VORTEX ARENA - VALGARD - yama-san -1
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VORTEX ARENA終盤、VALGARDはライバルたちと対峙していた。
目の前には、IRIDESCENCE。その奥の建物の上階層には、CRIMSONCREST(=C.C)の影も確認できる。
このままでは、C.Cの高所からの攻撃に晒され、勝ち目は薄い。
とはいえ、イリデセンスが道を譲るとも思えない。
さらに、いつどこから現れるか分からないZERO:NEの存在が、状況を一層不安定にしていた。
時間はじりじりと削られ、気力も集中力も消耗していく。それでも、俺たちは考えるのをやめない。勝利のために、今できる最善を模索し続けていた。
ここまでは順調だった。仲間を一人も欠けさせることなく、布陣は万全。
だが今、この状況は間違いなくピンチと言える。高所からこちらを狙うC.Cと、目前の強者たち。どうやら、ここで一戦交えるつもりらしい。
「やま、どうする?」
敵から視線を逸らさず、リーダーが苦い顔を見せる。その横顔を盗み見ながら、俺も小さく笑みを漏らした。
どうするも何も、打てる手は一つしかない。
「場所を移すしかないかな…」
「山さん、イリデと共闘する道はないんっすか……?」
ユーリクの問いに、俺はわずかに首を横に振った。
「まぁ、向こうの出方次第だろうけど……たぶん難しいだろうな。イリデも、背後にC.Cがいるのを分かったうえであの場所を選んでる。あそこならC.Cの射線からは死角になるからな。」
問いに答えればユーリクも苦い顔をする。こちらが不利なのは明白だ。今の俺たちは、両側から狙われうる最悪の位置に立たされている。取れる選択肢は後退か、あるいはイリデセンスへ突撃するか、その二択だ。
「前か、後ろか、か……」
「ゼロワンも、どこから来るか分からないしな」
「もう落ちてるって可能性は……?」
「――あのゼロワンが、そんなに早く落ちると思うか?」
「……ですよね。」
ハジメの言葉に、俺は小さく苦笑する。万が一ゼロワンが落ちていたとしても、現状で最優先すべきは前方の二チームへの対応だ。
(さて……どう動くべきか。)
思考を巡らせる俺の耳に、鋭い音が届いた。
――パシュンッ、パシュン!
C.Cからの威嚇射撃だ。弾丸が地面に跳ね、高い金属音が響く。数発はこっちに向かってきたが、それをリーダー・相田が冷静に弾き、前に出て俺たちの盾となって立ちはだかる。
「山、どっちでもいい。作戦を立てろ。」
信頼されているというのは嬉しいことだが、それでもこういう場面で選択を任されるのはどうにも慣れない。痛む胃を押さえながら、無理やりと口角を上げる。
「……相田さん、一旦下がりましょう。C.Cの位置が悪すぎます。」
「分かった。合図は任せる。――全員、後退準備!」
流石はリーダー。たった一言で、チーム内の空気が引き締まる。皆が頷き、俺の合図を今か今かと待っていた。
キリキリと胃が締めつけられる痛みに耐えつつ、俺は二つの敵チームへと視線と思考を集中させる。
C.Cの銃撃が一時的にでも止まり、できればイリデセンスが動く瞬間。そこが狙い目だ。
不意を突いて後方へ大きく退き、二手に分かれて一方をC.Cへの牽制に、もう一方をイリデセンスの足止めに回せれば理想的。
ゼロワンがどこから現れるかによって結果は大きく変わるが、それはもはや賭けだ。
願わくば、今ゼロワンがC.Cの方へ向かっていてくれれば……その間にイリデセンスと決着をつけられる。
とはいえ、そうもいかないのが現実だ。
「仕方ない……」
俺はそう愚痴をこぼしてからあるアイテムを手に取って、前方へ大きく放り投げる。
イリデセンスにはあそこから動いてもらわなければ困るのだ。
放物線を描いて飛んでいくそれに、すかさず銃口を向けてトリガーを引く。グレネードは彼らに届かないが、それが狙いではない。
空中で炸裂した爆発が爆風と土煙を巻き上げ、視界を大きく遮った。俺たちの姿も、彼らの動きも、一時的に完全に見えなくなる。
(想定通りだ。)
「今だ! 全員、引け!!」
俺は視界の隙を突いて素早く後退し、敵の射程外となる位置に移動する。風が舞い、砂埃が徐々に晴れてくるその向こう、イリデセンスの様子がようやく見えた。
多少は動揺を与えたようだが、致命傷には程遠い。流石は今回のシード枠の一角。目立った乱れもない様子に、小さく舌打ちが漏れた。
「……ダメか」
「それでも、さっきよりは随分と戦いやすくなったな」
「流石っす、山さん! あの早撃ち、マジですげぇっす!」
ユーリクが楽しげに言ってくれるが、状況が劇的に好転したわけではない。せいぜい「多少マシになった」といった程度だ。今のうちに、できることはすべてやっておかなくてはならない。
「相田さん。この状況なら、イリデを叩けると思います。ただし、少し無茶が必要になりますが……どうします?」
「愚問だな。お前の無茶ぶりは今に始まったことでもないだろう?」
あまりの言いように、思わず肩を竦める。
その直後、仲間たちの苦笑が聞こえてきた。どうやら、これはチームの総意らしい。
「おいおい……」と内心でぼやきながらも、にこりと笑って見せると、今度は全員の顔色が若干悪くなる。
