天は自ら助くる者を助く -3
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出店を見て回っている中で、nullはふと一つの店に目を留めた。
掲げられた看板には、素っ気ない文字で「くじ引き」と書かれている。同じようなくじ引きの屋台は他にもいくつかあったが、屋台の列の中で、そこだけ明らかに雰囲気が違っていた。派手な呼び声もなく、並べられているのは魔法具ばかり。刻印の施された小箱や、用途の分からない道具が静かに並んでいる。
――魔法アイテム特化のくじ引きだ。
気が付けば、nullは無意識のうちに足を止めていた。理由はひとつ。掲示されている確率が、どう考えても可笑しかったからだ。
「大当たり1%、あたり10%……ハズレが90%。って……。 大当たりの1%はどこいった……?」
苦笑しながら思わず突っ込むと、隣でシカクが首を横に振った。
「絶対当たらないやつだろ。やめといた方がいい。どう見ても怪しいよ」
「でも、こういうのって楽しいよな~。俺、ちょっと引いてみようかな?」
山各が興味本位でそう言い、前に出かけたところで、ペンタゴンの声が飛んだ。
「待って……ここ、魔法アイテム特化だよ……。 山各、使うの……?」
「お……? あー……確かに使わねぇか……。 あ、でも当たったら誰かにやってもいいし、最悪売れるだろ!」
そう言って、半ば勢いでくじ引きを始めてしまう。
くじ引きの方法は至ってシンプルだった。箱の中から一枚、紙を引き、そこに書かれていた内容がそのまま景品となる形式らしい。
山各が箱の中へ手を入れた瞬間、びくりと肩を震わせた。次の瞬間、慌てて手を引き抜く。その手の中には、一枚の紙が握られていた。
「うわっ……!!」
その様子に、周囲は一斉に首を傾げる。だが、店主は何の感情も見せず、さっと山各の手からくじを取り上げると、書かれている文字を淡々と読み上げた。
「はい、ハズレね。 その中から、適当に一つ持っていきんしゃい」
示されたのは、店の大半を占めているスペースだった。中には、どう見てもガラクタとしか言いようのない品々が雑多に寄せ集められているようにみえる。
山各は渋々とその中から一つを手に取ると、店主がふいに視線をずらし、じっとnullを見つめた。
「あんたーは、やってかないんけ?」
どこか聞き馴染みのある口調に、nullは思わず視線を上げる。そこにいたのは――いつぞやのおばあちゃんだった。
スキルショップの店主であるこの老婆は、nullにガチャを勧めてきたNPCである。あの時もまた、確率の低いガチャに挑戦させようとしていた。結果的に大当たりを引いたから良かったものの、今回も同じ結果になるとは限らない。
「……おばあちゃん……」
「あんたーなら、出っぺよ。ほれ、やってみなっせ~」
「ええ!? またぁ!?」
nullと老婆のやりとりを、周囲は不思議そうに眺めていた。
一体どういう関係なのかと訝しみ、シカクが声をかけようとした、その時だった。
「――そうか。LUK値に振っている分、当たりが出やすい兆候にあるのか……」
ノア=キョウの低い呟きが、その場の空気を切る。意味が分からず周囲が一斉に首を傾げ、シカクが問いかけた。
「キョウさん、どういう事だ? この人、知ってるのか?」
「あぁ。この店主は、デルフィオンにあるスキルショップの番人と言われている。」
「「 番人? 」」
声が重なったその直後。何かを思い出したように、ペンタゴンが小さく声を上げた。
「――あ!! 聞いたこと、あります……! 確か……あの……ガチャの設定師……」
「あー! あれか! 確率の低いガチャで荒稼ぎしてるって……あの!」
山各が納得したように頷くのを見て、nullは思わず苦笑する。
(設定師って……酷い言われようだなぁ。)
「確か……当たった人は、未だにいないとか……何とか……。」
「いや、当たっている人はいる。」
山各の言葉を、ノア=キョウはきっぱりと否定した。その口元には、わずかに余裕のある笑みが浮かんでいる。
「今月の当たりスキルを知っているか?」
「……確か……ホーリー・ランサー……」
ペンタゴンが記憶を辿るように唸りながらそう口にした瞬間、シカクの頬が引きつった。
「ははは……まさか……な?」
そう言いながら、その視線は自然とnullへ向いていた。他の者たちはまだ気づいていないようだが、それも時間の問題だ。
(……これは、話題を逸らした方が良さそうかな。)
そう判断したnullは、いつも通りの笑顔を作り、老婆へと声をかけた。
「あー、じゃあちょっとやってみようかな? 箱から一枚引けばいいんだよね?」
にこりと笑って1,000Gを支払うと、老婆は待ってましたとばかりに、嬉しそうに箱をnullの前へ差し出した。
