職業と職業
通されたカウンター席へと座れば、反対側に職員の女性が回る。にこやかな挨拶とともに職業の乗った一覧表がテーブルに映された。どうやらこのカウンターテーブルは端末を兼ねているようだ。
「いらっしゃいませ。私は職業案内を担当しております、マイアー・レートと申します。どうぞよろしくお願い致します。」
「マイアーさん、よろしくお願いします。」
にこりと笑顔を返したマイアーが、操作していたカウンターテーブル型の画面を指でくるりと回せば、画面に映された内容の向きが変わる。こちらに向いた画面をのぞき込めば、「認証」と大きな文字。
「はい。それでは、こちらの「認証」の文字に手を置いていただけますでしょうか」
マイアーに言われた通りに右手を文字の上に置けば、画面が淡く輝く。ほんの数秒後、その光が消えるとマイアーは「ありがとうございました。」とにこりと笑みを見せた。
「では確認いたします。お名前は、ナル様でしたでしょうか?」
「はい、ナルでいいですよ。」
敢えてのことではあったが、少しこの名前にしたことを申し訳なく思った。とはいえ、どのように呼ばれてもこちらは全く気にならない。NPC相手であれば人間名に近しい”ナル”の方が受け入れられやすいかなというだけで名乗っている。
「承知いたしました。それではナル様が就職可能な職業はこちらとなりますため、お好きな職業を三つお選びください。職業は案内所にお越しくださればいつでも変更が可能です。ただし、レベルの引継ぎは出来かねますため、慎重にご判断ください。」
マイアーが手で指し示す画面を確認すれば、かなりの量の職業名が記載されていた。指でスライドすれば、まだまだ出てくる。さて、この中から何を選んだものかと思案する。当然”冒険者”は選ぶとして、あと二つも就けるとは思っていなかった為に考えていなかった。
「とりあえず、一つは冒険者でお願いします。」
「冒険者ですね。では一つ目の欄で”冒険者”を選択してください。二つ目以降もごゆっくり選んでくださいね。」
マイアーに言われた通り、決定している”冒険者”を一つ目の職業欄で選択すると【1:冒険者:魔法使い 】と表示された。
成程、タイプが影響する職業では、名前も若干異なるらしい。タイプを入力・選択ができなかった為、ここからタイプを変更して二つ目の職業も”冒険者”にするという荒業はできないらしい。まぁ、出来てもやらないが。
さて、どうするか。と、職業一覧を下へ下へとスライドさせながらざっと見ていく。
【冒険者・貴族・農家・商業・技術職・機械工学者・薬業・錬金術師・研究者・信仰者・音楽家・騎士・料理人・アルバイター…etc】
貴族ルートを選ぶつもりはないから、貴族は除外。
農家とかのファームはやる気起きないし…。
商業かー、売りたいものも今のところないけど、ここは保留かな。次が、技術職か…。
”技術職”に触れれば、さらに細かい職業が表示された。どうやらまだまだ職業の数はあるらしい。流石、”第二の世界”であである。
【技術職:大工・鍛冶師・工芸師・職人・技術者…etc】
大工や鍛冶などはわかるが、職人とは何の職人何だろうか。と首を傾げつつも、自分に合う職業ではないなと、考えるのを止め次の職業へと戻る。
んー、何かいい職業は…、お?
