備えあれば憂いなし -2
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必要素材が確定するまで連絡を待つことになり、その間、nullはスキル調整とレベル上げに専念することにした。
――イベントまで、残り七日ほど。
先週は『Vortex Conflict』に時間を割いていたせいで、こちらの準備はほとんど進んでいない。
増えてきたスキルの確認と調整、足りないスキルの補充、調合アイテムの補充。
…やるべきことは山積みだ。しかも、イベント中は魔法のみで戦い抜かなければならない。
腰に下げた杖型のレイピアに視線を落とし、nullはため息をつく。
魔法職とは名ばかりで、これまでの窮地はほとんどこのレイピアで切り抜けてきた。だが今回ばかりは封印する。切り札を多くの目にさらすわけにはいかない。
ならば、すべて魔法で補うしかない。いや、魔法職として戦えるようにならなければ、話にならない。
「オルフィス祭、か……」
二度目のため息が漏れる。
年に三十日間だけ開かれる特設サーバー《オルフィス》。
メインサーバーがまるごとメンテナンスに入り、その間だけアクセスできる“幻の空間”という設定らしい。
その初日――オルフィス月1日に開催される「オルフィス祭」。
目玉は「幻月の英雄」と呼ばれる、PvEの大規模スコア制バトルイベントだ。
参加希望者は全員、同時に戦闘フィールドへ転送され、三時間半の間、PvE形式でスコアを稼ぎ続ける。
形式はソロ。共闘はあってもパーティーは禁止。
しかもラストアタックのみがスコアになるため、油断すれば背後を刺される。つまりPvPが許されているイベントという事だ。
観戦者向けにボス投票や人気プレイヤー投票なるものがあるらしいから、派手にやればかなり目立つだろう。
恐らく、多くのプレイヤーが参加するに違いない。
――やはり、レイピアは使えない。このUWを、人前で軽々しく晒すわけにはいかない。
「とりあえず、早急に魔法スキル整えないとだよねー。……よし、初めてのスキルショップに行ってみるか!」
沈んでいたテンションを無理やり引き上げるように声に出し、nullは目的地を定めた。
魔法職なら必須とも言える店だが、これまではダンジョンやアカデミーで十分にスキルを得られてきたため、足を運ぶ機会がなかった。だが今こそ、その扉を叩く時だ。
歩を進めるごとに足取りが軽くなるのが、自分でも分かる。心が浮き立つまま辿り着いたスキルショップの前で、nullは固まった。
「……なんか、思ってたのと違う……」
マップと建物を何度も見比べても、目的地は間違いなくここ。
だが、そこにあったのはデルフィオンの中心都市に似つかわしくない、ボロボロに朽ちかけた建物だった。
閑古鳥が鳴く、という言葉がこれほど似合う光景もない。
肩を落としつつ、恐る恐る扉を押し開ける。
中は意外にも広く、ガラスケースに収められたカードがずらりと並ぶ光景に圧倒される。
そして奥の長テーブルには、無気力そうに腰掛ける老婆の姿。視線だけが、じろりとこちらを追ってきた。
「……お、お邪魔しまーす……」
小声で挨拶しながら、nullは店内を一巡する。
狙いはもちろん未所持のスキル。現状、主要な属性スキルは揃えているが、まだ初期魔法や一部の攻撃魔法は欠けていた。
経験上、初級魔法を使い込み続けることで、上位スキルが開放されるパターンが多い。
たとえば、風魔法を集中的に使ってきた結果、今の自分のスキルは風属性に大きく偏っている。
――つまり。今後バランスよく成長するためには、全属性の初級魔法を習得して扱うことがカギになる。
nullはショーケースを覗き込みながら、小さく息を吐いた。
「さて、いい出会いがあるといいんだけど……」
次々と並ぶカードに目を奪われ、手を伸ばす。
「うーん、これいいなぁ。こっちも使い勝手よさそう。……これは、使うかなぁ?」
唸りながら、かごに入れては戻し、また入れて。
気がつけば十枚以上のカードがかごに積まれていて、nullは苦笑する。
「やっぱ衝動買いって怖いね……うーん、でもやっぱこれは必要だよね。」
悩みながら値札を見た瞬間、思わず目を見開く。
一枚300~650G。ざっと計算すれば、合計で5,000G近く。
「……え」
時が止まる。予算として設定していた金額を思い出して、顔がひきつった。
――そりゃ誰も買いに来ないわ。
そう口に出しそうになり、慌てて手で口を押さえる。
「うーーん、どうしよ」
さらに悩んでいると、ふと視線を感じた。
店の奥に座っていた老婆と目が合うと、彼女はニヤリと笑みを浮かべ、nullを手招きしている。
戸惑いながら近づくと、老婆は店の入り口近くに置かれた古びたマシンを指さした。
「あんたー、金ねぇんだっぺ?ほんなら、アレやってみぃ。あんたーなら…おもしれぇもん、出っかもしんねぇよ?」
「え……あれ、ガチャ?」
「んだ…。ガチャガチャで割引券でも出しゃあ、欲しいもん買やすぐなるっぺよ?」
「割引券……?」
思わず食いつき、nullはマシンに貼られた説明書きを読む。
