VORTEX ARENA - Not Mine to Win
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NE:NEが山さんを倒し、その最期の言葉に気が緩んだ。その瞬間、背後から銃声が響いた。
ハッとしたNE:NEは反射的に身をよじり、何とか急所を外す。
だが、受けたダメージは大きく、回復の隙もない。
「くっ……!」
「っち、躱すか…」
相田が忌々しげに呟き、NE:NEは俊足のスキルを発動させた。
痛む体を押して、相田へと一気に詰め寄る。
「…んなっ!?」
退くと思いきや、NE:NEは正面から詰め寄り、弾を撃ち込んでくる。
その奇襲に一瞬反応が遅れた相田だったが、シールドを展開し、何とか受け止める。
NE:NEの銃弾が次々と打ち込まれるが、弾は無限ではない。装填のタイミングが相田の反撃の好機である。
数発目の銃声が鳴った瞬間、NE:NEが横へと大きく跳ぶ。それを狙っていた相田は即座に銃を構え、引き金に指をかける。
「これで本当に、終わりだ―――!」
その言葉と同時に、爆発音が背後から響いた。
「――っ!?」
相田の身体が思わず反応する。引き金にかかっていた指は、一瞬の硬直で動きを止めた。
NE:NEも素早く距離を取りつつ、その爆発の方角へと顔を向ける。
それは、仲間たちがC.Cと戦っていた方向――。
視界の端、仲間たちのネームプレートが赤く染まっているのが見える。その色は、このフィールドからの退場を意味していた。
NE:NEは顔をしかめ、目を細めて敵影を探る。
一方で相田もまた、同じ情報を得たのだろう、視線をNE:NEへと戻してきた。
「……全滅、か。そっちは?」
「こっちもですねぇ」
NE:NEが淡く笑みを浮かべる。その笑みに宿るのは、困惑か、それとも諦観か。
「今の爆発音、誰の仕業かは大体分かりますけど……
(敵が)生きてるかどうかまでは、分かんないですね。確かめに行きます?」
にこりと笑って問えば、相田もまた、口角をゆっくりと上げた。
「ああ……だが、お前を倒してからな」
瞬間、相田の視線が鋭く変わり、彼は一気に距離を詰めてくる。
それに反応したNE:NEは身をひねり、彼の横腹めがけて弾丸を撃ち込んだ。しかし、重装寄りの相田の装備には浅い傷しか与えられない。
「くっ…」
反動で相田は顔をゆがめるが、ダメージが致命的ではないことはNE:NEにも分かっていた。
(……さて、どう仕掛けようか)
上で起きていることが気になりつつも、今は目の前の敵に集中するしかない。
NE:NEは鋭い視線で相田を見据えると、一気に間合いを詰める。
そして、片足で踏み込みつつ進行方向を急変させると、身を低くしゃがみ込み、一瞬だけ相田の視界から完全に姿を消す。
不意を突かれた相田だったが、冷静に後方へ大きく跳んで視界を広げようとする。
その動作とほぼ同時、NE:NEは空中へと跳躍し、空中で身をひねるように半回転した。
「――!」
相田は空を舞うNE:NEに向けて引き金を引くが、弾は空を切る。
予測不能な動きで弾道を外し、ダメージを受けた身体でなお躱してみせたNE:NEに、相田は苛立ちを隠せない。
「……チッ!! ちょこまかとっ!!」
NE:NEは着地と同時に再び片足で踏み込み、驚異的な速度で突進する。
反応が一瞬遅れた相田に向け、弾丸が数発放たれるが、彼は身体を大きく逸らしてギリギリで回避する。
「……んの野郎っ!」
「野郎じゃっ、ないですよっと…!」
相田が反ったことで生じた隙に、NE:NEは容赦なく追撃を叩き込みながら、ステップで死角へと回り込む。
至近距離からの連続射撃が相田の身体を穿ち、彼は顔をしかめながらも強引に腕を伸ばし、持ち替えたナイフを振り下ろす。
その刃が、NE:NEの肩口を斬り裂いた。
「――くぅっ……!!」
鋭い痛みに歯を食いしばるNE:NEは、すでに自らもナイフを手にしていた。
その武器を目にした相田の表情が、強く歪む。
「くっそ……マルチアームドか!!」
NE:NEはにやりと口角を上げると、手にした刃を相田に向かって投げつけた。
――マルチアームド。
それはヴォルコンにおける特殊職の一つである。
通常、プレイヤーはメイン武器×1、サブ武器×1の制限を持つが、マルチアームドはメイン武器×2、サブ武器×1の三武装が許可される。
職業選択はプレイスタイルに直結するため、スナイパーであれば狙撃や隠密系の職を選ぶのがセオリー。だが、NE:NEはあえてマルチアームドを選択していた。
理由はただ一つ。
仲間の裏切りを、最初から想定していたからだ。
背を任せられないなら、自分が前線に立つしかない。
その決意が、今この瞬間、有利な状況を作り出した。
飛来する刃を至近距離で回避した相田は、鋭くNE:NEを睨みつける。
だがNE:NEは、どこか気の抜けた笑みを浮かべながら、彼の背後、右肩越しの方向を見つめていた。
(……なんだ?)
