金策と思惑と利益 -2
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「いらっしゃいませ~」
nullは金策のため、マーケットの端にて簡易露店を開いていた。
屋根もなく、道端に座り込んで莚の上に商品を並べる姿は、どこか頼りなくも見えるが――
並んだアイテムは、自作の調合品。初心者~中級者にとっては“良品”と呼べる出来だという自負があった。
なぜこうなったかと言えば、これも金策の為だ。
この世界では何をするにも、お金がかかる。宿泊費、素材の購入、施設の利用、時には移動費用まで。ギルドで依頼の報酬を受け取ったついでに、受付係へ「他に稼げる方法はないか」と尋ねたところ――
「マーケットでの販売申請が可能ですよ」
そう教えられ、すぐさま向かったというわけだ。
マーケットの申請所は、大勢のプレイヤーで溢れていた。並ぶだけでひと苦労し、ようやく申請が終わった頃には既に昼を過ぎていた。
「今からの申請だと、いい場所は空いてないと思いますよ」と、係員の言葉。
実際、人気の場所――テント付きや屋根下のブースなどはすでに埋まっていた。なるべくお金もかけたくなかったため、nullは最低限の申請料だけで済む“路面スペース”を選び、道端で莚を敷いて出店することにしたのだった。
そんな中、一人の冒険者らしき青年が声をかけてきた。
「すみません、これって、どういうアイテムですか?」
指差されたのは、瓶詰めの淡い青色の液体。nullは手に取って説明を始めた。
「ああ、それは《パワーチャージ・ポーション》っていうスキル補助用アイテムです。
五分間だけ、スキルのクールタイムが10%短縮されます。クールの長いスキルの直前に使ったり、連続戦闘時の中継ぎにも便利ですよ」
「へぇ…ボス戦とかでも使えるんですか?」
「もちろん。短期戦でも長期戦でも扱いやすいので、かなり汎用性は高いですね」
にこりと微笑みながら、nullは心の中で小さく付け足す。
(……それなりにお値段も張るんだけど、ね)
「これ、おいくらですか?」
「そうですね、本来は200Gなんですが……
お兄さん、中・遠距離系でスキル回しが重要なタイプでしょう?だったら150Gでいいですよ」
そう言ってにこりと微笑み、さらにすかさず続けた。
「それと、こちらのHPを30%回復するポーション。これも一緒に買っていただければ、セットで250Gにしておきます!
この回復ポーション、単体だと70~80Gくらいするんですが……まとめてならお得にしちゃいますよ」
即席の値引きセットセール。すると、男性プレイヤーは嬉しそうにうなずき、商品を購入してくれた。
「まいどあり~!」
軽く手を振って見送った後、nullはふぅっと息をつく。
(……我ながら、悪くない商才かも)
内心でひっそりと自画自賛しつつ、今売れたアイテムへ視線を落とす。
まだ3つほど残っている《パワーチャージポーション》。原価はおおよそ70G。販売価格は、150Gくらいだろうか。
HPポーションの原価は40G程度で、販売価格は相場なら65G前後。
つまり、かなりの利益が出ている。
もちろん、素材の採取や調合の手間を考えれば、妥当な価格とも言えるが。
それに、この手の補助アイテムがリリースからまだ3日しか経っていない段階で市場に出回ること自体が珍しい。
むしろ、この値段でも“お得”に感じてもらえる自信があった。
(……それでも、ぼったくりって言われたら、否定できないけどね)
そう思いつつも、nullはまた一つ、自作のアイテムを莚の上に整えて並べ直した。
ちまちまでも、確実に稼ぐ。それが、null流の金策スタイルだった。
「すみません、これください」
声に顔を上げると、そこにいたのは見慣れない男性のNPCだった。
プレイヤーではない、ということは──多少なりとも商品知識を持っているかもしれない。経験上、NPCとの取引は、値切られる可能性があるので少々面倒な相手だ。
「はい、こちらは《バーサーカーポーション》ですね」
にこやかに笑いながら説明を続ける。
「このアイテムは、使用から3分間、攻撃力が20%上昇します。モンスターとの戦闘で、一気に押し切るタイプの方におすすめです。お値段は140Gです」
「ほう、それはすごいな!他にもオススメがあれば教えてくれないか?」
セールストークにご機嫌になったのか、NPCは乗り気でアイテムを次々と購入していく。
nullも負けじとテンポよく説明し、最終的に彼の手には何種類ものポーションが渡ることになった。
「お買い上げありがとうございます~」
笑顔で手を振ると、NPCは懐から何かを取り出した。
「いやあ、今日はとてもいい買い物をさせてもらったよ。これは、ほんのお礼さ。じゃあ、また機会があればよろしく頼むよ!」
そう言って、爽やかな笑顔と共に立ち去る彼の手には何も残っていなかった。代わりにnullの手には、見慣れない金貨が残されていた。
(……ん? これ、いつもの通貨じゃない?)
