迷走と出会い -2
「目が開いて、何か来ると思った時には、身体は敵の方へ流れてた。…吸い込んでた?」
「――吸い込むか。魔力か、空気か、エネルギー的なものを溜めていたか。」
二人して考える。彼はその時その場に居合わせたわけではないのに、すぐに意見や疑問が浮かんでくるようだ。恐らく相当頭が切れるのだろうと、寧々は感心していた。
「もしくは、その全部?私の魔力を一時的に封じるくらいの引力だった?」
「あぁ、そうか。スキルや技を使うにはMP消費が必ずある。だからスキルが使えなかった、あとは、」
何故身体が動かなかったのか。
「やっぱり麻痺のような異常状態だったのかな?あの目を見ると遅延で異常状態がかかる…?」
なんとも腑に落ちない。オルガスのように目に光りが灯るなどもう少しわかりやすいアクションがあってもいいはずだ。だが、アトラクシオンは瞳が開いて、引き寄せられてから、動けなくなった。
「やっぱり、引き寄せるスキルと、身体が動かせなくなるスキルは別物だと俺は思う」
「うん、その方が私もしっくりくる。あの時、見えない範囲に何かがあった。その何かを見なくても一時的に行動に制限がかかるようなスキル効果だった。って方がしっくりくるかな。」
彼もそれに同意見のようで、大きく頷いてから、少し羨ましそうな声をだす。
「俺も、そいつと戦ってみたい」
「ネタバレごめんね?」
クスリと笑えば、彼は首を振る。
「いや、君に聞かなければ、そんな敵がいるとも知れなかった。」
「よし、じゃあ私が先に倒してくる」
二っと笑えば、彼は苦笑する。羨ましそうに、それでも「頑張れよ」と背を押してくれた。
さて、見てろアトラクシオン。
今度こそ倒す!
よし、と立ち上がれば「家は?」と尋ねられた。目印となる場所を伝えれば、彼の眉間に皺が寄る。「あ、これ知ってる」と彼が言葉を発せずとも寧々には伝わっていた。いつもの柊吾と同じような表情である。彼もまた心配性らしい。
「大丈夫。走ってればすぐだから」
「いや、そういうわけには…」
彼の言葉を遮るように寧々の携帯が鳴った。
~~~♪
「ごめん」と一言断って、電話に出れば第一声は大声量で聞こえてくる。
「寧々ー!!」
うわっと、電話を耳から話しても聞こえるほどカンカンのようだ。
「お前、今どこにいる?」
低い声がさらに低くなっている。はて、今日は何か予定があっただろうかと、首を傾げた。
「しゅー、なんで怒ってんの?」
「おまっ…!今日は来週の大会のために集まって調整するって言ったよな?」
否、聞いてない。
聞いたっけ…?
いや、聞いてはないが、確かにメッセージにそんな内容が書いてあったことを今思い出した。
「…きい、た。かも?」
「あーもういい。今どこだ?」
柊吾の問いに答えようと答えを探すも、ここが何公園なのかが分からず、目の前の彼へと視線を向けた。
「…何、公園?」首を傾げながら聞けば、彼は苦笑する。
「三番地区の弛川公園。」
「ゆるがわ…、」と彼の言葉を伝えようとすれば、「あぁ、聞こえた。迎えに行くからそこを動くな。」と命じられる。
少し不満に思いながら、帰ってやろうか?と小さく思う。
そんな寧々の感情を読み取ったのか、彼に「大人しくしてろ」と忠告された。どうやら完全に「困った女」扱いである。なんとも不服なことだ。
「はいはい」と適当に合図地を打って電話を切れば、「大変だな」と彼が一言。絶対に自分に対してではなく、電話相手に同情しているのだろう、感情が透けて見えて、ジト目で彼を見る。
そんな寧々をみて、彼は小さく笑った。
「大人しくしてないと、また怒られるだろう」
「めんどくさい…」小さく零せば、彼は遠慮がちに聞いてくる。
「あー、少し聞こえたんだけど」と視線を彷徨わせているが、聞こうとして聞いたんじゃなく、柊吾の声が馬鹿でかかったせいで聞こえたのだと、理解しているのでそんなに困った様な顔を向けないでほしい。
「いいよ」と答えれば、「来週の大会って?」と尋ねてくる。
「あー、FPS…?の大会。ゲームの」
あれは純粋なFPSゲームではないから、何と言えばいいかと一瞬悩んだが、結局FPSということにしておいた。
「プロゲーマーとかか?」
「うーん。弱小だけどね」
「てことは、あれか。ヴォルコン?」
