採取と発見-1
カフェ「夜明けの果実」から外へ出れば、どうやら夜明けらしいいことがわかる。
街路灯の火がまだ消えぬうちに、青紫の空がゆっくりと金色を帯びていく。
この世界の夜明けは驚くほどに美しい。と眺めていれば、彼らもまた「ほぅ」と息をついた。
「さて、採取クエストへ行こうか」
nullが声をかければ、彼らは気合を入れて歩き出す。
採取には人手があった方が効率がいいだろうというエトの提案で、少しだけ彼らと時間を共にすることにしたnullは西門へと向かう。
西門を抜ければ、夜通し討伐をしていたのであろうプレイヤーがちらほら見える。西門が見える範囲の為ここでは夜でもモンスターの強さに大きな違いはないのかもしれないと横目で素通りした。
目的は青スライムではなく、バウルが生息している平原である。本日のお目当ては、採取なのだ。
「さて、この辺りかな。”サーチ”」
nullが魔法を使用すれば、あたりに小さな白い光がぽつぽつと浮かび上がる。近づけば、名称がずらりと並んだ。
【ヒーリングミント】【シルクウィード】【グラスオークの若葉】【ソイルハーブ】【ルミナスバジル】【サンローズ】【ムーンティア】【ライトブロッサム】【ゴールドスプラウト】
素材名を見て片っ端から回収していれば、「これでもない、あれでもない」とレーネが騒いでいる。どうやらこういった作業は苦手らしい。それを無視して黙々と採取を続けているエトと、苦手なのだろう眉間に皺を寄せながらもじっくり素材を探しているバルトを横目に、nullは視線を上げた。
もう少し広範囲に”サーチ”をかけて、風魔法を操作して素材を簡単に採取することはできないだろうか。
まずはイメージを固める。
魔力を薄く広範囲へ引き延ばすイメージ。
おそらくこれは魔力操作と魔法威力強化があればできるはずだ。
そして、伸ばした魔力にサーチスキルを重ねれば。
「”サーチ”」
目の前いっぱいに広がる、サーチ結果。先程とは比べ物にならない量だ。素材の根本を狙って魔法を放つ。
「”ウィンドカッター”」
広範囲に薄く広がるウィンドカッターが上手く素材に当たり、空中いっぱいに素材が巻き上がる。それを今度は手元に引き寄せるべく、「”ウィンド”」と“魔力操作”によって風の向きを操り自身へと引き込んだ。近くに寄ってきた素材をそのままインベントリへと突っ込めば、小さなシステム音が鳴り響いた。
「おお、スキルになった…。」
応用しただけで新しいスキルになるのか、とステータス画面を見ながら感心する。自由度が高いとは聞いていたが、これほどまでとは。小さな感動を覚えながらスキル概要を見れば、確かに、思い描いた通りのスキルとなっていた。
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【エア・コレクター】(MP: 15)
効果: 広範囲に散らばった素材を一括吸引し、インベントリに収集する。
【ウィンドハーベスト】(MP: 20)
効果: サーチで隠れた素材を感知し、風刃で刈り取りその場にアイテムとして落とす。
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「な、な、な、何それぇ!!!」
レーネの大声に振り向けば、三人ともぽかんとした表情でこちらを見ている。首を傾げて見せれば、またもやレーネが大声を上げる。
「いやいやいや、何か??みたいな顔してるけど、おかしいから!!どう、考えても!!!」
エトもバルトもこくこくと大きく頷いているが、待ってほしい。
このゲームが発売される前から、『Extended Universeでは、自由に選び、自由に生き、自由に世界を築くことができる。』とこれだけ自由度の高さを示していて、かつ、チュートリアル看板にもそれらしいことが書かれていたではないか。
【スキルの取得方法を学ぼう!スキルはあなたの言動によって入手できるものもあるから、色んな事に挑戦してみよう♪】 と。
つまり、これはこの世界で特におかしなことではないはずである。
納得がいかず、nullが顎に手を当て考える素振りを見せれば、エトが困った様な声を上げた。
「それ、スキル?どこで手に入れたの?」
「今?」
このスキルを手に入れたのはまさに今である。おそらく三人にもシステム音は聞こえているはずだから、嘘でないことは明確なはずなのだが。彼らの信じられないといった様子がありありと伝わってくる。
しかし、納得させる必要があるのか?
