VORTEX ARENA - First Blood
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「3・2・1―― VORTEX ARENA GAME START!!」
まばゆい光が収まると同時に、視界が開ける。
そこは、荒廃した都市跡。朽ちた高層ビルが無数に並び、アスファルトのひび割れた地面には、かつての都市の面影がわずかに残る。
乾いた風が、ビルとビルの隙間を音を立てて吹き抜ける。天候は曇天。雲が重く垂れ込み、今にも雨が落ちてきそうな空だった。
(天候が崩れたら、視界も動きも悪くなる――)
そんな可能性を考えていた矢先、真横から大声が轟いた。
「うおおおおお!! やってやるぜ!!! 俺が全員ぶっころーーす!!!」
もちろん、HAYNEだ。
その雄たけびは尋常ではなく、まるで開幕の狼煙を上げる戦士そのもの。
すかさず周囲に目を向ける。敵影を探すが、すぐに気配が遠ざかるのがわかった。
一小隊が近くに展開していたようだが、どうやらHAYNEの叫び声に気圧され、離脱を選んだらしい。遠ざかっていく足音を確認し、静かに息を吐く。
(このフィールドは複雑。むやみにぶつかるより、序盤はポジション取りが鍵になる)
しかし、となりの彼はまるで聞いちゃいない。
「おーーい!誰もいないのかーー!?かかってこーーい!!」
「ばか、HAYNE。敵は逃げてったよ」
NE:NEは呆れたように声をかけながら、HAYNEを見上げれば、彼は驚いたようにこちらを見下ろしてきた。まん丸に見開かれたその目からして、どうやら本当に気づいていなかったらしい。
「あ!? 逃げるか……? 普通!?」
「追うなら、まだ間に合いそうだよ~? 南東方向、1キロ先って感じかな」
SORAが楽しげにそう言うが、のんびりしている暇はない。こちらも、早急に陣形を整える必要がある。
「追わない。NE:NE、ポイント7で合流しよう」
そう指示を出したのはSHUGOだ。隣にいるKAGEと共に、すぐさま作戦会議に入る。
NE:NEは「了解」と短く返し、その場を素早く離れる。
彼女の初期ミッションは、遠距離支援と前衛のサポート、そして索敵や陽動の展開だ。
目指すは合流地点。そこを起点に、スナイパーが最も効果的に動けるポジションを探し出す。
立ち並ぶビルを見上げながら、「あれでもない、あそこもでもない」とぽつりと呟く。そうしてようやく辿り着いたのは、見晴らしがよく、しかも狙われにくそうな廃ビルだった。
ここなら、狙撃にはうってつけだ。
スナイパーを設置し、射撃準備が整うと、無線を入れる。
NE:NE:『こちらNE:NE。配置についた。地点はポイントX:1。廃ビルの中。』
SHUGO:『了解。向かうまで待機で頼む』
無線越しに応答しながらも、小さく「了解」と口にして、周囲を確認する。
倍率の高いスコープを使い分け、少しでも検知の精度を上げようと視線を動かせば、視界に3小隊を捉えることができた。
NE:NE:『ポイント7、Y地点近くに2小隊。Z地点にイリデ*発見。』
※IRIDESCENCE
SHUGO:『了解。裏から回る。KAGE、指示を頼む』
KAGE:『了解。目の前のビルを突っ切って、三つ目を右へ』
的確な指示のもと、ZERO:NEの面々は問題なく合流地点へ辿り着けるだろうと判断したNE:NEは、スコープ越しにIRIDESCENCEの動きを観測していた。
どうやら、近くにはPHANTOM QUADの姿もあるらしい。
どう動くか。と、興味深く観察していれば、しばらくして銃声が響いた。
先に発砲したのはIRIDESCENCEだった。後方支援のイマキが揺動役を買って出たようだ。その間に、アキナとスガヤが回り込む動きを見せる。
NE:NEの位置からは、潜伏先までは確認できないが、ギリギリでイマキの撃ち合いは視界に入っている。
彼の後方からはサポートのミナミと、アタッカーのカカセが前進を始めた。どうやら、イマキの側へと突撃し、PHANTOM QUADを仕留めに行くつもりらしい。
だが、PHANTOM QUADもそう簡単な相手ではない。
すでに状況を把握し、分散して包囲されるのを承知であえて正面突破に打って出た。
その判断に、NE:NEは「なるほど」と小さく頷く。
その進行方向の先には、自チーム、ZERO:NEのメンバーが向かっている。恐らく、IRIDESCENCEはその動きまで読んで、はさみ撃ちを狙っているのだろう。
NE:NE:『イリデが二手に分かれて、ファントムクアッドと交戦中。ファントムが前進してるから、どっちか狙えそう。どうする?』
HAYNE:『んなもん、イリデに決まってんだろーが!!アイツら全員ぶっころーーす!!』
SHUGO:『おい、突っ込みすぎるな!接敵する前に位置取れって言ってんだろ!!』