(――どんな想像をしてるんだか。失礼な。)
「さて、説明するぞ。
さっきのグレネードで、C.Cの狙いは俺たちから、イリデと俺たちへと変わった。
つまり、イリデの動きはかなり制限された。
逆に言えば、今がチャンスってことだ。
――だから、ユーリク。今回はお前がカギになる。」
「……え、俺っすか……?」
ユーリクがあからさまに嫌そうな顔で、地面に向かってうなだれる。
その分かりやすさに、つい苦笑が漏れた。だが、今回は本当にユーリクでなければできない役割だ。
多少嫌がられても、ここは頼むしかない。
「そうだ。ユーリクが先陣を切る。まず突っ込め」
「え”ぇぇぇ!?」
「そして、相田さんと俺でC.Cの気を引きつけつつ、ユーリクのサポートに回る。
ハジメとハナは、イリデを裏から叩いてくれ」
「私、サポーターなんだけどなぁ……」
「ハナ、諦めろ。山さんはそういう人だよ」
ハジメが苦笑しながら言う。
「そういう人とは?」と思いつつ、口には出さずにユーリクの方へ視線を向ける。
「ユーリク、やられずにイリデとC.Cを引き付けるんだ。できるだろう?」
「ちょ、山さん、簡単に言わないでくださいよ……」
「ん?簡単には言ってないが…?だが、お前にはできる」
あからさまに嫌そうな顔が返ってくるが、こちらは構わずリーダーと支援の段取りを詰めていく。
ユーリクの動き次第ではあるが、基本的にはC.C側からの攻撃をリーダーのシールドで防ぎ、俺が威嚇射撃で射線を封じる形になる。
「ユーリク、イリデのところまで突っ込んだら、急いでUターンだ。それまでに二人はイリデの後方へと回り込むこと。いいな?」
「え、ええ……でも、走ったらバレません?」
ハナが不安そうに言うが、俺は静かに首を振る。
「そこは、ユーリクが気を引くのだから問題はないだろう?」
視線を送れば、彼の顔がピクリと引きつった。だが、目立つ彼が全力で動けば、イリデセンスは無視できないはずだ。
それに、俺と相田さんも正面にいる。イリデの視線は前方に集中するのだから、そうなれば、後方から迫る足音に気づく余裕なんて、きっとない。
「山さん……」
「できないのか?」
ただ問いかけただけなのだが、ユーリクの顔がさらに強張る。その様子に首をかしげると、彼は慌てて首を横に振った。
「い、いや、できます! やります!!」
「そうだよな?」
思った通りの返事に納得して、頷いて見せれば、ほっと肩の力を緩めるユーリクを不思議に感じた。
「じゃあ、作戦通りにいこう。合図は俺が出すよ」
俺の言葉に、皆が頷いて行動を開始する。
ハジメとハナは、誰にも気づかれぬようにそっと俺たちの側を離れ、じりじりと後退しながら、イリデセンスの裏手へと回るルートに移動を始める。
ユーリクは銃を手に、C.Cとイリデセンスの位置を何度も確認していた。おそらく、頭の中で動きをシミュレートしているのだろう。その集中した面持ちが、頼もしくもある。
相田さんは相変わらず一言も発さず、敵の動きだけをじっと見つめていた。隙がない。まるで、そこに立っているだけで仲間を守る壁のようだった。流石としか言いようのないリーダーの背に頼もしさを感じた。
俺はC.Cに向けて威嚇射撃を放つ。威嚇とはいえ、本気で当てるつもりで撃っている。だからこそ、相手も油断はできないはずだ。
中・遠距離用の銃を構え、感覚を頼りに引き金を引く。発砲音が響き、C.Cのメンバーが身をかがめてそれを回避する様子が視界に映る。その動きを見て、俺はすぐに無線で合図を送った。
山さん:『ユーリク、今だ! 走れ!』
その声に応じて、ユーリクが全力疾走でイリデセンスの方へ突っ込んでいく。派手に大声まで上げて、注意を引く気満々だ。
「うをおおおおお!!! 覚悟しやがれ、イリデセンス!!!!」
当然、イリデセンスは即座に反応し、ユーリクへと発砲する。だが、その攻撃は相田さんの冷静な援護によって遮られる。
俺はC.C側への威嚇射撃を続けながら、背後のやり取りを耳で捉えていた。銃声の中、仲間たちの連携が確実に機能しているのを感じる。
C.Cにとって、俺たちがイリデセンスと潰し合ってくれるのは悪くない展開だろう。それだけに、下手に介入してくることはないはずだ。
だが、イリデセンスが辛勝する程度がC.Cにとっては理想だとしたら、俺たちが優勢になれば、それを崩しにくる可能性がある。つまり、こちらが狙われる危険性は高い。
だからこそ、威嚇ではなく、本気の牽制を続ける必要がある。ユーリクが撃ち落とされないように、俺の銃声を絶やしてはならない。
== ユーリク ==
イリデセンスは、突撃してくるユーリクにも冷静に対応していた。
スガヤが前衛でユーリクの射撃を防ぎ、イマキが後方から射撃。その両者を、アキナが一人で器用にフォローする。
一見すれば無理のある連携にも見えるがそれが機能してしまうのは、やはり彼らの個の力が異常に高いためだろう。
そんな中、ユーリクはただひたすらに走り続ける。
何度も敵の弾が飛んできているが、そのたびに相田の展開するシールドが命を守ってくれていた。弾がかすめて体に傷ができても、自身のスキルによって自然に癒されていく。
(あのときの山さんの顔……笑ってたのに、目だけ全然笑ってなかった……!)
