信頼という名の交渉術-3
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しばらくして図書館を出ると、制服姿の図書員が通行証兼身分証の手形を手渡してくる。
木彫りの栞のようなそのアイテムは、見せるだけで効力を発揮する便利なものらしい。
それをインベントリへと仕舞い込み、視線を上げると――出口の前に、待ち人の姿があった。
「……あ、本当に待っててくれたんだ」
声をかけると、シカクが困ったように眉尻を下げる。
「無事でよかったよ」
「うん、心配ありがとうね」
軽く返したつもりが、相手の肩がふっと緩むのが分かった。本当に、心配していたのだろう。
「あー……まぁ、これで“クエスト達成”ってところかな」
そう言って、自身のシステム画面を指差すシカク。
促されるままに、nullも自分の画面を開いてみると――
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── クエスト《静かに流れる金貨》を達成しました!
称号:《黄金の折衷者》を獲得
報酬:5,000G / リエンザ・ローブ / カイリスの信環 / 通行許可証:政務区通達
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「本当だ。五千Gか、けっこういい報酬になったね」
「あぁ、これでこの先が少しは楽になりそうだな」
(黄金の折衷者……)
「折衷者」という表記を見て、ふと考える。
これは自分だけのものなのか、それともシカクも同じ称号を得ているのだろうか。
彼は国への報告を果たした人物であり、自分は金貨をくすねたうえ、それを黙認された存在だ。
この言葉の意味を考えれば、恐らく違うものがあてられているのではないか。
確認すべきか、否か。
逡巡した末、ぽつりと声がこぼれた。
「称号……」
「ああ、それな。クエスト達成で称号とかも貰えるんだな」
「うん、これってどんな効果があるんだろうね?」
首を傾げて見せると、シカクは画面に触れて詳細を確認し始めた。
nullは、不自然に思われないよう気を配りながら、そっとその様子を見守る。
「あ~、一応詳細によると、《報告者の証》は王都の政務関係者との信頼度が上がりやすくなるのと、特殊イベントの発生率が上昇する……って感じらしいぞ」
(……報告者の証。やっぱり、私のとは違う)
頷いて見せながら、nullは自分のステータス画面を静かに閉じた。
今回のクエストを通して、シカクとは信頼に足る協力関係を築けた
――少なくとも、そう感じていた。
だが、その信頼が今後も変わらず続くものなのか、立ち位置がこのまま保たれるのか、それはまだ分からない。
だからこそ、今は口を閉ざすべきなだろう、そう思った。
「それじゃ、今後も彼関係の突発イベントが起こるかもしれないってことね。」
少し考えるようにそう言えば、シカクも同じような難しい顔を見せる。
ロールプレイの一環だと思えば、nullにとってこうした返しは難しくない。
どういう言葉を投げれば、どんな感情を見せられるか。どんな表情をすれば、どう受け取られるか。
今は余裕があるからこそできるが、そうでなければ目ざとい者には見破られてしまう程度の演技力だ。
彼が見破れないのは、偏に、彼の中で「パーティメンバーであるnull」というプレイヤーに信頼を置いているからだろう。
だから疑いの目を向けることもない。
特別なNPCとの会合の場から外されたにもかかわらず、それを気にした素振りさえ見せないのも、おそらくそのためだ。
……いや、もしかしたら、すべて分かったうえで、彼なりにその立場に徹しているのかもしれない。
実際のところは、今のnullには知る由もなかった。
「この突発イベントって、二人そろってなのか、単体でも起こるのかが分かりづらいな」
「パーティを解散すれば、それぞれになるんじゃないかな? 私たち個々に好感度があるだろうし、恐らくそこから貢献度も発生してるはず」
好感度に関しては、シカクの方が若干高いかもしれない。
けれど貢献度となると、自分の方が上だろうか――あるいは、その逆かもしれない。
いずれにせよ、多少の差はあるはずだ。
真面目なシカクと、抜け目なく利を追求する姿勢を見せた自分とでは。
そう考えながらも、nullはシカクに向ける表情を変えない。
クエストやシステムについて思案しているような素振りを見せながら、頭の中では別の思考を巡らせる。
それが、nullというプレイヤーなのだ。
「じゃあ、動きがあればまた協力を要請するかもしれない。こと交渉事においては、現状、俺の知る中でナルさんが最も適任だからな。」
困ったように眉尻を下げたシカクに、nullは毒気を抜かれる。
出し抜こうとか、陥れようとか、彼には自分に対してそんな感情がないのか
――それとも、ただ協力関係を維持する必要があるだけなのか。
逡巡しながらも、ふと思い出す。
目の前に次の街の門が見えていても、自分の採取に付き合ってくれた、あのお人よしの姿を。
それどころか、その成果まで譲ってくれた男だった。
初対面の時も、魔法使いである自分を気遣って、関所のクエストを共にこなそうと声をかけてきた。
……そんな彼が、今さら自分を欺こうとするだろうか。
考えれば考えるほど、内心で苦笑せざるを得なかった。
彼は――聖人君子のような人だった。
忘れていた、というより、思考が少しずれてしまっていたのだろう。
そう思い至ったnullは、自然と表情を緩める。
「いいけどさ、私、結構抜け目ないよ?」
「知ってる。何考えてるのかも、何しでかすかも分かんないけど。悪い人じゃない。だから、いいよ」
その笑顔に、善とはこういう人を指すのか――と、納得する。
彼に従う者は、きっと多くいるだろう。
頭の回転が速く、面倒ごとから逃げない。
真面目にやり遂げる姿勢に加え、人を見る目もあるらしいのだから。
いずれは、上に立つ器となる。
そんな予感が、ふと心をよぎった。
「わかった。それにさ、ちょっと興味出てきたんだよね~。シカクの仲間にさ」
にやりと口角を上げて見せれば、シカクの表情がぴくりと引きつる。
「おい……なんか嫌な予感しかしないんだけど」