「このガチャは三種類……難易度★は1,000Gで当たり率50%。★★は1,000Gで当たり率30%。★★★は……2,000Gで当たり率5%……って、これ設定高くない!?」
明らかに怪しい設定と豪華すぎる賞品に、nullは思わず苦笑する。
老婆の示したガチャは、難易度★★。
当たり確率30%と書かれているが、その中からさらに商品券を引き当てる必要がある。
――つまり、ほぼ当たらない仕組みだ。
「おばあちゃん、これ絶対商品券当たんないでしょ…」
「そんけ、やってみねぇと分かんねべよ?」
「えぇ……」
ため息をつきつつ、nullは張り紙をじっと読み返す。
「一回1,000Gで5つ排出……当たり率30%。当たりはスキルカードや割引券。さらにレアスキルのチャンス……。……いや高いでしょ、これ」
「ま、あんたーなら出っぺよ。いいがら、ほれ、やってみなっせ~」
「……はいはい」
仕方なくかごを床に置き、nullはバングルをマシンにかざした。すると「購入」と「キャンセル」の文字が空に浮き上がる。「購入」を触った瞬間、ガチャマシンが輝きだし、カプセルがぐるぐると回転を始める。派手な光と効果音に、nullは呆気に取られる。
「うわ……演出だけは豪華~…。」
ぼんやり眺めていると、いつの間にか背後に回っていた老婆がドンッと背中を叩いた。
「ほれ〜見てみなっせ! やっぱ当たったっぺなぁ! 言ったどおりだっぺよ〜!」
「え? 当たり……? え、ええ?」
「ふふ、あんたー運がえーごど〜。そういう星の下に生まれたんだっぺよ!」
老婆はにこにこと笑いながら、nullの背中をさすったり、軽く叩いたりして喜んでいる。
nullは「当たり」と騒ぐ老婆と、目の前でまだ光を放ちながら回転するマシンを交互に見て困惑するばかり。
「……いや、ほら。当たりって言っても、割引券が出るとは限らないし?」
「なーに言ってんのよ〜! いっちばんいいの引いたっぺよ! ほれ、見てみ!」
促されるまま、nullはガチャマシンから転がり出たカプセルを一つ手に取った。
見た目はシンプルで特に変わったところはない。
ひねって開けると――「スパーク・ショット」の文字。
「わっ、これ当たり!」
nullが嬉しそうに、かごへ入れていた同じスキルカードを取り出して老婆へ見せれば、彼女はうんうんと頷いて笑った。
「ほれほれ! 次いぐっぺよ〜。どんどん見ていがっぺなぁ?」
一つ目を開けると、すぐに次のカプセルが排出口からコロンと転がり出てくる仕組みらしい。
二つ目も普通のカプセルだ。開けると――「スプラッシュ・ミスト」の文字。
「わ、これも! かごに入れてたやつだ!」
nullはこの時点で「先にガチャを回して正解だった」と胸をなで下ろし、老婆へ笑みを向ける。
だが老婆は慌てたように、さらにマシンを指差した。
「ほれ〜! 見てみなっせ! こりゃあ当たりだっぺよ〜!」
視線を向けると、そこには――虹色に輝くカプセル。
ガチャマシンの演出に照らされて七色の光を反射し、特別感がいやでも際立つ。
老婆は興奮のあまり、今にも踊りだしそうな勢いである。
nullは恐る恐るそれを拾い上げ、両手で包むようにして開けた。
中から現れたのは――「ホーリー・ランサー」のカード。
それはガチャマシンに大きく掲げられていた、今月の目玉商品の一つだった。
「え……!」
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【ホーリー・ランサー】 MP:80|CT:40s
効果:上空に魔力の印を描き、神聖な光の槍を5本召喚。
指定した範囲にランダムで高速落下し、着弾地点に光属性の高ダメージを与える。
命中した敵は1秒間、視界を曇らせるデバフ(光閃)を受ける。
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nullがカードをじっと見つめていると、水を差すかのように老婆がまた背中をバンバン叩いた。
「ほれ見てみぃ〜! また当たりだっぺよぉ〜! あんたー、持ってる子だなぁ〜!」
促されるまま次のカプセルに目を落とすと、今度は金色に輝いていた。
「おっ……!」
胸が高鳴り、nullは慎重にひねって開ける。中から現れたのは、一枚の商品券。
「あらまぁ〜! 商品券じゃねぇの! これで半額だっぺよ〜! いがったなぁ!」
「おばあちゃん、ありがとう!! 出たよ商品券!!」
その瞬間、nullの中で「商品券こそ大当たり」に変換されていた。
思わず飛び跳ね、老婆と手を合わせて大喜びする。
残り二枚はハズレ枠の「お守り」だったが、十分すぎる成果だ。
当たったスキルカードをかごから外し、商品券と一緒に清算を済ませる。
予想以上にお得な買い物ができたnullは、ホクホク顔で深く頭を下げた。
「はい、まいどありがとよ〜。また来てけろな〜!」
「うん、また来るねー!」
いつの間にか友達のように親しげになった二人は、笑顔で手を振り合い別れる。
店を出たnullは思わず伸びをして、こぼれるような笑顔を浮かべた。
「あぁ〜、いい買い物できた〜!」
次回:蒔かぬ種は生えぬ -1




