備えあれば憂いなし -1
毎週、月曜日と金曜日に更新中!
2025年04月01日に投稿をはじめて半年が経ちました。
いまだ終わる目途が立ちません。そんなに長編にするつもりなく始めたので、想定外です…。
一応記念として10月1日(水)に、二話分投稿しておきます。
どうぞ新章お楽しみください。
「ん~?どこだぁ……?」
nullはDMで送られてきた地図と現在地を見比べながら、街の大通りの真ん中で首をひねっていた。
セカンダリアでシカクと共に荒稼ぎを終えたあと、彼女は次の街テルティアでしばらくレベル上げに勤しんでいた。
そして装備を整えるべく、顔なじみのとある人物へと連絡を取ったのだ。
そこで待ち合わせ場所として指定されたのが、今いるヘレニア。デルフィオン王国の中心都市である。
送られてきた地図を手がかりに歩き始めてから、すでに一時間。だが地図の線は妙に歪み、建物の配置も実際と合わない。しかも街は賑わいの真っ只中で、露店や観光客で視界が塞がれ、目的地は一向に見えてこない。
地図に描かれている冒険者ギルドの裏手には、それらしい建物は影も形もない。
「……しゃーないか」
小さくため息をつき、nullは冒険者ギルドの扉を押し開けた。
中は活気に満ち、クエスト掲示板の前には行列ができている。依頼を受けた冒険者たちが、足早に外へ飛び出していく様子から、レベル上げの熱気が伝わってきた。
受付へと歩み寄ったnullは、カウンターの奥にいる女性へと手書きの地図を差し出す。
「すみません、この場所ってどこか分かります?」
女性は地図を見た瞬間、口角をピクリと上げ、眉間に皺を寄せながら視線と指を右へ左へと動かした。そして数秒後、何かひらめいたのか、ぱっと表情を明るくする。
「あっ、これ鍛冶ギルドの裏手にある建物ですね!」
答え合わせを求める様な期待に満ちた瞳で答えを告げられ、nullは申し訳なさと、地図の送り主への苛立ちが入り混じった感情を覚える。
「あー……鍛冶ギルドか。なるほどね……」
肩を落としつつ礼を述べると、女性は気の毒そうに笑った。
「この噴水の角度がややこしいんですよね。まして冒険者さんなら、迷うのも無理ないです」
にこりと可愛らしい笑顔に軽く会釈し、ギルドを後にする。
歩きながら、地図を思い出して納得する。
あの地図に描かれた「ギルド」が、冒険者ギルドではなく鍛冶ギルドを指していたとは…。
気づけなかったのは痛恨だが、相手が相手だ。おおざっぱなレーネ。これくらいの地図精度でも不思議はないか。
nullは目印となる鍛冶ギルドを見つけると、足早にその裏手へ回り、木製の扉に手をかけた。
――ガチャリ ギギッ……。
古びた扉は軋みを上げながらゆっくりと開き、その向こうに見慣れた三つの顔があった。
全員が「やっと来たか」と言わんばかりの表情。待ちくたびれた様子に、nullの胸に小さないら立ちが芽生える。
「ナル、やっときたー! 待ってたよー!」
少し呆れ気味に笑うレーネに歩み寄ると、他の二人、エトとバルトがキョトンとnullを見た。それでもお構いなしに、nullはレーネの頭にチョップを一発。
「痛~い!」と悲鳴にも似た声を上げたレーネが頭を押さえる。
「……ほら、これ」
なんだなんだ、とこちらを見るエトとバルトへ貰った地図を手渡す。二人は一目見て、すぐにnullへ同情の眼差しを向けた。
「レーネ、これは君が悪い」
「ああ、むしろよくナルはたどり着けたな」
「ええ~!? なんで! ひどい!」
頬を膨らませて抗議するレーネに、二人は代わりに地図を突きつける。
「これじゃ分からねぇだろう」
「僕がナルだったら、途中で諦めてたかもね。レーネ、反省しなよ」
「ええ!? すっごく分かりやすいでしょ? ギルドの裏手にある建物だよ!?」
「そう。普通なら“ギルド”だけじゃ、どこの何のギルドか分からないだろう? 僕たちは冒険者ギルドと鍛冶ギルドの両方に所属してるからまだ分かるけど、ナルなら当然“ギルド=冒険者ギルド”を思い浮かべるよ」
その言葉に、レーネははっとして気まずそうに笑い、nullへ向き直った。
「あー! うっかり! ナル、ごめん!」
「うっかりじゃないよ。一時間も探したんだけど? しかもメッセージ送ったのも気づいてなかったでしょ」
腕を組んで見下ろすnullに、レーネはさらに表情を引きつらせる。
「え”…ごめん…なさい。」
エトとバルトは顔を見合わせて肩をすくめ、ついでにnullへ頭を下げた。本気で怒っていたわけではないnullは、ため息まじりに手を振る。
「もういいよ。それより、さっさと話を進めよ」
「ああ、レーネから聞いてる。イベント用の武器を作りたいんだろ?」
ニヤリと口角を上げたバルトの瞳が、職人の期待に輝く。
「装飾品は?」
食い気味に尋ねてきたのはエト。どうやら魔法道具も作りたくて仕方がないらしい。
nullは苦笑しつつ頷いた。
「うん、装飾品もお願いしようかな」
途端にバルトの顔が曇る。首を傾げるnullに、彼は気まずそうに口を開いた。
