崩れた前提、交わる背中-2
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《出力制御、解除――》
機械的で感情のない声が、洞窟全体に響き渡る。nullは息を呑み、肌が粟立つのを感じた。
「やば…。これ、今からが本番だ。」
ロックオンされていたnullは嫌な予感と共に無意識にスキルを唱える。
「エア・ダッシュ」
瞬時に地面を蹴って前方へ猛ダッシュする。視界がぶれ、着地した場所は、砕けた水晶のすぐ前。直前まで自分がいた背後から、轟音が鳴り響く。水晶の方からその様子を見ていたシカクは、絶句して動けずにいた。
「シカク!!!」
危険を知らせるために大声で呼べば、彼もはっとして槍を構えだす。nullも再度スキルを唱えた。
「クイック・チャージ」
再び魔力を高めて構え直したnullの視線の先には――、すでにバイオスレイヤー【Type:Ω】が、音もなく目の前まで迫っていた。
「…早っ!」
機械とは思えない速さで迫る巨体。だが、それを迎え撃つように、シカクの声が飛ぶ。
「水龍・潮流!」
槍の先端から解き放たれた高圧の水龍が、螺旋を描いて敵へと襲いかかる。バイオスレイヤーΩは即座に両腕を交差し、防御態勢に入った。装甲が軋み、火花を散らしながらも、水の圧力を受け止める。それでもHPは削れ、敵の攻撃も中断された。
その間に、杖を構えて走り出す。
「グラビティ・ボム」
敵の足元に重力のかかる魔法を展開し、走りながらさらに唱える。
「ライトニング・コード」
電撃がうねりながら敵の装甲に襲いかかり、内部フレームを焦がす。雷光が走り抜ける間に、nullは距離を取りながら戦線を引く。シカクが前衛で応戦している今が、攻撃と支援の好機だ。先ほどのシカクの攻撃でヘイトはある程度分散されている筈。
「クレイ・バインド!!、神経加速!!」
身体の反応速度が跳ね上がる感覚。脳と神経が研ぎ澄まされる。――その直後だった。
ギュオンッ!
視界が歪んだかと思うと、バイオスレイヤー【Type:Ω】が突如目の前へ出現していた。
「っ――!?」
nullは即座にバックステップで距離を取る。神経加速がなければ、反応する前に地面へ叩きつけられていた。
「なんで、ここに!?」
ヘイトは分散させたはず。直前にシカクが大技を当てた。なのに、なぜ――自分を狙ってきた?
見上げると、赤く輝く機械の眼がnullをただ一つ、追っていた。
クレイ・バインドは外れていたらしい。ヘイトはまだnullの方が高く、やる気満々に突っ込んできたバイオスレイヤー【Type:Ω】はnullを視界に捉えたまま、うねるようにコードの塊のような腕を振り回す。
一撃食らえば、大ダメージ。脳裏を過るのは、あの攻撃が直撃した場合のログ画面だった。
思考よりも早く、言葉が口をついて出た。
「シャドウ・マント」
一瞬で姿がかき消える。バイオスレイヤーΩが視界を彷徨わせ、目標を見失ったことにより、次のターゲット――シカクへと軌道を変える。
「……間に合った」
少し離れた岩陰で、nullは小さく息をついた。
シャドウ・マントの効果のお陰で瞬間的な危機は脱せた。しかし、このままでは二人ともやられてしまう。どうにかしなくてはいけない。が、どうする?
とりあえず、この効果が切れる前にできる限りの攻撃をしておくべきだろうと、また杖を構える。
「ライティング・バースト――」
光の刃が放たれ、敵の胴体に命中する。今度は大きな水晶の塊がないためすべてが敵の身体へと向かっていった。刻印が灯ったのを確認するとそのまま次の魔法を唱える。
「セラピック・ライト」
続けざまの光魔法の光線が直撃する。光の粒子が弾け、敵のHPゲージが一気に削れた。
(90,120 / 98,000)
高出力のコンボに、バイオスレイヤーΩが一瞬ひるんだ。だが――すぐに追撃行動へと移る。長く伸びたコード状の腕が、逃げるシカクへと迫っていた。
「まずい…速すぎる」
シカクはなんとか転がり、間合いを取る。しかし、敵は容赦なく距離を詰めていく。脚も速い。射程も長い。このままでは、いずれ捕まる。
「アイス・リフレッシュ! ヒール!!」
自信のMPを回復しつつ、じりじりと削れているシカクのHPを回復する。
「まずは体制を立て直す――」
nullは呟くように言いながら、インベントリを展開。ポーションを3つ取り出す。
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【バインドジェル】
