油断大敵 -2
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二人はガイア区画を後にし、施設の廊下を抜けて次の目的地――オルド区画へと足を向ける。
ガイア区画へ来た時と同じように、施設内を進むほど危険を促す看板が立ち並ぶ。
重厚な扉を抜けると、そこに広がっていたのは先ほどまでの密林とは正反対の光景だった。
カラリと乾いた風が砂を巻き上げ、荒れ果てた大地に乾いた熱を届ける。遠方には崩れた塔のような廃墟や、口を開けた洞窟の影が覗き、生命の気配はほとんどない。
「……ガイアとはまるで別世界ですね」
「ええ。こちらは“オルド”――岩と砂に支配された区画です。モンスターも廃墟内に身を顰めています。」
頷きながら杖を強く握りしめる。
ガイアの森では途切れることなく魔物に襲われた。ならばこの荒野では、洞窟や廃墟に潜む“待ち伏せ”の形になるのだろう。
「本当に何も来ませんね……」
しばらく歩いても、気配はなく、足音だけが荒野に吸い込まれていく。緊張が少し緩んだその時、エルディンがふと振り返り、穏やかに微笑んだ。
「あぁ、ここは少し特殊ですから。」
エルディンは視線を前に向けたまま、低い声で続けた。
「この区画の魔物は、巣から滅多に出てこない。その代わり、一体一体が強力ですから気を抜かない方がいい」
「成程。どういう敵が多いんでしょう?」
「古代の実験施設や、遺伝子改変の試験場だった場所が残っているのですが、いまは廃墟となり、魔物の巣となっています。中へ踏み込めば容赦なく襲いかかってくるでしょう。……それに、ここでは動物型の魔物だけじゃない。魔導機体や試験体も多いので雷属性が有効でしょう。」
「試験体……」
その言葉に、nullの脳裏に浮かんだのは、何度も苦戦させられた《バイオスレイヤー》。とりわけタイプΩに敗北した記憶は、未だ鮮明に残っていた。
――試合には勝った。けれど、勝負には負けた。そんな苦い記憶が喉の奥を刺し、自然と表情が曇る。
「……苦手ですか?」
横目でこちらを窺いながら、気遣うように声をかけてくるエルディン。
いつの間にか、最初に抱いた威圧感は消え、ただ頼れる兄のような存在に見えていた。
nullは苦笑して首を振る。
「いいえ。ただ、少し思い出しただけです。あの時の戦いは、本当に忘れられません。……けれど、そこでルシアン様と出会った。だから結果的には良い縁だったんです。ですが、やはり、あの戦いはきっとずっと忘れないでしょうね。」
「そうか。貴女ももなかなか修羅場をくぐってきたのですね」
「エルディンさんこそ、そうじゃありませんか?」
彼の戦いぶりは、天性の才というよりも、研ぎ澄まされた実戦経験から来るものに見えた。ときに荒々しく、無骨で、型にはまらない――自己流。
それは、厳しい現場で生き残るために身につけざるを得なかった戦い方に思えた。
nullはなぜそう感じたのか、自分でも分からない。
ただ一つ確かなのは、この直感が“もう一つの職業”のせいか、あるいは彼との縁そのものがそう導いているのか――その答えはまだ分からない、ということだった。
「……さて、この中に入りましょう」
エルディンの低い声に促され、nullは目の前の廃墟を見上げる。
壁は崩れ、錆びた鉄骨が覗き、所々にひび割れたガラス窓が残っている。小さな研究棟にしか見えないが、こういった施設は地下に広がっているのが常だ。油断はできない。
杖をぎゅっと握り、短く頷くと、エルディンが先に扉を押し開ける。
中へ踏み込んだ瞬間、むっとする鉄と油の匂いが鼻をついた。並んでいるのは古びた機械装置。計測器らしきパネルや、今も明滅する不気味なランプが残っている。遺伝子改変実験――エルディンの言葉を思い出すと、ここで造られたものがどんな存在だったのか、クローンやAIの研究をしていても可笑しくはない。
「……」
周囲を警戒していると、不意に彼の声が鋭く響く。
「来るぞ!」