nullは迷いなく右手を突っ込むと、箱の中で紙切れたちが暴れだした。まるで意思を持っているかのように、一斉にnullの手を目がけて飛びかかってくる。
(……あ、なるほど。)
先ほどの山各の反応に、ここでようやく納得がいった。
紙が入っているだけの箱だと思っていたが、中ではくじ紙が不規則に動き回っている。しかも、掴もうとしても掴めない。
グー、パー。グー、パー。
何度か手を開閉していると――一枚の紙が、自ら飛び込むように掌へと収まった。その勢いに、思わず肩が跳ねる。
(ひぇっ!……確かに変な感じ……。)
苦笑しながら手を引き抜くと、掌の中には――赤い紙。
それを見た老婆は、ぱっと顔を綻ばせ、ひったくるようにその紙を受け取った。
「見てみなっせ! こりゃあ当たりだっぺよ〜!!」
今にも踊り出しそうな勢いで声を上げる老婆に、周囲は一瞬、言葉を失った。
先ほどまでの不愛想さからは想像もつかない変わりよう。そして何より、当たらないと思われていたそのくじに、確かに「当たり」が存在していたという事実に、羨望と困惑が入り混じった視線が、一斉にnullへと集まっていた。
「ほい、これ。だいじに使ってけろな〜」
「うん、おばあちゃん、ありがとう!! またね~!!」
nullは商品を受け取ると、いい笑顔で手を振り、老婆の元を去った。あまりにも流れるようなその一連の行動に、周囲は引き攣った表情のまま、慌ててnullの後を追う。
なお、nullのくじ引きを目撃していたプレイヤーたちによって、その後この出店はそこそこ繁盛したとか、しなかったとか……。
―――
《淡月の護符》
種別:装備品(アクセサリー/護符)
説明:月と女神オルフィスの加護が宿るとされる護符。
月光が届く環境において、その力を静かに発揮する。
効果:・月光下で、装備者の全ステータスがわずかに上昇する
・魔法使用時の魔力消費量をわずかに軽減する
備考:この効果は常時発動ではない。
月の状態によって、効果が変化する可能性がある。
―――
「ナルって、不思議だよねー。」
レーネの言葉に、みんなが揃って頷いた。それを見て、nullはまた苦笑する。
「そんなことないよ。」
「そんな事、あるよー!」
頬を膨らませるマルに、レーネは楽しげに笑う。レーネは、nullが特別であればあるほど嬉しいらしい。
null自身としては、これまでやってきたことがたまたまうまく作用して、良い方向へ流れているだけで――ほとんど運みたいなものだと思っている。だが、レーネから見れば、その運すらもすべて計算の内に見えているのかもしれなかった。
屋台を見て回っている中、ふとエトが立ち止まり、ある店を指さした。
「あれ、そろそろ時間じゃないかな?」
「あれ?」
レーネが不思議そうに首を傾げると、山各が言葉を付け足す。
「灯篭飛ばし、な。灯篭に願いを書いて空に飛ばすイベントだ。 想像しただけで、綺麗じゃないか?」
ニカッと笑った山各につられて、マルやレーネの表情も一気に明るくなる。周囲を見れば、灯篭を手にしたプレイヤーたちが、少しずつ広場の奥へと集まり始めていた。
nullもまた、その光景を思い浮かべ、自然と口角が上がる。
「みんなは、なんてお願いするの?」
レーネの素朴な疑問に、マルが迷いなく笑顔で答えた。
「私はー、旦那が今回も無事に帰ってきますよーに、かな?」
「え!? マルって結婚してたんだ!?」
「あれー? 言ってなかった? 旦那、単身赴任でさ。しょっちゅうあちこち飛び回ってるんだよー。 だから寂しさ紛らわすのに、ゲームしてんの!」
意外な話に、トライアンヴィルの面々とnullは思わず目を丸くする一方、ノア=キョウは特に気にした様子もなく「そういうものか」とでも言うように、あっさりと受け流す。
「でも……ゲーム内の願いって、現実世界にも作用するのかな……?」
nullが唸るように考え込み始めると、マルは大きく笑う。
「あはは! たしかに! じゃあ、何にしようかなー!」
「私は、nullがもっともっと輝きますよーにって願うよ!!」
「……レーネ。なんで私……?」
キラキラとした瞳をこちらに向ける彼女に、nullは困ったように笑った。
まさかこの場で自分の名前が出てくるとは思ってもみず、鍛冶職人らしい願い事はないのかと問えば、レーネは少しだけ考えるように視線を落とす。
「うーーん……それよりも、nullの未来が気になるんだもん! 私たちは、そのためのサポートをするんだよ!」
「がははは!! 確かにな! うちの広告塔様が気張ってくれなきゃ、張り合いもねーってもんだわな!!」
バルトが豪快に笑い、エトも同じように頷いた。
どうやら彼らの期待を一身に背負ってしまっているらしい――と、今さらながら再認識し、nullは夜空を見上げて苦笑する。
「……ナルさん、大変だな?」
揶揄うようなシカクの声に、nullは大きく頷いた。