案の定、HAYNEが突っ走っているらしく、SHUGOの怒声が無線越しに響く。だがその制止がHAYNEに通用しないことは、ZERO:NEの全員がよく知っている。
NE:NEは深いため息をつきつつ、冷静に無線を入れる。
NE:NE:『HAYNE、指示する。もう数メートル先まで来てる。目の前のビルを突っ切って、中から狙撃ポジションに回って』
HAYNE:『NE:NEナイスぅ!そのまま突っ込むわ!』
SHUGOの「突っ込むな」という言葉は、もはや風のように通り過ぎた。
NE:NEは深いため息をつきながらも、HAYNEの特性を理解している。だからこそ、暴走の中にも狙いを生むルートを与える。それも彼女の仕事だ。
やがて、HAYNEはNE:NEの指示通りの位置に到着し、敵の接近を待ち構える。
奇妙なことに、先ほどまでの暴れん坊が今は静かに、まるで獣のように息を潜めている。
最初に彼の視界へ現れるのは、IRIDESCENCEのイマキ。
後方支援型の彼は、PHANTOM QUADの突撃に押されて、やや後退しながら迎撃体制を取っていた。
(あーあ、ご愁傷様)
NE:NEはそう心の中で呟きながら、冷静に無線を入れる。
NE:NE:『HAYNE、1分後。イリデ、イマキが視界に入る。射撃準備』
HAYNE:『……了解』
普段とはまるで別人のような、落ち着いた小さな声。
やる気満々である。いや、戦闘モードだ。ここからは、彼に任せておけば問題ない。
NE:NEが今、注視すべきは別のことだ。自チームの背後に別チームが迫っていないかの監視。そして、前衛をサポートする準備。
だが、こちらの位置を悟られずに支援するのは至難の業だ。それでもそれが、NE:NEの役目。
(おかしい。イマキさん、下がらない…。)
NE:NE:『HAYNE、位置バレてるかも。突っ込んでいいよ。援護する』
無線を入れた直後、HAYNEは一瞬の溜めもなく飛び出した。
笑い声混じりに、容赦なく銃をぶっ放す。轟く銃声。イマキが反応して振り返るよりも早く、数発の弾丸が命中。そして、その体は煙のように消えた。
その場に残されたのは、彼の使用していた銃と弾、それから手りゅう弾やナイフなどの特殊装備やアイテムである。
だが、HAYNEはそれを一瞥することもなく、次の標的へと視線を向けた。前方には、IRIDESCENCEの残りのメンバーたち。
彼らも異変に気づき、HAYNEの接近に対応するべく銃を構える。だが、その隙が生まれた瞬間を、NE:NEは見逃さなかった。
高所から、《パシュン――》乾いた狙撃音。放たれた弾丸は空気を裂いて、一直線にカカセの頭を貫いた。
パタリとカカセが倒れ、隣にいたミナミの表情は、この距離からでも分かるほど凍りついていた。
目の前には突進してくるHAYNE。背後には迫るPHANTOM QUADの小隊。
――逃げ道はない。
それでも、ミナミはHAYNEに照準を合わせ、反撃の銃弾を放つ。
その胆力は、さすが強豪チームの一員といったところだ。だが、HAYNEはそのすべてをあざ笑うかのように避ける。回避力に特化した前衛火力、彼の真骨頂が発揮される。
HAYNEは難無くそれを躱して、頭を撃ちぬいた。
PHANTOM QUADのメンバーは、HAYNEの姿が視界に入ったあたりで、大きく後方へ下がっていったらしい。
現場に敵の気配が消えたことをNE:NEが確認し、無線を入れる。
NE:NE:『ナイス、HAYNE。ファントムは後退した』
HAYNE:『っち、つまんねぇ。腑抜け共がよぉ』
まるで餌を取り上げられた猛獣のように、心底つまらなさそうな声で吐き捨てるHAYNEは、早々にSHUGOたちと合流すべく移動を開始した。
NE:NEもその動きをスコープ越しに確認しつつ、改めて周囲の索敵を再開する。
そこへ、無線が入る。
SORA:『しゅーくん、そっち、バレてるかも~。かげくん、反対から回り込める?』
SHUGO / KAGE:『了解』
どうやら直接の接敵は避けられている様子だ。
NE:NEは思考を巡らせる。恐らく、IRIDESCENCEのアキナが探知スキルを使用し、SHUGOたちの潜伏位置を突き止めたのだろう。
ならば、彼らは撤退を選ぶはず。そう見立てて、次の観測対象を切り替えようとした、その時。
SORA:『――ねねちー!後ろ!危ない、来てる!!!』
突如無線に飛び込んできたSORAの切迫した声に、NE:NEの心臓が一瞬跳ね上がる。すぐさま武器を切り替え、両手に双銃を構えて飛び起きた。
辺りは不自然なほど静まり返っている。おそらくは潜伏スキル持ちの敵が接近しているのだろう。
砂利を踏む小さな音が、やけに耳につく。ビルの外では遠くで銃撃音が響き、額を汗が伝う。
(……どこ? どこにいるの?)
