記録庫に眠る影-4
毎週、月曜日と金曜日に更新中!
前回予約投稿忘れてしまったお詫びとして、今回も二話投稿しました!
次回から一話ずつの投稿に戻ります!
どうぞ、お楽しみください!
薄暗いラボに戻り、端末と向き合っていたシカクはまだPC画面を見つめている。
「――シカク、どう?」
声をかけると、シカクはちらりとこちらを見て、軽く頷いた。どうやら順調らしい。
彼が指し示す画面を覗き込むと、ついに目的の管理ログまでたどり着いたようだった。
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【ZC-216:管理記録ログ】
▶ 管理コード:ZC-216
▶ 担当エリア:第三区画 金庫保管棟-B
▶ 最終登録時:E.Y.2078年 フロー月(推定5~10年前)
▶ 保管内容:エルゼル金貨(第Ⅲ期鋳造)計 4512ユニット
▶ 搬入状態:正常(エネルギー転送により配置完了)
▶ 維持状況:保管環境 良好、物理ロック・認証コード確認済
▶ モニタリング:直近異常なし、外部アクセス痕跡なし
▶ 記録者署名:管理担当A.Greiner
▼ ──補足ログ(自動追加):
【補足出力記録者:I.SARC】
▸ 登録資産 ZC-216 の現在所在に矛盾を検出。
▸ 対象コードが倉庫データベースから欠落していることを確認。
▸ 記録補完処理を実行中……
▸ 推定位置:E.X. セカンダリア‐テルティア間 境界区域(洞窟区画)
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「……成程。」
nullは静かに呟いた。
記録には異常なしとある。それなのに、金庫は消えている。しかも外部アクセスの痕跡すら“ない”。
つまり、何者かが金庫を転移させ、それが記録に残っていないことになる。
そして、推定される移動先は――「境界区域(洞窟区画)」。
nullは肩越しにシカクへ問いかけた。
「……そっちは?」
第三区画にあった“消失した金庫”について話すと、シカクは即座に反応した。
「つまり、それが“ZC-216”。で、それが今、ここにあるってことだね。」
表示された地図の座標を指しながら、シカクは深く息を吐く。
「…んー、変だよね」
呟けば、シカクも同意するように大きく頷いた。
「変っていうか……違和感が強すぎる」
nullは壁に残っていた“空間転移の痕跡”のことを思い出しながら続ける。
「なんで“この金庫”だけが転送されたの? 空間の歪みって、一体何?」
「俺も知らない。でも……おそらく、管理側の人間にも予測できなかった何かが起きたんだろうな。突発的な事故――もしくは、外部からの介入とか」
「……介入?」
nullが目を細める。
シカクは画面を閉じて、言葉を選ぶように静かに答えた。
「この痕跡、自然発生じゃない。意図的に……誰かが、何かをした。そう思っていいと思うよ」
「でも、普通なら……記録に残すよね?」
nullが率直に疑問をぶつけると、シカクも頷いた。
「……そうだな。これだけの規模で消えたら、本来なら報告書どころか“緊急通達”モノだ」
「それが残ってないって……国の上層部も知らないってこと? もしそうなら、今の状況ってかなりヤバくない?」
nullの言葉に、シカクは腕を組み、画面をじっと見つめながら思案する。
「いや、記録には追記されてた。ってことは……一部の人間は知ってる。けど、たぶん“忘れ去られてる”か、“黙認されてる”んだろうな。今さら掘り返したくない何か、ってやつだ」
nullは思い出す――あの金庫室。
他の場所は整然と保管されているのに、ZC-216のあった場所だけが、不自然なまでに“ぽっかり”と空いていた。
「……でもさ、隣の金庫部屋にちょっと入れば、誰だって気づくよ? そこだけ異様なほど何もない。空間が、欠けてるんだよ」
「まぁ……あのラボの使われなさっぷりを見れば、誰も気に留めないのかもしれないな。記録庫には来ても、あっちまでは足を運ばないんだろう」
nullは少し眉をしかめながらも、納得するしかなかった。
(でも、本当にそれでいいの?)
金貨の価値とは?
それを流出させた“誰か”の目的とは?
