VORTEX ARENA - Side:SPARKHOUND - taku -1
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大会開始早々、「ZERO:NE」の姿を見かけた我々SPARKHOUNDは、すぐさま撤退し、今はフィールドの端近くまで下がってきていた。
途中、運よく物資を見つけて荷物だけは万全の状態。なんだけど、どうにも運が悪い。
さっき始まった一回目のフィールド収縮、その範囲からは思いっきり外れてしまっていた。
しかも、収縮先はというと……俺たちがさっきまでいた場所。思わず肩を落とさずにはいられない。
とはいえ、戻るしかない。
ため息まじりに仲間たちに声をかけ、俺たちは慎重に来た道を引き返す。
通った道とはいえ、もう誰かに潜まれてるかもしれない。気を抜けない局面だ。
「ビビって逃げすぎたなー」
苦笑いまじりにクロスが呟く。全員がそれに頷きながらも、ついクスリと笑ってしまう。
あのとき、誰もが凍りついたような顔をしてた。
今となっては、笑うしかないよな。
「でも、みんな顔、真っ青だったよな」
同じことを思い出していたらしいスートが、笑い交じりにそう言うと、全員がなんとも言えない苦い顔になる。
それも当然だ。前大会で見たCRIMSON CREST(=C.C)とZERO:NEの死闘。
あれを目の当たりにした俺たちには、恐怖しかない。撤退あるのみだ。
今思えば、索敵と追跡性能、ステルス特化の我々は、無理に逃げずとも身を潜めてやり過ごせたのかもしれない。
……でも。HAYNEの、あの絶叫を聞いた後で、そこに留まるなんて選択肢が浮かぶわけがない。
もしこのゲームに「ステータス」なんて機能があったなら、俺たち全員に『恐怖』のデバフが付いてたのは間違いない。いや、本当にそんなシステムがなくて良かった。
「でもさー、その安全エリアって、シードだけじゃなくて強豪チームも集まるんだろ? ……俺ら、どうすんの?」
アキナの言葉は、正論だった。
さっき遭遇したZERO:NEだけじゃない。他のシード勢も、そして数々の大会で結果を出してきた強豪たちも、同じ場所を目指してくる。
そんな中、我々SPARKHOUNDがこれまで出場した大会は、ほんの数回。
最高成績は、かろうじての3位入賞。
今回の『VORTEX ARENA』出場なんて、ぶっちゃけ運が良かっただけだと思ってる。
俺たちは、どう戦うべきか。
観客の誰も気に留めないような、小さなチーム――でも、それでも。
特技を活かして少しでも上位を狙うのか、それとも場を賑やかすモブとして終わるのか。
悩みに悩んで、俺たちは決めたんだ。
本気で、上を目指す。
でも、いざこうしてその場に立ってみると……空気が違う。
本物の戦場に、自分たちだけが浮いてるような、そんな場違いな感覚に圧されそうになる。
……けどな。せっかく掴んだ、このチャンスだ。ここで引いたら、もったいないだろ。
「一応、考えてある。俺たちの強みは、索敵と追跡性能――あとはステルス特化。つまり――」
「逃げ隠れしながら、漁夫って勝つ?」
「馬鹿野郎、サカキ! それじゃ、見た目サイアクだろうが!!」
「じゃあクロスは、なんか良い案あるわけ?」
「ん~? それは……リーダーの指示に従う。こういうのは適材適所だ」
クロスの言葉に、みんな呆れながらも誰一人文句は言わない。
結果として、俺だけが責任を背負わされた感が否めない。……まぁ、いいけどさ。
「だから――俺たちは、敵よりも先に動いて、先手を取る。
奇襲か、撤退か。状況次第で見極めていく。
サカキの言ってた“漁夫”も、やりようによってはアリだと思ってる。
ただし、見た目が悪くならないようにやる。堂々と、スマートに、だ」
「うわー、タク強気じゃん。……タクのくせに」
(タクのくせにとは、なんだ……。小心者って言いたいのか?小心者の何が悪い!)
「ほんと、こういう時のタクってまともだよな」
(俺はいつだってまともだ!!)
