金策と思惑と利益 -3
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nullとシカクは二手に分かれて、金貨に関する調査を開始した。
当初、事前調査をしていたシカクの話では――
「小一時間は回ったけど、まともな情報は一つもなかった」
とのことで、どうやら情報収集の段階から難易度が高いという話だったのだが。実際にクエストが発生してからは様子が違っていた。
合流してみると、さっきまでとは比べものにならないほど、NPCたちはすんなりと口を開いてくれる。どうやら、クエストの進行状況によってNPCの反応が変化する仕様があるらしい。
「……つまり、正式に“調査対象者”として認識されたってことか」
シカクはそんなことを言いながら、手元のメモを整理していた。
こうして、二人はテンポよく情報を集めながらクエストを進行していく。最初の目的だった「金貨に関する情報収集」が完了すると、すぐに次の指示が表示された。
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【SYSTEM:「静かに流れる金貨」クエスト進行中】
▶ 現在の目的:金貨を持つNPC・プレイヤーから情報を聞き出す
▶ 進捗:15%
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その目標も数十分で達成し、再びクエストログが更新される。
「次は……」
シカクが画面に視線を落とし、静かに読み上げた。
「『入手した情報を整理し、次の手がかりを探る』、だってさ」
その言葉に、nullも小さく頷きつつ、これまでに得た情報を思い返す。
金貨が市場に流れ始めた理由。金貨を流しているらしい謎の男の存在。価格を操作しようとする、二つの勢力の影。そして――とある場所への“道しるべ”となるという、この金貨の特性。
つまり、既に手に入れている情報の中に、次の目的地へと繋がる手がかりがある――ということなのだろう。
「……一旦、整理しよっか」
nullの提案に、シカクは素直に頷いた。
「まず、俺がこの話に首を突っ込むきっかけになったのは、市場の価格調査だ。
そこで“価格が妙に安定しない品がある”って情報を拾った。何かの素材か、流通の問題か……とにかく怪しい動きがあってな」
「ふむふむ。つまり、いわゆる“株価”みたいな感じね。
値下がりしたときに買って、値上がりしたときに売れば差額で儲けが出る。プレイヤーにとっては、定番の金策手段よね」
「あぁ、その発想で、何か一儲けできないかと思ったわけだ。
それで、その品が“ある種類の金貨”だってところに、ようやくたどり着いた」
「それって、私が持ってた金貨のことね。
あれは、お客として来たNPCの男性がアイテムを大量購入してくれて……そのお礼に、“お金とは別枠で”くれたのよ」
nullの話に、シカクは頷く。
彼にはすでに共有していた情報だが、“金貨が手渡された条件”――つまりトリガーは、いまだ不明なままだ。
「で、その金貨は、毎日少しずつ、とある男が市場に流している……と」
「うん。で、現状考えられる理由としては――“目的がある”ってことよね。その目的って何だろうって話だよね」
「ああ。一番ありがちなのは、金儲けだな。
次点で考えられるのは……金貨が、何らかの取引や交渉で価値を持つ“鍵”になってるパターンだ」
「他にも考えられることはあるけどね。 たとえば、国家レベルの経済破綻を狙った通貨操作……とか」
にこりと笑いながらそう言えば、シカクは露骨に顔をしかめた。
それもそのはず――そこまで行けば、王国、つまり“貴族ルート”のプレイヤー勢が絡んでくる。null自身、できれば深入りしたくないルートであることは間違いなかった。
「とはいえ、金貨を流した男と、市場で価値を高めようとしている商人は――別人なんだよな」
シカクが眉を寄せながら言う。
「うん。その商人の方が、恐らく“キーパーソン”だと思う」
nullが頷く。その口調には、確信があった。
「金貨を使って、価格を操作してるだけじゃない。きっと、プレイヤーを“ある場所”に集めようとしてるのよ」
「ああ。でも、ただ普通にクエストを熟してるだけじゃ、その“場所”にはたどり着けない気がする」
今回のクエスト目標に表示された
《入手した情報を整理し、次の手がかりを探る》
――これはつまり、“ヒントはもう出揃ってる”ということだ。ここから先は推理の領域。
「相手が商人ってことは、拠点は店か、露店か、商業ギルドか……はたまたマーケット周辺か」
nullが片手で数を数えながら、候補を挙げていく。
「この街は交易都市だからな、商人が出入りしそうな場所は多すぎる」
「でも、情報が出たのは市場と、私が金貨を貰った露店。つまり――マーケット近辺が一番濃厚ってことになるわね」
「となると候補は、露店・マーケット本体・申請所。あとは……金貨を渡したあの男、あるいは情報を流した“商人本人”」
シカクが腕を組むと、二人の間に短い沈黙が落ちる。
「うーん……」
「……うーん」
二人して唸りながらも、黙って頭を巡らせる。
“とある場所”とはどこか。どんな場所なのか?……いや、そもそも、場所から考えるから訳が分からなくなるのかもしれない。
目的は何だ?商人は何を企んでいる?プレイヤーに何をさせたい?
クエスト名は「静かに流れる金貨」。ならば目的は金貨の流通を止める?操作する?それとも、もっと別の――。
考えが巡りすぎて、nullは小さく頭を振った。こんな時は、身体を動かすに限る。それは、長年ゲームをやってきた直感だった。
「少し歩きながら考えたい」
そう言って、目的もなく通りへと歩き出す。細い路地、大きな道、入り組んだ建物の影――目につくものを片っ端から眺めながら、ふらふらと進んでいく。
そうし始めてそれほどかからず、nullはとあるものを見つけた。建物の上に掲げられた旗――そこに描かれたマークに、既視感を覚える。
「……これ」
nullが小さく呟くと、後ろからついてきたシカクが旗を指差した。
「このマーク、見覚えがある。……金貨の裏面」
「あ――そうだ」
nullはすぐにインベントリを操作し、例の金貨を取り出して裏面の模様と見比べた。
完全に一致とは言い難い。けれど、デザインの構造――円の内側を囲む線の流れや装飾の配置――どこか似ている。
「少し違うけど……たぶん関係あるよね」
「これは当たりかもな」
顔を見合わせ、またしても「うーん」と唸る。
「……まぁ、一旦入ってみるか?」
「うん。試してみよう」
二人は顔を見合わせて小さく頷き、旗が揺れるその建物の中へと足を踏み入れた――。