信頼と価値の天秤 -1
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数分にわたり、nullとシカクは回避と攻撃を繰り返していた。
光属性の魔法コンボ、シカクの槍による連撃。どれも確実にダメージを与えていた。だが。バイオスレイヤー【Type:Ω】のHPはようやく残り六万。
削った量を思えば誇るべき成果だ。だが、それでもまだ六万残っている。
長引けば、長引くほど、こちらのHPやMPが厳しくなってくる。神経も、集中力も、限界に近づいていく。
初撃では余裕で避けられていた攻撃が、今ではかすり、かすっただけで痛打となる。しかも最悪なことに、この空間そのものの魔力濃度が徐々に上昇していた。
それは、敵の魔力攻撃の威力を上げ、攻撃一つひとつが致命傷となるリスクを孕む。
それでもnullは、まだ余裕を保っていた。経験と、いくつかの切り札を残している自信がある。
しかし、隣のシカクは違った。徐々に、明らかに、戦意が削られていっている。それが、nullにとっては何よりも危険に思えた。
「ぐぅっ――!!」
シカクが敵の回転斬撃を受けて吹き飛び、岩壁に激突する。鉄と肉が砕けるような音が、洞窟に響いた。
一瞬の隙をつかれたシカクのHPが大きく削られ、紫色の毒状態も表示されている。
nullの心に、焦燥感が走る。
(まずい。このままじゃ、もたない――)
そう思っていても、それを打破する術が現状ない。「あれを使うべきか?」そう考えて杖に視線を落とす。
(…いや、まだ早い。)
このHP量ではまだ削り切れない。それどころか、かなりのHPを残した状態でエリュトロスを解除することになりかねない。
そうなれば、クールが明けるのは一分後。敵の第二形態、飛ばして第三形態あたりが解放された際に、太刀打ちできるのかが疑問だ。
今の形態で戦うのがやっとの状態で、戦いきれるとは思えない。
「まだ…。」
nullは杖を握りしめた。
今ここで使うことは逃げだ。
勝つための手札は、次のフェーズのために取っておくべきだ。
インベントリに残された最後のポーションも、まだ使えない。
「セラピック・ライト」
シカクの回復を優先させて、nullは敵を見据える。もうそろそろ第二形態、あるいは次のフェーズに入ってもおかしくない。
「アイシクル・ストライク! ライトニング・コード――!」
氷結させた箇所に、電撃を加えてダメージを増加させる。
(58,800 / 98,000)
同時に、自身に向いたヘイトの対策も瞬時に行う。
「シャドウ・マント」
消えた姿に戸惑うバイオスレイヤー【Type:Ω】の後方から、水龍が飛び込んでくる。シカクのスキルだ。それを視界の端で確認しながら、nullは再び距離を取るように走り込む。
シカクが前衛を張っている間に、彼のHP管理と、敵の拘束を行い、サポートに徹する。余裕があれば攻撃に転じる。それが、この数分間で確立した、自分たちの戦い方だった。
しかし、敵の挙動が変化した。
グギャアア――――!!!
甲高く、耳を劈くような悲鳴――いや、金属が軋む異音に、足も思考も一瞬止まる。
長く続く音の尾が消えると、次のフェーズを示すかのようなアナウンスが響いた。
《確認……損傷率:40.0%》
《空間魔力値:過飽和領域へ移行……》
《脅威分類……【対象:高危険】……》
《──安定モード持続での、任務遂行不可》
《プロトコルΩ……リミッター解除します》
「――っ!?」
(リミッター解除――!? まずい。)
赤い瞳と視線が交わったその瞬間、nullは即座にスキルを詠唱する。
「神経加速!」
瞬時に思考が加速する。
バイオスレイヤー【Type:Ω】が、かつてない速度で一直線に突進してくる。その動きを、nullは正確にとらえていた。
「クイック・チャージ! ――エア・ダッシュ!」
すれ違いざま、敵の視線がこちらを正確に捉えていた。着地と同時に身を翻し、即座にスキルを詠唱する。
「アーマード・リフレクション!」
展開された土壁が直撃を受け、バチンと硬質な音を立てて爆ぜる。衝撃はそのまま跳ね返され、巨体は後方へと吹き飛んだ。
nullの心臓が、激しく脈打つ。
「……はぁ、はぁっ……」
息を整える間も惜しみ、すぐに次の詠唱へ移る。
「光輝の盾!」
展開された光の盾は、次の瞬間には砕けていた。
バイオスレイヤー【Type:Ω】の連撃に成す術もなく、視界の中でスローモーションのように崩壊する。
(――神経加速の効果が切れた。)
考える暇もなく、nullの身体は後方へと吹き飛び、壁に叩きつけられる。それでも視線は敵を捉えたまま。追撃が来ると身構えるが敵はこちらを見ない。
(――来ない。…なんで?)
疑問が浮かぶより先に、視界に自身のステータスバーが飛び込んできた。
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null:HP:0
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(――ああ、削り切られたんだ。 だから、もう狙われないんだ……)
次回:信頼と価値の天秤 -2