直後、奥の通路からぎこちない足音が近づいてくる。
「ギシ…ガガッ……カリッ……」と、鉄板が擦れ合うような異様な音。姿を現したのは、背部に焦げ付いた魔導炉を抱え、赤熱した煙と火花を散らす魔導兵装だった。
片腕は砲台に改造され、もう一方は損壊してワイヤーが垂れ下がっている。片足も欠損しかけ、今にも崩れそうに見える――その不安定さがかえって不気味だった。
「サーチ」
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【スラグ・イグナイト【Type:断熱】】
種別:魔導兵装・暴走型 | 属性:火 / 無
Lv:34〜36 | HP:約28500
耐性:火無効・毒無効・沈黙無効
弱点:水・雷
特性:魔導炉損壊で自爆モード回避/燃焼フィールド展開
スタイル:遠距離爆撃+範囲火炎型
状態異常:凍結低耐性・スタン軽減
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赤黒い火花を散らすその魔導兵装は、今にも暴走して爆ぜるかのようだった。
nullは杖を構え直し、息を呑む。
「――ウォーター・ショット!」
放たれた水弾が、スラグ・イグナイトの金属装甲を濡らす。赤熱した魔導炉から、蒸気が「ジュッ」と音を立てて噴き上がった。
「――ライトニング・コード!」
濡れた機体に雷光が走る。水を伝って全身へと電流が広がり、スラグ・イグナイトは痙攣するように動きを止めた。火花と火炎を吐き出すその姿は、暴走する寸前の獣のようだ。
「今だ!」
エルディンが一気に踏み込み、剣を振り抜く。鋼鉄の刃が赤熱する首部を裂き、頭部は火花を散らして床に転がった。だが――機体は止まらない。首を失った胴体が、ギシギシと不気味な音を立ててなお腕を振り上げてくる。
「――フロスト・ニードル!」
氷の針が無数に飛び、関節部へと突き刺さる。動きが鈍った瞬間を狙って、さらに魔力を練り上げた。
「――アイスストーン!」
巨大な氷塊が機体の中心に叩きつけられ、衝撃と共に全身が凍結する。金属音を響かせて痙攣したのち、スラグ・イグナイトはガシャリと倒れ込み、霧のように消滅した。床にはバラバラと素材や部品が散らばる。
nullは素早く手をかざし、ドロップアイテムをエア・コレクターで回収していく。
「……何度見ても素晴らしい魔法ですね。とても便利で、使い勝手がよさそうだ…。」
羨ましそうにこちらを見るエルディンは魔法も使えるが、どちらかと言えば剣士という印象が強い。魔法は剣術を補うために使用しているケースが多く、魔法単体で攻撃している姿はまだ一度も見ていない。恐らくそれほど得意ではないのだろう。
とはいえ、ここまで剣術の腕がいいのだから不要なのかもしれないが。
「……友人には変人扱いされましたけどね」
苦笑するnullに、エルディンは本気で不思議そうな顔を向けた。
「こんなに便利なものを? まったく……人の評価というのは当てにならないものですね」
その声音に飾り気はなく、ただ純粋に「素晴らしい」と認めてくれる。
nullは思わず小さく笑みを浮かべた。
――やっぱり、根がいい人なんだな。
「さて、進みましょうか。お目当ての素材は、この奥……地下にあります」
鋭い視線を先に向けるエルディンの背を追い、古びた階段をゆっくりと下る。地下は薄暗く、埃が舞い、点滅を繰り返す電球が不気味に揺れていた。
やがて立ち止まった彼は、徐に傍らの古い機械を柄で叩き壊した。金属音とともに破片が床に散らばり、それらがアイテムへと変わる。
「これが《魔素導糸》です。求めていた素材のひとつですね」
「なるほど……」
機械を壊して素材を得る――この区画ならではの入手法に納得しながら、nullはエア・コレクターで回収していく。
いくつかの機械を破壊した時点で、必要数は揃った。残す素材は、ただひとつ《アークコア》。
エルディンは剣を納め、真剣な表情で振り返った。