効果:敵の移動速度を15%低下させる粘着ジェル。1回投げつけると床にしばらく残る
【ステイシス・ポーション】
効果:発動から15秒間、被ダメージが一度だけ15%軽減(バリア型)
【フェード・ドロップ】
効果:発動から10秒間、敵のターゲット率が10%低下+視認難易度上昇(PvE限定)
==
最初に選んだのは――【バインドジェル】。nullは3本を立て続けに投げつける。足元、敵の下肢、そして腕。粘着質の紫色の液体が、バイオスレイヤーΩの装甲の隙間へと入り込んでいく。
「ギギッ――」
無理やり動かそうとした関節が、バキリ、と不自然な音を立てて歪む。思った以上の効果をもたらしてくれたアイテムに、内心満足しつつも、さらにアイテムを使用していく。
nullは次のポーションを投擲する。【フェード・ドロップ】――狙いはシカクの周囲。
淡く発光する液体が宙を舞い、バイオスレイヤーΩの照準が混乱する。長く伸びたコードの腕が、もはや標的を見失ったように支離滅裂な軌道で空を切った。
その隙を逃さず、シカクが駆ける。
「せいっ、やぁッ……!」
手数の多い連撃を叩き込み、敵の胴体に連続ヒット。雷と水のエフェクトが重なり、バイオスレイヤーΩのHPバーが再びごっそり削れる。
(87,950 / 98,000)
ヘイトとバフとアイテム――全てが噛み合った今だけが、数少ない“攻め時”だった。
「クイック・チャージ 、 ライトニング・コード!」
「クイック・チャージ」で魔力が巡り、体が軽くなる。詠唱速度も、クールタイムも短縮された。放たれた雷が、バイオスレイヤー【Type:Ω】に直撃する。その瞬間――ギラリ、と赤い視線がnullを捉えた。
「っ――!」
投擲する予定だった【ステイシス・ポーション】を自分へ割り、バックステップで距離をとる。しかし、既に敵は眼前に迫っている。慌ててスキルを唱えて受け身を取った。
「アーマード・リフレクション!」
展開した反射壁が、突撃の衝撃を弾き返す。が、それも一瞬のこと。
「しまっ――」
壁が砕け、nullの体は宙を舞った。背中から岩に叩きつけられる。痛みが波のように押し寄せた。
当たったコードの腕は見た目以上に威力がある。それを全身で感じながら、ポーションを使っておいてよかったと思う余裕があった。それは、目の前にシカクの姿が見えた為だ。
彼はすぐさま割って入り、バイオスレイヤーΩの攻撃を捌こうとするが、長いコード状の腕が邪魔をして決定打を与えられない。
「ヒール」
詠唱と共に、シカクのHPが持ち直す。nullも同時に、インベントリからポーションを取り出し、瓶をポキリと折り使う。みるみる回復するHPを見ながら、nullは杖を握りしめた。攻撃魔法を放とうと、敵を見据えた瞬間――。
「ぐぅ…っ」
シカクの声と同時に、彼のHPバーが紫色に染まる。
「毒…」
(後で回復する。今は――)
バイオスレイヤーΩが、またnullを見ていた。
真っ直ぐに。逃がさないと言わんばかりの、異様な静けさで。
「光輝の盾」
壊れたフォース・シールドの代わりに、輝く防壁を展開する。防御スキルの多くを使い切っている現時点では、これが最後の砦。
「マナ・フレア」
周囲に魔力を解き放つ。だが――。
(あれ…?)
いつも通りに使ったはずが、明らかに、魔力の消費量が大きい。いつもより、ごっそりとMPが削られた。発動した威力もかなり高まっている。
そこで頭に浮かぶのは、アカデミーの試験官、ニヒルの顔。
「シカク!魔力濃度が高まってる!!魔法攻撃に気を付けて!!」
叫ぶと同時に、前方から感じる異質な魔力。来る――物理じゃない。
「エア・ダッシュ」
空気を裂いて、敵の横をすり抜け、前方へ駆け抜けた。そのまま背後を取り、振り向きざまに詠唱を繋ぐ。
「ライティング・バースト 、 ルミナス・レイ!」
コンボの光が敵を焼く。だがバイオスレイヤー【Type:Ω】は、直立したまま動かない。まるで効いていないような立ち姿に、汗が流れる。“別のフェーズ”に突入したかのような静けさだ。
(80,325 / 98,000)
一方、シカクは未だ異常状態が解けていないらしい。回復するべきか、様子をうかがうべきか、悩んだ末に回復魔法をシカクへ向けて放つ。
「セラピック・ライト」
温かな光が彼を包み、毒が解除され、HPも持ち直す。その瞬間だった。バイオスレイヤーΩが、nullに向けて両腕を広げた。
バチィィィッ――ッ!!
