案内人と職業案内所
門から一歩、街へと足を踏み入れれば、門の外から見た景色とは大きくこと異なる賑わいを見せた。不思議な感覚に、ふと振り返ってみれば既にそこに道はなく、今しがた通ってきたはずの門すら姿を消していた。
成程、チュートリアルは個別に行われるのか。
看板に書いてあった内容にはスキルを使用する方法まであった。人の通ることのない場所であればどんなスキルを放っても危険はない。もしかするとそれ以外にも理由があるのかもしれないが。
スタートポイントを分岐点とし、他にもルートがあったかもしれない。が、すでに戻る道はないのだから進むしかない。
さて、まずどこへ向かおうか。確か、PVでは職業を決めるための「案内所」とやらがあったはずだが。それがどこに位置しているのかは不明である。ひとまずできる限りを試してみるかと、通行人、おそらくNPCであろう人物へ話しかけることにした。
「すみませーん!案内所ってどこにあるか知ってますか??」
目の前を通りかかった女性に話しかける。見た目からしておそらく騎士か戦士か。かなりいい鎧を身に着けているため、何かしらの戦闘系の職業にはついているだろう。
「はい、案内所の場所でしたら存じておりますが…、失礼ですがお見掛けしないお顔ですね、冒険者の方でしょうか?」
どうやら彼女はこの街に精通している人物のようだ。返答次第では怪しまれてしまう可能性がある。さて、どう返答したものか。
確かこの世界では「冒険者」は職業の一つとして設定されていたはずだ。それならば、案内所へ行くのは不自然だろうか。
「んー、この街には初めて来ましたね。」
「そうでしたか。何方からいらしたのですか?」
いよいよ尋問のような会話内容になってきたことで若干の焦りを感じつつも、マップ機能を開いて現在の方角を確認する。チュートリアルのオプション機能を確認していたよかったと胸をなでおろす。
現在北側を向いており、自分が来たのはおそらく東側。しかし、東に門は見当たらなかった。正直に東と答えていいものか。逡巡したのちに、彼女を観察するが、正解などやはりわからない。
「東から…でしょうか?」
にこりと笑みを作れば、彼女はどこか納得した様子で頷いた。
「始まりの塔からいらした旅のお方でしたか。失礼いたしました。私、デルフィオン王国騎士団に所属しております、ヘリアデス・ヨークシャと申します。どうぞ以後お見知りおきを。」
初めて会話したのがデルフィオン王国の女騎士とは、幸か不幸か。とはいえ、すでに彼女の警戒は解かれている為、現状問題はないだろう。
「私はナルです。案内所までの道を教えてもらえますか?」
「ええ、勿論です。ご案内しますので、どうぞ。」
綺麗な笑みを見せたヘリアデスは、歩き出す。
場所が聞ければと思っていたが、案内までしてくれるらしい。迷わなそうで安心ではあるが、あまりにも目立つ。先ほどからNPCとは思えない装いや顔立ちの者や頭上に名前が表示されている者が多くなってきたような気がする。
キャラメイクを終えたプレイヤーが続々と街へ入ってきているのだろう。とはいえまだまだ少ない。分岐点で別の街へ向かった者も多いのかもしれない。
ヘリアデスの所作はとても整っておりどこか美しく感じる。騎士と言っていたが、おそらく貴族だろう。
この世界では、大きく2つのルートがある。「冒険者ルート」か「貴族ルート」である。前者は言わずもがな。後者は所謂、仮想恋愛ゲームである。王侯貴族と疑似恋愛を体験できるとあって期待値も大きいものがあった。そのため、貴族ルート版のみのオフラインソフトも別に販売されているくらいだ。
オンラインでは攻略対象キャラが別プレイヤーとの競争になるためだ。オフライン版ソフトでは、従来のゲームと進行に関しては、さほど変わらず楽しめるようになっているらしい。勿論、PVで見ただけなので本質の部分は不明だが。