ラボで見た痕跡も、歪んだ記録も、はっきりと“意図”を示すには至らなかった。
「……うーん。やっぱり、変だよね」
ぽつりと漏らすと、隣でシカクが苦笑した。
「そうだな」と伸びをしながらも、その目にはまだ緊張の色が残っている。
システム画面からクエスト状況を見ると、やっと捜索フェーズが終了したらしいことが分かった。
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【SYSTEM:クエスト「静かに流れる金貨」 調査完了】
▶ 選択肢を選んで行動してください:
[報告] 国へ金貨の情報を提出する
┗ 達成報酬:王国からの正式報酬(資金・評判・特別アイテム)
[売却] 金貨を市場で換金する
┗ 達成報酬:高額G(※市場価格により変動)
[静観] 金貨を保持したまま様子を見る
┗ 効果:進行停止・金貨は所持継続
(※選択によって、その後の展開や報酬が変化します)
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nullがシステムの選択画面を睨んでいると、シカクも同様に自分の画面を開き、ちらりと横目で見てくる。
「で、どうする?」
「……一応、このクエストのきっかけは、シカクでしょ?」
呆れたように言えば、彼は苦笑いしながら首を振った。
「いやいや。どう考えても、今回はナルさんの功績がデカいし。それに、俺こういう分岐って、めちゃくちゃ悩むタイプなんだよね」
あっさりと責任を放棄してきた彼に呆れながらも笑みを返す。別にそれ自体は、都合がいい。それでも、自分の選択だと現状二択。
「静観するか、それとも報告か。……にしても、結構時間かかったから、ログアウトも視野に入れてるんだけど、どう?」
nullがそう口にすると、シカクもちらりと画面の端に視線を送り、頷いた。
時間表示に目をやったnullが苦笑すると、シカクも「だよな」と同意する。
なんだかんだで、今日は最初に会ってからずっと一緒に行動していたような気がする。実際、ログインしてからもう6時間以上が経っていた。
ついでに見た「健康状態」も「空腹」も、ステータスはすでに【Lv.5】。そろそろ一度、ログアウトしておくべきタイミングだろう。
「そうだな。俺もちっと疲れたし、休憩には賛成。俺明日から仕事だし、出来るのは夜からだけど、そっちは?」
シカクが大きく伸びをしながら言うと、nullも笑って頷いた。
「私も同じ。だから――まあ、一旦保留かな」
選択肢は「静観」になるはずだ。でも、選択ボタンが表示されるわけでもなければ、明確な決定アクションも求められない。
つまりこれは――“言動によってシステムが判断する”ということなのだろう。
二人は一度、地上へ戻ることに決めた。
第一区画の保管庫から研究ラボへ引き返し、階段を上がると、そこには来た時と同じ、あのくたびれたバーが広がっていた。
カウンターの奥――店主らしき男は、彼らの姿を見るなり、意味深な笑みを浮かべる。
nullはその表情を見て察した。
(ああ、この人が“選択肢のトリガー”だったのね)
「おう、待ってたぜ。上手くやったみたいだな?―――で、どうする?」
問いかけに、二人は顔を見合わせる。
そしてnullは、とっても疲れてそれどころじゃないという様子を隠すことなく、目の前で軽くストレッチをして見せた。
「どうもこうもないよ。……疲れて、それどころじゃないってば。―――はぁぁ……。一旦、休ませてくれる?」
へらりと笑えば、男は豪快に笑い返す。どうやら納得してもらえたようだ。
「だろうな。お疲れさんよ。まぁ、俺は大体ここにいるから、好きなときに来な。……にしても、あんた、おもしれぇな」
ニヤリと笑う店主。その眼には、彼らが下層で何を見てきたのか――すべて見通しているような雰囲気すらあった。これが“ただのNPC”なのか、それとも。
nullとシカクは、店主に軽く手を振り、無言で店を出る。
システムログに目をやると、クエストの進捗に変化はない。それが、先ほどの考えが正しいという証明のように思えた。
「じゃあ、明日の12時に」
宿の前でnullが声をかけると、シカクはすでに疲れ切った顔で手をひらひらと振って答える。
「おう」
「それじゃ」
振り返ることもなく、彼は宿屋へと入っていく。
nullもその背を追うように、同じく宿屋のドアをくぐる。受付で部屋を借り、鍵を受け取ると、もはや言葉もなく階段を上る。
ドアを開けて部屋に入ると、すぐさまベッドに倒れ込んだ。
「はあああ……疲れたぁぁ……」
布団に顔を埋めたまま、しばらく動けないでいると、システムメニューが自動的に目の前に現れる。
【ログアウトしますか? YES / NO 】




