迷走と出会い -1
できる限り月、金投稿を行いますが、ずれ込んでも週二投稿となるように調整する予定です!
目を覚ませば、カーテンの隙間から光が漏れている。早朝だろうか。優しい光に、寧々はVR機を取り外し枕へ顔を突っ伏した。
「~~~~負けたぁぁぁ。悔しいいぃぃぃ。」
寧々はボス連戦という過酷な試練を乗り越えようと頑張った。が、それ以上にあのボスは手ごわかった。
最初こそ、オルガスの時の様に、回避でうまく立ち回れていた。奴の弱点属性は光で、女神武器との相性もすこぶるよかった。ただ、あれはそういう次元の敵ではなかった。
倒せるのかもしれない。だが、あの時、あの瞬間は完敗だったのだ。
あのボス「アトラクシオン」の戦闘スタイルは、物理攻撃と魔法攻撃が絶妙に組み合わされた嫌らしいスタイル。そして、奴は周囲の地形やエネルギーを操り、戦闘を行ってくる。つまり完全にオルガスの上位互換。
ビームの範囲攻撃から、闇魔法を使って視野を奪う。その間にどこからともなく出現してきた光の槍が向かってくる。
避けきれなくて、パッシブスキルである「フォース・シールド」を使い切ってしまった。まぁ、それは良い。
しかし、その後も酷かった。
アトラクシオンが地面を、両手でドラムの様に叩けば、その衝撃波が絶え間なく襲ってくる。当たればノックバックして、回避が間に合わず、次の衝撃波に当たる。まさに、はめ技である。
「…チートかよぉぉぉ」
ゴリゴリと削れるHPをヒールやポーションで回復させながらも、なんとか堪えれば、今度は岩を投げてくる。避けても地面に当たって、砕け飛ぶ石礫まで躱しきることはできなくて、じりじりとHPは減っていく。
それに耐えて、攻撃を続けていれば、急に今まで閉じていた両目が開眼して、身体が引き寄せられたかと思った次の瞬間には動けなくなった。身体がピクリとも動かないのだ。
オルガスの説明にあった石化のような感覚は全くなく。ただアトラクシオンが攻撃してくるのをゆっくりと眺めるしかないという、不本意な時間を過ごすのだ。勿論回復なんてさせては貰えないし、当然回避もできない。
回避魔法使いは、回避できなければペラペラの防御力で、強攻撃なんて食らえば、あっと言う間にHPゲージはとんでいく。
気づけば暗転してデスペナルティ。【60分間の強制ログアウト】である。
寧々は大きく息をつき、ベッドから立ち上がる。
あんなもの、どうしたらよかったのか、とぐるぐる考えながら、冷蔵庫へ水を取りに行く。ゴクリと一口飲んでも気分は晴れず、仕方がないから気分転換がてら走りに行くことにした。
走りなれた道を、進みながらまた考える。あれはどんな攻撃だったんだろうかと。
引っ張られたと思ったら、動けなくなる。引っ張られている内は手足は動いていた。引付が止まり、敵を目の前にしたとたん動けなくなった。指一本動かせず、声も出せない。
あの瞬間できたことと言えば、じっと見つめることと、息を吸うことだろうか?
視線は動かせたか?
目の前の敵に注意が向きすぎて分からない。あの時スキルを唱えることはできなかったが、関係ない言葉であれば発することができたんだろうか?
つまり、攻撃や回避、回復などの行動が制限されたのか、完全に身体機能が停止していたのか。
「まあ、どちらにしろ詰みではあるか。」
気づけば、いつものランニングルートを超えていたらしく、住宅街のさらに奥まで来ていた。立ち止まり、「行き過ぎた」と気づけば、疲労がどっと募ってくる。
どこかで休憩をと考えて、視界の端にコンビニが入る。
あそこで飲み物を買おう。
ため息を吐きながら歩き出せば、住宅街の曲がり角。急に現れた人影にぶつかった。
「わっ」
寧々は走りすぎて力が出ず、そのまま後ろへと身体が傾く。
「あ、これ、痛いやつ」そう頭で思っても力の入らない自分ではどうしようもないので諦めて、スローモーションに自分の身体が少し宙に浮くのを感じていた。
そういえば、あの時もこういう感覚だったな、なんてのんきなことを考え始める。目を瞑り、アトラクシオンを思い出して、ため息を落とす。
ドサリ、と音がした。だが不思議と身体にはどこにも痛みが走ることはなく、代わりに柔らかな感触と、少しの硬さ。妙に心地のいい暖かさと、ふわりと香る、嗅ぎなれないシダーウッドの香り。
「ん??」
「すまない、大丈夫か?」
目を開ければ、そこにはとんでもなく整った顔の男性。黒髪黒目のくせに派手さが見えるのは何故だろうかと、ふと考えてから、意識を取り戻す。
「すみません、ありがとうございました。」
社交性はある寧々は、お礼くらいまともに言える。
頭を下げて「申し訳ない。」と全身で示せば、彼もきっと許してくれるだろう。
お願い、許して。
「いや、こちらこそ。ケガはないか?」
「はい、おかげさまで」
にこりと社交的に笑って見せれば、ほっと安心したように、男性は「よかった。それじゃ」と寧々が進もうとしていた道を歩いていく。何事もなく過ごせてよかった、と息を一つ落とせば、目の前に落とし物。
もしかしなくても、彼のものでは?