どうせそのうちこの世界のシステムについて理解するため、そのままでもいいんじゃないか。
何よりも説明しろと言われても面倒だ。
そうして開き直ることを決めた。
「”ウィンドハーベスト”、”エア・コレクター”」
ウィンドハーベストとエア・コレクターを唱えれば、先ほどよりも随分と簡単に素材を回収することができたが、どうやら先ほどよりは採取距離が短いらしい。
最初は”効率よく収集したい”と考え、どうすればよいか、どんなイメージかを思い浮かべる。
それをするにあたってどういう手段を用いるかを、持ち合わせのスキルで構成する。
そしてイメージ通りになるよう発動させる。
おそらく、どのくらいの距離をと明確に落とし込まなかった為、採取距離に影響がでたのか、それともそういうスキルとして調整されたのか。
言葉で落とし込むならこんな感じだろうか。なんにせよスキルに変化すると、発動だけでそれ以前の工程を飛ばすことができるというのは戦闘においてとても重要なシステムとなりそうだ。
想像力、発想力、思考をいかに伸ばせるか、がこの世界でのキーポイントとなりえるのかもしれない。
「だから!それあるなら一人で採取できるじゃない!!」
レーネが怒鳴り声を上げるも、エトとバルトがそれを窘める。
「仕方ない、ナルだから」
「そうだ、ナルなんだから」
いや、だから待ってほしい。私だから、ではなくおそらくこれはこの先誰もが活用し、必須となるようなものだと思う。断じて私だからではない。まぁ面倒だから口にはしないが。
彼らの言動に呆れつつ、収集を再開する。もうほしい種類は粗方回収できたが、まだ一つ手に入れることができていない素材があった。
【白金の葉】サーチを活用しても中々この素材名が出てこない。というか、よく考えれば、これだけ素材名の毛色が違う。もしかしたらレア素材なのかもしれない。一つ採取できればいいらしいから、根気強く探さなければいけないのかもしれない。
「”ウィンドハーベスト”、”エア・コレクター”」
3回目の発動で「白金の葉」がやっと1つ手に入った。
成程、そこそこレアリティが高そうである。それならば、今のうちにもう少し手に入れておきたい。
ちらりと他の三名を見れば、彼らは彼らが受けた素材採取を続けている。おそらく同系種のクエストか、鍛冶にも関係しそうな内容のクエストだろう。
彼らの収集が終わるまでnullも近くで素材採取をすることにした。新たなスキル”ウィンドハーベスト”、”エア・コレクター”は中々MP消費量が高いが、購入したMPポーションがあればおそらくもつだろう。
そうして一時間半程が経過した。
最初は”ウィンドハーベスト”、”エア・コレクター”を使用して採取を行っていたが、中々彼らの採取が終わる気配が見えず、且つバウルが邪魔をしに来ては、採取を中断する。
時間がかかりすぎ、不効率であると判断したnullはモンスター退治を引き受け、採取に専念してもらうことにした。しかし、未だ最後の一つ、「白金の葉」が見つからないらしい。
「白金の葉」は”ウィンドハーベスト”、”エア・コレクター”を使用しても3回に1度しか手に入らず、確かに序盤にしてはレアリティの高い素材だ。
しかし、モンスター討伐をしつつ素材採取をしているnullでも、既にインベントリの中に7つある。
さて、これを渡すべきか、見守るべきかと思案しつつ、様子を伺う。
そろそろレベルも7になり、MPポーションも切れそうだ。何より流石に飽きてきた。
「ねぇ、見つかった?」
声をかければ、レーネが泣きそうな声をだす。
「みつからない~~(半泣き)」
「…あげようか?」
プライドを傷つけるだろうか?少し躊躇いがちに問いかければ、レーネの表情がパッと明るくなる。
「いいの!?」
そんなレーネをみて、エトとバルトが苦笑し、そしてやっと解放されると言いたげなほど大きく伸びをする。もう少し早く提案していても良かったかもしれないと、先ほどまでの逡巡を後悔した。
「はい」とインベントリから「白金の葉」を一枚取り出せば、半泣きで拝み倒される。