「だからリーダーなんだよな~」
(サカキ、お前はな……。雑が過ぎる)
俺は、呑気なメンバーたちを白い目で見やりながらも、淡々と説明を続けた。
まず、このフィールドで我々が最も有利を取りやすいポジションを目指す。
そこへ向かう道中、敵との遭遇を避けるため、ステルスと索敵スキルをフル活用して移動する。
そして――潜伏。機を見て奇襲、あるいは漁夫を仕掛ける。
おそらく、索敵とステルスにおいては、どのチームにも負けていない。戦闘力にバラつきはあるが、それも含めて悪くない布陣のはず。
つまり作戦さえしっかりしていれば、我々にも十分勝機はある。
「とにかく、スキルを贅沢に使って、がっちり固めていくぞ。油断すんなよ、いいな?」
「「りょーーかい」」
能天気に手を上げるメンバーたちに、俺は小さくため息をついた。
(…まったく、遠足気分か。)
移動を開始してしばらく。目的地に到着する頃には、かつてゼロワンがいたエリアがすぐ近くにあった。
まだ彼らが留まっている可能性もあるため、我々は逆方向。より安全かつ有利な地点へと素早く移動し、潜伏態勢に入った。
最初に視界に捉えたのは、強豪チームSABLE HORNだった。
凶悪と名高いこのチームに手を出すつもりは毛頭ない。メンバー全員の意見が一致し、即座に見送ることにした。
そして次に現れたのが、OBLIVIRA。
こちらもまた強豪ではあるが、スタイルは我々寄り。ステルス・奇襲を得意とするタイプであり、読み合いにはなるが、仕掛ける価値はある。
俺は仲間に視線を送り、小さく頷いた。
タク:『よし、オブリヴィラと戦うぞ。合図を出したら、クロスを先頭に俺とスートが出る。アザミとサカキはサポートを頼んだ。』
無線越しに、「了解」と全員の返事が返ってくる。俺は深く息を吐き、タイミングを計った。
ここでしくじれば、潜伏という最大のアドバンテージが水の泡になる。
慎重に、確実に、一撃で決める。そのつもりで、俺は指を構えた。
OBLIVIRAが慎重に近づいてくる。前衛タンクのオルスと、アタッカーのバースが先行し、その背後には援護体制をとるサポートと後衛の姿。
仕掛けるなら、あのサポートが目の前を渡りきった瞬間。背後から叩けば、タンクが駆けつける前に後衛とサポートを一掃できるかもしれない。
タイミングを見計らいながら、俺は無線を手に取った。
タク:『全員、用意。3、2、1――GO!!』
俺の合図と同時に、クロスが飛び出し、俺も続いてOBLIVIRAのサポートめがけて銃を連射する。
「おおおりゃああ!!」
幾重にも銃声が響き渡る。こちらの射撃だけではない。
不意を突かれたはずの相手もすぐに体勢を立て直し、反撃の銃火が返ってくる。
俺がサポートのカインを撃ち倒し、クロスが後衛のタチードを仕留めると、オブリヴィラの隊列に動揺が走った。
そこを見逃さず、スートがスカウトのサントラの肩口を正確に撃ち抜く。
すかさず俺が追撃に移るが――
「っ……!」
盾が割り込んだ。オルスが即座に前へ出て、俺の射線を塞ぐ。仕方なく、俺はいったん距離を取った。
「くっそ!!なんなんだお前ら!!邪魔しやがって!!」
焦りの滲む叫び声。それを聞いた瞬間、俺は確信する――いける。
この戦闘、主導権はこちらにある。
タク:『クロス、相手のタンクの注意を引いてくれ! スート、俺と逆位置に回って構えろ!』
号令と同時に、俺は右側へと全力で駆ける。
クロスは迷わず、OBLIVIRAのタンク――オルスの真正面に立ちはだかった。
俺は狙いを定め、オルスの右腕から腰にかけて弾を撃ち込む。
その直後、アタッカーのバースが俺に銃を向けてきた――が、もう遅い。
反対側に回っていたスートが、後方からバースを正確に撃ち抜いた。
敵の隊列が大きく崩れ、こちらが一気に主導権を握る。
だが、さすがは強豪チーム。
オルスは無理やり身体をひねって、強引にこちらへと銃を向けてきた。
――バンッ、バンッ!
