金策と思惑と利益 -1
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関所のクエストを終えたnullとシカクは、報告のため、そしてセカンダリアへと続く街道へ進むため、再び関所へ戻ってきていた。
面倒な報告作業はシカクに任せて、nullは関所近くでせっせと素材を採取に勤しむ。多くのプレイヤーが行き交う場所でスキルを使えば目立ってしまう。だからこそ、手作業に切り替えていたのだ。
とはいえ、すでにファスティアンでは何度もスキル使用を目撃されていたのだが、本人はまったく気づいていない。
「ナルさん、終わったよ。はい、これ通行証」
「あー、ありがと」
背後からシカクに声をかけられ、手渡された通行証をインベントリにしまう。nullは「よいしょ」と小さく声を漏らしながら立ち上がると、また歩き出した。
「何採ってたの?」
「調合用の素材」
「調合って…サブ職?」
頷いたnullは、自分のもう一つの職業について話し始めた。ファスティアンで採取にハマったこと、アイテム作りの奥深さ、そしてそのための素材集めの重要性。内容の核心には触れないようぼかしつつも、その語り口にはどこか熱がこもっていた。
シカクも、自分の過去やプレイスタイルについて簡単に語ってくれた。どうやら戦術士という職業で、パーティの指揮や支援を担当しているらしい。中〜近距離職との連携が難しい立ち位置を上手くこなしているようで、nullは彼がチームの中心的な存在なのだろうと感じた。
そうして会話を楽しみながら歩いていくと、やがて視界が開け、セカンダリアの街並みが見えてきた。
土の坂道を登り、丘の上に出ると、その賑わいが一層はっきりと感じられる。
交易都市セカンダリア――
遠目にもはっきりとわかるほどの活気があふれていた。街の中心には巨大なマーケット。周囲には背の高い建物が立ち並び、道には冒険者や商人が忙しなく行き交っている。
ファスティアンとはまったく違う、人と物がうねるように交錯する、活気のある町だ。
「すごい……」
「活気のある町って感じだな」
二人並んで街を見下ろしながら、しばしその景色に見惚れる。どこか幻想的なファスティアンとは違った、荒々しい生命力を感じさせる都市風景だった。
「――行こうか」
シカクの一言に、nullは小さく頷き歩き出す。
だが、そこから先に広がっていたのは、さらに心惹かれる光景だった。
舗装されていない土道の両脇に広がる草木。せせらぎの音を立てながら流れる小川のまわりには、自然の恵みと呼ぶにふさわしい草花が自生している。
足を止めて目を凝らせば、調合素材として使えそうなものがいくつも見つかりそうな予感がした。
「すてき!」
胸の前で手を組み、目を輝かせるnullの姿に、シカクは驚いたように目を見開く。
「…またか」
呆れと苦笑を混ぜた表情。先ほどの関所でも同じようなことがあったため、彼にはもうこの先の展開が読めていた。
案の定、nullは歩きながら視線をあちらこちらにさまよわせ――そして、唐突に立ち止まる。
「やっぱ、だめ。もう勿体ない!」
何が始まるのかと隣で様子を見ていたシカクは、「素材収集かな?」と予想を立てる。ならば、先ほど助けてもらった恩返しに少しは手伝おうか――
そんな思考を巡らせた彼だったが、次の瞬間、nullの取った行動はその想像の斜め上をいった。
「クイック・チャージ、
ウィンドハーベスト、
エア・コレクター」
ぽつぽつと詠唱されたスキルの効果で、周囲の草花や素材たちが風に乗ってnullの足元へと集まり始める。風に舞う草、ふわりと浮かぶ花びら。それらは順々にnullの手元へと引き寄せられ、まるで魔法のように次々とインベントリへ吸い込まれていく。
その一連の動作は、手慣れたという言葉すら生ぬるいほどに洗練されていた。シカクはただ呆気に取られた顔で、それを見ていた。
(……何この人)
だが当の本人は、そんな視線に一切気づいていない。いや、最初から視界に入ってすらいなかったのかもしれない。nullの瞳は、ただ素材へと向けられ、その瞳は本気で楽しげに輝いていた。
しばらくして我に返ったシカクは、無言でnullから少し距離をとり、せめて自分にできる範囲で採取を手伝い始める。
nullに追いつくなんて到底無理だと思いつつも、だ。
それから数分後。
満足げにインベントリを確認していたnullが、ふとこちらに顔を上げた。口元には、どこかホクホクした笑みが浮かんでいる。
「これだけあれば、また色々作れるね~。…前回試せなかった組み合わせも、いくつかいけそう!」
素材の量と種類を思い浮かべて、ニコニコと頷くnullの元へ、ようやくシカクが戻ってくる。
「ナルさん、ほらこれ。」
シカクが差し出してきたのは、いくつもの素材だった。しかも、質も量も申し分ない。
nullは思わず目を見開いた。これを売れば、それなりの額にはなる。数種類どころではない素材の山に、彼女は一瞬、言葉を失った。
「…え、これ。いいの?」
「うん、俺、特に必要ないからさ」
まるで当たり前のようにそう言って、肩をすくめるシカクを見て、nullは内心で唸る。
(この人、聖人君子では…?)