「ありがとう、ございます~。ありがとうございます~~。」
「うん、もういいから戻ろう。流石にMPポーションがもうなくなる」
少し遠くからこちらへ猛スピードで駆けてくるバウルへと”ウィンドカッター”を飛ばせば、一撃でHPが飛んでいく。流石にここではもうレベル上げにも効率が悪くなってきた。バウルの素材を回収して、全員で引き上げることにした。
「ナル、よくMPもったね?」
エトが興味深げに問いかけてくる。レーネとバルトもやはり気になるようで、視線だけはこちらに向けていた。
「レベル上がったし、MPポーションも買い込んでいたからね。」
本当にそれだけである。なにも変なことはしていない。
HPやMPの自動回復がシステム的に備わっているとはいえ、その効果はそれほど大きくない。強化することができれば当てにできそうだが、現状その方法もわからない。
自動回復されるより、魔法を使い頻度の方が多かった。つまり殆どがMPポーション便りだったわけである。
「…HPポーションは買わなかったの?」
「…1本だけ。」
その答えに3人は驚く。
初期の所持金額が1000G、HPポーションが一つ10G、MPポーションが一つ15Gである。そのMPポーションを20本買い込んで、今回使用したのが、16本。最初に一人でモンスター討伐をした際に使用したのが2本。つまり、あと2本しかない。が、普通はソロで戦闘を行う場合、HPポーションもMPポーションも多めに購入することが鉄則である。
なぜならこのゲームのデスペナルティは非常に厳しいから。
デスペナルティは置いておいたとしても、HPの回復は重要だ。特に魔法使いは回避も遅く、防御力も低い。が、nullは少し違う。回避を高めており、アカデミーのお陰でスキルも初期にしては充実しているといえる。
何しろ、ヒール魔法がつかえるのだから。通常どの程度進んだら、ヒールが解放されるのかは定かでないが、おそらくエトはまだ持っていない。使用しているのを見ていないのだから、持っていないのだろう。だからHPポーションは買い込む必要があると思っている。
ギルドのクエストをクリアすればお金は増えるから、通常買い足す。でもnullは次の街へ行くために、早くお金を貯めて地図を買わなくてはいけない。チームであれば、お金を出し合うことができるのだが、ソロプレイヤーの辛いところは全てを一人で賄わなければいけないことだろう。
「一本で足りるの?てか、MPポーションどんだけ買ったのよ!?」
レーネはおそらく最初の冒険用に所持金のほとんどを支度用に使ったのだろう。でもそれは悪手である。それでは次の街へ行くために時間がかかりすぎる。
最短でいく為には、自身にあった地図を購入し、レベルを上げながら進まなくてはいけない。地図は重要なのだ。その地図を購入することが最初の難関といえよう。
「MPポーションは20本」
「え?それだけ?」
レーネは驚くが、エトは当然とばかりにレーネへ言葉をかけた。
「そりゃ、ソロで次の街を目指すなら、そんなにお金を消費してられないでしょ。」
「どういうことだ?」とレーネとバルトが顔を見合わせる。おそらく二人ともこの辺りをエトに任せていたのだろう。おそらく彼らの所持金額は0に近いのではないだろうか。
「レーネとバルトの今の所持金は?」
nullが視線も向けずに、レーネとバルトへと尋ねる。
「100G」
「俺はもうちっとあるな、200Gだ!」
ヘヘンと自慢げに話すバルトへ今度はエトが声を上げた。
「ちょっと二人とも!!地図を買うためにクエストを受けてるってわかってる!?」
当然のエトの抗議に二人は疑問符を並べていた。
「買おうとしている地図が2000Gもするんだよ?今回のクエストの報酬が800Gなんだからぎりぎりじゃないか!」
どうやら三人は地形が載っている2000Gの地図を買う予定らしい。nullも同じものを購入予定だが、念のため倍以上のお金は持っておきたいところだ。やはり金策をどうにかしなければ、とため息をつくのと同時に、レーネとバルトがのんきな声を上げた。
週二投稿で頑張ります。
次話は、続きなので連続投稿です。