注目集中 -2
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金曜日、打ち合わせ当日。
寧々はフォーマルな装いに身を包み、清潔感のある姿で待ち合わせ場所の近くまで来ていた。時刻は十二時半。三十分前に到着し、先輩である裕子を待つ。
腕時計に目を落とし、ふと顔を上げると、視界に新堂㏇本社の建物が入った。その堂々とした佇まいを前に、自然と胸の奥がざわつく。
本社まで足を運ぶのは、これが初めてだった。XU内のデジタルオフィスには何度か訪れているが、現実世界の本社に足を踏み入れる機会は少ない。社員でもなければ、なおさらだ。
そわそわと落ち着かないまま外で待っていると、背後から声がかかった。
「おや? もしかして、桜川寧々さん?」
振り返ると、見覚えのある顔と声がそこにあった。男性は、身ぎれいなブランド物のスーツを着こなし、腕には新型のウォッチタイプ端末をつけている。
「あ……新堂社長。ご無沙汰しております」
「ああ、……久しぶり、だね。君の活躍は、よく見ているよ」
穏やかな口調とは裏腹に、その視線は鋭く、逃げ場がない。寧々は思わず気まずそうに視線を逸らし、もう一度、本社の建物を見上げた。
「それにしても、立派ですね。私、本社へは初めてご招待いただいたんです。ありがとうございます」
「ああ、そうか。そうだったね。いつもはバーチャルオフィスだったもんな。……中、入る?」
「あ、いえ……そうしたいのは山々なんですが、まだ有田と合流できていなくて、後ほど――」
「あー、いいよいいよ。大丈夫。行こう!」
「え……ちょっと……!」
断る間もなく、腕を引かれ、半ば強引に本社の中へと連れ込まれる。
新堂㏇の内部は、至るところに最新技術が取り入れられていた。空間に浮かぶホログラム、滑らかに動くAIロボット。案内や補助を行うそれらは、まるで生きているかのように自然だ。
社員らしき人影も、ところどころに見えるが、人の声は殆どなく、驚くほど静かだった。機械やAIは楽しげな声を上げているのに、人の気配だけが希薄で、そのちぐはぐさが、かえって印象に残る。
「うわぁ……すごい。テーマパークみたいですね」
「だろう?人が少ない分、少し寂しくはあるが……この雰囲気は、結構気に入っているんだ」
不躾と分かっていながらも、寧々はきょろきょろと周囲を見回し、自然と瞳を輝かせていた。
やがて、壁際に並べられたショーケースに目が留まる。そこには、歴代のVR機器が整然と展示されていた。年代ごとに並ぶそれらは、技術の進化の軌跡そのものだ。時代の要請と、人々の欲求に応えるように形を変えてきた、科学の結晶。
寧々にとっては、胸が高鳴らずにはいられない光景だった。それはもはや、夢物語の中の魔法と言っても差し支えない。
「有田さんが来るまで、中を案内しよう」
そう言って、新堂社長――新堂進は、寧々を連れ回しながらどこか嬉々としていた。
彼にとって、桜川寧々は紛れもない注目株だ。この業界ではプロゲーマーとして名を知らぬ者はいない存在ともいえる。そんな彼女が、今もっとも心血を注いでいるゲームが、自社タイトルだという噂が広まって以降、プレイ人口は目に見えて増加した。
しかも――それが、ただの噂ではないと知っている新堂にとって、これほど愉快な話はない。
寧々の状況は、モニター越しに常に把握している。他のプレイヤーとは明らかに異なる進捗。想定を軽々と飛び越えていく選択と行動。見ていて、実に飽きない。
先のイベントでの活躍もそうだ。あの場で放たれた猛威は、多くの視線を惹きつけた。もちろん、優遇するつもりなど微塵もない。だが、その動向を逐一部下に報告させる程度には――期待している。
「そういえば……新堂社長、その腕の端末も新型ですよね?」
「ああ、よく気が付いたな」
新堂は自分の腕に視線を落とし、少し誇らしげに微笑む。
「これは、まだ最終調整中の試作品でね。従来どおり、血流から健康状態を測定する機能に加えて、スマート端末と同様に連絡も取れる」
さらに、と言わんばかりに言葉を継いだ。
「眼鏡型の端末と併用すれば、現実世界でもXUのような映像を表示できるんだ。それだけじゃない。XUにログイン中の人間とも、リアルタイムで通信が取れる仕組みになっている」
一拍置いて、にやりと笑う。
「もちろん、時計としても使えるよ」
そう言ってウィンクする様子からは、意外にもおちゃめな一面が垣間見えた。見た目は、いかにも爽やかな好青年。だが、その正体はこの巨大企業の社長であり、同時に現役のSEでもある。改めて、とんでもない人物だと、寧々は思った。
「それは素晴らしいですね。実際、ログイン中の相手と直接コンタクトを取りたいと思っても、できない現状がありましたから。人気が出るでしょうね」
「ああ。今は通知という形で知らせることはできているが、根本的な解決とは言えなかった。これで多少は、ましになるだろう」
「現実と夢の区別がつきにくい世の中になった、なんて言う評論家もいますけど……」
寧々は少し考えるように視線を泳がせ、それから言葉を選ぶように続けた。
「私としては、夢を広げるための現実世界なんだと、思っています。不便を解消するために発展を重ねてきた、その先にあるものこそが――このXUなんですよね」
「まったく……」
新堂は感心したように小さく息を吐き、柔らかな笑みを浮かべる。
「君みたいな人材にこそ、うちへ来てほしかったよ。……今からでも、どうかな?」
そう言って差し出された手を見つめ、寧々は思わず、自分の手を伸ばしかける。――が、その瞬間。
「新堂社長。大変お待たせしてしまったようで、申し訳ございません」
割って入ってきたのは、明るい笑顔の裕子だった。
どこまで聞かれていたのかは分からない。だが、勧誘されていた場面は、間違いなく目に入っていたはずだ。寧々はそう思い至り、ひやりと冷や汗が背中を伝うのを感じた。
「ああ、有田さん。時間通りですよ」
新堂は何事もなかったかのように笑い、「それでは、打ち合わせを始めましょうか」と言って、二人を会議室へと案内する。
途中、廊下に設置された数々のオブジェに、寧々はつい視線を奪われた。そのたびに新堂は足を止め、丁寧に説明をしてくれる。
距離のある会議室までの道のりは、寧々にとって、思いのほか楽しい時間となっていた。
次回:6章 念願成真 -1
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☆キャラクターメモ
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■ 新堂進
・新堂㏇社長
・若くして会社を率いる実力派の経営者
・冷静沈着だが、決断は早く無駄がない
・社内では近寄りがたい存在として見られがち
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■ 有田裕子
・主人公より五つ年上の先輩社員
・面倒見がよく、仕事でも私生活でも頼られる存在
・現実的でサバサバした性格
・後輩の変化や違和感にいち早く気づくタイプ
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■ 佐藤大和
・寧々と仲のいい同僚
・気さくで話しやすく、職場の潤滑油的存在
・空気を読むのが上手く、無意識に人をフォローする
・寧々にとっては気を許せる数少ない存在の一人
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■ 結城伝之助
・デジタル配信課 課長
・業務には厳しいが、部下の成果はきちんと評価する
・陽気な性格で、趣味を仕事にした典型的な娯楽タイプ
・部署全体を俯瞰し、トラブルを未然に防ぐ管理職でもある
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