弱肉強食 -2
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「おいおい、誰も来やしねぇじゃねぇかよ!」
「ビビって損したぜ……!」
数人の男たちが、既にボロボロになった男女三人組を囲んでいた。見るからにプレイヤー同士。
どうやらこの三人組が、奴らの獲物らしい。人数が減っているあたり、他の仲間はすでにやられたか逃げたか、或いは…。
先ほどの爆音は救援信号代わりだったのだろう。誰を呼ぶつもりだったのかは定かではないが、それは確かに役立ったと言える。
「おら、アイテム置いていきな」
「こっちはやっちまってもいいんだぜ?」
ニヤリと笑う男たちは、いかにもチンピラといった雰囲気を醸し出している。余裕と悪意が混じっていた。
対する囲まれている方は肩で息をしながらも武器を構えている。戦う気力はあるが、戦力が足りていないといった所か。
木陰に隠れたnullは、その光景をじっと観察し、頬に手を当てて考え込む。
(さて……どう登場したら一番映えるかなぁ?)
「正義のヒーロー」か。いや、ちょっとベタすぎるかもしれない。「颯爽と現れる救世主」も、ありきたりか…むしろここは…。
(ダークヒーローでいこうか?派手に、でもちょっと悪っぽく。……なんてね。)
薄暗い森を抜ける風が、nullのフードを揺らす。口元には、いたずらっぽい笑み。光のない瞳の奥に、楽しげな輝きが宿る。
囲まれていた側の一人。若い剣士が、無謀にも突撃した。何か策でもあるのかと思えば、そうでもない。あっけなく返り討ちに遭い、光の粒子となって霧散していく。
「わははは! 何がしてぇーんだよ!」
消えていく剣士を見ながら、ヒール(悪役)たちは腹を抱えて笑った。彼らは余裕そのもの。勝者の快楽に酔い、すでに周囲への警戒など忘れている。
あまりに無警戒。あまりに隙がありすぎて、これも彼らの作戦の内なのか?と邪推する。
(……まぁ、いっか。)
そう呟いた瞬間、nullは駆け出していた。地を蹴る音が一拍遅れて響き、空気が揺れる。
「おらぁ、次は誰にしようかぁああ――」
ニヤついた男がしゃがみ込んだ少女の腕を掴もうとしたその瞬間、ドゴンッ、と鈍い衝撃音と共に、男の身体が弾き飛ばされる。
何が起きたのか理解する前に、続けざまに二人、三人と吹き飛んだ。
風切り音と共に、静寂を切り裂く声が響いた。
「あれぇ~? なんか、呆気ない??」
nullの姿が現れた瞬間、戦場に静寂が訪れた。
恐怖に駆られた誰かが放った魔法が、彼女の目前で音もなく霧散する。白金のローブが風を裂き、裾から零れる光粒が軌跡を描く。それはまるで空気そのものが、彼女の存在にひれ伏しているかのようだった。
ローブの縁を淡い光が包み、内側では黒い影がゆらめく。光と闇――二つの相反する力が、奇妙な均衡を保ちながら同居していた。その姿に、誰もが息を呑む。
「な、なんだこいつ!!」
「ビビってんじゃねぇ!! 魔法使い一人だ、囲んじまえ!!」
恐怖で後退っていた数人の男たちが、仲間の怒号に背を押されるように動き出す。目の前の相手は、どう見ても魔法職。ローブに杖、そして華奢な体躯。
――ならば、近接に持ち込めば勝てる。
そう信じた彼らが一斉に距離を詰めた。その刹那、nullが静かに息を吸い込む。
「――光輝の盾。――レイディアント・バースト。」
振り下ろされる刃が彼女に届く前に、大きな光の盾が現れた。剣が触れた瞬間、光壁が共鳴し、鈍い金属音を立てて弾き返す。直後、弾けるように放たれた光の爆発が、突撃してきた男たちをまとめて吹き飛ばした。
「ぐああああっ!!」
「なんだこの威力――!?」
爆煙の向こう、ただ一人、静かに杖を構える少女。瞳に宿る光は、慈悲ではなく――“裁き”の輝き。
「さぁ、次は誰ですか?」
口元に浮かんだ微笑は、凍てつくほど美しかった。
「こ、こいつ!!」
後方で腕を組んで見ていた男が、歯噛みしながら怒鳴る。
「おい!なに突っ立ってんだ!! 魔法だ! 撃てぇ!!」
命令を受けた男たちが慌てて杖を構える。しかし、その動きよりも早く、nullの詠唱が走った。
「――ライトニング・コード!」
バチバチッ!と、空気が裂けるような音と共に、雷球が一直線に放たれる。命中した男の体を閃光が貫き、瞬時に隣の仲間へと電流が伝播する。
電撃の鎖が次々と繋がり、悲鳴と火花が入り乱れた。
「うわっ、ぐああああっ!!」
「ちょっ、待っ――ぎゃあっ!」
