蒔かぬ種は生えぬ -1
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翌日。nullはテルティアへと戻ってきていた。
レーネから「新しい武器の素材を頼む」と依頼があったからだ。
レーネ達と落ち合うためとはいえ、nullはこの街へ寄ることなくヘレニアへと向かったため、テルティアについての情報は全く持っていなかった。
それを補ってくれたのがエトである。彼の情報によると――テルティアは軍事都市。
近郊には素材集積地や旧研究区画が点在し、今回はその一つ「セクター・ノワール」へ向かう必要があるという。
nullは送られてきた素材一覧のメッセージを開き、小さく息を漏らした。
「……これ、多くない?」
ずらりと並んだ素材名。合計で八十近い数に、思わず顔が引きつる。
今日中どころか、イベントまでに集めきれるのかすら怪しい。
「とりあえず……できるところまで進めなきゃね」
肩を落としつつも、足を進める。
エト曰く、ヘレニアの南西にあるセクター・ノワールは国家管理下の特別区域で、軍が常駐しているそうだ。
出入りも監視されているため、まず「中へ入る」こと自体が難関。さらに、採取難度はピンからキリまで。
レーネが本当に計算して依頼を投げてきたのか――正直怪しい。
道中の魔物を片付けつつ舗装された土道を進むと、ようやく目的地が見えてくる。
そこは、どう見ても関係者以外の立ち入りを拒む雰囲気に包まれていた。
高い正門。その横には管理室があり、窓越しに係員が中に入る者を一人ひとり確認をしている。
門前には長い列。並ぶ冒険者や商人たちが苛立ち気味にざわつき、鉄製の大門には槍を構えた門番が二人、鋭い視線を走らせている。
――強行突破? そんなの、無理に決まってる。
ため息をつき、列の最後尾へと歩みを進めた。
nullは「アレ」が使えれば効率がいいと考えてここへ来た。しかしどうやら許可証を発行することで入れるらしい。
無駄足にならなかった事に安心しつつも、短くない列に並びながら、順番を待つ。
数分ほどで、自分の番が回ってきた。小窓から顔を出した男性が「どうぞ」と手招きする。
「お待たせしました。身分証明書や通行証はお持ちですか?」
「これで問題ないか、確認していただけます?」
nullはアイテム欄から取り出す。ルシアンから渡されていた《通行許可証:政務区通達》だ。
木彫りの栞のような見た目のそれを小窓に差し出した瞬間――
「……っ!?」
男はガタリと椅子を鳴らし、ひっくり返りそうな勢いで立ち上がると、深々と頭を下げた。
「……え? あ、いや、その……」
予想外の反応に、nullは許可証と男の顔を交互に見比べる。
戸惑いの声に気づいたのか、きっちりと制服を着た門番が歩み寄ってきた。
「どうした?」
不思議そうに声をかけた門番も、許可証を一瞥するなり、顔色を変える。
「っ……! 私はデルフィオン王国軍 テルティア駐屯部隊 セクター・ノワール外衛班班長、カイムと申します。
大変お待たせして申し訳ありませんでした。――こちらへご案内します」
彼は深い礼と共に掌で中を示した。
受付の男も「どうぞどうぞ」とばかりに首を縦に振り続ける。
ざわめく列の視線から逃げるように、nullは門番の後に続いた。
「次回からは、受付ではなく軍服を着た者にお見せください。すぐにご案内いたしますので」
言われてみれば、先ほどの受付は私服。門番はきっちりと軍服を着用している。
なるほど、そういう差で判別できるようになっているのか――。
しかしnullは、手の中の《通行許可証》を見下ろし、内心で首を傾げる。
ただの木彫りの栞のように見えるこのアイテムに、ここまでの効力があるとは。
「……はい、ありがとうございます」
そう返しながらも、どこか落ち着かない気持ちを抱えたまま、門をくぐった。
案内された中を見渡せば、どうやら検問は二回行われるようで、中にも同じような受付が設置されていた。
だが門番の男は迷わずそこを素通りし、軍服の兵士たちは驚いたように直立して、nullに向かって一斉に敬礼する。
「……」
どう返していいか分からず、nullは小さく会釈をして足早に通り過ぎた。
慣れない状況に、背筋がむず痒い。
やがて門番は一人の人物の前で足を止め、深く敬礼をしてその場を去った。
残されたnullが振り返ると――そこに立つのは、先ほどの兵士たちとは明らかに格の違う存在。
纏う空気そのものが重く、威圧感を隠そうともしない。
「私はデルフィオン王国軍 テルティア駐屯部隊、セクター・ノワール管理中隊 隊長――エルディン・ストールと申します。
大変お待たせしました。……すぐにご案内いたしますか?」
「えっと、その前に……いろいろご説明いただけますか?」
苦笑まじりにお願いすると、エルディンは一瞬驚いたように目を細め、すぐに「承知しました」と表情を緩めた。
通されたのは、白を基調とした簡素な会議室。
長机が一つ、椅子が四脚備え付けられたその上座へと案内され、nullは気まずく苦笑しながら腰を下ろす。
「私は冒険者のnullと言います。これはルシアン様より頂いたもので今回、ここには素材調達のために来ました。」
「はい、承知しております。――とある冒険者へ通行手形を渡したこと、そして貴女がここを訪れるだろうこと。すでにルシアン様より伺っております」
どうやら、あのお貴族様はすべて計算済みらしい。こちらの行動を正確に読み、手配まで完璧に行っている。
nullは心の中でため息をついた。
顔がよく、能力も高く、地位も申し分ない。――つくづく、仕事のできる男だ。
そしてそんな人物に借りを作ってしまった自分に、また苦笑するしかなかった。
「そうでしたか。ルシアン様がそこまで手配してくださっているとは知りませんでした。お手数をおかけして、申し訳ありません」
自分は彼らにとって重要な客であり、立場は思っていた以上に高いのだろう。そう考えれば門番たちの反応にも合点がいく。
nullは少しばかり申し訳なくなり、軽く頭を下げた。だが彼は穏やかに、しかし恐縮したように首を横に振る。
「いいえ、謝罪の必要はありません。ここ以外でも、その手形は必ずnull様のお役に立つでしょう。特に軍関係では絶大な効力を発揮します。……その分、余計な労を受ける可能性もございますが。その点につきましては、ルシアン様にお尋ねください。私どもではお話しできる範囲に制限がございます」
――やはり、ルシアンという男は只者ではない。
もしかすると王族関係者だったりするのかもしれない。
そう思いながらも、今は依頼されている素材を優先すべきだと気持ちを切り替える。
「承知しました。ありがとうございます。……ところで、ここでは様々な素材が採れると伺っています。実は私も採取の依頼を受けて来たのですが、この施設について説明していただけますか?」
依頼主の名をあえて明かさず、重要な任務かもしれないと匂わせる。
同時に、nullは頭の中で「どうすればこの膨大な採取を効率よくこなせるか」を思案していた。
次回:蒔かぬ種は生えぬ -2