一気にシカクの好感度ゲージが跳ね上がる音がした気がした。
目の前の男は、採取した素材を一切惜しむ素振りも見せない。しかも、こちらが黙々と収集に没頭していた間も、文句ひとつ言わなかったのだ。どれだけ器の大きい人間なのかと感心せざるを得なかった。
「ありがとう」
素直に礼を口にしながらも、nullは心の中で固く誓っていた。
(この恩は必ず返す……できれば倍で!)
そんな決意とは裏腹に、シカクはさらりとその場をまとめる。
「満足した? じゃあ、セカンダリアに行こうか」
そのさっぱりとした言葉に、nullは思わず小さく笑って頷いた。
少し先に見えていたセカンダリアの門は、思っていたよりも近い。
それなのに、彼はずっと付き合ってくれていたのだ――素材採取の間、文句も言わずに。
(なんでここまでしてくれるんだろう)
歩きながら、nullはぼんやりとそんなことを考える。
――そもそも、最初の出会いからして彼は人の良さが際立っていた。
ソロの魔法使いなんて、クエストを絞らなければまともに戦うのも難しい。本来なら戦闘面で敬遠されがちだ。それを理解したうえでパーティに誘ってくれたシカクの気遣いに、nullはちゃんと気付いていた。
近接で戦える槍使いの彼なら、一人でも十分戦えるはずだった。けれど、彼はそれをしなかった。
まぁ、結果としては彼の方が助けられて、恩まで感じてくれたわけだけど――
(……人の好さって、本当に計り知れないな)
そう思いながら、nullは改めてセカンダリアの門を見上げた。
セカンダリアへ足を踏み入れた瞬間、賑わいと喧騒に包まれた空気が二人を出迎えた。活気に満ちた通り、並ぶ露店、聞き慣れない叫び声や取引の声。
「わぁ……」
思わず漏れたnullの感嘆に、シカクも頷く。
「やっと、新しい街だな」
冒険が進んだという実感が、表情に滲む。お互い無意識のうちに、口角がわずかに上がっていた。
ひとまず人の流れが落ち着いた広場へ抜けたところで、nullが振り返る。
「ねえ、フレンド登録、しておきたいんだけど……いい?」
素直な問いかけに、シカクは即座に頷いた。
「もちろん。こっちから送るよ」
手慣れた様子で画面を操作し、すぐにnullの視界に小さなウィンドウが現れる。
【フレンド申請:1件】
タップして「許可」を押すと、名前の横に小さな緑のアイコンが灯る。
「ありがとう。じゃあ……また、どこかでね」
そう言って、nullはパーティから抜ける。システム通知が消えるのを見届けたシカクが、静かに頷いた。
「あぁ、こっちこそ。かなり助かったし、新しい発見もあった。会えてよかったよ」
「それはこっちのセリフ。あなたと会えて本当に良かった!」
ふたりの視線が交わり、互いに小さく笑う。
「じゃあね」
軽く手を振って別れると、nullはすぐに足を動かす。目指すはこの街の冒険者ギルド。その先にある――調合室だ。
ギルドに到着したnullは、慣れた手つきで備品を確認し、無言で調合室へと入っていく。
そこから数時間、nullは部屋に籠り、黙々とアイテムを調合した。ログインしてすぐに多くの素材を使っていたため大量生産とはいかなかったが、結果には満足である。
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【作成アイテム】
【パワーチャージポーション】:スキルクールダウン時間 -10%(5分)
【スピードブーストポーション】:移動速度 +10%(5分)
【フォースブレイクポーション】:敵の防御力を10%低下(5分)
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nullはインベントリを開いて出来栄えを確認し、小さく頷いた。
「うん、いい感じ」
自分にしか作れない、“特別な一歩”を進めたような気がした。




