記録庫に眠る影-1
金曜日更新できなくてすみませんでした。
予約忘れていました。
お詫びとして、二話連続投稿いたします。
ここから少し調査パートに入りますので、ゆるめにお読みください~!
二人が階段を降りると、そこはひんやりとした空気に包まれた、まるで廃倉庫のような空間だった。
地下に特有の重く湿った空気に加え、壁や床がコンクリートで覆われているせいか、肌寒さがじわりと体に沁み込んでくる。
中は薄暗く、天井に取り付けられた蛍光灯のいくつかが点滅していた。
チカッ……チカッ……と、不規則な明滅と電子音が静寂を破るたびに、視界の隅がわずかに揺れたように感じる。
「んー、不気味だね……」
小さく呟いたnullに、隣のシカクが苦笑を返す。
彼は部屋の中央まで足を進め、無言のまま注意深く周囲を観察しはじめた。nullは壁側から順に見ていこうと視線をずらす。
並んだ書架には、紙束、ファイル、そして記録媒体が雑多に積まれている。
中には、今では懐かしい――いや、もはや見かけることもないフロッピーディスクの姿もあった。かなり昔に使用されていたものであることが一目でわかる。
(これ、ほんとにどこまで遡るんだろう……)
どこか現実と仮想の境が曖昧になるような、そんな妙な空気がこの地下には漂っていた。
サーチを使おうか――そう思ったその時、nullの視線がある一点で止まった。
壁の端、記録棚の一角だけが不自然に埃が落ちており、くっきりと人の手が触れた跡が残っていた。まるで、最近になって誰かがそこに手を伸ばしたかのように。
(……最近できた跡。ここに何かがある?)
nullは慎重に近くのファイルを手に取った。
中を覗くと、そこには金貨に関する流通記録が記載されている。それもかなり古い日付のものらしい。ぺらぺらとページを捲っていくうちに、ふと新しい日付が混ざっていることに気がついた。
――追加された内容だ。
埃の跡は、この文書をここに戻したときについたものだろう。
==
【搬入日】 :第121期 フロー月 6日 (ソル)
【貨幣種別】 :G-59型 通貨単位:エルゼル金貨
【搬入数】 :合計 128,000枚(木箱16個)
【搬入理由】 :旧規格金貨の一時保管(市場再編に伴う回収処理)
【担当者】 :グラディ・ブソル
【備考】
・一部金貨に特殊な加工あり(詳細不明)
・今期分はC-06保管庫にて保管。次回、規格変更に伴う処理予定。
==
「エルゼル金貨……市場再編に伴う回収処理?」
nullは眉をひそめた。
これは、別の保管庫からここへ移した記録なのか。
あるいは、市場に出回った旧金貨を回収した記録なのか。
今の時点では判断できない。けれど――
この文書は、金貨の正体に繋がる鍵の一つであることは間違いない。
「何か見つけたのか?」
nullの小さな独り言が、静まり返った室内に意外なほど響いていたらしい。振り返ると、シカクがこちらを見上げていた。
「うん。この金貨――”エルゼル金貨”っていうらしいんだけど、正式名称と搬入記録が残ってた。しかも、最近ここに持ち込まれたっぽい」
「これのことか?」
シカクが視線で示したのは、部屋の中央に積まれた巨大な貨物ケースの山だった。近づいて見れば、いずれのケースにも札が括られており、番号が整然と記されている。どうやら、管理用の識別タグらしい。
nullは記録ファイルを手に、首を軽く傾げた。
「んー……違うと思う。ここに書いてあるの、木箱16個ってあるし。」
「木箱ね」
「うん。あともうひとつ、『通貨規格変更の覚書』って資料も添えられてた。たぶん……金貨の価値や取り扱いが変わったって話」
nullが手にした書類の束を軽く持ち上げてみせる。紙は端が少し折れており、何度も見返されたような形跡があった。
==
【極秘】通貨制度見直しに関する試案(第7稿)
王立貨幣局 × 技術統制庁 共同作成
