油断大敵 -1
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どれほど狩りを続けていたのか。気づけば、nullはエルディンと背を合わせて戦っていた。
最初こそ二人で一体を相手にしていたはずが、nullのレベルが上がるにつれ、森の奥深くへと踏み込んでいたのだ。
規制区域の最奥。そこに広がっていたのは、花々が咲き乱れる幻想的な一角だった。
赤や黄色、紫に青。色とりどりの花弁が滴るように輝き、雨露をまとって光を反射する。大きな実をつけた花もあり、それを見たエルディンが「調合に役立つだろう」と提案したのが、全ての始まりだった。
赤く熟した実は芳醇な香りを放ち、甘い香りに思わず気を取られたnullは、足元の蔓に引っかかってしまう。
そのまま突っ込んだ先には、滅多に見られぬレアモンスター。驚きはしたが強さは大したことなく、二人で難なく討伐することができた。
――だが問題はその後だった。
モンスターはnullの突進に驚き、周囲へ花粉を撒き散らしたのだ。濃密な香気が漂うと同時に、四方から集まる気配。気づけば二人は数え切れぬ敵に囲まれていた。
「……倒しても倒しても、きりがない……!」
荒い息を吐くnullの言葉に、エルディンもまた剣を振り払いながら応じる。
「ああ。波が引く気配がない。このままでは体力も魔力も尽きるだろう」
苛立ちと焦り。そして、自らの不注意への悔しさ。nullは短く息を吐き、迫る敵影を睨んだ。
――責任は自分にある。なら、ここで打開するしかない。
押し寄せる魔物の群れは、まさに波濤のごとく途切れることなく押し寄せてきた。
「ライトニング・コード!」
雷の鎖が奔り、獣型の魔物を絡め取るように痺れさせた。植物系には通じないが、迫り来る群れの動きを止めるには十分だ。
「――シャドウ・スライス!」
闇の刃が閃き、魔物の装甲を削り防御を落とすと、間髪入れずに、nullは次の詠唱へと声を重ねた。
「ライティング・バースト!」
まばゆい閃光と風が爆ぜ、群れの半数を一気に薙ぎ払う。怯んだ隙を逃さず、エルディンの剣が唸りを上げ、確実に仕留めていった。
「……ルミナス・レイ!」
白光の奔流が走り、最後に残った魔物を貫いた。そうして、ようやく静寂が訪れ、二人は荒い息を吐く。
「……今のうちに素材を回収しましょう」
エルディンの言葉に頷き、nullは素早く実や花を摘み取る。だが安堵は一瞬だった。遠くからまた地響きが迫る。
「急いでください。波が戻ってきます!」
「はい!」
二人は駆け出した。しかし、すぐに速度の差が開く。エルディンが気遣って歩調を落としてくれるが、その隙を魔物は見逃さない。茂みを割って飛び出した魔物に囲まれるのが先ほどからの悪循環に繋がっていた。
一人であればエリュトロスを使ってモンスターを巻けばいい。しかし彼がいるのであれば話は別だ。置いていくことはできないし、大柄な彼を担いで連れていく術も持ち合わせていない。
それであればと、クイック・チャージと、エア・ダッシュを使用しながら彼を追いかける。
魔力を瞬時に圧縮し、風を蹴るように疾走する。背に迫る敵の爪をかすめながら、nullは必死にエルディンの背中を追った。
どうにか深い森を抜け出した二人は、肩で息をつきながら辺りを見渡した。しかし、花粉のせいか、森を離れてもなお、魔物との遭遇率が異様に高い。
「……これ、服に花粉がついてるのかも」
nullはウォーターの魔法を器用に操り、水球を作り出すとそれを自らの頭の上に移動させ、水をかぶる。
バシャりと濡れたnullをみて、エルディンは驚き固まるが、nullの意図をくみ取った彼は自身にも同じことをと要求する。
「……なるほど。私にも頼めますか?」
「え、これ……攻撃魔法ですし、他人に使って大丈夫かどうか……」
一度は断ったが、彼は微動だにせずこちらを見据える。その信頼の眼差しに押され、nullはため息まじりに頷いた。
「じゃあ……動かないでくださいね」
水球を丁寧に操り、慎重に彼の頭上へと落とす。すると――ピロリンっと小さなシステム音が響く。
一瞬驚き固まったnullだったが、以前同じような経験をしたため、これが悪い知らせではないことを直感的に理解する。ちらりとシステム画面を覗けば、「やはり」と内心で納得した。
システム画面には「クリーン」の文字。その説明文には、水魔法を使用して身を清める。と書き記されていた。先ほど使用した用途と同様の効果に苦笑しつつ、nullは水で濡れた服を乾かせないかと思案する。
「ふむ……これは実に便利ですね」
感心するエルディンの鎧からも花粉が流れ落ち、空気が清々しくなっていた。
今度もイメージを固めて、次はウィンドの魔法を使用する。使い勝手の良い風魔法は今やnullが最も使用する魔法属性である。
そこに温かな風を身にまとうように魔法を操作すれば、案外と簡単に衣服が乾いた。舞い散る水滴と共に、花びらや細かな塵も吹き飛んでいくような気がした。
「……なるほど。乾燥まで可能ですか」
「ええ。じゃあ、エルディンさんにも……」
どうやら成功らしいと、同じようにエルディンへと魔法をかければ、疑うことなくそれを受け入れる彼に苦笑する。
風が彼の外套を揺らし、濡れた布を素早く乾かしていく。またもピロリンと小さな音が鳴り、nullは胸を撫で下ろした。
「……成功、ですね」
信頼しきった様子で微笑むエルディンを見て、nullは思わず肩を竦める。
「……私を過信しすぎですよ」
だがそのやり取りの中で、確かに二人の距離はぐっと近づいていた。
「あぁ、あなたは本当に素晴らしい魔法使いだ」
いつの間にか「null様」とは呼ばず、気さくに言葉をかけてくるエルディン。その変化に、――これは好感度が上がった証拠なのか、と内心で苦笑しながらnullは道を指さした。
「こっちが帰り道で合ってます?」
「あぁ。素材は十分揃っただろうか?」
システム画面を開いたnullは、予想以上の収穫に思わず笑ってしまう。
「はい、多すぎるくらいですね」
エルディンは満足げに頷き、さらに尋ねてきた。
「では……レベルの方は?」
そういえば、と視線を移すとそこにはLv.47の表示。森に入った時は確か37だったはずだ。たった一日で十も上がったことに驚き、同時にここがとんでもなく効率の良い場所だと改めて実感する。
「とてもいい感じです。……欲を言えば、あと三は欲しいところですが」
笑いながら言うと、エルディンも肩を竦めてみせた。強請ればまだ付き合ってくれるだろう。それでも――もう十分だ。頭には、待ち続けているであろう三人の顔が浮かぶ。
「どうします?」
そんなエルディンの問いに、後ろ髪を引かれる思いはあれど、nullは真っ直ぐと指を伸ばした。
「戻りましょう。……まだ、もうひと区画残っていますから」
「確かに、そうですね。分かりました」
次回:油断大敵 -2