次の瞬間、数人の体が同時に地面へと崩れ落ちる。焦げた匂いが立ち込め、あたりは一瞬で静寂に包まれた。
「あれ~?思ったより……」
(これ以上言っちゃ悪いか…)
肩をすくめて苦笑し、後ろ手で頭を掻く。倒れ伏した男たちを一瞥し、残る一人――リーダー格の男へと視線を向けた。その瞳は穏やかでありながら、どこか底知れない光を宿している。
「弱い者いじめは、ダメですよー?」
軽い口調。けれど、その言葉には圧があった。光の余韻がまだ漂う戦場で、彼女の声だけが妙に鮮やかに響く。
にこりと笑うnullに、男の顔がピクリと引きつった。怒りが滲み、血走った目がギラリと光る。
「この……クソ女がぁっ!!」
大剣を振りかぶり、吠えるように突進してくる。nullはほんのわずかに首を傾げ、杖を軽く構えると――
「――エア・ダッシュ。」
風を裂く音とともに、姿がかき消えた。次の瞬間には、男の背後にいる。振り下ろされた大剣は虚空を裂き、地面を深く抉るだけだった。
「なっ……!! どこに――」
振り向いた男が、ようやくnullの姿を捉える。その口元には、涼しい笑み。
「ちょっと~お兄さん、どこ行くの~?」
「うるせぇぇええ!! 魔法使いになんざ追いつけねぇんだよ!!」
怒鳴りながら、男は大剣を背へと戻し、踵を返す。逃げる方向は、nullとは真逆。森の奥へ一直線に駆け出していく。
(……逃げた?)
首を傾げながら、nullは小さく息を吐いた。せっかくの悪役退治ごっこも、少し肩透かしを食らった気分だ。とはいえ、まだ序盤。こんなものだろう。
「そっちはあぶないよーーーー!!」
男が眉を寄せ、振り返ったその瞬間――何が起きたのかも分からぬまま、男の身体が宙を舞い、nullの目の前にドサリと落ちた。
大きな爆発も、派手なエフェクトもない。ただ、見事な投げ技のように地面へと叩きつけられただけだった。その背後には、いつの間にか立っていた女騎士――ヘリアデスの姿があった。
「ヘリアデス様、流石です。」
nullはにこりと笑みを浮かべ、地面に転がる男へと視線を向ける。困ったように眉を下げ、まるで教師がいたずらっ子を叱るような柔らかい口調で告げた。
「だから、言ったじゃないですか? そっちは危ないって。」
捕まるだけで済んだのは幸運だろう。だが、相手が騎士団所属のヘリアデスである以上、デスペナルティよりも大きな罰が下る可能性も秘めていた。
「ちくしょう! お前らぁ!!」
怒号が上がると同時に、nullの上に影が落ちた。それを反射的に察知した彼女は小声で詠唱する。
「――シャドウ・マント。」
次の瞬間、nullの姿が影に溶けて消える。それと同時に頭上から振り下ろされた槍が、リーダー格の男を貫いた。
「ぐあっ!! てめぇら、何してやがる!!」
「だ、だって! 急に消えるから!!」
「残念でしたー。そうじゃないかなって思ってたんだよね。」
木々の間から、ひょっこりと姿を現したnullが、涼しい顔で笑っていた。まるで何事もなかったかのように、にっこりと微笑んでいる。
先ほどまで目の前にいたはずの標的が霧のように消えたのだから、槍の女が動揺するのも当然だった。ほんの一瞬の差。その一瞬を読んで魔法を詠唱したnullの勝ちだった。いや――そうでなくとも、ヘリアデスはきっちり仕事をしていた。
ヘリアデスの剣によって槍使いの女の胴には、刃の跡が入っている。赤くダメージエフェクトが付いたその傷は、一瞬にして彼女の体力を削り切った。女は歪んだ顔のまま粒子となり、風に溶けた。
リーダー格の男が息を呑む。彼の視線の先で、ヘリアデスが冷ややかに剣を突き付けた。その瞳は氷よりも冷たく、威圧の一言に尽きる。
「だって、おかしいでしょう?」
nullが、まるで講義でもするような口調で言葉を重ねる。
「最初にあんな大爆発の音。救難信号かと思ったけど、地面に爆心跡はなし。
――つまり、“打ち上げた”んでしょう?でも普通は、敵に撃つよね? 隙ができるかもしれないもん。
でも、囲んでる男たちには外傷もなかった。結構すぐ来たのに。……ね?変でしょ?」
的確な推理を、軽い調子で口にする。その確信犯的な笑みが、男の背筋をぞわりと這い上がった。
「……くっ。」
リーダーが地面に手をつき、悔しそうにnullを睨む。だが、立ち上がる前に、ヘリアデスの剣先が喉元へと滑り込む。静かに、確実に次の言葉を封じるように。
「ねぇ~? アイテム、置いてきなよ?」
にやりと笑うnullは、間違いなく一番の悪役だった。
次回:先んずれば人を制す -1




