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3

 日本人の八田與一が、灌漑施設を作る計画をしている、という噂は、どこからともなく広がっていった。


 ダム計画の嘆願書は、地方庁から総督府に65通、署名者数にすると1万1500人ほど届くまでに至った。


 羅のように否定的な人もいたものの、少数の反対などだががしれている。


 計画は日本本土の政府に認可され、早速、作業員の応募が回ってきた。


 どんな金の亡者が応募するのかと思ったが、意外にも、江英文が立候補した。


 ただし、自らの意志で手を上げたわけではなかった。


「父上から、行けっていわれちゃったんです」


 江は諦めきったように笑みをこぼす。


「お前は拉后腿だって言われちゃいました。つまり、集落にいるだけで足を引っ張るから日本人の下で働けって」


 江は頭は良いが、体力もなく、運動神経もないので、農作業を主とする集落では、不必要な人材であった。


 ならば、工事に協力させ、内部の情報を探らせたほうがいい。


 その上、金も持ってきてくれるなら万々歳だ。


 なんて理由で、江は工事に参加させられてしまった。


 落ち込む江を見かねて、羅は我が家に招待する。


 兄貴の家は居心地がいいですね、と微笑むその姿は、どことなく痛々しかった。


「……そうか……」


 羅はため息を付き、あぐらをかく。


「だが、お前にとっては朗報がある。その工事、俺も参加することになった」

「……え、本当ですか!」


 江は花が咲いたような表情になる。


「やった! 絶対にいじめられると思ったから、兄貴がいてくれて嬉しいです! けど、どうして参加することに?」

「……お前と同じだ」

「へ?」


 姉は芋粥をよそって、江の前に出してくれる。いつもは愛想よく微笑んでくれているのに、美琴さんは憂鬱そうであった。


「またいつものあれよ。あなたたちの生まれは番人なんだから、金を持ってきてくれって」

「……」

 

 羅は黙って芋粥をかっ食らう。


 量もなく、水も少ない粥だが、彼らの家では比較的贅沢なものと受け止めざるをえなかった。


 現在は姉と弟の二人暮らしだが、もちろん、彼らにも両親がいた。


 彼らの両親は、いわゆる番人。より差別的ではない単語に置き換えるのならば、原住民族であった。

  

 原住民族は、その漢字の羅列の通り、台湾島に元々住んでいた複数の民族集団であった。


 民族間は対立関係にあり、台湾島を丸々占拠するような発想はどの部族からも生まれなかった。


 それがゆえに、支配力に長けた外来者に台湾が占拠されると、野蛮の人間と差別をうけた。


 清の時代には、番人。日本統治時代は蕃人や高砂族とよばれるも、差別用語には変わりなかった。


 原住民族たちも、日本の支配に逆らった。彼らの両親も、住処を守るため武器をとった。


 だが、武力の差が歴然としていた。


 どうにか逃げ出したものの、もはや両親の命は風前の灯であった。


 彼らはせめて子どもたちだけは助けようと、血みどろになりながらこの集落に流れ着き、子供を預けた。


 それが、羅の姉弟であった。


 追放こそされなかったものの、二人の姉弟は集落の皆からも異端と扱われ、時には生まれを盾に無茶な要求をされる。


 今回も、そうだった。


 工事ともなれば、現場に住み込みで働かなくてはならなくなる。


 そうなれば、姉は一人この集落に取り残されてしまう。


 羅は必死に抵抗したものの、「ここまで育ててやったのに、その態度はなんだ」といわれてしまえば、もはや何も言い返せなかった。


「大丈夫よ! ちょっとさみしくなるけど、二度と会えない訳じゃないんだから」


 強がってはいるものの、仲良しの江さえも行ってしまうと聞いて、美琴はひどく寂しそうにしていた。


 どうしようもない現実。


 自分の意志さえも曲げなくては生きていけない現状。


 逃げ出したくても、逃げ出すことはできない。


 ここの生き方しか、彼らにはわからないのだから。


「……悪い、ちょっと外に出る」


 誰も、止める人はいなかった。



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