9.五十年後のメッセージ
あれから五十年が過ぎた。
ワシ、杉丸完介は戦中戦後の混乱期を乗り越えて継続してきた事業を子ども達に譲り引退生活に入ったところだ。
引退して暇になったので昔の品を整理していたところ、学生時代の幼馴染の婚約に関わる顛末を記した日記が出てきた。
懐かしくそれを読んでいたのだが、読んでるうちに疑問が湧いてきてそれを解消するために妻の真理佳のところへ行く。
「母さん、いるかな」
「あら貴方。なんですの?」
「いや、玲佳さんが婚約したときの暗号事件の頃の日記が出てきたんだが。ちょっとそれで気付いたことがあって確認したいと思ってな」
「まあ懐かしい。それで何の確認です?」
「菊佳様の承諾をとって南山田さんは玲佳さんと交際してた。それを母さんが知ったのって婚約が決まる前だったんじゃないのか?具体的にはワシに『説明メモ』を見せる前とか」
「今まで気付かなかったんですの?」
「いやその反応はないんじゃない真理佳!?僕この質問するの結構勇気いったんだけど!?」
びっくりして口調も昔にもどっちゃったよ!
◇◆◇
「まあまあ。せっかくですので気付いた経緯など教えていただけませんか?」
「ハア、まあいいけど」
さっきまで読んでいた昔の日記を開く
「婚約内定後の君との茶会の記録を読んでぼんやりと感じたんだ。
君の持つ情報量が多すぎるってね。
あの日は婚約内定から三日弱しか経ってない。
僕が思い込んでいたように君が僕の側についていたにしては菊佳様や玲佳さんの内情に詳し過ぎる。
特に最初に僕が目撃した密会のときの菊佳様や玲佳さんの行動や考えなんて君がその密会のことを知ってる前提じゃないと二人が話さないことだろう?」
特に胡与久様の前とかでは婚約内定後でも話せなかっただろうし。
「事前の準備はしていただろうけど菊佳様も玲佳さんも目が回るほど忙しかったはずだ。
その二人と君が三人で落ち着いて話ができる時間なんていくらも無かっただろう。
そんな最中にあれだけの情報を聞き出すには、まず君があの密会のことを知った経緯を二人に話さなくちゃならない。
でもそうだったならおかしなことがある」
「あら何でしょう?」
「その婚約内定三日後に君と僕が庭で会えたことさ。君が菊佳様に罰されることなく、ね」
「ふふ、そうですわね」
真理佳が僕から玲佳さんの密会を目撃した話を聞いたことを黙っていたうえ、手紙の情報を僕に横流ししていたなどということが知れたらあの厳しい菊佳様が許すわけがない。
1回目はともかく2回目の密会の際にも僕が潜んでいたのはバレていたのだから真理佳が情報元であることは誤魔化しようがない。
いずれにせよ少なくとも5日間は自室から外出禁止の罰を受けてるはずなのだ。
あの日僕が言った「……あれ?真理佳、居たの?」という疑問は図らずも的を射ていたのだ。
「だったら真理佳はいつあの密会を知ったことを菊佳様達に打ち明けて、あちら側に着いたのか?少なくとも最初に玲佳さんたちの密会の話をしたときには本当に何も知らないように見えた。
だが、少なくとも2回目に密会を確認した夜には菊佳様達の側について情報を共有していた」
「何故そう言えますの?」
「君は時々家を脱走して遊びに出てたけど、それを成功させるには変装したりなるべく早く邸から離れたりする必要があったはずだ。
ところがあの夜は使用人に変装するでもなく本来別館自室にいるはずの君が別館を抜け出して本館の空き部屋に忍んで庭の逢瀬を見た後、そこを抜け出して本館正面に出て南面の通りを歩いてくる僕を待っていた。
僕との会話の後も特に隠れるでもなく普通に真正面から館に戻っている。
それで使用人も誰も気付かないなんて可能性が低すぎる。
玲佳さんが庭に出られたのと同じで、君が邸を掌握している菊佳様の傘下に入ってなければほぼ不可能だ」
「その通りですわね」
真理佳が認める。
「僕が思うに真理佳が菊佳様の側についたのは例の『説明メモ』を持ってくる約束をした直後だ。
君は無茶な行動もしたけど倫理観は低くなかった。
実際、僕が最初に手紙の持ち出しを頼もうとしたときは『道徳的に考えてやっちゃいけないことでしょう』と即拒否している。
そんな君が『たまたま一言一句元の手紙と同じであった』なんて屁理屈で玲佳さんへの手紙の写しを持ってくるわけがない。
それは持ち出してるのと一緒だしね。
だからあの直後に菊佳様や玲佳さんに事情を話して手紙を写させてもらったんじゃないか?
そしてそのときから三人で情報を共有して行動した。
だから婚約申込の日も事前に知ることができたし、それを示唆する手紙は見せずに逆に駆け落ちを示唆するような内容の手紙を僕に知らせることもできた」
また、婚約内定の際に真理佳も同席させて僕との婚約を承諾させるなんてのも普通に考えて急すぎることに気付く。
とっくに三人で申し合わせ済みだったのだ。
「貴方は私が裏切ったとお考えですか?」
「いいや、そうは思わないさ。だって君は先に宣言していたしね。そしてその宣言もあの直後に君が菊佳様側についたと考える根拠だ」
「あら、そこにも気が付きましたの」
「あのとき僕の最低な主張を聞いた君はこう言った。『私は完介兄さまのその主張を肯定しますわ』って。
それを聞いた僕は勝手にそれを僕に協力してくれることの承諾だと受け取っていた。でもそれは違ったんだ。
君は僕の言った『想い人を幸せにしてみせるし自分も幸せになる!そのためならどんな手段でも使ってやる!』という主張を肯定すると言ったんだね。
つまりあれは『完介兄さまを幸せにしてみせるし自分も幸せになる!そのためならどんな手段でも使ってやる!』という君から僕への、そして君自身への宣言だったわけだ」
身勝手な僕はそんなことに気付けなかったけど。
「そこまで気付かれるとは思ってませんでしたわね。で、真相を知ってどうです?私を恨みますか?」
「まさか!ちょっと気付いたんで確認したくなっただけだよ……ああ、でももし五十年前の自分に会えたなら伝言が一つあるかな『お前が真理佳の言葉の真意に気付かないほど馬鹿だったおかげで僕は幸せな結婚ができたよコンチクショウ』ってね」
それを聞いた真理佳はポカンと目と口を開いた後
「プッ、アハハハハ、何ですの、それ、アハハハハ」
と笑いだした。