「これ…。」
一つの項目に注視していると反対側から除く影に、視線を向けると、マイアーは難しい顔をしていた。
「それ、あまり人気のない職業で、現在その職に就いている人はとても少なく、どのように成長するのか不明なんですよね…。」
「成長…?」
どうやら職業は成長するものらしい。
彼女は大きく頷くと、指を一本立てて話始める。
「職業には、成長するものと、しないもの。それから、上位職業に変化するものの、三種類があります。成長しない職業の代表的なものは、”冒険者”です。”冒険者”はどの職業よりも自由度の高い職業です。そのため単体で強力な職業なのです。その他の成長しない職も同様に単体で強力な力を発揮するものとなります。
成長する職には、技術職が当てはまりますね。努力次第では”巨匠”や”古匠”なんて職へ成長することが確認されています。
そして、上位種に変化する職業は、貴族が有名ですね。下級貴族や名誉貴族から始まり、王侯貴族へと変化することもありますよ。勿論皇族や王族になるためには婚姻を結ぶ必要がありますが。」
にこりと笑うマイアーの顔が恐ろしい。というか何故この世界で、職業に”貴族”が存在しているのだろうか。貴族とは生まれもったものか、能力を認められて成るもの、もしくはお金で買うかだと思うのだが、ここで職業として就けてしまうのはあまりに不自然だ。
「貴族って、誰でもなれるようなものなんですか??」
「いえ、通常は不可能ですね。むしろここに表示されているこのが異常ともいえます。ですが、それだけ能力があるということなのでしょう。」
成程、一応プレイヤー用の職業ということなのだろう。いや、もしかするとプレーヤー以外にもこの世界には職業案内所で”貴族”になったものがいるのかもしれない。でなければ例題としてもであっても上げなさそうなものだ。つまり、NPCでも稀にそういった者がいるのだろう。
そういえば、アカデミーのニヒルも”X-Xランクは実質不可能”と言っていた。不可能ではなく実質不可能。つまり前例がある手前、完全に否定することができなかったのではないだろうか。
まあ、貴族になるつもりが一切ない。というか、どちらかというと貴族ルートのプレイヤーとあまり関わりたくない為、貴族を選ぶつもりはない。
さて、ではどの職業が自身にあっているのだろうか、と画面をスクロールしながら吟味していく。
やっぱり一番気になったのは、さっきの職業かなー。
役に立つかどうかは置いて、こういう世界であれば面白そうな職業ではあるんだよねー。
小さく唸りながら、自然と眉間に皺が寄る。実際、冒険者として活動しながら同時進行でレベル上げが行える方が効率がいいので、冒険者と魔法使いというタイプに適した職業に就くべきではある。しかし、どうせなら目新しい面白そうな職業も捨てがたい、と堂々巡りで悩ましい。
そんな中隣の声が聞こえてきた。どうやら大騒ぎしているらしい。
「俺は冒険者だけでも問題なく活躍できる!!だが、まあ一応貴族の権力も持っていた方が俺様らしいとは思わないか!!」
怪訝な目を仕切り板へと向けると、どうやらマイアーも思うところがあるらしい。先ほどまでとは違う、冷ややかな表情を向けていた。彼女であればこういう時、こちらへ謝罪をしそうな正確に思えるのだが、それ以上に隣の男に対する感情が隠しきれていないようだった。
ーー、ふーん…。
マイアーの意識が隣にあるうちに、nullはさっと職業を設定していく、一つはやはり魔法使いに合いそうなものにして、もう一つはこの世界でのお楽しみ要素になりそうな先ほどの職業に決めた。
「マイアーさん、これでお願いします。」
三つの職業を決め、マイアーへと声をかける。彼女は驚き「本当にいいんですか?」と懐疑的ではあるが、これ以上ないほどしっくりくる職業を見つけ出したと思う。
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【職業選択】
1:冒険者:魔法使い
2:薬師:調合師
3:■■■■■■
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「では、こちらで本登録を行います。もし途中で変更したい場合は、再度こちらにて変更手続きを行ってください。変更時、職業のレベルは一律Lv.1へ戻ります。また再就職する際もLv.1からとなりますのでご了承ください。」
了承の意を伝えると、マイアーがテーブル端末を操作する。いくつかの操作をした後、職業やそれに関連するスキルについて細かい操作方法や注意点について伝えられた。
「これで手続きは終了となります。ご質問がある際は、いつでもお声がけくださいね。」