「大丈夫、だいじょ~ぶ。私、悪い人じゃないから?」
にっこり笑って見せたnullに、シカクの口元がピクリと再び動いた。
(ああいう反応を見るの、ちょっと楽しいかも)
そんなことを思いながらも、内心では――
いい人材が見つかったかもしれない、と、ほくほく顔でご満悦だった。
「さて、じゃあまた動きがあれば情報交換するとして――これ、いくらくらいで売れると思う~?」
にっこり笑いながら、ポケットから金貨を取り出し、シカクの目の前でキラリと掲げてみせた。
「おいっ!? 嘘だろ……!?」
目を剥いたシカクは、見る間に顔を青ざめさせる。
どうやら、ルシアンたちの存在感が、まだ頭に焼き付いているらしい。
「大丈夫だって。もうバレちゃってるし~。だからちゃんと、黙認してもらえるように説得もしてきたし♪」
「……は……? え、えぇぇぇ!? 正気かよお前!?」
絶叫するシカクを横目に、nullは金貨へと陶酔したような視線を送り、
「……きっと高く売れるよ……」
と、今にも頬ずりしそうな勢いでうっとりとつぶやく。
そしてそのまま金貨を握りしめ、市場の方角を指差した。
「さぁ!行こう! 仕方ないから、分け前は3:7でいいよっ!」
「いいよじゃねえぇぇ!!!!!」
次回:新章 - Vortex Conflict
★おまけ-1
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《報告者の証》
取得条件:
金貨の情報を国へ報告し、正式に調査・対処を依頼した。
効果:
王都・政務関係者との信頼度が上昇しやすくなる
特殊イベント依頼の発生確率がわずかに上昇する
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《沈黙の観測者》
取得条件:
金貨について何も報告せず、保持したまま進行した。
効果:
一部イベントで「中立選択肢」が追加されることがある
特定の場面で「真意を問われる」対話分岐が出現する
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《価値の錬金術師》
取得条件:
金貨を市場で売却し、利益を得た。
効果:
セカンダリアで一部の商品が割引価格で購入可能になる
商人系サブイベントが発生する確率がわずかに上昇する
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《黄金の折衷者》
取得条件:
金貨を国へ正式に報告し、ルシアンから保有と売却の選択を黙認/承認された。
効果:
政治・経済系クエストに関連するNPCとの信頼度が上昇しやすくなる
特殊イベント依頼の発生確率がわずかに上昇する
経済/政務の両ルートに関わる高位依頼が出現しやすくなる
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《黄金の分岐者》
取得条件:
報告/沈黙/売却のすべての選択肢を、一度でも選択して進行した。
効果:
政治・経済・商人系NPCとの信頼度が上昇しやすくなる
一部の商人との交渉で価格交渉が成功しやすくなる
特殊イベント依頼が発生する確率がわずかに上昇する
イベント中、特殊な選択肢が表示されやすくなる
★おまけ-2
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クエスト達成!:静かに流れる金貨
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あなたは選び、進み、証明した──
その金貨が静かに揺らしたのは、国家と市場、そして運命の天秤。
▽ クエスト達成報酬 ▽
【新たな称号を獲得しました】
《黄金の折衷者》
→ 国家への忠誠と市場の自由を両立した者。
政務・経済の両ルートで高難度クエストが解放されます。
【特別報酬を受け取りました】
報奨金:5,000G
《リエンザ・ローブ》
→ 交渉成功率 +10%、規制エリア通行許可(条件付き)
《カイリスの信環》
→ カイリスとの思念通話が可能になる特別な指輪
《通行許可証:政務区通達》
→ セカンダリア政務区など、一部制限エリアの通行が可能に!
【条件達成】
あなたはすべての選択肢を体験しました。
ルシアンとの特別対話イベントが解放されます。
【追加称号を獲得しました】
《黄金の分岐者》
→ 金貨を巡るすべての分岐を見届けた者。
金貨関連のサブイベントが最終段階へ進行可能となります。
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報酬はインベントリと称号画面に追加されました。
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★おまけ-3
◆《リエンザ・ローブ》
分類:補佐用ローブ / 軽装備
説明:
王国政務区に属する補佐官・側近用に支給される公式ローブ。
内襟には王国の記章が縫い込まれており、
政務関係者であることの証明となる。
効果:
・交渉成功率 +10%(一部NPC限定)
・政務区・文官区域への入場許可(条件付き)
・フード着用時、匿名交渉が可能(顔を隠す機能)
備考:
ルシアンから譲渡される特別支給品。
“正式な信任には至らぬが、その可能性を見込んで”与えられるもの。
◆《カイリスの信環》
種別:装備品
効果:カイリスと直接“思念通話”が可能
外見:見る者が見れば立場を察せられる、華やかで由緒あるデザイン
使用用途:
・特定イベントでカイリスに直接アクセスできる(進行サポート、イベント展開)
・信頼度フラグに関わるキーアイテム
◆《通行許可証:政務区通達》
種類:特別通行許可証/クエスト報酬アイテム
概要:ルシアンの推薦により発行された公式通行証。
効果:
・セカンダリア中央図書館・地下「資料保管庫」応接室への立ち入り許可
・第一層の一部制限エリア(関所・管理区画など)通過無料化
・ルシアンの影響下にある政務関連施設・外交ルートへのアクセス性向上
備考:
ルシアンの信頼を得た証でもあり、状況に応じて政治ルートの分岐条件にも関わる。