そこへ無線が再び入る。
HAYNE:『NE:NE、俺が入り口から突っ込む』
頼もしい声に、NE:NEは少しだけ安堵しながらも、視線をビル内に走らせ続ける。
HAYNEが到着するまで、どれだけ時間がかかる?その前に接敵する可能性だってある。ならば、自分が撃ち倒すしかない。
しかし、どう探しても敵影が見つからない。
(屋上に向かった……?)
この場所にNE:NEが潜んでいると知っていたはずの敵が、今さらそんな凡ミスをするとは考えにくい。それでも、近くに気配を感じない以上、有利なポジションに移るのが最適だと判断する。
NE:NEは息を殺し、わずかに膝を曲げて足音を消すように動き出す。
ゆっくりと、しかし、確実に。狩る者としての本能が、次の一瞬に備えて研ぎ澄まされていく。
廃れたビルの内部には、至る所に崩れた穴が穿たれていた。ひび割れた床からは錆びた鉄骨が無数に顔を覗かせている。
NE:NEはその鉄骨を踏み台に、ぴょん、ぴょんと軽やかに跳ねながら階下へと降りていく。
スナイパーにとって、地上戦は明らかに不利だ。だがNE:NEは、ただのスナイパーではない。
彼女の役割は〈マルチアームド〉。状況に応じて武器も戦術も変化させる複合型プレイヤーだ。
敵がNE:NEだと分かっていて仕掛けてきたのなら、双銃のほうを警戒したか。それとも、優位を取って確実にやりに来ているか――。
(どっちにしても、ここじゃ不利だ)
だからこそ、NE:NEは双銃を構え、自分が最も戦いやすい場所。――地上へと向かった。
HAYNE:『NE:NE、もうすぐそっち着く。状況は?』
ノイズ混じりの通信が入る。
それを聞いた瞬間、NE:NEの脳裏に嫌な予感がよぎる。
(敵は――屋上に向かった? 私じゃない。狙いは……)
NE:NE:『HAYNE、よく聞いて。狙われてるのは私じゃない。多分――』
言い終わる前に、上階からかすかに銃声が響いた。
HAYNE:『了解。俺が引き付けてる間に、やれ。』
NE:NE:『……了解。』
HAYNEの声は嫌に冷静だった。
どうやら初撃は避けられたらしい。それがNE:NEにとって、何よりの好機となる。
(ありがと、HAYNE。今度は、私の番だ)
NE:NEはビルに入り、無言のまま屋上を目指した。
階段を駆け上がる中、微かに、しかし確かに、小さな銃声が耳に届く。
サプレッサー越しでも、静寂の中では音はよく響く。それがNE:NEの持つスキルの恩恵か、それとも本当にそう聞こえたのか、自分でも分からない。だが、確かなのは「聞こえた」という事実。
NE:NEは銃口を、音のした方角に向けた。
――パシュンッ。
向かいのビルの屋上。伏せてHAYNEに照準を合わせていた敵。
NE:NEの撃った弾は、敵が気づくよりも早くその命を奪った。敵は何が起こったのかも分からぬまま、光の粒となって消える。
NE:NE:『完了。』
HAYNE:『ナイスだ。一度、合流するか?』
NE:NE:『ありがとう。でも私はこの“X:1”の廃ビル屋上から、みんなを援護するよ』
HAYNE:『了解』
NE:NEはふぅっと息を吐き、スコープ越しにHAYNEの姿を追う。地上を軽やかに駆けていく仲間の背を見ながら、静かに呟いた。
(さて……裏切者さんは、そろそろ動く頃かな?)
口角が自然と吊り上がる。
それは、自信と確信に満ちた、NE:NEらしい笑みだった。
次回:Breakpoint




