多段ヒット)
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(戦略的には微妙だけど、こういうのが一番テンション上がるんだよね。)
nullはにやりと笑う。純粋な効率だけを追うプレイヤーなら、この組み合わせを「不効率」と切り捨てるだろう。だが、彼女にとっては違う。「見せ場」もまた、勝利の一部なのだ。
そして、もう一つ――。
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《雷》
雷攻撃二連。単体火力に特化した純攻撃リンク。
└① ジャッジメント・ボルト (雷・強攻撃)
└② ライトニング・コード (雷・追撃連鎖)
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(これとか、連発できないけど……かっこいいよね。)
雷の奔流を想像するだけで、心が高鳴る。
nullの指先が画面をタップした瞬間、ホログラムの中に稲光が走り、淡い電光がパネルの表面を駆け抜けた。ピシッ、と小気味よい音が響き、リンクが確定する。
「――登録完了。ふふ、いい感じ。」
綻んだ表情のまま、次々とスキルリンクを登録していく。画面上に淡く輝く魔法陣が広がり、スキル名がひとつ、またひとつと刻まれていった。
イベントまで、あとわずか。彼女の瞳は、いつになく楽しげに輝いていた。
次回:祭りは門出
== スキルリンク登録完了 ==
《ストーン・アイス・ショック》
状態異常×連鎖火力でPvPやボス拘束に有効。
└① クレイ・バインド(土・足止め)
└② アイシクル・ストライク(氷・凍結)
└③ ライトニング・コード(雷・追撃)
《セイフガード》
防御+回避系。緊急防御特化。
└① ストーン・シールド(岩・盾)
└② 光輝の盾(光・盾)
└③ シャドウ・マント(闇・回避)
《ハロウ・インパクト》
光の連撃・視覚妨害・範囲制圧。
└① ルミナス・レイ(直線貫通)
└② ライティング・バースト(範囲吹き飛ばし)
└③ ホーリー・ランサー(ランダム多段ヒット)
《雷》
雷攻撃二種。火力特化の純攻撃リンク。
└① ジャッジメント・ボルト(雷・強攻撃)
└② ライトニング・コード(雷・追撃)
《ミスティ・リカバリー》
MPとHPの持久力を最大化する支援系リンク。
└① ウィンド・リフレッシュ(継続MP回復)
└② アイス・リフレッシュ(即時MP回復)
└③ ヒール(HP回復)
《エレメンタル・ブレイク》
多属性のコンビネーション。敵の位置を制御しつつ火力で押し込む。
└① グラビティ・ボム(土/遅延)
└② ファイアー・ランス(火/直線)
└③ ウィンド・ブレード(風/高精度)
《コレクト》
採取特化リンク。
└① ウィンド・ハーベスト(刈り取り)
└② エア・コレクター(一括回収)