仕方がないので、拾って追いかけた。
「あの、おにーさん。」
寧々が声を掛ければ、気まずそうに振り向く男。
あ、ナンパと思われてない?大丈夫か、これ?
面倒なことになる前に、持っていた彼の落とし物を差し出せば、彼は慌ててジャケットの内ポケットを触りだす。そこにあるはずの、これが無いことに気が付き、慌てて距離を詰めてくる。
「すまない、ありがとう」
「いいえ、それではこれで」
今度は寧々が先に歩き出す。目的地はもうすぐ目の前のコンビニだ。彼がコンビニに来ないことを祈りつつ、疲れた足を少しでも速く、と動かした。
コンビニに入り、後ろを少し気にしながらも、スポーツドリンクを手に取り、雑誌コーナーへと進んでいく。お目当ては「XU」をメインとして作られた雑誌。所謂ゲーム雑誌であった。
『最新ゲーム To the Light とはどんなゲームなのか!最新情報特集』
先ほどまでいた世界の雑誌。それも最新情報。
昨日リリースされたばかりだというのに、最新情報とはどこまで記載があるのか。ちょっとした興味でそれを手に取った。
「そのゲームに興味があるのか?」
後ろからか掛けられた低い声に、驚いて顔を向ければ、さっきの男である。小さく首を傾げる彼は、すぐに気まずそうに視線をそらした。
「あー、すまない。気になって、ついな」
このゲームが気になるということは、彼もゲームが好きなんだろうか?
外見からであれば、そんなタイプではなさそうだけど、人は見かけによらないから。それで思い出すのはチームメンバーの柊吾の顔だ。
いつもしかめっ面をしているが、なまじ顔がいいからモテる。性格も面倒見がよく真面目。またモテる。女性ファンが山の様に押し寄せ、面倒ごとになったのは一度や二度じゃない。それでも彼女たちは寧々を標的としたことがなかった為、それほど気にも留めなかった。つまり、顔がよく、ルックスがよくてもゲーム好きはそれほど少なくはない。
「あなたも?」
そう問いかければ、彼の顔がまたこちらを向く。
「あぁ、少し」
気まずそうに瞳をそむけた様子を見るに、恐らく「少し」ではないのだろう。
これが、しゅーであれば嬉々として突っ込んでいたが、流石に初対面の人にそんなことはしない。
持っていた雑誌をパラリと開けば、『「始まりの塔」から最初の分岐点!』と、でかでかと書かれている。
「分岐点…」小さく零せば、彼の視線も雑誌へと移った。
「あぁ、やっぱりそうだったか。俺は最初にプライマという町にたどり着いた。」
確かにファスティアンへ着いてから、分岐点だったんだろうと思うことは何度もあった。あまりにもプレイヤーの数が合わないからだ。
「私はファスティアンでした」
「ファスティアンか、なにがあるんだ?」
興味津々とばかりに輝く瞳に、「あぁ、この人あの世界が好きなんだな」と直感的に思った。クスリと笑みが零れ、彼はまた少し気まずそうにする。
「ファスティアンは、いかにも最初の街って感じですね。初心者向けの施設が多くて、訓練場なんかもありました。でも、基本的にはギルドがメインっといった街です」
「そうか。プライマは、工芸や鍛冶の街なんだ。初期武器には困らないが、クエストの多くが鉱石採取だから、狩場が被る」
鍛冶と聞いてあの三人が思い浮ぶ。分岐ミスだと後から思うんだろうなと考えれば、レーネとバルトの落ち込む様子が思い浮んでまた小さく笑った。きっとエトはもう一つの街、ユニアに行きたいと言い出すに違いない。
彼はそんな寧々を不思議そうに見つめる。
「なぁ、時間があるなら、もう少し話せないか?」
これは、ナンパだろうか?
訝し気な目で彼をじとりとみれば、「や、違う。ゲームの話が聞きたくて」と困ったように言うものだから、寧々の気が緩んだ。
時計を見れば、まだあれから30分も経っていなかった。小さく肩を落とすも、時間つぶしにはいいかもしれないと、承諾することにした。
二人はコンビニで買い物を済ませると、近くにあるという公園へと向かった。天気もいいしベンチに座りながら話そうということになったのだ。そうして二人はお互い購入した雑誌を見ながらTo the Lightのことを語りあう。
あのクエストがどうだったとか、あのモンスターがこうだったとか、NPCからこんな話を聞いたとか。興味深い話に、寧々は釘付けだった。そして寧々もまた、彼に最初にデルフィオン王国騎士のヘリアデスと出会ったことや、職業案内所のマイアーのこと、冒険者ギルドのユーセスの事を話した。
「君は今、どこの街にいるんだ?」
「私はまだファスティアンを出たばかりで、次の街までたどり着けてないの」
苦笑しながら、ダンジョンのボスに負けたことを掻い摘んで話した。
「まだ考えてる。あの時の敵の技は何だったのか、どうしたらよかったのかって」
「そうか、敵の攻撃にはすべてに意味があるはずだから。例えばだが、その引力は攻撃ではなく、次の攻撃を確実に当てるための技だとしたら、その身体が動かせなくなった技っていうのは、実は範囲が狭いんじゃないか?」
寧々はアトラクシオンとの戦闘を思い出して考えてみる。