洞窟全体に、電撃の奔流が走る。
「ぐっ……!」
全身が痺れ、HPがじりじりと削られていく。バックステップで距離を取っても、攻撃の範囲が広くダメージが減少しない。
インベントリを開き、【回復ポーション】と【ステイシス・ポーション】を連続使用。バリアが体を包み、じわじわとHPが回復していく。
2、3秒してようやく収まった範囲攻撃に、シカクがバイオスレイヤーΩへと飛び込んだ。
「今だ――!」
シカクが攻撃に転じるのだろうと考えて敵を拘束する。
「クレイ・バインド!」
土が隆起し、敵の下肢を縛り上げる。鉄のようなコード脚が軋む音を立て、バイオスレイヤー【Type:Ω】の動きが一瞬止まった。
「水槍・滅流!、 水龍・潮流! 、フィニッシュ・ブロー!!!」
シカクの怒涛のコンボが敵を打ち据える。高圧の水が装甲の隙間を抉り、水流が足元を削る。シカクのコンボ攻撃をnullが後方からサポートする。
「アイシクル・ストライク!」
nullの詠唱で氷刃3連撃が放たれ、水流ごとバイオスレイヤーΩの胴体を凍てつかせる。一瞬の停止――そこを狙う。
「ライトニング・コード!」
シカクによって追加された水龍が敵を食らう瞬間、電撃が直撃する。
凍結した水に走る紫電。雷鳴のような轟音と共に、バイオスレイヤーΩの体から黒煙が立ちのぼった。
ギュオオオオ―――ッ!!
苦悶するような金属音。敵は両腕を抱え込むように縮こまり、明らかにダメージを受けている。
「今だッ!」
「ライティング・バースト! ――ルミナス・レイ!」
光の刻印が浮かび、次の瞬間、鋭い光線が貫いた。敵の胸部を貫通したそれは、背後の壁に白い閃光を散らして消える。
(76,235 / 98,000)
今までで、最大のダメージだった。
シカクは間断なく攻撃を続けている。槍の連撃が、装甲の亀裂をえぐるように突き立てられていた。nullは、その姿を視界の端に捉えながらMPポーションを取り出し、瓶をポキリと折る。
高濃度魔力のこの空間では、詠唱ごとの消耗が大きすぎる。だが、それと引き換えに出せる火力もまた、桁違いだ。
二本のポーションを使用すると、また杖を握りしめる。できる限り、あいつの高速移動や範囲攻撃は使わせたくない。
「クイック・チャージ グラビティ・ボム!」
足元に、重力の魔法陣が展開される。敵の移動速度を一時的に低下させるだけでなく、その範囲内にいる敵への攻撃威力が強化される「グラビティ・ボム」は使い勝手がよく、nullが好んで使用するスキルの一つである。
グラビティ・ボムの中で未だ防御姿勢のままいるバイオスレイヤーΩは、反撃の姿勢を見せない。それであれば削れるだけHPを削ってしまいたい。
「ウィンド・ブレード ウィンド・リフレッシュ」
前衛のシカクの邪魔にならないように角度を調整しながら、風の刃を横から滑らせる。斜めから装甲を切り裂くように突き刺さり、装甲がギャリギャリと悲鳴のような音をたてる。
同時に、風の加護によってnullの体内に魔力が巡り、再びMPが回復していく。
水と雷、氷と風、粘着ジェル、そして連撃――
そのすべてを受けたバイオスレイヤー【Type:Ω】は、ボロボロだった。外装は剥がれ、内部のコードやフレームがむき出しになっている。
だが――
(それでもまだ、7万か…)
HPバーを見て、nullはわずかに眉をしかめた。数値と見た目がまったく釣り合っていない。それが、この敵の異常性を物語っていた。
(71,987 / 98,000)
次回:信頼と価値の天秤 -1
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★アイテム
《バインドジェル》(Bind Gel)※補助型・敵に使用
効果:敵の移動速度を15%低下させる粘着ジェル。1回投げつけると床にしばらく残る
特徴:直撃すればスロー効果、範囲型の足止めトラップとしても運用可能
設定:ポーションというよりは“調合アイテム”。攻撃よりも“連携サポート”向き。
調合難易度:★★★☆☆(シルクウィードや粘着性素材必須)
《ステイシス・ポーション》(遅延保護薬)
効果:発動から15秒間、被ダメージが一度だけ15%軽減(バリア型)
用途:エリュトロス使用時、終盤の暴走タイミングなどの保険
補足:「バリアを張る」ほどの性能ではなく、あくまで**調合師的な「一歩引いた支援」**のイメージ
《フェード・ドロップ》(薄明のしずく)
効果:発動から10秒間、敵のターゲット率が10%低下+視認難易度上昇(PvE限定)
用途:不意打ち・再詠唱・仕切り直しなど、アドバイザー職+魔法職ならではの逃げスキル補助
《イリディセント・トニック》(虹彩薬)
効果:使用時、自分の次の魔法の属性相性補正を1段階向上
例:耐性「通常」なら「弱点」扱いで計算される(1回のみ)
補足:汎用性が高く、探索やボス戦での「属性読み」の精度に活きる
《ラストリーフ・ポーション》
効果:効果時間中、一度だけ致死ダメージを受けてもHP1で耐える
追加効果:耐えた後、5秒間だけ【移動速度 +10%】【被ダメージ軽減5%】
持続時間:60秒(使用後60秒以内の1回限り)
CT(調合者による):高め(再使用不可 or 制限個数制)