試しにインベントリを開いてみても、アイテム名はただの「金貨」としか表示されない。通貨としてのGではないらしい。
「イベントアイテム? それとも、クエストのキー……?」
アイテム説明も何も表示されない“謎の金貨”を手に、nullは少しだけ首を傾げた。
ゲームでは、こういった類のクエストはよくある。それゆえnullも、特段の驚きは覚えなかった――が、それでも「何がトリガーになったのか」は気になっていた。
彼は、合計で1500G分のアイテムを購入した。つまり、“購入金額”が条件か。
それとも、“満足度”か、“会話の選択肢”か。はたまた、“露店を出した”という行動そのものが条件だった可能性もある。
(ふむ……)
ひとしきり考え込んでいたその時、視界の端に人影が映る。「いらっしゃいませ」と声をかけようとして、nullは思わず目を見開いた。
「……ナルさん? 何してるの?」
苦笑混じりに話しかけてきたのは、少し前までパーティを組んでいた――シカクだった。
「……アイテム販売中」
「いや、見れば分かるけどさ」
シカクは肩をすくめて笑いながら、並べられたアイテムをひとつずつ見渡す。
「お金ないけど、見ていい?」
「うん、どうぞ~。見てくれて嬉しいよ」
しゃがみ込んで品定めをしていたシカクが、ひとつの瓶を指さす。
「これなに?」
「《クリスタルガード》。五分間、防御力が30%アップするよ」
「へぇ、それ強いな……これ、貰おうかな」
「いいよ」とnullは軽く手渡す。しかしシカクは、受け取りながら首を傾げた。
「ん? いくら?」
「え? いいよ、あげる」
「いや、悪いよ。それに、ちょっと聞きたいこともあってさ。」
――聞きたいこと?
その言葉に、nullの中で小さな違和感が芽生えた。
フレンド登録はしている。何かあれば、メッセージひとつで済むはず。それをあえてせず、わざわざ会いに来たということは――自分に直接関わる内容ではないか、商売やアイテム、あるいはクエスト関係の話かもしれない。
「――商売関係のクエスト? それともイベント?」
口を衝いて出た言葉に、彼は驚きの表情をみせる。どうやら正解だったらしい。彼には借りもある。協力できる部分はしてあげるべきだろうと、彼に話を促した。
「お、正解?なーに?」
軽い口調に、シカクは苦笑する。
「これ、この街のクエストの概要なんだけどさ」
シカクはnullに一枚のクエスト用紙を差し出しながら言った。
「どうやら今、市場に“とあるもの”が出回ってるらしいんだ。かなりの高値がつく品なのに、どの商人に聞いても『知らない』って言うんだよ。でも、確実に流通はしてる。一部の限られた人間しかその存在を知らないっぽくてさ――」
nullは腕を組みながら、黙って続きを促す。
「調べた限りだと、それを流してるのはどうやら商人関係者らしい。で、俺もコネを作ろうかと考えてたところで、ちょうど――ほら、ナルさんが店出してるのを見かけてさ。何か、知らない?」
「なるほどねぇ。でもさ……その“とあるもの”が何なのか分からないと、答えようがないよね?」
そう言いながら、nullは困ったように小首をかしげてみせたが――内心では、もう心当たりが浮かんでいた。
けれど、まだ決定打に欠ける。それが例の金貨と断定できる情報は、あとほんの少し足りていない。あれは別のクエストの可能性もまだ数パーセントほど残っているのだから。
「金貨」
知っているんだろうと確信しているような声と表情に、クスリと笑みを浮かべた。
そうそう、情報を引き出したいなら、そっちの持っている情報も差し出してもわらないとね。
「それ、321G……いや、300Gでいいや」
にっこりと営業スマイルを浮かべて手を差し出すと、シカクは明らかに顔を引きつらせた。
が、諦めたようにため息をついてインベントリを操作し、無言で支払ってくる。
nullは受け取った300Gをしっかりインベントリにしまいながら、表示された金額にほくそ笑んだ。
「……で? 持ってるのか?」
確認するように問いかけるシカクに、nullは黙って頷いた。そして、ゆっくりとインベントリからそれを取り出す。
「これのこと、でしょ」
それは、先ほどNPCの男性から手渡された金貨だった。
「あぁ、それが。――それがあれば、“とある場所”に入れるらしいんだ。何の場所なのかは、俺も詳しくは知らないけどな」
「ふーん。あげようか?」
nullはぺたりと道に座ったまま、しゃがんでいるシカクの顔を覗き見る。少し高い位置にあるその表情から、彼が何を考えているのか、何となく察せた。