その視線の意味に違和感を覚えた相田が反射的に後ろを見やった瞬間。
「……!?」
NE:NEのふっと笑う声が耳に届く。
視線を戻したその刹那。
視界がふわりと浮き上がり、景色が流れゆくのを感じた。
視界が天地を逆さにしながらぐるりと回る。何が起こったのか、理解が追いつかない。
「ナイフはナイフでも…ワイヤーロープ・ナイフですから。油断禁物ですよ、相田さん」
ゆっくりと流れる視界の中で、NE:NEがこちらを見上げていた。
自分の身体が、倒れていく光景が見える。
その瞬間、ようやく負けたのだと理解した。
飛んでいたのはナイフではなく、その刃であり、つながったロープを悟らせないよう、視線で誘導したNE:NEはロープを巧みに操り、死角となった左側から首を跳ね飛ばしたのだと、ゆっくりと流れる時間の中で思考した。
(そうか……)
強敵だったと、負けて悔いなしと、内心苦笑しながら、彼女の勝利を確認したとき、ゆっくりと流れる景色の中、ビルの上階からきらりと光る何かが目に入り、反射的に叫ぶ。
「…C.C!!!!」
それが相田の最期の言葉だった。
淡く消えていく相田の身体に構う暇もなく、NE:NEは咄嗟に身を捩る。
その直後、左肩口を鋭い弾丸が貫いた。
ほんの一瞬でも遅れていたなら、相田の声がなければ、その弾は背後から頭を撃ち抜いていただろう。
痛みと、鈍くなる思考。
それでもNE:NEは震える意識の中で、ただビルを睨み、無心でナイフにスキルを乗せて投げ放った。
飛んできた弾道を、わずかに脳裏でトレースする。だが、その狙いは、ほとんど無意識の産物だった。
ナイフは物凄いスピードで空を切り裂きながら一直線に飛んでいく。
そして、その軌道の先には、スコープを覗く龍鬼の姿があった。
龍鬼は、あの爆発をなんとか生き延びていた。
ボロボロの身体を引きずり、スコープの先に映るNE:NEを捉えていた。
もう動く力すら残っていない。それでも、彼は狙い続ける。静かに、確実な一撃を放つタイミングを。
想定外だったのは、相田の首が宙を舞い、こちらの情報を伝えたことだった。
背を向けるNE:NEの頭に照準を合わせ、引き金を引いたはずだった。しかしそれは、肩口をかすめるに留まり、仕留めそこなった。
彼女がこちらへ反撃してくるなんて思考はなく、もう一発弾を発射した際に、その予想が大きく外れたことを理解する。
二発目を撃った瞬間、スコープ越しに見えたのは、自ら放った弾丸が、空中でナイフに切り裂かれる光景だった。
次の瞬間、そのナイフがスコープを貫き、さらにその先の――自身の瞳を突き抜けた。
(どんな威力だよ…)
苦笑しながら、龍鬼は崩れる身体のまま、最後に、自身を貫通し天井に突き刺さるナイフを見た。
完敗だった。
けれど、不思議と悔しさはない。ただ、納得と満足が心に広がる。
だがその直後、視界に広がったシステムアナウンスが、彼の思考を強烈に混乱させた。
==
―― VORTEX ARENA CHAMPION ――
“CRIMSON CREST”
CONGRATULATIONS!!