「残りは……この奥に潜む敵を倒す必要があるでしょう。かなり危険な相手ですが――準備はよろしいでしょうか?」
その言葉に、一瞬、呼吸が止まる。
――ああ、これはフラグだ。RPGでよくある、強敵前のセーブ推奨メッセージ。
けれど、この世界にセーブは存在しない。一度挑めば、やり直しはできても「なかったこと」にはできない。だからこそ、この緊張感がたまらない。
nullはステータス画面を開き、HP、MPを全快にする。スキル構成を再確認し、装備の耐久も念入りにチェックする。この数分の準備が、勝敗を分けるのだ。
「……はい。大丈夫です」
深呼吸し、杖を握る手に力を込める。
エルディンが静かに頷き、剣を抜いて先頭を進む。
移動先は、一見すれば他と変わらぬ研究施設の一室。だが、その奥に口を開ける暗い通路へ足を踏み入れた瞬間、nullは息を呑んだ。
「……魔力濃度が高い」
肌がぴりぴりと痺れる。空気そのものが重く、喉に張り付くようだ。
歩みを進めるほどに圧迫感は増し、呼吸のたびに胸が苦しくなる。額から汗が流れ落ちるのを、手で拭う余裕もなかった。
「はい。ここから先は、魔法そのものにお気を付けください」
エルディンの言葉は、敵の魔法に対する警告であると同時に、こちらの魔法使用にも危険が伴うという意味だと理解する。
過剰な魔力の反動で暴発する可能性がある――。そんな予感が背筋を冷たく走った。
やがて、通路の果てに重厚な扉が姿を現す。
エルディンは手前で立ち止まり、短く息を整えると、ゆっくりとノブに手をかけた。
ギギギ……ッ。
鈍く軋む鉄の音が、通路全体に反響する。
わずかな隙間から光が洩れ、同時に濃密な魔力が奔流のように押し寄せてくる。
「っ……!」
視界がゆらりと揺れる。
空気が歪み、光が屈折してはじけ飛ぶ。まるで水面に熱湯を注ぎ込んだかのように、空間そのものが不気味に震えていた。
扉が開ききると、巨大な実験室の全貌が現れる。
ここだけは灯りが生きており、崩れた鋼鉄の天井と、ひび割れた制御パネルが幽鬼のように明滅していた。
かつて清潔だった白磁の床は煤と焦げ跡に覆われ、ねじれたパイプが這いずる蛇のように散乱している。
その中央――瓦礫の山に“異形”は沈んでいた。
金属の外殻は溶けかけ、波打つ表面の下から骨のような装甲片が突き出している。無数のケーブルが血管のように四肢から這い、床にまで伸びてはうごめいていた。
左肩には砲塔の残骸、右腕は鋼と骨が混じり合った鉤爪。背から突き出したブースターはひしゃげ、内部で赤黒い魔力が脈動し、心臓の鼓動のように明滅を繰り返していた。
顔だけはわずかに人の面影を残している。だが、その左半分は崩れ落ち、露出した魔導核が脈打ち、光を漏らしていた。
――それは機械を喰らい、己の肉と化す存在。
濃密な魔力粒子が漂い、部屋そのものが歪んでいる。重力が乱れ、足元の瓦礫がゆっくりと宙に浮かび上がった。
「……っ!」
音もなく、影は立ち上がる。義足の錆びた金属が床をひきずり、甲高い金属音が室内を切り裂いた。
その顔がnullの方を向いた瞬間、背筋を凍らせるような殺気が突き刺さる。
「……気を引き締めろ。これは、ただの魔物ではない」
エルディンの声が低く響いた。
次の瞬間、実験体の赤黒い魔導核が一際強く点滅し、部屋全体が脈打つように震えた――。
次回:当意即妙 -1
★モンスターメモ
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【スラグ・イグナイト【Type:断熱】】
種別:魔導兵装・暴走型 | 属性:火 / 無
Lv:34〜36 | HP:約28500
耐性:火無効・毒無効・沈黙無効
弱点:水・雷
特性:魔導炉損壊で自爆モード回避/燃焼フィールド展開
スタイル:遠距離爆撃+範囲火炎型
状態異常:凍結低耐性・スタン軽減
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