(……これは、巻き込まれるパターンだ)
そう判断して、手にしていた金貨を軽く放る。
「ほい」
空に小さく弧を描いた金貨を、シカクはすばやく掴んだ。手に納まったそれをしばらく見下ろした後、nullへと向き直って掌を見せる。金貨が、きらりと鈍く光ったように見えた。
「――今度は、こっちから正式にお願いしようかな。少し、付き合ってくれないか?」
それはもちろん――交際の誘いでも、食事の誘いでもない。純然たる、“クエスト攻略のためのパーティ申請”である。おそらく、また一時的なものだろうが。
「んー、いや、いいや。それあげるし、クエスト頑張って~」
nullはにこにこと笑いながら手を振って見せた。その返答に、シカクはその場から立ち上がることなく、少し難しい表情を浮かべたまま、ふたたび口を開いた。
「いや、俺だけじゃ戦闘面で不安が残る。かといってパーティメンバーの到着を待てるほど、余裕があるクエストとも思えないんだ。だから、君の力を貸してほしい。……それに、きっと金になるぞ」
真剣な表情で告げるその言葉は、どこか懇願にも近い響きを持っていた。
nullは黙って視線を落とし、再び思案に沈む。
(あの時みたいに、力を隠したまま戦いきれるだろうか?)
何度もパーティを組んでいれば、いずれ“普通じゃない”と気づかれるのは時間の問題だ。それに、今回の敵が本当に隠したままで倒せるような相手なのか、分からない。
魔法使いとしてのスキルは整ってきたとはいえ、全属性の攻撃・防御・補助をバランスよく揃えられているとは言いがたい。揃えるには、やはり資金が必要だ。装備も、スキルも、属性耐性も。
(……確かに、“金になる”のは魅力的だけど)
彼は「金になる」と嗾けてくる。だが、それはどこまで当てにできる情報なのだろう。そもそも、そのクエストは今日一日で終わるような内容なのか?
もし長引くものなら、魔力や時間のリソースを割いてまで挑む価値が本当にあるのかを見極めるべきだ。
だが――彼には恩がある。
先ほども、情報を得るためとはいえアイテムを購入してくれた。彼の人柄は、何となくつかめてきている。……が、信用できる人間かと問われれば、“分からない”と答えるほかない。
たとえ彼が“良い人”だったとしても、そのパーティメンバーまで信頼できるとは限らない。れならば、関わらない方が良い。
(でも……この目の前の真剣な顔を、放っておけるか?)
小さく、ため息を吐く。
nullは黙って目の前のアイテム――商品を、一つずつインベントリへと回収した。その行動が返答であると悟ったのだろう、すぐにパーティ申請が飛んでくる。
【 SYSTEM: 《シカク》があなたをパーティに招待しました。 [参加する] [辞退] 】
nullは指を[参加する]へと動かすと、通知が切り替わる。それを見て再度アイテムを片付けた。
【 SYSTEM:あなたは《シカク》のパーティに参加しました。】
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[ パーティメンバー ]
★ シカク
● null
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【SYSTEM:新しいクエストが発生しました!】
▶ クエスト名:「静かに流れる金貨」
▶ 目的:特定の金貨を調査し、謎を解き明かせ!
▶ [受諾] [キャンセル]
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小さなシステム音が鳴り、直後、ふたりの声が重なる。
「「クエスト発生?」」
顔を見合わせたあと、ふたりとも迷わず[受諾]を選んだ。画面に詳細が表示される。
この世界に来てから初めての――完全な突発クエスト。高鳴る鼓動が、それを明確に教えてくれる。
どうやら、この金貨の情報を持つシカクと、それを実際に入手したnullが組んだことで発生したようだ。とはいえ、現時点で情報はまだ足りない。
ならば、システムに表示されている内容を一つずつこなしていこう。その意見に、シカクも静かに頷いた。
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【SYSTEM:「静かに流れる金貨」クエスト進行中】
▶ 現在の目的:市場で「金貨」についての情報を集める。
▶ 進捗:0%
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