「マイアーさん、いろいろとありがとうございました。とても助かりました。これからもよろしくお願いしますね。」
にこりと微笑めば、マイアーは複雑そうな顔を向ける。不思議に思うと同時に彼女はぽつりとこぼす。
「冒険者として頑張ってくださいね。」
彼女の言葉の意味をうまく理解できず、じっと彼女を見つめた。マイアーからはいつの間にか先ほどの表情は消えており、とても綺麗な笑顔を作っていた。
作っているように感じたのは、なぜだろうか。無理をして笑っているような、何かを隠しているような気がしてならなかった。先ほどの隣の男の件についてもおそらく共通しているのだろう。
「あの、マイアーさんは、冒険者が嫌いなんですか?そうだったら、私を担当するの苦痛だったんじゃないですか?」
眉尻を下げ、申し訳なさそうに声をかければマイアーは目を見開き、ぱしぱしと瞬きを繰り返す。
「すみません、嫌いなわけではないんです。でも、なぜ私が冒険者という職業に忌避感を覚えていると分かったんですか?」
「見てれば分かります。もしかして、マイアーさんは本当は冒険者になりたかったんじゃないかなーとね。嫌いじゃないなら、きっと悔しさや後悔とかかなと。」
苦笑しながら、マイアーはぽつりと零す。その表情はどこか悲しそうにも見えた。
「憧れだったんです。ただ、それだけで。」
憧れ、願い、希望、夢。誰もが望むけどすべて叶うわけじゃなく、それでも諦められないほどに恋焦がれることもある厄介な感情だ。誰もが振り回されるその感情は決して悪いものではない。勿論綺麗ごとを並べるなら、だが。
「夢だったんですね?…でも、夢を諦めるくらい誰にだって経験はありますよ。マイアーさんだけじゃない。私だって何回も諦めては、また新しい夢に向かって藻掻いてますよ?夢は叶えばそれに越したことはないけど、重要なのはそこじゃないでしょ?その過程が大切なのであって結果はそれに付随するものだと思っています。だから、冒険者になれなくても、マイアーさんがやりたいことはできるんじゃないですか?」
「私がやりたいこと、ですか?」
ただ冒険者になれればそれでいいのか、冒険者になって何がしたかったのか、何故憧れるに至ったのか。そこを思い出すことができればその負の感情から抜け出せるんじゃないかと、マイアーへと問いかける。
「冒険者になるだけなら、誰だってできますよ。でも、その向こうにある何かが欲しかったのでは?自由?富や名声?力や権力、羨望の眼差しを受けたかっただけ?」
意地悪な問いかけにも、マイアーは真剣な目をこちらへと向けている。どうやら、こちらの言いたいことを正しく理解してくれているらしいことに少しだけ安堵する。
「私は、キラキラと輝いて見える冒険者に憧れたんです。羨ましい、なりたい、って思ったんです。」
「実際はどうです?それほどいい世界ではないと、マイアーさんはもう知っているんじゃないですか?」
プレイヤーならば、ゲーム感覚なのだから、冒険者を目指しても不思議ではない。でも、リアルであればまともな人間が就くような職業ではない。力があるなら騎士に。知恵があるなら文官に。冒険者になるのはみんな夢を抱いたからだろう。そんな人間の生末は、見なくても、聞かなくてもわかるではないか。
「私は、数分しか見ていませんが、マイアーさんは生き生きとしていて楽しそうに見えましたよ。…なんて、勝手なことばかり言ってすみません。それじゃ、本当にありがとうございました。」
あまり人の悩みに踏み込みすぎてもいけない。そう思って、立ち上がる。
「あの、ナル様。私、この仕事好きです。夢を抱いた人の瞳を見るのが好きなんです。キラキラ輝いているその目を見ているだけで幸せになるんです。多分、私は、冒険者になりたかったんじゃないのかもしれないです。ありがとうございました。」
マイアーは立ち上がり頭を下げる。その姿をみて、「お節介ですみません」と一言残して立ち去ることにした。少しの恥ずかしさと、少しの期待を込めて。
職業案内所の扉を開ければ、外には先ほどと変わらない人の列。まだまだ彼女は忙しなく働くのだろうと思うと、思わず心の中で応援した。一歩踏み出せば、小さなシステム音がピロリンと鳴り響く。
「成程、やっぱりね。」
そう呟いて、歩き出す。その顔には笑みが浮かんでいた。
おまけ
マイアー・レート(16)女性
職業案内所の社員。実は、貴族のご令嬢。
冒険になりたかったが家族が心配して猛反対を受け、冒険者ギルドにて受付の仕事を行うが、冒険者になった人たちを見続け心が病みそうになり、職業案内所へと転職を決めた。
しかし、ゲームリリース日、冒険者になりたいという者で案内所が溢れかえり、心が荒む所をnullに助けられる。