肩に衝撃。弾がかすり、俺は咄嗟に後方へ飛び退く。その隙に、相手も即座に態勢を立て直し、大きく距離を取る。
バースがこちらに何かを投げたのが見えた。反射的にさらに身を引いた瞬間――
キィィン――ッ!!鋭い金属音とともに、白煙が視界を覆った。
(……スモーク、か)
視界が遮られる中、俺は警戒を解かず、じりじりと後退する。
そのとき、無線が入った。
サカキ:『逃げられた!』
スート:『追うか!?』
タク:『いや――止めておこう』
即断だった。
スモークが放たれる直前、かすかに彼らの声が聞こえた。
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「くそ、これじゃ作戦が……」
「……やるしかない、二人だけでも。奴、一人くらいなら……」
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おそらく、何かを仕掛ける直前だったのか、それとも中止しかけていたのか。
真意はわからない。だが、確かなのは――彼らの逃走方向がZERO:NEのいた方角だということ。
追うにはリスクが大きすぎる。今は勝ちを拾うより、生き残るための一手を優先すべきだ。
俺の指示で、全員が静かに移動を開始する。すでに潜伏地点の利は失われた。
一度使った場所にとどまるのは危険だ。ほかのチームに位置を読まれている可能性もある。
俺たちは新たな安置。エリア収縮の範囲を確認しながら、慎重に次のポイントへと向かう。
「ふぅー……。にしても、俺たちも結構やれるもんだな!」
サカキがどこか誇らしげに言うと、全員が苦笑した。
「……作戦ありきだけどなー。」
クロスが呆れたように返すと、「それでもだ!」とサカキが威張るように言い返す。
思わず笑いがこぼれた。さっきまでの緊張が嘘のように、空気は和やかになっていた。
だが、その心地よさに、ふと背筋が冷える。この笑い声が、敵に聞かれていないだろうか――。
「おい、あんまりでかい声は出すなよ?」
軽く注意すると、「はいはい」とサカキが適当に返す。
本当に理解してるかは怪しいが、スキルで気配を消しながらの雑談だろうし、そこまで深刻には考えていない。
それでも、緩みが油断に変わるのは一瞬だ。
少し場所をずらし、別の潜伏ポイントに入り直す。
改めて視界と索敵範囲を確認しながら身を伏せたそのとき、無線が響いた。
サカキ:『うわっ!イリデセンスだ!!』
……まずい。
シードチームだ。
個々の技術力が飛び抜けており、撃ち合いでまともにやり合えば勝ち目は薄い。
撤退か、それとも潜伏してやり過ごすか……判断に迷っていると、次の言葉で思考が止まる。
サカキ:『でも、三人だ。スガヤ、カカセ、アキナの三人しかいないぞ。』
(三人?またか……)
不運で知られるIRIDESCENCEは、またも初動でシードの猛者とぶつかり、すでに人が欠けていると見て間違いない。
とはいえ、三人。こちらは五人。数の優位は戦術上、最もわかりやすいアドバンテージだ。
――本当に、やれるのか?
迷っている間にも、無線越しに仲間たちの声は熱を帯びていく。
アザミ:『おい、これいけるんじゃないか!?』
サカキ:『チャンスだ、チャンス!!』
二人の声が、無線越しに弾んでいる。
タク:『いや、しかし……』
言い切れない。
頭ではわかっていた。IRIDESCENCEは、そんな甘い相手じゃない。
煮え切らない俺の様子に、スートが強めの声を飛ばす。
スート:『タク、どうする!』
迷いが喉にひっかかる。
タク:『相手はあの、IRIDESCENCEだぞ? 本当に、勝てると思うのか?』
アザミ:『行けるって! 俺たちだって、この大会に出てるくらいの実力あるんだろ!?』
(……本当にそうか?)
思わず、心の中で問い返す。
いや、思ってしまった時点で、答えは出ていたのかもしれない。
それでも。ここで引けば、空気は崩れる。仲間の熱が冷めてしまう。
だから俺は、小さく頷いた。
タク:『……分かった。攻撃は、いつも通りに。』
「了解!」と興奮気味の返事が次々と返ってくる。
それをどこか頼もしく感じながら、同時に、胸の奥では霞がかかったような不安がずっと晴れなかった。
そして我々はIRIDESCENCEへと奇襲を仕掛けた。
――結果…… 惨敗である。
我々SPARKHOUNDは、先手を取ったはずだった。だが――、
最初に反応したスガヤに、奇襲のはずが逆に読まれていたかのように、クロスが真っ先に撃ち抜かれる。
続けてスートがやられ、こちらの前衛が一瞬で崩れる。
慌てて後退し、態勢を立て直そうとしたそのとき、今度は遠距離からアザミが抜かれた。
残されたのは、俺とサカキだけ。がむしゃらに動くが、もはや勝負はついていた。
抵抗らしい抵抗もできず、全員が退場となった。
今、俺たちは仮想空間の観戦室で、ただ黙ってモニターを見上げている。
目の前の大画面には、IRIDESCENCEが次の標的へと動き出す様子が映っていた。
あまりに滑らかで、正確で、美しい動きだった。
悔しいが――これが「格の違い」ってやつだろう。
次回:VORTEX ARENA - Side:SPARKHOUND – taku - 2




