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6.簡単な暗号解読と答え合せ

 1週間後の夕方。僕は真理佳と胡与久邸の庭にいた。

 そこには真理佳が書いてくれた南山田からの手紙十数通の内容の『説明メモ』があった。

 ここに密会の日時を示す暗号が隠されているはず。

 まずは1通目に目を通す。

 

「……判った」

「そりゃ判るでしょう。これが判らなかったら尋常小学校に入りなおしてもらうところです」

「あ、真理佳も判ったの?」

「当然ですわ」


 暗号は実に単純なものだった。

 例えばあの密会の直前の手紙の暗号部分を抜粋してみる。


『この三日ほど忙しくしており、天体観測もできません。』


『胡与久丘のバンマツリの花が咲く季節ですね。花が咲くのは夜ですから咲く瞬間を見に行くわけにはいかないでしょうが香りの強い花ですから二十時頃に窓を開ければ風向き次第で香りを楽しめるかもしれませんね。』


 そして書いた日付が手紙の最後に記されている。ちょうどあの密会の晩から三日前の日付だ。


 要は記された日から『三日』後の『二十時頃』に会いましょう、というわけだ。

 手紙の文章内に『日付』と『時間』をバラして紛れさせている。


「まあ、最初からあの日の二十時頃って正解が判ってるからそこから逆に考えれば本当に小学生でも判るよね」

「ええ、でも今の回答では100点満点で60点ですわね」

「え?」

「何のために私がもう1通書いてきたと思ってますの。2通目もよくご覧なさい」

「ええと、この手紙だと『五日』後の『十五時頃』かな。ん?十五時頃?」


 密会にはちょっと早い時間ではないだろうか。


「ちなみにその日のその時間には玲佳姉さまは私とお母さま、それにミツの4人で買い物に出てました」

「え?」


 どういうことだ?さっきの僕の推理は外れってこと?

 ……いや、これか?


「真理佳に一つ聞きたいんだけど、買い物に行ったのは三越かい?」

「正解です。さすがに判りましたわね」

「まあ、『買い物』って手がかりもらったからね」


 僕が気付いたのは手紙の隅のポンチ絵だ。そこには簡略化されたライオンの絵が描いてあってご丁寧に『ライオン』と説明書きが入っている。

 ライオンと言えば三越前の彫像だろう。

 ちなみに1通目の手紙の隅には胡与久家の家紋である雀の絵が描かれていて『スズメ』と説明書きが入っている。


「実際には絵だけで説明書きは無かったんですけれどもね。さすがに風流人の南山田様ほどの画力は私にはありませんでしたので」

「いや、真理佳もかなり上手いけどね」


 なんなら説明書きなしでも判るくらいだ。


「あれは数日前に玲佳姉さまがお母さまに『この日に三越に行きたい』とおねだりしまして決まった外出でした。ちょっとした小物を買いに出たのですが、そこで偶然に南山田様とお会いしまして、お茶をいただきながら皆でしばし歓談した次第ですわ」

「なるほど。偶然、ね」


 密会どころか偶然を装って堂々と会うこともできるわけだ。

 その後、全ての『説明メモ』を読んで、真理佳の記憶と照合しながら解読した。


「南山田の奴、用心深いな」


 夜に二人きりで会ってるのはあくまで胡与久邸だけらしい。

 外部からはほとんど見られることもないし、家人に見つかっても当然胡与久様が醜聞にならないよう手を打つだろう。

 僕がその場に乗り込んでいっても無駄だ。

 

 一方、昼間会う時は胡与久家の誰かが一緒のときに限られる。

 二人で密会していたなら家の写真機を持ち出してなんとか証拠写真でも撮れないかとおもったのだが、そんな機会は無いようだ。


「まずは確認しようか」


 僕は十数通の『説明メモ』から改めて最新の日付のものを手に取った。


「『五日』後の『二十時頃』だね」

「日付が四日前ですから、明日ですわね。どうなさります?」

「そりゃあもちろん」


 証拠を突き付ける方法は未だ思いつかないけど、まずは暗号解読の答え合せをしなくちゃね。


 ◇◆◇


 その夜、僕は双眼鏡持参であの夜密会を目撃した胡与久丘の繁みに潜んでいた。

 満月が東から照らしていたあの夜と違って、今夜は半月に近い月が真南よりやや西から照らしている。

 真理佳の部屋の窓を見ると鎧戸は開いているが灯りは消えている。昼間言ってたように部屋から庭を見ているのだろう。

 僕の推理どおりの時間に南山田が現れ、玲佳様が別館から出てくる。

 前回同様に数分話し込むと玲佳様はやがて別館に帰り、南山田は本館脇を通って去っていった。

 前回と違ったのは抱き合ったりしなかったことか。


 いや、もう一つ違うところがあった。月の角度が違っていたので双眼鏡越しに玲佳様の表情がよく見えた。

 玲佳様は南山田との会話中とろけるような笑顔を見せていた。

 少なくとも玲佳様が脅されてる可能性は消えたわけだ。


 南山田が去ったのを見届けて僕も立ち上がり南に向かう帰路につく。


 南面の通りに出て邸に沿って歩いてると声を掛けられた。


「完介兄さま」

「うおっ!?真理佳!?え?別館にいたんじゃないの?」

「月の位置からして別館からは逆光になることに気付いたので、予定を変えて本館の空き部屋から見ていたのですわ。そして南山田様が帰られたのを確認して出てきたのです」

「そういうことか。とにかくすぐ帰りなよ。子どもが出る時間じゃない」

「完介兄さまが言えることですか。まあ、塀からは出ませんのでご安心を。完介兄さまにお伝えすることと確認することがございまして」

「え?何?」

「用事ができましたので今週の土曜は完介兄さまにお会いできません。なので次回お会いするのはその次の土曜になりますが、その間来た手紙の全ての『説明メモ』が必要ですか?」

「え?いや、最新のだけでいいよ」


 暗号が解読できた今、終わった密会の約束なんて読んでも仕方ないし。


「私からの連絡と確認は以上です。ごきげんよう、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」


 真理佳はきびすを返して館に戻っていく。僕もふたたび帰路についた。


 そうして帰ったところをまた兄に見つかってたっぷりと叱られたのだった。

 くそう。間の悪い……



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