「武器と装飾品、両方作るとなると……それなりにかかるぞ?」
右手で小さな丸を作り、こちらへ向ける。どうやら金銭面の心配をしてくれているらしい。
「うーん、割とあると思うんだけど、ざっくりどのくらい?」
「そうだな……何を作るか、どこまで性能を求めるかにもよるが――
武器と装飾品が“そこそこ”で、だいたい1,000Gくらい。
武器がそこそこで装飾品は性能低めなら、600Gってところだな」
「ふーん……じゃあ両方とも、今できる最高を求めるなら?」
広告塔になる以上、妥協は微妙だ。そう口にした瞬間、エトの表情は期待に満ち、バルトは一層渋い顔になる。
「そうだなぁ……うーん……」
頭の中で計算を始めたバルトが固まったまま黙り込むが、代わりにエトがすぐ答えた。
「だいたい3,000Gくらいかな。予算はどのくらい見てるの?」
「そうだなーー、武器・防具・装飾品で、ざっと10,000Gまでかな」
にっこりと笑って告げると、エトは歓喜の光を宿した瞳で、バルトは驚きで固まり、レーネはさっきの件で遠慮気味ながらも目を輝かせていた。
「ど、どこでそんな大金を……」
狼狽えるバルトを見て、nullは口元を緩めた。
「さーーてね」
ニヤリと笑えば、エトは当然とばかりに頷く。
「バルト、誰だと思ってるの? 相手はナルだよ。僕たちと同じように考えちゃダメ」
「そうだよー! それだけ予算につぎ込んでくれたら、いろんな性能を詰め込めるよ! 武器と防具と装飾品、ぜーんぶ作れちゃう! ナル、何作る!? ワクワクするね!!」
レーネはにこにこ笑顔で、もはや自重できない様子だ。さっきの件などきっと頭の隅に追いやり、楽しいモノづくりの妄想でいっぱいになっているに違いない。
nullはくすりと笑みをこぼしつつ、内心ではシカクと共に大金を稼いでおいて良かったと大きく安堵する。
このお金は、前回のクエストで手に入れた例の金貨によるものだった。
市場で売る際、最終的には競売のように価格をつり上げ、「もう王家の耳に入っているから供給が止まるのも時間の問題だ」と煽ったのが功を奏した。
シカクが顔を引きつらせるほど高騰したその売値は、最終的に33,000Gを超えた。それを二人で山分けし、さらにクエスト報酬が加わったことで、null個人の取り分は約50,000G以上にもなった。
――つまり、今のnullは立派な大金持ちというわけだ。
「じゃあまず、どこに重きを置くかだね」
エトが楽しげに質問を投げる。
「そうだね、基本は魔法。イベント概要を見た感じ、PvEとPvPの両方だよね。
だから広範囲型の魔法威力も欲しいし、単体火力と効率化も強化したい。……とはいえ、MP管理も大事」
「なるほど。それなら武器はバルトとレーネに任せて、僕は魔法効率と高威力を両立できるアクセサリーを考えるよ」
「それじゃあ次は――どんな武器を作るかだな!」
バルトがnullへ視線を向けるより早く、レーネが勢いよく手を上げた。
「はいはいはーーい! 私、いい考えがありまーーす!」
満面の笑みのレーネは、何かひらめいたらしい。nullが続きを促すと、レーネは小さく首を振った。
「まだだめー! 完成まで内緒! あ〜〜楽しみっ!」
そのはしゃぎようとは裏腹に、null・バルト・エトの三人は顔を見合わせ、不安げな視線をレーネへ向ける。
「レーネ、顧客の意思を尊重してこその職人だぞ」
「そうだ。作った後に“これじゃない”って言われたらどうする?」
「え〜〜? ナルは絶対そんなこと言わないし、使いこなせるし、ぴったりの武器だと思うんだけどな〜〜」
唇を尖らせるレーネに、バルトが眉をひそめる。
「お前、一体何を作ろうとしてんだ?」
エトがため息をつきながら代わりに答えた。彼にはレーネの考えが分かるらしい。
「バルト、あれだよ。先週からずっとレーネが騒いでたやつ」
「先週から……まさか。あれ作るのか? って、作れるのか!?」
「バルトぉ、作れるか作れないかじゃないの! 作るの! だってナルにぴったりだと思わない?」
「いや、そう言われてもな……ナルは魔法職だぞ? まあ、魔法用に作れば……ふむ……なくもない……か?」
「でしょう!」
嬉しそうなレーネと、考え込んだ末にニヤニヤし始めるバルト。その様子を見て、nullはもう武器は決まったらしいと苦笑した。
もともとオススメの武器を任せるつもりだったので異論はないが、一抹の不安は拭えない。
「というわけで、色々と必要になる素材があるから、ナルに調達をお願いしたいんだけど……いいよね?」
「大金払って、素材調達までするんだから、私にも何か得があるってことだよね?」
にっこりと釘を刺すと、三人は顔を引きつらせながらも何度も頷いた。
「も、もちろんだよ!!」
若干怪しさは残るが、今後も付き合う相手なら無下にはしないだろう――そう信じて、nullは素材調達の依頼を引き受け、三人の仮工房を後にした。
次回:備えあれば憂いなし -2