おっと意外。彼は結構ゲームが好きなのかもしれない。
Vortex Conflict通称ヴォルコン。
戦場がリアルタイムで変化するチームバトル型のFPSゲーム。
プレイヤーはアサルト、スナイパー、エンジニア、メディックなどのクラスを選び、協力しながら戦う戦闘ゲーム。
戦場は時間や環境によって変動し、昼夜や天候が戦況に影響を与える。特定のエリアを占領することでパワーアップしたり、連携アクションで強力な攻撃を繰り出すなど、戦術と連携が勝敗を決めることが重要な要素となるゲーム。
つまり、純粋な銃の打ち合いではなく、読みあいと運とプレイヤースキルが試されるゲームである。
難しいことこの上ないこのゲームは、一部のゲーム好きには好評だから、とても面倒だ。偶に開かれる大会に参加しないと柊吾からどやされる。
「そう。私FPSって苦手なんだよね」
「でも、あれ純粋なFPSではないよな?」
あぁ、本当に彼は詳しい。視線を彼から外して自身の手を見つめた。
「うん、あの世界は身体が上手く動かせないから。」
ヴォルコンは、XUではない別のVR機でプレイする必要がある。つまり旧型なのだ。XUを知ってしまった寧々にはもどかしくて仕方がなくなることがよくある。アバターを動かす技術が高い寧々ならではの、重い枷。
「XUの技術は、現実そのものだからな。もう一つの現実、もう一つの人生」
「それ、キャッチコピー…」
ああ、と彼は笑う。
いつだったか、CMでよく流れるようになったXUの宣伝は、たくさんのバージョンと共に人々を楽しませた。
その中でも寧々の印象に残っている一つが『もう一つの現実——ここで始まる、もう一つの人生。』というものだった。
ネットワークは蜘蛛の巣ともいわれる程、世界の情報が交わりつながっている一つの次元のようなもの。しかしXUは違う。新しい宇宙。高次元的宇宙空間の中で人が過ごせるようなものに変わっている。
情報だけではなく、そこに世界が創られていて、そこに確かにあるのだ。それが寧々の心を大きく動かした。
――偽物じゃない、本物のもう一つの自由な世界。
彼が小さく笑った。彼もまた、XUに魅入られているのだろうか?と考えて、それを聞こうと口を開けば、聞き慣れた声が届いてくる。後ろへと視線を向ければ、柊吾が歩いてこちらへ走ってくる。
「寧々、迎えに来たぞ」
ちょっと不満そうで、見て分かるくらい機嫌が悪い。でも、それは心配からくるものだと寧々は知っていた。
「しゅー、早かったね」
「あぁ、そちらは?」
柊吾は彼に視線を向ける。彼もまたこちらを見ていた。
そちらはか。確かに誰なんだろう?
ここにきて、まだ彼に名前を聞いていなかったことを思い出す。とはいえ、それを柊吾に知られればまた怒られそうな予感もする。さて、どうしたものか。
「本郷 京也です。彼女とは、コンビニで…」
「あああああ、えーっと、こっちは同じチームの村澤柊吾。一応リーダー!」
余計なことを言われる前に、話を遮る。そう何度も柊吾には怒られたくはない寧々は、焦りながらも笑顔を張り付けた。柊吾は小さく傾げながらも、「どうも」と律儀に挨拶を交わしている。どうやらばれてはいないようで、ほっと胸を撫でおろす。
「それで」と彼が続けるものだから、寧々は随分身長の高い彼を見上げた。
「君の名前は?」
さわやかな声とにこやかに笑む表情と共に、爆弾を投下する。
「あ…」
「は?」
その瞬間、ギロリと柊吾の顔がこちらを向いた。ひくりと笑顔を引きつらせ、心の中で悪態をつく。
絶対にわざとだ!!明らかに悪意のある切り出し方!!
大きくため息をついて、目を細めて彼を見上げた。
「桜川 寧々」
「そうか、寧々か。やっと名前を聞けた」
満足そうに、でも悪戯な顔でこちらを見る彼に、彼の性格の悪さを知った。
「良かったら連絡先を」なんて白々しいことを言う彼に、背を向けて歩き出す。クスクス笑う声がいつまでも背後から聞こえていた。
近くの駐車場に止まっていた柊吾の車に乗り込み、寧々はじっと窓の外を見ていた。
柊吾は先ほどからずっと、いや彼、本郷京也と別れてからずっとお小言をくれている。
知らない男についていくなとか、こんな遠くまで一人で走るなだとか、保護者のような言葉を聞き流しながら、またあのボスの事を考えていた。