冷ややかな笑みを思い出し、無意識にブルっと震える。だが、今は立ち止まっている暇などない。
(ここで役割を果たせなかったら……後で、みんなに何を言われるか分かったもんじゃない!)
その不安を振り払うように、頭をブンと振る。
目の前の敵に集中しろ。仲間を信じろ。
自分が囮になっている間に、きっと二人は裏手から回り込んでくれている。
その信頼が背中を押し、距離が徐々に詰まっていく。もう、こちらの弾も当たるかもしれないという射程に入っていた。
本来、ユーリクは近距離戦を得意とするタイプだ。距離があるとどうしても弾のブレが大きくなり、命中率が落ちる。だが、ここまで近づけたなら話は別。今度はこちらの土俵だ。
……とはいえ、今回の山さんの作戦は「接近したらすぐにUターンしろ」という指示だった。つまり、何か裏の狙いがある。
(……山さんのことだ、俺ごと巻き込んでも構わないくらいの策を考えてるに違いない……!)
表面は温厚でも、仲間内では「鬼畜」や「黒幕」と呼ばれる彼。
狡猾な戦法で何度も仲間を救い、また何度も窮地を経験してきた。それを乗り越えてきた経験こそ、ヴァルガルドの強みだ。
だからユーリクには、なんとなく分かっていた。
――今回も、何かがある。感じるのは、本能的な危険信号だ。
だからこそ、行きよりも帰りの心配をしていた。
敵との距離は、もう数十メートル。そんなとき、無線から声が響いた。
山さん:『それじゃ、カウントいくぞ。』
「5…4…3…」と無線から響く声に、ユーリクはハッとして踵を返す。だが急な方向転換に足を取られ、ほんの一瞬、動きが遅れる。
(やばい、遅れた!)
危険を察知した体が反射的に跳ね上がるように動く。
今までにない速さで走り出すと同時に、無線では「2…1…」とカウントが迫っていた。
「くっそ……絶対、ヤバい!!」
「1」のカウントが聞こえた瞬間、目の前の光景に言葉を失う。そこには、山さんがいつの間にか取り出していた巨大な爆弾。
あれはもうグレネードなんてレベルじゃない。大きな爆弾が幾つもイリデセンスの陣地めがけて高く放物線を描いて飛んでいくのが目に入ったのだ。
(いつの間にそんなの仕入れてきたんだよ……!)
爆弾はまるでこちらにも向かってきているようにさえ見え、背筋が凍る。
「ちょっと、早……!」
声を出すより早く、ユーリクは地面に飛び込んだ。スライディングで身を滑らせた直後、背後では轟音。その爆風に巻き込まれ、体ごと転がされる。
「わっ、わわっ……!」
爆風に乗って巻き上がった瓦礫が飛来し、ゴン、と何かが肩に当たりHPバーがじわじわと削れていく。
「ちょ、やりすぎだってば!!」
どうにか体勢を整えて振り返ると、さっきまでイリデセンスがいた一帯が、更地になっていた。跡形もない。まるで元から何もなかったかのように。
(……嘘だろ。全消しじゃん……)
視線を巡らせると、ちょうどハジメがスガヤの頭へ銃弾を撃ち込む場面が目に入った。どうやら、味方の二人は無事だったようだ。どうやって回避したかは分からないが、巻き込まれたのは自分だけらしい。
ハナ:『こちら、制圧完了。』
相田:『了解。C.Cの射線に入らないように戻ってこい。』
ハジメ:『了解。』
「ユーリク、よくやった。」
「相田さん……ほんとに……山さんのこと、どうにか……してくださいよ……」
肩で息をしながら、ゼェゼェと苦しげに訴える。だが、相田はただ苦笑するばかりで、何も言わない。当の本人である山さんは、どこ吹く風といった顔で、まるで他人事のように首を傾げる。
「ん?ちゃんと作戦通りできたろう?」
にこやかに笑いながらそんなことを言う山さんに、ユーリクはガックリと肩を落とした。
「……そうっすね……」
もはや諦めにも似た口調で、そう返すしかなかった。
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