・既存の「G-59型 金貨」は、物理的耐久性と記録性に課題があるため、順次デジタル認証通貨「Zタイプ」へ移行済み。
・ただし旧型通貨の一部は試験保留対象として回収保管扱いとする。
・“模様あり”個体は全数識別不可につき、一部混在を容認(流通制限あり)
【備考】:
・G-59型の特徴:星型リムデザイン+軌道リング刻印+識別番号
・外部流出の懸念あり → 関係者外秘
==
nullが手にした書類を、シカクが覗き込むようにして読み込んでいた。
ぱら、とページをめくる指先の動きが、少しだけ速くなる。
「やっぱりな……これ、インベントリの“G”じゃなくて、アイテム扱いだった理由がここにある」
nullがぽつりと呟く。
G-59型、つまり「エルゼル金貨」と呼ばれる旧通貨は、既にインゲーム通貨としては失効しているらしい。
現在主流の「Zタイプ」が、おそらくプレイヤーが普段使っている“G”の正体。つまり、あの金貨は――データで流通しない“実物通貨”だ。
「これは、王国の意向としては“回収対象”ってことだよね」
「流通制限あり、って言葉が妙に重いな」
nullは視線を文書から離し、辺りをぐるりと見渡す。
確かに記録は整っているし、鍵付きのロックや認証コードの仕組みもあった。だが――この場所の“守り”が、あまりにも脆い。
「……ここが本当に王国の保管庫だとしたら、警備が緩すぎない?」
シカクが肩をすくめる。
「店主に通されただけ、だったな。兵士もいないし、封印もなかった」
コードの取得は手間だったが、それでも国家の重要施設にしては簡素すぎる。
「ここって何なんだろう?」
nullは首を傾げながら呟くように問いかけた。
その声に、隣で記録を読んでいたシカクが肩をすくめる。
「さぁな。でも確かなのは、王国の文書が今も保管されてるってことだろ?」
「そうだよねぇ……」
どこか釈然としない気持ちを抱えながら、nullは資料をシカクへと返し、周囲をもう一度見渡した。
(他に、何か……)
ふと、先ほどかけそびれていた魔法の存在を思い出す。
「……サーチ」
淡い光が空間を走り、魔法の情報が視界に浮かぶ。
==
【第一区画:錆びた記録庫】
【棚奥の記録媒体】
記録名:旧貨幣搬入記録・通貨規格変更の覚書
状態:劣化中 / 判読率:73%
備考:過去の通貨規格に関する記録。未登録タグが混在。
【ロックされた保管コンソール】
形式:貨幣搬入ロガー / 状態:未開封
魔力反応:0.12(旧式電力反応と推定)
【空間構造の歪み(ごく微弱)】
位置:記録庫の北西壁面付近
反応:微弱な空間転移履歴を検出(直近:数日前)
備考:大質量の物体転送/魔導的干渉の可能性あり
==
nullはサーチ結果の一行に目を凝らす。
「空間構造の歪み……空間転移?」
眉をひそめながら、魔法が指し示す北西の壁へと足を運ぶ。そこにあったのは――
「……これ、壁じゃない」
薄暗がりの中で、nullはその構造に見覚えがあると気づく。鉄の板が二枚、隣り合って閉じられている。表面には小さな隙間と、押しても反応しない古びたボタン。
「エレベーター、だよね、これ」
ここが本来の“出入口”なのは間違いない。つまり、彼女たちが通ってきた道――バーの裏口から続く階段ルートは、正規の入口ではなかったということだ。
「……だから、警備も何もなかったんだね」
ひとつの疑問が氷解し、少しだけ肩の力が抜ける。それでも、このエレベーターを動かす手段は分からなかった。
そっとボタンを押してみるも、無反応。諦めて視線を下げると、少し遠くに例の【保管コンソール】が見えたが、こちらもロックがかかっているまま――。
(解除キーは別の場所かな。)
そう思って、nullは振り返り、声をかけた。
「次の場所、行かない?」
「ああ」
短く返すシカクが、ゆっくりとこちらへと歩いてくる。その表情には疲労の色が見て取れた。
勿論、null自身も、同じだ。資料の難解さと、浮かび上がってくる謎。
今は、頭を整理する時間が必要だろう。