採取と採取と採取-1
ギルドの調合室の使用権を手に入れたnullは、早速ギルドの上へと向かっていた。
二階は、飲食スペースになっているようだ。酒場のような食堂のような雰囲気のそこには、昼が近いためか多くの人が飲食を楽しんでいる。
NPCだけでなくプレイヤーもちらほら見えるあたり、人気があるようだ。確かに、ゲーム好きにはたまらない雰囲気を醸し出しているそこは、イメージしやすいギルドの風景にも見えた。
二階を素通りして、三階へ続く階段を上がれば目の前に開けたそこそこ広いスペースがあり、順番待ちの為か数名が椅子に座り部屋の扉を眺めている。三階にはいくつかの種類の扉があり、色によりランクが分かれているようだ。
一般開放部屋の扉は、白。
Cランク特別室は、青色の扉に白の縁。
Bランク特別室は、深緑の扉にオークウッドの縁。
Aランク特別室は、青紫の扉にダークウッドの縁。
Sより先はどこあるのか、見当たらない。
おそらくもう少し特別な場所に隠れているのかもしれないな、と思いながら、白の扉待ちの人を横目に青色の扉へと向かう。
ユーセスが言っていた通り、待ち時間は不要らしい。扉には「使用中」の表示が並んでいたが、ぽつぽつと「使用可能」の文字も見える。
nullは「使用可能」と表示されている。扉からは、白の縁に清潔さとシンプルな美を感じさせる。青の清々しさと特別感にどこか安心感を覚えるような心地がした。やっと一歩踏み出せたような気がする。
「確か、ここに…」
扉の登録方法は、ユーセスから聞いていた。扉の横に取り付けてある機械へ、バングルの青い宝石を翳せばいい。それだけで登録と認証が行える。
ファンタジー科学というべきか、認証機器はどこか近未来的で、認証方法は宝石というまさにファンタジー。それだけで心が躍る。
nullがバングルを翳せば、ピッという小さなシステム音と共に、目の前の扉が自動で開く。白い光に包まれているそこへ足を踏み出せば、心臓の音がドキドキと高鳴る。
白い光が晴れたそこは、温かみのある木材の壁に薄い青や緑のアクセントカラーの混じる、どこか落ち着くような空間だった。シンプル、けれど上質。
nullの口角は自然に、ゆっくりと上がっていく。中央に設置された大きな調合台に手を滑らせ、近くに設置されている机と椅子に目を向ける。
卓上には数種類の紙とペンが置かれている。きっとあそこで実験内容を記録するのだろう。もしかしたら新たなポーション開発を行う為のものかもしれない。まだ見ぬ未来へ、期待を膨らませる。
温かみのあるライトと、自然光を取り入れるための大きな窓。その先には、自然いっぱいの草原と森が広がっている。窓を開ければ、気持ちのいい風を感じることができるが、手を伸ばしてもその先にはいけなさそうだと直感的に気づけたのは、おそらくここが隔離された空間だからだろう。
調合室の室内には、ギルドのシンボルや戦績を示すプレートが飾られておりここが冒険者ギルドの一室なのだと理解できる作りになっている。壁側には棚がいくつか備えられており、その中には、調合に必要になるだろう大鍋やすり鉢、秤やたくさんの空き瓶。名前も用途も分からないような機材も置いてある。
「早く調合をしてみたい!」そう思って、調合台の真正面へ立てば、ステータス画面に似た画面が表示された。
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【メイン画面】
- チュートリアル
- 作成ボタン
- レシピ一覧ボタン
- 調合履歴ボタン
- 備品一覧ボタン
- タスクと目標
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迷わずチュートリアルへと手を伸ばす。表示されたのはいつぞやの看板とは違い、綺麗にまとめられた見やすい説明書きだった。
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【調合チュートリアル】
1. 調合の基本
調合は素材を選び、選んだ素材を調合台で加工してポーションや薬、アイテムを作成します。まずは、調合を開始する前に、所持素材を確認しましょう。
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「ふむふむ、まずは素材ね。」
そういってnullは【素材一覧】を見て苦笑する。クエストと売却でほとんどない。それでも作成できるポーションの一つや二つ、あるでしょう。とチュートリアルを進めていく。
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2. 素材の選択
まず、所持素材を確認します。素材には様々な効果があり、調合するアイテムによって使う素材が異なります。
素材を選ぶ: メイン画面で所持している素材が表示され、選択した素材を調合台に追加します。
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「ポーションから、材料を選ぶこともできるんだ。じゃあ、とりあえず、MPポーションを…」
「現在作成できるポーション」の中から、MPポーションを選択し、材料を見比べる。
【必要素材】
MPポーション(魔力回復):ムーンティア:1 ルミナスバジル:1 魔力水
【所持素材】
ムーンティア:1 ルミナスバジル:5 魔力水:0
「魔力水?」
足りていない材料名に触れてみれば、その詳細が表示された。魔力水とは、どうやら作成可能な素材のことで、作成するためには、水と ムーンティア 、霧の露、白金の葉なんかも材料として使うらしい。
「…つまり、ムーンティアと魔力水が足りないと。じゃあ、HPポーションなら!」
【必要素材】
HPポーション(体力回復):グラスオークの若葉:1 ヒーリングミント:1 ソイルハーブ:1 魔力水
【所持素材】
グラスオークの若葉:3 ヒーリングミント:2 ソイルハーブ:3 魔力水:0
「これにも魔力水が必要だ…。」
暫く確認して、ポーション系には現状だと「魔力水」が必須であることが分かった。とりあえず魔力水から作ろうと手順を確認していくことにした。
「【魔力水】に触れて、必要な材料を、選択…。あれ??材料あるのにできない…。」
なんで?と詳細を確認すれば、「材料は乾燥棚で乾燥さてから使用しましょう」と注意書きを発見した。nullは大きく息を吸い込み叫ぶ。
「うおおおおおおおおい!!リアルすぎるだろおおおおおおお!!!」
乾燥は材料によって乾燥時間が異なり、最低でも乾燥時間:1~3日かかるらしい。
そう、どうやっても作れない。
とりあえず手持ちの素材を乾燥棚へとしまい、とぼとぼと肩を落としながら、調合部屋を後にする。
こうなったら仕方がない。
採って採って採りまくるしかない!