==
「…は??」
自分は脳天を突き破られ、地面に仰向けに倒れていたはずだ。それなのに、優勝?
まるで状況が理解できない。
混乱したまま、光に包まれた身体は戦場から消え、気づけばVR内の大会会場へと戻っていた。
いくつもの巨大なモニターに、はっきりと表示されている文字。
―― VORTEX ARENA CHAMPION ――
“CRIMSON CREST”
CONGRATULATIONS!!
会場の空気は沸き立ち、周囲からは祝福の声が飛び交っていた。
けれど、龍鬼の中には何も響かない。ただ、呆然とスクリーンを見上げていた。
いくつかの別の画面では、ハイライト映像が流れ始める。
そこに映っていたのは、NE:NEの最後の瞬間だった。
ワイヤーロープ・ナイフが柄ごと飛び、弾丸を空中で裂いたあの一撃。
だが…NE:NEはその直後、最初の被弾による出血ダメージでHPが削りきれ、崩れ落ちていた。
大空を見上げながら、静かに倒れるNE:NEの姿。
それは、どう見ても「勝者の姿」だった。
複数の画面に「CRIMSON CREST」の文字が映っていなければ、勝ったのは彼女であると言わんばかりのハイライト映像である。
龍鬼自身も、負けたと感じたし、何よりそれに納得もしていた。
それなのに、こんな終わり方、こんな勝ち方で納得できるはずもなく、一拍も二拍も遅れて怒鳴り声をあげた。
「……ふ、ふざけんな……!!!俺は――負けた!!!!」
怒声がVR会場に響き渡る。
近くにいた誰もが驚き、視線を彼へと向ける中、龍鬼は拳を震わせ、叫んでいた。
周囲からは、称賛や労いの言葉が次々に飛んでくる。けれど、そのどれもが、彼の耳には届いていなかった。
ハッとしたようにNE:NEを探せば、彼女はすぐに見つかった。
あの戦場で自分を撃ち抜いた相手が、今は多くの参加者に囲まれ、笑顔で話している。
その隣には、先ほどまで己を追い詰めた男の姿もあった。
誰もが笑っている。その光景が、さらに頭に血を昇らせる。
「おい!! NE:NE!!」
怒声とその音圧で、会場の空気が止まった。
注目が集まる中、龍鬼は荒々しい足取りで彼女に向かって歩み寄る。
「俺は、負けた!!!!」
「…?」
NE:NEはきょとんとした顔で首を傾げ、近くの画面を指差す。
「…勝ったのは龍鬼さん、ですよ?」
「違う!! 勝ったのはお前だ!!
あの瞬間、俺は完全に負けた。
納得もしてた。だから、優勝はお前なんだよ!!」
その言葉には、NE:NEというプレイヤーへの敬意と、敗北を受け入れる潔さがあった。
ZERO:NEでも、他の誰でもなく、彼女――NE:NE。
もし彼女でなければ、自分が勝っていたかもしれない。
だが、あの場を支配していたのは紛れもなく彼女だった。
三つ巴の戦いを、最後までコントロールしていたのはNE:NEだ。作戦も、流れも、最後の一手も。
だからこそ龍鬼は、負けを認めた。
なのに、結果は「CRIMSON CREST」の優勝。それが、どうしても納得できなかった。
「……まぁまぁ、龍鬼さん。落ち着いてくださいよ」
NE:NEは苦笑まじりに、まるで子供をあやすような調子で言った。
「もうすぐ、本会場に戻るみたいですし。また後でにしましょう、ね?」
その無邪気な声色に、再び怒りがこみ上げたが、周囲の参加者たちに制止され、C.Cの仲間たちに肩を掴まれながら、龍鬼は不満をぶつけつつ、VR会場をあとにした。
彼の中で、優勝者の名前は決して変わらないままだった。
次回:Scolding Time