「うん、プレッシャー凄いね。 ……でも、ちょっとやる気出るよ。ここまで言ってくれる人たちがいるんだもんね。」
ふっと笑ったその肩に、ポン、と軽く手が置かれる。見上げれば、えらく楽しそうな表情を浮かべたノア=キョウがそこにいた。
「楽しみだな。ここでの活躍が。 俺も、負けていられない。」
「負けるも何も、ランキング一位の男が何言ってんのー?」
クスリと笑うと、その空気が周囲にも伝播していく。気付けばその場は、穏やかな笑いに満ちていた。
「さってーー。 それじゃ灯篭買おうー! 色々種類あるみたいだし、何にしようか迷うなー!」
nullの言葉を合図に、みんながそれぞれ好きな灯篭を探して歩き出す。
色も形も取り取りの灯篭が集まると、ペンを手に取り、思い思いに願い事を書き始めた。レーネは宣言通り、nullのことを。エトはトライアンヴィルのこれからを。そしてバルトは、世界一の鍛冶職人になると、でかでかと書いていた。
「バルト、職人っぽくていいな。」
「だろ?」
山各が揶揄うように笑うも、バルトは胸を張って頷く。本気でそれを目指しているのが、言葉にしなくても伝わってくる。だからか、その場には自然と応援する声がかかり、バルトは少し照れくさそうに笑っていた。
「そういうお前らは、なんて書いたんだぁ?」
「それは秘密だよ」
山各が灯篭を隠すように背中へ回すと、マルが覗き込んでケラケラと笑う。
「相当、悔しかったみたいね?」
悪戯な笑みに、山各が慌てて振り返る。
「うわ! お前、見たな!?」
「まぁ、まぁ……。分かるよ? サポート職の私に、今回順位抜かされちゃってるわけだし?」
もっとも、マル自身もシカクの手厚いサポートを受けつつ順位を伸ばしたわけだが、そこはきれいに棚に上げる。山各を揶揄って楽しむのが、今は何より楽しいらしい。
「どーーせ、シカクのおこぼれだろ!」
「そうだけど、ボス戦まで生き残ったもーーん♪」
悔しそうに歯噛みする山各を見て、ようやくシカクが仲裁に入った。
「ほら、そのくらいにしておけよ」
「はーい♪」
あっさりと身を引いたマルは、山各の背中をポンポンと叩くと、ウィンクしながら告げた。
「次のイベントは、一緒に頑張ろうね♪」
「―――覚えてろよ……こんにゃろう……」
周囲は二人の会話の端々から山各の願い事を察したらしく、温かな目で見守っていた。nullはそんな様子を横目に、手元の灯篭へと視線を落とす。
(願い事かー。なんだろう……思いつかないや。)
欲がないのか。ありすぎて絞れないのか。それとも、願い事をするという習慣がそもそもないのか。しばらく考え込んでいたnullだったが、やがてふっと肩の力を抜くと、いつも胸の奥で繰り返していた、ごく単純な願いを思い出す。そして、それを迷いなく書きつけた。
『――勝てますように。』
それは「誰に」でも「何に」でもない。ただ純粋な、勝利への欲求だった。
書き終えたちょうどその時、広場にアナウンスが流れ出す。
『灯篭飛ばしの準備は整いましたか? 皆様、カウントダウンがまもなく始まります。』
広場に響くその声に、プレイヤーたちの動きが一斉に変わる。準備が間に合っていなかった者は慌てて屋台へ駆け、書く内容に悩んでいた者は、最後のひと押しとばかりにペンを走らせる。すでに書き終えている者たちは、今か今かとその瞬間を待っていた。
やがて、カウントが始まる。人々の声が重なり、想いが重なり、広場全体が心地よい響きに包まれていく。高揚感が最高潮に達した、その瞬間。
夜空に、ぽう、と小さな火が浮かび上がった。
ゆらゆらと揺れながら上昇していく灯篭は、一つ、また一つと数を増やし、やがて絡み合うように交差しながら、星々のもとへと昇っていく。
nullたちもまた、自分の灯篭をじっと見上げながら、静かな空へと思いを馳せていた。
***
この地で最も高い、その場所で。女神もまた、地上の光景を静かに見つめていた。
灯篭の灯りが夜空へ昇り、人々の願いが“響き”となって伝わってくる。その中に混じる、エルゼリアの平和を願う音に、女神は思わず目を伏せる。
――どうか、平和に。
――どうか、大切な人を守れますように。
――どうか、故郷を……。
募る想いに胸を締め付けられ、女神は自らの無力さを噛みしめた。
何もできない私の、どこが女神だというのか。
あの邪悪なる存在を打ち消すために、私は何ができるのか。
地上に残された心へと思いを馳せながら、女神は静かに、しかし確かに誓う。
『必ず……見つけてみせる。』
無数の願いの響きの中で、ひときわ強い意思を捉えた瞬間。
女神は、縋るように一筋の涙を零し、ゆっくりと手を伸ばした。
次回:6章 注目集中 -1
スタンプやレビュー等とても励みになっています。
いつも本当にありがとうございます。
※明日は6章前のnullのステータス等を投稿します。おまけ程度として楽しんでもらえたら幸いです。