意気込んで冒険者ギルドを後にしてから気が付いた。
「あ、あの三人のこと忘れてた。」
まぁいいか、と自己完結して、再度西門から外へと踏み出した。
草原だけでなく森や川原近くまで足を延ばして只管採取作業を熟していく。
朝覚えたスキルはこれ以上ないほど活躍し、一時間、二時間と、朝はすぐに飽きてしまったこの作業も、ポーション作りの為ならなんのその。
気づけば夕暮れ時、このまま続けるか、それとも引き返すか。そろそろポーションも無くなりそうで、それでもまだ採取を行うか。逡巡するも、街へ戻ることにした。ここにきてのデスペナルティはきついものがある。
このゲームのデスペナルティは、強制ログアウトである。
PvE(環境・NPCとの戦闘)死亡の場合は現実世界の時間で1時間。ゲーム内では6時間世界からはじかれることなる。
その間、勿論ポーションは作れないし、採取もできないし、勿論モンスター討伐してアイテムをドロップすることもできない。
PvP(プレイヤー間の戦闘)死亡の際には、アイテムロスト、経験値や所持金も減らされてしまう。
ゲーマーからすれば過酷なペナルティと言えるだろう。
デスペナルティについて考えていて、気が付いた。
そういえば私はかなり長いことゲーム世界にいるんじゃなかろうか。オプション画面から現実世界の情報を確認すれば、画面がすごいことになっていた。
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【現実世界の身体情報】
・経過ログイン時間:7:32:55
・現在時刻:7:32:55
・未読メッセージ:32件、不在連絡:10件
・デバイス状態:バッテリー 75%、接続良好
【身体モニタリング情報】
・総合健康状態:中リスク 6/10
・空腹レベル:中 6/10 (※健康管理の参考情報)
・膀胱レベル:中 5/10 (※休憩を推奨)
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連絡してきている人間に心当たりがないこともない。が、気のせいということにして、もう少しゲームを続けてから休憩しようと決めた。
総合健康状態が6ならまだいける。
「6~8で中リスク、中程度の疲労やストレスが蓄積している状態。」 と定められている為、8までは気軽に遊べるということだ。ただし、空腹レベルや膀胱レベルの段階によっては休憩が必要になるだろうが。現状は問題ないと分かったので、安心して続けられる。
歩きながら操作していた為か、気が付けば目の前に街の西門が見えてきた。
日が沈み、辺りは暗く影が溶けていく。完全に日が落ちる前に街にたどり着けたことにほっとして、喧騒が響くが移動を歩く。
もう冒険者ギルドへの道も迷わない。もともと迷ってはいないが、目印を当てにしていたという点ではそれもなくなり、この世界に随分と慣れた。
「さて、次回用に素材たくさん入れとかないと。」
ギルドの三階の青い扉を開いて、棚の中へ材料を入れておく。頑張った甲斐がありかなりの数の素材が集まった。これで色んなポーションが作れるはずだ。
そういえばポーションを作るために、魔力水という素材が必要になるのだったと思いだす。その素材は十分に採って来たが足りるだろうか?もう少しあった方がいいんじゃないか。そう考えだすと、急に採取に向かわないといけないような気がしてくる。
「あぁ、だめだ。私の思考が冒険ではなく、調合に偏りつつある。」
お金を工面したら次の街へすぐに向かう予定だったのに、困ったことに自ら好んで道草を食っているではないか。いけない、いけない、と首を振る。まだまだ時間はあるし、一度休んで、またここへ来よう。
運のいいことに明日から三連休なのだから、ゲームし放題だ。それが終わればまた仕事だが、それでも長距離を通わなくてもいいのだから、やはり自分は恵まれていると納得させる。
ギルドを出て、宿屋へと向かう。ログアウトできる場所を探すためだ。街では宿屋を使わなければログアウトができない。いや、厳密に言えばできないわけではないが。
「強制ログアウト」を行えばどこでもログアウトは可能だ。しかし、そこにはデスペナルティが付いてくる。しかも、キルされた時と違い、現実世界で24時間経過しなければログインができなくなってしまう、重い罰となる。その為、プレイヤーはお金を払って宿屋に泊まるのだ。
手ごろな宿屋を見つけ、部屋を借りて、ベッドへ寝ころべば、システム画面が現れた。
【ログアウトしますか? YES / NO 】
YESへと手を伸ばし、目を瞑れば嗅ぎなれたディフューザーの香りと、心地いい柔らかなベッドの感触。