そんな貴族ルートだが、実はオフライン版よりもオンライン版の方が参入者が多いという計測がなされ、相当高い競争率となることが発売前から想定されていた。
できればそのプレイヤー達とはあまり関わりたくないのが本音である。同担拒否を形にしたようなゲームだ。恐ろしいことこの上ない。
そんなことを考えなら、歩いていればヘリアデスが小さく話始める。
「この街ファスティアンは、デルフィオン王国に所属する街なのです。王国所属の占い師の予言があったので、私の隊が派遣されたのです。」
私の隊。ということはかなり立場は上なのではないだろうか。もしかすると、今後も関わる可能性があるキャラクターになるかもしれない。
「ヘリアデス様は、お立場のある方なのですね。」
「それほどでもありません。私は中隊長クラスですから。それより上の騎士団長や副団長、魔法師団長クラスになると、レベルが異なりますから。」
苦笑気味に話す彼女にとって、その人物たちは扱いの難しい人たちなのだろう。そう考えれば、彼女は苦労人なのかもしれない。
「大変なんですね。」
そう返せば、ヘリアデスはまた苦笑を見せた。「お恥ずかしいです。」と言いながら、一軒の建物の前で立ち止まる。三階建てに見える石造りの建物には大きな看板にでかでかと「案内所」と記載されていた。
「ここが案内所です。職業を得るためにはこちらで手続きを行う必要があります。本日は少しお手続きに時間を要する可能性が高いため、観光しながらお待ちいただけると幸いですわ。」
申し訳なさそうに言うヘリアデスは本当に苦労人のようだった。おそらく多くのプレイヤーが職業を求めてやってくることを懸念して事前に対策をとっていたのかもしれない。「本日は」ということは通常はそれほど時間のかかるものではないのだろう。
「案内、ありがとうございました。」
お礼を言えば「いえ、それでは。」とヘリアデスは来た道を戻っていく。街の巡回に戻るのだろう。
彼女の後姿を眺めた後、改めの目の前の両開きのドアに向き直る。左のノブに手をかけるとそれを引き開けた。
古い建付けの為か、ギギっと小さな音を立てながら動く。中はかなり綺麗に保たれているようで、内装は木造の机や椅子が数席設けてあり、中央の最奥には長いカウンターテーブルが設置されていた。一席毎に仕切り板も設けられており、プライバシーの配慮もあるようだ。既にプレーヤーの数名がその席に座っている様子が伺えた。
中へ足を踏み入れれば、職員らしき男性が向かってくる。手に持っているのは紙の束である。何用なのかと考えるがどこかで見覚えがあるような気もする。彼が目の前に来ると丁寧な言葉がかけられた。
「いらっしゃいませ。本日は職業選択へお越しでしたでしょうか。」
「はい」と答えれば、男性はにこやかに話を進める。愛想のいい対応に少し関心を覚えつつ彼の言葉に耳を傾けた。
どうやら、今日は混雑する可能性が高く、順番待ちの番号を発行しているそうだ。手渡された紙には、番号と待ち時間が記載されていた。
この紙をもって再度記載されている時間に来てほしいとのことで。先ほど別れたばかりのヘリアデスの顔が思い浮かぶ。
彼女の考えた対策かどうかなど分かるはずもないのに、頭に思い浮かんだ彼女は困ったような顔で笑っていた。
了承の意とともに、順番待ちの紙を受け取ると、そのまま後ろの扉へと向き直り案内所を後にする。さて、何をして時間を潰そうか。紙には三十分後の時間が記載されていた。
おまけ
ヘリアデス・ヨークシャ
種族:ヒューマン 女性
青い長髪を後ろで結い上げたポニーテール。
白い肌にスレンダーな長身でモデル体型に見えて筋肉質。
デルフィオン王国騎士団の中隊長で長剣を扱う女騎士。
小隊をまとめており、上官達の尻拭いをさせられることもある。
占い師から予言を受けたデルフィオン王国がヘリアデスをファステイトへと派遣させ、問題が起きないように巡回している。
彼女がファステイトの為に幾つもの助言を行ったことで、ゲームリリース日に大混乱が起こらずに済んだ。